三歩進んで二歩下がる
黄金の光を纏いながら家に降り立つと、何故か庭が荒廃していた。
土は荒れ放題で、地面にはクレーターが量産されている。折角の畑も、爆破したのかというくらいに滅茶苦茶になっていた。
いや、庭などどうでもいいのだ。
ここで何かがあったということは分かった。
ならば庭の状態より、庭の安否より大切なものがある。奪われたら、決して回帰しないものがある。
「………っ」
玄関ドアを蹴り壊すように開けた。
胸の中にはいかんともし難い焦燥だけが残っている。
もしも……。
いや、もしもなんて考えたくない。
「あっ…おかえり…久しぶり?…おかえり」
「えっ…フィー…えっ?」
果たして、私を出迎えたのは普段通りのフィーだった。あまりに普段通り過ぎて私がパニックになる。
いや冷静に…。
フィーがこの様子なら、取りあえず最悪の事態はなかったということだ。一安心。
しかしそれでは庭の惨状が説明つかない。
ロベルトとニールが遊んだにしても、やりすぎだった。あの子達はそこまで自分を制御出来ない子じゃない。
私が混乱していると、奥からロベルトが走って現れた。
「ルルド帰って来たの! 早くない!?」
「まあ、まるで収穫も足取りも掴めなかったので。それに何だか胸騒ぎがしたので早めに帰ってきてしまいました。何か都合が悪いことでも?」
「いや、むしろ好都合。早くダイニングに来て!」
そういうと、先導するつもりなのかロベルトは駆け出してしまう。
私も疑問に思いながら付いていくと、そこにはロベルトとアイリ、ニール…そして左肩が潰れたキアリスが居た。
「キアリス!」
「ルルドさん! 助けてください!」
「ルルド! キアリスが急に痛がり初めて…何とかして!」
「これはどうしたのです?」
「ごめん…俺が力加減間違えて…」
「どっかの馬鹿にやられた訳じゃないなら結構です。ひとまず治療を…」
治癒魔法をキアリスの肩に施す。
潰れた肩も見れたものではなかったが、それが急速に治っていく様も見れたものではなかった。
非自然的な動きで正常な肩に戻ったキアリスは、苦痛に歪めていた肩を和らげる。
「…ルルドさん?」
「今気がついたのですか…」
胸を鉄弾で貫かれたことも、生きたまま焼かれたことも、全身の血を一瞬で抜き取られたこともある私だが、体を潰されたことはない。
それはきっと酷い激痛だろう。
特に、骨折などの骨の異常は、少し時間が経ってから痛みが増していく。
とても周りの状況を判断出来る状況ではなかったのだろう。
しかし、これでひとまず安心だ。
痛みも完全に引いたらしく、乱れていた息も整っていく。
「さて…説明してくれますね?」
◆
「はあ…そんなことが…」
キアリスが暴れて庭を大破壊。
それは少しばかり信じがたいことだった。まだ、庭に流星群が降ってきたとかの方が信じられる。
しかし、この子らが口裏を合わせて嘘を吐いているなど考えられない。
「その…ルルドさん。ごんなさい…」
「いえ、私こそそんな有事に家を離れていて申し訳ありません」
「いえ…違うんです。ルルドさんが居ないときに私が暴れたんじゃなくて、ルルドさんが居なかったから、私が暴れたんです」
「…詳しく聞いても?」
その言い方が少し引っ掛かった。
キアリスの身に何かが起きているのだ。たぶん。
「信じ難い話なのは理解しているんですが…私の中にもう一人の私がいて。それは私の悪い部分で……それに体を乗っ取られたんです」
「……?」
「すいません、要領を得ない説明なのは分かってるんですけど、私も自分で完全には理解できてなくて」
言ってることが耳を滑って理解出来なかった。信じられるかどうかなら信じられるが、理解が出来ない。
もう一人の私、悪い部分、乗っ取られる…。
「…それはつまり、精神的な何かだと解釈して大丈夫ですか?」
「はい、たぶんそうです」
なるほど、それなら話が早い。
「では、キアリス。魔法で貴女の精神を覗きたいのですが、構いませんか?」
「精神を覗く…ですか?」
「ええ、私も得意ではないので詳しくは分かりませんが」
「……」
そういうのは愛の魔女の領分だ。夜の魔女はとにかく破壊に特化した魔女。
とはいえ、魔女なら使えない魔法などない。やってやれないことはないのだ。
精神系統の魔法は好きじゃない。
得手不得手の話もあるが、どうも米粒ほどの良心に呵責を覚える。
殺人を犯しておいて何言ってるんだという話だが、そういうものだから仕方なかった。
「…………分かりました」
長考の後、キアリスは意を決したように首肯した。もしかしたら心を覗かれたくない理由があるのかもしれない。
今の状況で首を横に振るなど出来るはずないので、悪いことをしてしまったようだ。
しかし、覚悟して頷いてくれたキアリスに「やっぱりやめますか?」とは言えない。
それは配慮に欠けるし礼節にも欠ける。
私も私で覚悟して魔法を発動した。
白銀の魔法陣が宙に描かれる。
精神に干渉する精神系統の色だ。
「…ふぅ」
キアリスの内側を鮮明にイメージし、魔法を発動する。
その心を、鮮明に捉える。
…つもりが、魔法陣はあえなく破壊された。
白銀の魔法陣は粉々になってキラキラと散っていく。
「何今の…」
「ルルド、今の何よ?」
「……」
今、キアリスの精神に触れた。
間違いなくその形の無いものに触った。
しかし、弾かれた。
拒絶されるように弾き飛ばされたのだ。
失敗した訳ではない。幾ら苦手でも、魔女が魔法を失敗することはない。
「…精神に拒絶されました」
「そんなことってあるんですか?」
「あっ、分かった。相性があるんでしょ」
「いえ、ありませんね。精神を守る魔法はありますが、それを使わなければ弾くことは出来ません」
つまりあり得る可能性はひとつ。
「…精神系統への抵抗スキルに目覚めたということでしょうね」
「あの、たぶんエニグマが……私の中の悪い心が抵抗したんだと思います」
「ん?……それはまだキアリスの中に眠っているのですか?」
「はい…………はい、間違いありません。声が聞こえました」
……頭がこんがらがりそうだ。
いっそリリアーナに視てもらった方が良いかもしれない。
キアリスの抵抗にしろ、精神系統への抵抗スキルにしろ、リリアーナなら抉じ開けられる。
…問題はリリアーナが目を剥くほど忙しいということだ。
「……一筆認めますか」
三歩進んで二歩下がる。
畑は死んだし、ヴァニスは見つからないし、キアリスの問題もあるし……やることが全く片付いていかないのはどうしてだろうか。