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お弁当は家族のために  作者: 森林
7/8

三人の思い

拙い文章ですがよろしくお願いします。

「大輔……?」


 見間違いでもなく、人違いでもない。目の前にいるのは確かに大輔だ。

 その大輔の息は荒れていて、目尻は鋭く、その瞳には怒りとも恐れともいえないような色があった。

 予期せぬ来訪者にあかりはうわごとのように来訪者の名前を呟く。

 賢一はそのあかりの息ともつかないような独り言を本能的に聞き取った。


「君が大輔君か。あかりさんから話は聞いているよ。写真家なんだってね。今度僕にも写真見せてくれないかな?」


 大輔の剣呑とした表情から少なくとも好意といったものは微塵も感じられないのだが、それを知ってか知らずか賢一はこの場の空気には似つかない言葉を洩らす。


「あん!?」


 もちろん大輔は好ましい反応を見せることはない。それどころか大輔の虫の居所はさらに悪くなっている。

 流石に賢一も今の空気を察してあれっと首を傾げ冷や汗をかく。

 この男は空気が読めないのかもしれない。

 そんな賢一に助け舟を出すようにあかりは大輔に問う。


「なんでここにいるの?」


 あかりの声色はまだ不安定で震えている。それは大輔に怯えているからだろうか。


「手遅れになる前に姉ちゃんを止めるためだよ」


 声を荒げることはなかったものの、大輔の声色にはまだ怒気が孕んでいて、いつ爆発してもおかしくない爆弾の様な危うさがあった。


「手遅れ? 手遅れってどういうことかな?」


 腑に落ちないところがあったのだろう。賢一は恐る恐るといった感じで言い募る。


「あんた、どうして姉さんに近づいた?」


 大輔は賢一の質問に答える気がないのか、それとも頭に血が上って聞こえてないのか、新たに自分の疑問を投げかけた。

 賢一は自分だけでも落ち着いこうと、大輔の気に触らない程度の深呼吸をし、自分の質問はとりあえず保留して大輔の質問に答える。


「あかりさんが好きだから」


「なっ」


 あまりにも真っ直ぐな賢一の告白。ただ一つ違うのは告白相手ではなく、大輔に向かって告白したことである。

 その素直さに大輔は思わずたじろいでしまう。公園の林ですら驚いている様にざわついていた。

 そして賢一は告白相手であるあかりに視線を移す。あかりは顔をりんごのように真っ赤にさせ、口をパックマンのようにパクパクさせていた。


「それが胡散臭いんだよ! 詐欺師が! そうやって色んな女をだましてきたんだろ! そんなの効くわけねえだろ!」


 たじろいだのも束の間、大輔は初めて見たものに吠える子犬のように賢一に向かって根拠のない推論を振りかざす。

 効くわけないと言っているが少なくともあかりには効果抜群だ。しかしそれを指摘するのはこのシリアスな場面では野暮というものだろう。


さっきまで晴れていた空も、いつの間にやら雲に覆われようとしている。それと比例するように足元からすくいあげるような風が吹く。その風のせいでビニールシートがバサバサと絶え間なくなびいている。


「大輔!」


 あかりは初対面の相手に対して失礼な言動を発している大輔を、叱る母親のように名前を呼んで止める。


「賢一さんに失礼でしょ。それに私は騙されていない。本当に賢一さんは素敵な人よ」


 あかりは昨日大輔と賢一のことで喧嘩したことを色をつける事なく素直に話す。そして今日の今まで賢一を疑いながらデートしたこと謝る。

 もちろん賢一は怒る事なく笑顔で頷いた。


「それでも、それでも俺は……」


 俯き身体わなわなと震わせる大輔は、その声までも震えていた。

 大輔だって賢一が悪い人でないことは理解しているし、本当に嫌っているわけでもない。きっと別の形で会うことが出来たならきっと大輔は賢一のことを尊敬しているだろう。でもそれは『もしも』の話であって現実ではない。結局のところ夢幻ゆめまぼろしに過ぎない。


 これは大輔の嫉妬だ。

 今までの大輔とあかりの関係を壊すかもしれない賢一が大輔は怖くてたまらなかった。

 心の中にはあかりは賢一と幸せになれるという一種の核心がある。今日一日デートを尾行して大輔は心の底からそう思った。しかしそれを素直に受け止めることができなかった。

 結局大輔は両親が他界したあの日から何も変わってはいないのだ。早く大人になりたくて、色んな経験を積んで心身ともに大人になりたかったのに、大人になったのは上っ面だけだった。


 だったら俺は……


 大輔は心の中で自分のすべきことを考える。

 そして一つの答えを出す。


 しばらくの間黙っていた大輔を、あかりと賢一は神妙な面持ちで見つめることしかできなかった。

 風はさらに強く、凍てつくような冷気を伴って頰を打つ。


 大輔は無言であかりと賢一のそばにあった弁当を奪う。


 あかりと大輔を、家族をつなぐ確かなものは料理だ。

 大輔はそれを賢一に食べられまいと弁当を奪ったのだ。


「あっ、ちょっと!」


 いきなりの暴挙にあかりの反応は少し遅れた。賢一は殴られると思い、身構えたためにあかり同様に反応が遅れた。


 大輔は奪った弁当を賢一に食べられる前に食べてしまおうと少し離れたところで開ける。

 しかし中身を見た大輔は驚愕で目を見開き、動揺してそのまま固まってしまう。


 少し遅れて賢一とあかりが大輔に追いつくと、大輔は潤んだ双眸であかりを見上げる。


「なんだよ、この弁当……っ」


 大輔は開いた弁当をあかりに見せつけるように前に突き出す。


「肉じゃがに春巻、唐揚げにきんぴらごぼう。これ全部俺の大好物じゃねえか!」


「うん」


 色合いに欠けるお弁当の中身は全部大輔の大好物だと言う。


「…………くそ、これもかよ」


 大輔はおにぎりを大きな一口で頬張る。中身は大輔の大好きなおかかだった。


 賢一はその二人のやりとりを見て、大輔の代わりに思ったことを代弁する。


「このお弁当をなんで僕に食べてもらいたかったのかな?」


 その言葉にあかりは少し頰を朱に染め、大輔を慈愛に満ちた柔らかな瞳で見つめる。


「自慢かな」


 あかりはパッと花が咲くように微笑む。その微笑は弟の大輔すら魅了した。


「……自慢?」


 しかし大輔はよくわからないといった感じで聞き返す。


「そっ、自慢の家族がいるんだからその通り、自慢したくなるのは当たり前じゃない?」


「なっ!」


 なんの衒いなく口にした台詞に大輔は自分の体温が高くなるのを感じ、顔が朱くなるのを見られまいと顔を伏せる。


「それに大輔の大好物はそのまま私たち家族の味だもん」


「そんなことは……ないよ」


 真っ直ぐに見つめるあかりの眼差しを頭に受け、今度はその後ろめたさからまだ目を合わせることができない。


「大輔がいなかったら、私はお店を引き継ぐことも料理を作ることもなかった。大輔がいなかったら私は今の私ではなかった」


 大輔は姉に頼ったがために、子供のままだった。

 しかしあかりは弟がいたから大人になることができたのだ。


「私はあの時に大人になることを強要された。でも私は子供のままでいたいなんて思ったことないし、願ったこともないよ。だから自分で勝手に引け目を感じないで。私はあなたを憧れはするけど羨ましく思ったことはない」


 あかりは今の台詞に一つの本音を隠した。


「私は大輔と賢一さんに仲良くなってもらいたいの」


 いつの間にか、あれほど強まっていた風は鳴りを潜め、清涼感のある風が吹き始める。

 ずっとあかりの横顔を見つめていた賢一は朗らかな顔で頷いた。その瞳に裏はない。


「…………」


 ただし大輔は何も反応をしめさない。

 これだけ反発しておいて今さら後に引けなくなっているのか? それともまだ腑に落ちない点があるのか。

 どちらにしろこの揉め事の中心であるあかりが自分の気持ちを打ち明けた時点で大輔に勝ち目はない。

 もともと大輔は論理もクソもない感情論だけで挑んできたのだ。その感情論に感情論でぶつけられ、黙ってしまった大輔はもう負けたことと同義だ。

 それに大輔はもうすべてにおいて二人のことを認めていた。あとはこの話の落とし方だ。

 大輔はこのデートと二人の関係を壊そうとした。そして今さら笑って大円満とはいかない。

 大円満になるためには一手足りない。

 この場にいる三人がそれぞれに抱えてしまったわだかまりを解消してからでないといけない。


 ここで行動を起こしたのは賢一だった。

 賢一はスッと手を大輔に差し出す。


「僕たちはもう家族だよ。こんな歪な出会い方だったけど僕も大輔くんもお互いどこかで馬が合うと思っているはずだし仲良くできるよ」


 これ以上ない落とし所だ。

 あとは大輔が賢一の手を握れば三人の関係は良好する。

 しかし大輔はこれだけでは足りないと思った。

 この握手は悪く言えば賢一がここで起きた大輔の失態をなかったことにする、許すといった行為だ。

 だがそれは大輔自身が賢一に甘えたことに他ならない。

 それではダメだと大輔は自身に問う。


『ここで甘えてはいつまでも子供のままだ』


『それでは二人と並び立つことは出来ない』


『大人になるためにはーーーー」


お読みくださりありがとうございました。

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