姉弟
拙い文章ですが、よろしくお願いします。
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「ねえ、あの人だれ?」
その日の夜。あかりと大輔はテーブルを囲み夕食を食べていると、唐突に大輔は口を開いた。
「え? あの人ってだれ?」
大輔から言わせれば『あの人』といえば賢一のことでしかないのだが、見られてると思っていないあかりは見当がついていない。
「昼に弁当あげた人」
「えぁ? 賢一さん!? け、賢一さんはうちの店で毎日お弁当を買ってくれる常連さんだよ」
どう見てもお客さんとして以上の思い入れがあるのだが、あくまであかりはシラを切るつもりらしい。
「へ〜、ひとりのお弁当のためにわざわざメニューに乗ってないおかずを作るんだ? で、ローストビーフなんて一人前で作れないから、こうして余った分が夕飯に並ぶと」
赤字だね。と大輔はローストビーフを口に運びながら続けた。
予想以上にローストビーフが美味しかったのか、大輔は口に含んだ瞬間驚いた表情をみせた。
「でもお客さんの要望にはなるべく応えたいじゃない」
「でもあの人、ローストビーフは好物かもしれないけど、お弁当に入れてくれなんて頼んでないような素振りだったけど」
「うっ」
「それに随分と色目を使ってたみたいだし?」
「使ってないよ!」
「無意識かよ。これは重症だ」
あかりは赤面し、何も話せなくなり、大輔もそれを見てつまらなそうに食事に専念する。
「ごちそうさま」
大輔は食事を終え、立ち上がり、部屋を出ようとする。
ドアノブを掴み、出て行くのかと思いきや、足を止めてドアをじっと見つめる。
「……姉さんは知らないと思うんだけど、あの人さ……最近雑誌に載ってるくらい有名なIT企業の社長さんだぜ」
「え? それ本当?」
「二十代前半で起業し、三十を超えたいま上場企業まで会社を大きくした若き天才。青柳賢一」
「そ、そうなんだ。すごく落ち着いた、上品な人だったから……確かに言われてみればしっくりくる……」
「そんな人がさ、こんなお店に来ると思うか? 姉さんは騙されてるよ。姉さんはあの人に惚れてるかも知れないけどさ、あの人にとっては遊びなんじゃない?」
あかりは何も言えなかった。これほどの格差があって賢一が自分みたいな人間に本気になるわけがない。誰が見てもそう思う。
「……でも」
あかりは絞るように声をだす。
「賢一さんがそんな悪い人には見えないよ……」
あかりは賢一を信じている。疑えないほど賢一はあかりの心に住み着いていた。
「だからそれが騙されているって言ってるんだよっ!!」
今までドアに向かっていた大輔はあかりの方を向き怒号を吐く。
「明日、誘われてるんだろ? 絶対行っちゃダメだ! …………俺は姉さんが心配なんだよ……」
泣き出しそうな声。
大輔が本気で心配していることがわかる。
「あいつは詐欺師だ。姉さんをたぶらかす悪者だ」
あかりは泣き崩れた。
騙されたと思ったから泣いたのでなく、自分の大好きな賢一が悪く言われているのが悲しかったのだ。
「……なんで……なんでそんなこというの……? 賢一さんは優しくて面白くて……良い人なんだ……」
「だからそれがっーー!」
「ーーあんたに何がわかんのよっ!!」
初めて聞いた姉の怒号。
それは大輔を黙らせるには十分だった。
「上っ面の知識だけで賢一さんを語らないで。不快だわ……」
「俺は姉さんのことを思って」
「私にだって夢をみさせてよ!」
両親が亡くなり、店を受け継いだあかり。
同世代が青春を謳歌している時も大輔のために働いていたあかり。
大輔が負い目を感じている、脆い部分。
「ーーちっ。もう好きにしろ」
大輔はバタンッと大きく音をたてて部屋を出ていった。
ドアの向こうからは大輔が叫んでいるのが聞こえてきた。
「……私、最低だ」
大輔は賢一に嫉妬に近い感情を抱いていた。
家族という意味で大輔はあかりを愛していた。
たった一人の肉親が誰かに奪われる。それが大輔は怖いのだ。
もちろん賢一が優しい人なのは気づいていた。
だって自分の大好きな姉が信じた人だから。
「俺、最低だ」
お読みくださりありがとうございました。