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お弁当は家族のために  作者: 森林
1/8

定食屋のお姉さん

拙い文章ですがよろしくお願いします。

 9月某日


 夏の暑い日差しを木枯らしが隅へ隅へ追いやり、もう陽は登りっきているというのに肌寒さが全身を包んでいた。


「う〜さむっ」


 彼女は恨めしそうに空を仰ぐ。



「……今日は……」

 

 不意に言葉がでる。

 そして、そこまで出した言葉は続きが紡がれることはなかった。

 空に誰かの顔でも浮かんだのか、恋をした人が見せる少し哀愁が漂った表情に似ていた。

 彼女は店の前の掃除を終えるとそそくさと店の奥に入っていく。

 


 彼女の名前は宮下あかり。年齢は25歳。

 高校を卒業して郊外の大学へ進んだが両親が不慮の事故で他界。当時中学生の弟が居たため、大学を中退し、両親が営んでいた食堂のあとを継ぐ。

 小さな町の小さな店だがもともとの常連がいたことと、あかり自身が幼い頃から料理を手伝っていたこともあって味が損なわれるようなこともなかった。

 

「お父さん、お母さん。今日もお父さん、お母さんのおかげで元気に過ごしています。大輔は日本中を走り回っていてなかなか顔を見せにこないですが元気にやっているようなので安心してください」

 あかりは仏壇の前で手を合わせる。これはいつも店をあける前に行うだった。

 深く一礼をし、立ち上がろうとしたとき店の入り口と違う、つまり家の玄関が開く音がした。


「ただいまー」


 間の抜けた声、この声が弟の大輔の声だと認識するのは、姉として難しいことではなかった。


「姉さん、久しぶり」


 あかりは玄関まで駆け寄ると、そこには少し大人びた見慣れた顔があった。


「久しぶりじゃないでしょ大輔、どうしたの? 正月はまだ先よ」


「今度この近くの街で個展を開くことになったんだ。だから寄っただけ、明日にはでるよ」


 あかりの照れ隠しのジョークを大輔はスルーし、極めて簡単に単純に要件を述べる。


「そう……やっぱり売れっ子の写真家は忙しいわね。もっとゆっくりしていけばいいのに………」


「そうも言ってられないよ。やっとカメラだけで食えるようになったんだ。若い俺が安定して稼ぐには今が正念場なんだ。それに………………」


『姉さんに楽をさせたい』

 

 大輔はその思いを口にだすことはしなかった。

 大輔は少しひねくれた一面もあるが、どこまでも優しい人なのだ。あかりもそのことは重々理解しており、大輔がいま言わんとしたことも薄々とわかっており少しの笑みを見せる。


「……まあいいよ、姉さんおれ腹減ったよ。久しぶりに姉さんのご飯が食べたいな」


 あかりからの生暖かい視線を掻い潜るように大輔はそそくさと家の中へ入っていく。


「おっ、何この弁当? もしかして食っていいの? 俺の好物のきんぴらごぼう入ってんじゃん」

 

 大輔は台所に入ると目ざとく弁当を見つけた。


「ちょっと大輔! それはお客さんの弁当だよ、食べちゃダメ!」


 食べられそうになる弁当を、あかりは横から飛び込むように奪う。


「お客さんのって……ここ定食屋だろ? 弁当なんて……」


「最近始めたの! 食堂だけじゃ最近厳しいの!」


「なんだよ姉さん。お金に困ってるなら俺に連絡してくれよ。大した額はないけど、この店は両親の形見だろ。俺はここを直接守ることは出来ないけど、お金ぐらいだったらいつでも言えよ」


 大輔は夢があって、その夢のために店をほっぽりだして店のことをあかりに任せっぱなしだが、本人はそのせいであかりは自分の夢を諦めてしまったのではないかと引け目を感じていた。だから大輔はお金だけはあかりに苦労して欲しくないと考えていた。


「大丈夫だよ。本当に厳しくなったらその時はお願いします」


 あかりとしては弟に迷惑はかけたくないのだが、大輔が呆れるほどのお人良しだと知っているので、大輔の気遣いを素直に受け取った。


「それにしても弁当が一個って寂し過ぎないか?」


「よっ予約限定だから。まだ始めたばっかで知ってる人も少ないんだっ」


 妙にテンパっているあかりに大輔は胡散臭さを覚えるが大輔の興味は別のところにあり、気にしていない様子だ。


「姉さん、その弁当の具、もしかしてローストビーフか?」


「もしかしなくてもローストビーフだけど……どうしたの?」


 大輔が食い入るように弁当を凝視している。


「それにこれはアボガドのサラダ? 姉さんいつからこんな洒落た料理作れるようになったんだ?」


「このくらい作ろうと思ったらすぐ作れるわよ。洋風なの流行ってるでしょ? 要望を多かったのよ」


「まあ、多いけどよ……この店っぽくないな」


 大輔はこの店と両親に対する思入れも強い。この店に似合わない料理に抵抗を覚えていた。


「でもそんなことしなくても姉さんのきんぴらごぼうとか肉じゃがは絶品だし、わざわざ流行りに乗る必要はないんじゃないか?」


「それは……」


 あかりには大輔の言わんとしていることは分かる。あかり自身も両親が一生懸命営んで生まれたイメージを変えたくないのも事実だ。では何故あかりは今までの店に似合わない料理を作ったのか?


 ガラガラガラ


 すると店の入り口から来客を告げる引き戸の音が聞こえる。


「いらっしゃいませ!」


 あかりは逃げるように食堂へ小走りで駆けていく。


「どうも、また来ちゃいました」


 ビシッと折り目のついたしわ一つないスーツを着こなした、清潔感のある男が立っていた。男は片手を軽く上げ、ニカっと軽く笑う。


「いえいえ、賢一さんにはいつもご贔屓にしてもらって、ありがとうございます」


 あかりは先程、弟の大輔と話している時よりも甘い声で愛想よく振る舞う。


「あかりさんの料理、とても美味しいから虜になっちゃいました。お昼休みにあかりさんのお弁当食べないと午後に調子出ないんですよ」


 賢一は笑顔を絶やさずにあかりと接する。

 賢一の話し方や手振りからは育ちの良さが見受けられた。


「賢一さんは本当にお世辞が上手いから、私、本気にしちゃいますよ〜」


「本当のことですよ。あかりさん美人だし、料理も天下一品だし、彼氏がいないなんて信じられませんよ」


 あかりは顔を真っ赤にしながらパタパタと横にバタつかせる。 

 あかりと賢一を中心に生暖かい空気が漂っていた。


「ところであかりさん。急で申し訳ないんですけど僕明日休みが取れたんですよ。あかりさんのお店も明日休みじゃないですか、だから、その……」


 賢一らしくない歯切れの悪い言葉。何を言わんとしているかは察しがつくが、あかりは気づいていない様子だ。


「……僕とお出かけしませんか?」


「へ? おでかけ? ですか?」


 あかりからしたら予想外の言葉にあかりの歯切れも悪くなる。そして思考が回り始めると同じく顔が赤くなっていく。


「無理なら無理で良いんだけど……おっと、もう行かないと昼休みがおわってしまう。じゃあ明日、10時に駅前で待ってるから。行きたくないときは来なくても良いから」


「えっ? あっちょっと」


 賢一はあかりの返事を聞くことなく、急ぎ足でお店を後にした。


 賢一が去った後の店内はネズミの足音さえ聞こえそうなほど静まりかえっていた。


「お出かけってことはデートってことかな?」


 あかりはまた顔をゆでダコのように真っ赤にさせる。

 賢一といるとあかりは顔が赤くなりっぱなしだ。


 あかりは人生で色恋沙汰とは無縁の人生を送ってきた。

 美人ではあるため告白されたことはあるが、その全てを断ってきた。

 理由としては家庭環境的に恋愛をする余裕がなかったことと、そもそもあかり自身が恋をしなかったからだ。

 しかし今回は違う。

 あかりの反応をみると明らかに賢一を意識しまくっている。


「やだどうしよう? 私デートなんてしたことないし、可愛い服なんて持ってないよ。ってヤダヤダ! 私そもそも明日行くの? あーーーーどうしよーーーー!!」


 そこには見るに堪えない25歳の姿があった。

 そしてそんなあかりをつまらなそうに覗き見する大輔の姿があった。

お読みくださりありがとうざいました。

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