マジックアイテム
ああ、変な夢見たわ……私、異世界に飛ばされて、サンタクロースみたいなおじいさんに会って、金髪に青い瞳の王子様に会って、栗色の髪に琥珀色の瞳の、胸の大きなメイドさんに会ったの……。
ふわふわと夢心地だったマチは、ハッとして、目を開けた。
目に飛び込んで来たのは、見慣れた、アパートの低い天井ではない。
なにか、鳥の絵のようなものが描かれた、高い天井だ。
「……夢じゃ、ない……」
つぶやいて、右手を上げた。五十歳を超えても、まだみずみずしい、年齢のわりには綺麗だね、とよく言われる、だが、さすがにシミなど浮き始めた、手の甲を見つめた。
「うう……めっちゃ、寝心地よかったわ……」
と、いいながら、寝床の中で、伸びをした。
ふかふかのマットに、洗濯され、ノリのきいたシーツは太陽の匂いがした。
「いま、何時かしらーー?」
マチは、枕元に置いておいたスマホを、手に取った。
6:23と、表示されていた。
ああ、仕事に遅刻しないで済む時間だわーーと、一瞬思い、その次の瞬間、もうそんなこと、気にしないでいいんだ、と思い直した。
スマホは、異世界に飛ばされたマチが、この世界に持ち込めた、唯一の財産?役に立ちそうなアイテム?だ。ボディバッグを身につけておいて良かったと心から思った。カーディガンの下の、斜めがけに身体に巻いていたスリムなボディバッグの中に、スマホは入っていた。あと、お財布と常備薬も入っていたのだが、日本の通貨は、たぶんこの世界では意味を持たないだろうし、常備薬は、『聖女』であるエリの、あらゆる病を治すあまねく光ーーによって、健康体になった自分には、もはや用無しだ。
あらためて、マチはスマホを覗き込み、操作した。『地図』アプリを開く。現在地が、ピン留めされた地図が、展開される。現在地を、大きな塀と堀が囲んでいるのが、わかる。地図を、縮小してみる。現在地を中心に、建物が広がり続け、その端が、また大きく塀のようなものに囲まれているのが、わかる。
「どーいう理屈なのかしらねぇ……人工衛星も、基地局もないはずの異世界で、こんなのが見れられるなんて……」
そう、マチのスマホは、この異世界でも、その、機能を発揮できているのだった。
ちなみに、YouTubeも最新と思われる物をみることができた。しかし、LINEや電話はーーLINEは、マチの数少ない友だちに送っても、いつまでも既読にならず、電話はかけてもツーツーツーという音が返ってくるのみだった。
「問題は、充電よねぇ……」
マチは充電池を持っていなかった。残りのバッテリー残量は64%
これを使い切ったら、充電するアテはないーーが、もしかしたら、なんとかなるかもしれないと、一縷の希望を持っていた。
なんといっても、この王宮のトイレでは、マチと同じように異世界転移させられた、ウォシュレットのトイレが稼働中なのだ!ウォシュレットといえばーー電気を必要とするーーそれが動いているということはーー
「ま、うだうだ考えても、始まんない!起きよう!」
ガバッと勢いよくマチは起き上がった。
バスルームに行き、洗顔を済ませると、有能侍女カリーナの用意してくれてあったヘチマ水をたっぷりつける。
着替えは、ちょっと迷った末に寝巻きを脱いで、昨日履き替えたショーツは、そのまま着けて、昨日脱いだブラジャーを再び身につけ、ここに来たときのままの洋服を身につけた。ちなみに、昨日脱いだショーツは、バスルームにこっそり干してある。
着替え終わったのを見計らったように、廊下へと続くドアにノックがあった。
カリーナが、朝食を運んできてくれたのだった。
マチは、鐘を鳴らし、両隣の部屋にいる、元JKのサキと、元公務員のエリを呼び寄せた。
朝食は、コーヒーにヨーグルトとハムエッグと、フレンチトーストだった。
「朝からこんなに食べたら、太っちゃいそう……」
と、エリは言ったが、
「あは。朝食は、むしろたっぷり取ったほうがいいんスよ!そんで日中にカロリー消費して、夜はひかえめに!ダイエットの鉄則!だけどーーエリねーさん、ちっとも太ってないじゃないっスか!」
と、こちらはモリモリ食べながら、サキ。
「糖質制限しなくていい、幸せ……なんでも食べられる幸せ……!エリさん、私を生活習慣病から救ってくれて、ありがとうっっ!!」
感謝感激しながら、マチも朝からたっぷりと栄養を取ったのであった。
「いえ、そんなーー」
と、昨日『聖女』であることが判明したエリが、恐縮したように、言う。
そこへカリーナが、
「今日は、マチ様とサキ様、どちらが賢者でどちらが勇者なのかを判定させていただきたく存じます」
と、頭を下げた。
「ああ、あの、伝説の剣を引き抜いた人が勇者決定ってやつね!」
と、マチは、心得てますよ、とばかりに応えた。
「はい。ついては、お二人に、宝物庫に足を運んでいただきたいと……」
「宝物庫!」
と、サキが叫んだ!
「やっぱり、宝石とか金貨とか、魔法のランプとか、魔法の壺とか、魔法瓶とか、あるっスか?!」
目が、輝いていた。
「魔法瓶は、ちがうでしょ!」
と、マチはツッコミを入れ、
「そういえば、マジックアイテムがどうたらこうたらとも、言ってたわよね?」
と、続けた。
「ーーはい。マジックアイテムは、大抵が呪われた品々ですので、取り扱い注意ですが、それらの品々も、宝物庫の中に納められております」
「あの、私も、二人と一緒に行ってもいいですかっ?!」
と、すでに聖女であることが判明済みのエリが、おずおずと、だが必死な感じで、訴えた。
「はい、大丈夫でございますよ、エリ様」
カリーナは、ニッコリ笑ってそう言ったのだった。こうしてみると、カリーナは、かなりの美少女だった。かなり、若くもある。年の頃は、JKのサキと同じくらいか……西洋人っぽい顔立ちのせいで、大人びて見えはするが……。
少しの休憩をはさんで、三人は宝物庫に案内された。
ぐるぐる廊下を回り、ぐるぐる階段を降りて、またぐるぐる通路を回って、またまた階段を降りた地下に、その宝物庫は、あった。
「もう、ダメ……疲れた……遠すぎ……!私、もう、歩けない……BBAにこんな長い階段は酷よ!」
と、マチがさすがにギブアップしかけたとき、ようやく、
「ここでございます!」
と、先導するカリーナは、大きな観音開きの扉の前で足を止めたのであった。
「ちなみに、私の一族は、司祭の血を引き継いでおり、私は、宝物庫の鍵を預かる資格を有しております」
「もう、なんでもござれね、カリーナさん……」
ぜいぜい息をしながら、マチは感心した。
カリーナは、首から、ネックレスのようなものを、はずして、とりだした。
それを、右手に掲げる。
「汝の守護者は来れり。いまここに、その封印を解くべし!」
ネックレスーーいや、ペンダントが、ピカーッと光った。まばゆい光が、放たれ、重たそうに見えた宝物庫の扉が、ギギギっと音を立てて開いた。
「おおおっ!」
マチ、サキ、エリ、の三人は、思わず声を揃えて驚嘆した。
「さあ、行きましょう」
カリーナは、ペンダントをまた首にかけて、胸元に隠すと、そう言って、先に宝物庫に足を踏み入れた。
マチ、サキ、エリの順番に、その後に続いた。
宝物庫の中には、色々な品が、わりと無造作に並べられているように見えた。
「この光ーーお宝じたいが、光ってるんっすかね〜」
と、サキ。
「宝石が光るのより、ここまでの道のりの光源がLEDのようだったことが気になるけど……」
と、エリ。
カリーナは、どんどん奥へ進んで行く。
だが、ふと、マチは足を止めた。
目の端に、なにか、眩しい光がチラリと差し込んだのだ。
ピクリと、体が反応した。
そちらに、顔を向ける。
宝石店のショーケースのような台座が、そこに、あった。ガラスケースのようなものが、あった。
あれは、何かしら?
そんなことが、なぜか気になった。
思わず、そちらへ足を向ける。
「皆様、注意して下さいませ、ここにある品々は、なにせ、どれもこれも呪われたマジックアイテムばかりですから……」
前を歩くカリーナから、それて、マチは怪しいガラスケースへと、ふらふらと歩み寄った。
「マチねーさん?どうしたのーー?」
サキの声が、した。
「えっ?!マチさん?!」
エリの声が、した。
「えっーー?!マチさ……」
……ま。まで、マチの耳には届かなかった。
マチが手を伸ばすと、ぱしゅん、と音を立てて、ガラスがシャボン玉が割れたときみたいな儚さで、霧消した。
そこに、台座の上に、台座を丸く、くり抜いて、指輪が、置かれていた。
エメラルドのように緑色を放つ宝石が嵌め込まれている。
「いけません!それは何人もの勇者候補の命を奪ったーー」
カリーナの声は、マチに届いていなかった。
「綺麗……」
マチは、指輪を右手にとり、左手を掲げ、その薬指に、そっと、嵌めた。
次の瞬間、指輪から、強烈な光が、放たれた。なにか、凄まじい、エネルギーが、放たれた。
マチは正気に返った。だが、そのときにはもう、マチの体は、光の只中にいた。いや、マチの体じたいが、発光していた!
「ーーーーー!!!」
声にならぬ叫びが、マチの喉から放たれた。
世界が、真っ白な光に染まった。




