9・俺、潜入する
セブト帝国の入り口を、とある商人の一行がくぐった。
先頭は身なりのいい若者で、この辺りでは珍しい肌の色と顔立ちをしている。
そう、俺だ。
俺の後に続き、デコられた馬車に乗っている女子たちは、ラムハ、ルリア、アミラ、カリナ。
皆それぞれ、それっぽいちゃんとした格好をしている。
この偽装工作のために、人さらいを捕まえた時に得た残りの懸賞金(ラムハが当座の生活費に取り分けてたのだ)は全額消えた。
「商人……? 商売道具が乗ってないようだが」
「夫はこれから、セブト帝国に仕入れにいくのです」
怪しむ兵士に、俺の正妻役を務める女子が告げた。
彼女こそは、厳正なる『いっせーの』勝負で勝利した、最強の女子。
「ご覧の通り、私たちは彼の妻。ハーレムを持っていると言えば、彼の地位の高さが分かるでしょう……?」
彼女は、妙に色っぽい眼差しを兵士に向け、彼の鎧を指先でつつつーっとなぞってみせる。
「う、うーむ」
「ねえ、通してくださらない? ご覧のとおり、武器も何も持っていませんもの」
ささやき声が、甘い吐息が、兵士の腕に押し付けられる胸元の柔らかさが、その兵士の理性を溶かしていく。
さすがだ、元人妻……!!
ということで『いっせーの』勝負を制したのはアミラだった。
謎の魔力で押してくるラムハ、運の良さ一本で突き進んでくるルリア、優れた観察力で挑むカリナを、ハッタリと話術だけで叩き潰したのである。
お姉さん強い。
ちなみに今の時間帯、兵士が交代する頃合いだったらしい。
この兵士の他には誰もいない。
ルリアが、グッと親指を立ててきた。
彼女が選んだ時間帯だ。
なるほど、運がいい……!
「ま、まあ、それならいいかなー……」
兵士が頬を赤くしながら、道を空けてくれた。
うーむ、この関門、ザル過ぎる……!
いや、これもルリアの運の良さの力か何かなのか……?
馬車はまんまと帝国に侵入した。
「呆れるほど上手くいきましたね……。なんです、これ」
実際に呆れているカリナ。
「合わせ技ね。ルリアが選んだベストな時間と相手に、アミラが全力で色仕掛けをしたんだもの。妥当な結果だわ」
我がパーティの司令塔、ラムハがうんうんと頷く。
確かに、正妻ポジションがアミラだったお蔭で、兵士との交渉は上手く行った。
俺はそれを傍からぼーっと見ていただけだが。
「でも、問題はこれからよ。私たち、この姿を整えるために全財産を使っちゃったでしょう? 商人の一行なのに無一文なの。お金を作らないといけないわ」
「帝国内で活動するにも金がいるのか……」
異世界と言っても、せちがらい!
ということで、金策をするのだ。
まず、向かうのは近隣の村。
国境からすぐ内側に、みすぼらしい村を発見した。
あれは金が無さそうだな……。
だが、俺はここで見過ごせないものを見る。
「やめてください! 娘だけは、娘だけは後生ですから!」
くたびれた感じの夫婦が、この国の兵士にすがりついている。
兵士の手には、泣き叫ぶ小さな女の子。
「うるさいぞ。寛大なるジョイップ伯爵様がお前ら難民を置いてやってるんだ。こうして時々、生贄を差し出してもらわなけりゃな。そうすればお前らは変わらず、伯爵領で過ごしていられるんだ」
ラムハが目を光らせる。
「ジョイップ伯爵、難民、生贄……? これは一体……」
ここで、俺の目の前に選択肢が現れた。
1・放っておいても女の子は無事だろう。様子を見て情報を聞き出すべきだ。
2・うるせえ! 行くぞ! ドン!
「うるせえ! 行くぞ!」
「あ、ちょっと、オクノ!」
どん! と飛び出す俺である。
とりあえず、今、俺はカッとなった。
カッとなって飛び出した。
反省はしてない。
兵士は何人もいて、走ってくる俺に気づいたようだ。
「あん? なんだお前は? 旅の商人のようだが、俺たちの邪魔をするようならお前も──」
「ドロップキック!」
俺は跳んだ。
揃えられた足が、兵士の胸板に叩き込まれる。
金属の鎧がひしゃげ、ぶち割れ、「ウグワーッ!?」血反吐を撒き散らしながら兵士が吹き飛んでいった。
その勢いで、兵士が掴んでいた女の子が落っこちてくる。
俺はネックスプリングで立ち上がり、その子をキャッチした。
「村へお帰り」
「あ……ありがとう、お兄ちゃん!」
「あ、ありがとうございます!」
女の子と、その両親に礼を言われる。
「てめえ!! 俺たちを誰だと思っている! ジョイップ伯爵直下の人狩り部隊を知らないのか!!」
兵士が怒声を放った。
とても分かりやすい自己紹介だ!
向こうで、呆れた顔をしてこちらを見ていたラムハの目が、鋭くなった。
「人狩り部隊ということは、お前たちが人さらいで間違いは無いようね。オクノ!」
「おう!」
俺はアイテムボックスから、女子たちの武器を取り出す。
それを後方に放り投げた。
この様子を見て、兵士たちの隊長らしき男が慌てた。
「こいつ、何もないところから武器を!? お前たち、やれ、やってしまえ! こいつは呪法使いだ!! 我らの邪魔をする呪法使いということは、王国の手の者に違いないぞ!」
兵士たちが一気に殺気立つ。
連中は、殺意に満ちた叫びを上げ、俺をめがけて殺到して来た。
「オクノさん、ちょっと首を右に」
そんな声がしたので、俺は言われたとおりに首を傾げた。
「サイドワインダー……連射」
背後から矢の嵐が襲いかかる。
カリナと、彼女の技による攻撃だ。
それは俺だけを綺麗に避けて、殺到する兵士たちに次々と突き刺さる。
「グワーッ!?」
「ウグワーッ!!」
倒れていく兵士たち。
だが、それを踏み越えてこっちに向かってくる奴がいる。
一際大柄で、甲冑に全身を固めた兵士だ。
カリナの矢も、こいつには通らない。
だがその時、俺の横を駆け抜ける者がいた。
ルリアだ。
「がはは! 小娘、踏み潰してくれる!!」
大柄な兵士とルリアでは、まるで大人と子供だ。
だが、ルリアはそんなこと全く気にせず、手にした短槍を振り回した。
「えいっ、足払い!」
大柄な兵士の親指ほどの太さではないかと思える短槍。
そんなものがぶつかっても、兵士には何もダメージはいかないだろう。常識的にはそうだ。
だけどこいつは、技なのだ。
「がっはっは、そんなへなちょこ槍でこの俺様がウグワーッ!!」
見事に足を払われて、巨漢の体が宙を舞った。
これで、転びかけたこいつの顔がちょうどいい位置にあるんだ。
俺は他の兵士を踏み台にして、飛び上がった。
「シャイニングウィザード!!」
俺の飛び膝が、巨漢の顔面をぶち上げる。
「ウグワッ!?」
巨漢は叫ぶと、そのまま白目を剥いて地面に落ちた。
「よーし、次は私の番ね」
ウキウキしながら前に出てきたのはアミラ。
「アミラの技はシャレにならないから……。死ぬから」
「ええー! お姉さんつまんない!」
そんなやり取りをしている横を、闇の炎が駆け抜けていく。
「闇の炎……!!」
ラムハの呪法が、残る兵士たちを焼き払っていった。
「あーっ、焼いた! 一気に焼いた!」
「ほら、ラムハだってやっているでしょ? 私がやって大丈夫。えいっ、スラッシュバイパー!」
「あっ、こら! そいつは!」
アミラが鞭を叩きつけた先にいたのは、ただ一人残った、立派な鎧を着た兵士……兵士たちの隊長だった。
そいつは、目の前で起こる現実が信じられないようだった。
「そんな馬鹿な……!! 我々は皆、10レベルを超える部隊なんだぞ……! これに勝てる集団など、召喚された勇者たちしか……。はっ! ま、まさかお前、その格好は勇者のウグワーッ」
途中でスラッシュバイパーが決まったので、兵士の隊長が輪切りになって死んだ。
「あーっ!! 露骨にこれからの伏線みたいなこと言ってたじゃねーか!! アミラだめ! 尋問しないでいきなりキルするのはだめ!」
「ええー」
不満そうなアミラ。
「確かに、アミラの技は殺傷力が高すぎる気がします」
「あたしなんか足払いだけだよー!」
「これでは尋問ができないわね……。でも、死体は雄弁に語ってくれるわよ」
最後にやってきたラムハが、とても怖いことを言った。
いやいや、生きている兵士いるから。