やさしいかぜ
歳の近い、家が近所の子どもたちは、よく一緒に遊んでいた。
誰が最初に誘うでもなく、学校が終わって、気が付くと、いつもの顔ぶれが公園に集まって、ジャングルジムやブランコや木登りや、追いかけっこをやっていた。
一番人気があったのは、やっぱりシンプルな「隠れ鬼」だった。
住宅街の一区画が全て戦場、他人の家の庭だってかまいやしない、情け無用の追いかけっこ。塀を上ったり、マンションに隠れたり、あらゆる手段で、逃げる。鬼はそれを、ひたすら見つけて、追いかける。
私は、とにかく走るのが苦手だった。
兄が二つ上で、その仲間に参加していたから、私も参加することになったのだけれど、とにかく私は、どんくさかった。折り紙やあやとりが得意なタイプ。走るのなんて、速くもないし体力もない。二つ下の子にも負けるありさまだった。
それなのに、子どもと言うのは残酷だから、私に遠慮なんてしやしない。遅い私は鬼になる。捕まえられるわけがない。捕まえられないと、夕暮れまで――「帰りましょ」のチャイムがなるまで、私はずっと鬼でいる。チャイムが鳴ると、鬼の私を置いて、声もかけずに、皆さっさと家に帰ってしまう。
そんな時が何度かあった後、一個上の男の子が、公園のベンチで、泣きそうになっている私の所にやってきた。チャイムはもう鳴り終わって、皆帰った後だった。その男の子は、近所で一番運動のできる、風のように足の速い男の子だった。
私は男の子の事を、「コウちゃん、コウちゃん」と呼んでいた。
コウちゃんは、私を迎えに来たのだった。
それからは、私が鬼になると、コウちゃんは、私が疲れた頃合いを見計らうように、さっと私の前に現れた。私はコウちゃんを追いかける。コウちゃんは、本当に風のように、私の伸ばした指先を僅かに躱して、私の近くを、ひらひらと蝶々のように飛び回った。
私は一生懸命になって、コウちゃんに挑んだ。
そして最後には、必ずコウちゃんは、私にタッチをさせてくれた。私が頑張らないと、コウちゃんはタッチさせてくれなかったけれど、私が頑張って、笑顔が泣き顔に変わる、そのギリギリのところで、ポンと、その優しい腕とか背中とかを触らせてくれた。
コウちゃんはいつも笑いながら、「もう体力の限界だ」とでもいうようなふりをして、私が逃げてゆくのを見送っていた。私の「隠れ鬼」はこうして、コウちゃんのおかげで、楽しいものになっていった。
――ふと、そんなことを思い出した。
小学校の高学年。
足は、学校で一番早い。
そんな我が息子が、夕方ごろ、公園で、膝をすりむいて泣いている女の子の手を取って、水道でその傷口を、洗ってやっているのを見たからだった。
私の小さい「コウちゃん」は、家に帰ってきてもそんな話は全然しない。お風呂に入って、のほほんとしている。マイペース。その隣には、元祖「コウちゃん」が、やっぱりのほほんと、息子と寄り添って座って、まだあどけない頬をぷにぷにとつまんでいる。
私の夕方はいつもこう、のんびりと時間が流れてゆく。