家族
拙い文章ですがよろしくお願いします。
「すんっませんでしたぁ!!!」
公園内にいた鳥たちが一斉に飛び立つほどの勇き大声。
しかしその大声とは裏腹に非常に丁寧な所作で土下座する。
唐突な大輔の土下座に手を差し伸べていた賢一も、横で神妙な面持ちで二人の行く末を見守っていたあかりも、えっ? えっ? と狼狽する。
「すいっませんでしたぁ!!」
頭を地面に擦り付けながら大輔はもう一度謝罪を口にする。
「いやいや、何してんの!?」
ようやく思考が追いついたあかりと賢一は土下座をやめさせようと強引に立たせようとするが、大輔は立ち上がろうとしない。
しかし流石に二人には勝てず無理矢理に起こされてしまう。それでも大輔は顔を伏せて抵抗する。
大人のやり方を模索したくせに結局子供っぽくなってしまっている。
そこで賢一は大輔の真意に気づいた。
賢一は握りこぶしを固めて大輔を頰を全力でぶった。
「ーーっ!」
大輔は受け身も取れずに地面を転げる。
「賢一さん何を……!?」
あかりは大輔を抱き寄せ、腫れ上がった大輔の頰に恐る恐る触れる。
大輔は痛みで一瞬顔を歪めるが、大丈夫だよといった感じであかりを手で制す。
なぜこんなことするのかとあかりは賢一に目尻を釣り上げて目で問うが、賢一の拳が震えているのを確認したあかりはふと何かに気づいたようで、顔の強張りを晴らした。
「これは大輔の望んだことなのね」
改めて大輔を見つめたあかりは神妙な面持ちで大輔に尋ねる。
大輔も真剣な顔であかりを見つめ返し、無言で頷く。
「これで僕たちは対等だよね」
震え固まっていた握りこぶしを、二、三度深呼吸をしてから解き、先程と同じように手を差し出す。
変わったのは賢一と大輔の関係性だ。
大人になりきれない大輔はそれでも二人と並び立ちたかった。しかし完璧な大人と言っても差し支えない賢一の前では不可能だと大輔は思った。
そして賢一は大輔を殴った。大人らしくない暴力を振るって大輔と同じ土俵に立ったのだ。
歪んでいるかもしれないが、それがこの二人がお互いを認め合う方法だった。
「姉さんをよろしく」
大輔は今度こそ賢一の手を取り、引っ張られるように立ち上がる。
「任された」
一人を蚊帳の外に縁談が進んでいく。
状況をよく理解していないあかりは目をまん丸にしながら二人の横顔を交互に見る。
いつのまにか風は止み、雲の切れ間から光が差し込んでいた。神様が雲の切れ間から覗き見でもしているのだろうか。
「ちょっと待ってよ。色々あったけど、つまりは仲直りしたって事でいいんだよね?」
「それは少し違うんじゃないかな? 僕たちは仲良しになったのさ」
そう言って賢一と大輔は恥ずかしそうに見つめ合う。
あかりは二人を眺め、男の友情ってこんなものなのかと感慨にふけると同時に「なんか賢一と大輔の心の距離が自分より近くなっているのでは?」という焦りが湧いてきた。
「それは良いんだけど、大輔今日仕事は? 打ち合わせあるんでしょ? サボりはお姉ちゃん許さないよ」
賢一と大輔の間に入るようにして大輔に言い募る。
「いや今日は無理矢理に休みにしたからさ、サボりってわけではないんだけど……まっいいや。お邪魔虫は退散しますよっと」
デートを半壊させた本人は何事もなかったように颯爽と立ち去ろうとする。
「ちょっと! お弁当一緒に食べないの!?」
軽やかに走り去ろうとする大輔の背にあかりは問いかける。
「姉さんの弁当なんていつでも食べれるからさー。お二人さんで仲良く食べてねー」
背を向けたまま、顔だけをあかりの方に向け間延びした声で答える。
そのまま公園の出口に差し掛かったとき、なにかを言い忘れたことがあるのか、踵を返してあかりに身体を向ける。
「帰りは朝でもいいからねー! ごゆっくりー!」
大輔は遠回しな下ネタを大きな声で叫んだ。多分他の公園利用者に聞かれてしまっただろう。周りでは人がざわついているのがわかる。
「なに言ってんのよ!! あんたーーっ!!」
恥ずかしさと怒りで顔を湯気が出るほど真っ赤にさせ、髪を逆立て怒鳴る。
しかし大輔はあかりの怒鳴りに反応することなく風のように去っていった。
「ーーったく、もう……」
「嵐のような弟だね」
「恥ずかしながら」
あかりは気まずそうに目を伏せる。
「でも素晴らしい弟だね。さすが僕の弟になる人だ」
「……ぇ……?」
思いがけない言葉にあかりは掠れた声しか出せず、目で賢一に問う。
「さっきは面と向かってなかったからね」
賢一は真剣な面持ちであかりに身体を向ける。
「あかりさん。僕と結婚を前提にお付き合いください」
「ーーっ!!!」
賢一からの面と向かった告白にあかりは身体が強張って動けなくなる。しかしその目は吸い込まれたように反らせない。
あかりは声が出なかった。いや声では足りないと思っていた。
賢一と大輔は殴ることで自分たちの思いを通わせた。
ではあかりと賢一では?
答えは出た。
あかりは身長差を埋めるように賢一の首に抱きつき頭を下げさせ、そのまま自分と賢一の唇を重ねる。
賢一は突然の行為に目を見開くが、委ねるように目を閉じた。
どのくらい重ねていたかは脳が麻痺したように真っ白だったため、お互い分かっていない。
気づけばキスは終わり、抱き合ったまま見つめあっていた。
「あかりさんの味がした」
「……へんたい」
二人は照れたように笑い合うと周りの視線が気になり、距離をとる。
周りでは「今日はお赤飯ね」とか「自分も若くなった気がする」などの黄色い声が聞こえくる。
「……そろそろお弁当たべようか?」
気まずくなった雰囲気を払拭するように賢一はお弁当を広げ、近くのベンチに腰掛ける。
あかりもそれに習い、賢一のとなりにちょこんと腰かけた。
お弁当の中は少し崩れてしまっていたが、食べれないほどではない。
賢一は「いただきます」と手を合わせてから美味しそうに唐揚げを頬張る。
「うん。あかりさんの味がする」
あかりは無言で賢一の脇腹をど突くのであった。
※ ※ ※
『宮下大輔写真展』
そこには大輔が世界中を旅して撮った写真が、白を基調とした簡素なフロアにところ狭しと飾られていた。
山の緑と空の青がお互いを強調するような雄大な写真や、紅の夕焼けに佇む猫の写真など、見たものをあたかもその場にいるように錯覚させる表現力があった。
その中に一際目立つ写真があった。
見目美しい花嫁衣装の女性と端整な顔立ちの新郎。そしてその二人に挟まれて幼い子供のように満面の笑みを浮かべる青年。
その写真はこの写真展の中でも異彩を放っているが、それでもこの写真展の中で一番目立つところに飾られていた。
その写真のタイトルはーー
『家族』
お読みくださりありがとうございました。