波乱の始まり
ルンルンの気分だった。
憧れの東京。芋女だった自分を捨てて都会でOLになった私だが、現実は甘くなかった。シンデレラストーリーは今のところ影も形も見せず、社会に使い潰される毎日。
後悔先になんたらか……これなら実家で葱作ってた方がマシだったかもなんて。
そんな矢先だった、「アスアド」に出会ったのは。
「アストラルアドベンチャー」通称「アスアド」。ハイファンタジー系RPGで、最初は全く勢いのない作品だったらしい。
しかし、質の高いストーリー、心地よい操作感、美しいグラフィック、そして深いやりこみ要素が功を奏しSNSから大ヒット…みたいな感じだったはず。RPGとしては異例みたいな感じで少しバズっていた。
まあとにかく、量産型OLだった私は少年のようにそのゲームにハマっていった。隠しコンテンツは全てやったし、縛りプレイまでして何周もした。
そんな「アスアド」が本日、二作目が出たのである。どんどんパフパフ~
仕事を定時で片付け上司のハラスメントを華麗にスルーしながら近所の電気屋に駆け込み新作を買ったのだ。
さっさと帰って、パッケージに描かれた金髪碧眼の青年になろうではないか。
弾むヒールの音も心なしか軽い。
ルンルンの気分だった。
信号が点滅を始める。
ここを走り抜けるか次で行くか。どうでもいい二択を私は間違えたらしい。
よたよたとアンバランスに横断歩道を渡りきる頃には既に向かいの信号が青になった後だった。
(まあ、ギリギリセーフかな)
なんて考えていたとき、パキリっと音がする。何の音か何て考えるよりも早く、私の体は後ろに傾いた。
「おっとっとっと」
後にして思えばヒールが折れたのだと分かる。ふらふらと後ろに傾きながらも反射的に姿勢を保とうとしてしまう。あれよあれよという間に道路の真ん中まで来ていた。
…それに気づくのは大分遅かったが。
ハイビームのヘッドライトに照らされた私の顔はどれ程間抜けだったろう。
(しょうもない死に方だ)
最後に思ったのはそんなことだった。
◆
目覚めの気分は最悪だった。
酩酊状態のようにゆらゆらと視界が揺れる。どうも薄暗い。視界が定まると、それは見慣れない木造の天井だった。
「あれ、私…」
車に跳ねられたよね?
体が爆散したかのような激痛を覚えている。寧ろそこまでしか覚えていない。
木造の天井などいか程ぶりか。田舎を出てからめっきり見なかったが、また会えるとは。
木の天井に和みながら起き上がると、ベッドがキィと鳴った。随分古い。
立ち上がるととてつもない違和感を感じた。視点が高い。軽く10cmは高い気がする。
(え、ヒールなんて履いてないよね?)
当たり前の疑問を解消するため視線を下に向けたが足下は見えなかった。
「え?」
双丘による谷間。
(何だこれ何だこれ何だこれ!?)
私はAどころでは済まない貧の乳だ。しかし、眼下に広がるそれはE…いやFかもしれない……推定90cm連峰だった。
もはや絶叫すらせず部屋の隅のドレッサー(そういえばこれも今日日見ない)に駆け寄り、鏡を覗き込む。
「…やっば」
そこに映り込んだのは、黒のナイトウェアを着た美女だった。いや、美魔女だった。
というか、魔女だった。