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終章

終章


 帝都の中でどこよりもきれいな造りをしている廊下。天井は高く、床にはいかにも高級そうなカーペットが敷かれ、暗がりを作らない様に絶え間なく壁に掛けられた造形の複雑な燭台、そこに立てられている蝋燭には1つも欠けることなく火が燈されていた。

 その長い廊下を2人の男女が静かに進む。奥の大きな扉の前に着くと、その前で立っていた男が扉を開け中へと誘う。その先の空間は更に仰々しくあしらわれており、奥にはまるで神が座るかのような立派な椅子があった。しかし、そこに実際に座っているのは、神でもなければ悪魔でもない、ただの人間だった。しかし、中へと入った2人は、その人間に対して跪く。

「お連れ致しました、陛下」

 まず口を開いたのは、昨日3位騎士長から騎士団長へと昇格したアルヴィスだった。そして続けて口を開いたのは、この度誘拐に遭い、事の発端となった第7皇女。

「アイリス・ローゼンクロイツ、唯今帰還致しました」

「よくぞ無事に戻ってきた、アイリス」

 椅子に座ったままの皇帝ガルジャーノン・アル・ローゼンクロイツは、帰還した娘に言う。

「お父様のご尽力のおかげです」

「ふむ」

 しかし、そこで少しばかりの沈黙が流れる。それを打ち破ったのはアイリスの言葉だった。

「この度の事件で私は学んだことがあります」

「……何だ?」

 アイリスは立ち上がり、高い位置に座る皇帝を見上げ、その言葉を言い放った。

「貴男は皇帝に相応しくない」

「何? アイリス、何を言っている?」

「全て聞きました。今回お父様は勇者を募り、私の奪還と魔王の討伐を行ったそうですね」

「それが何だ?」

「その勇者の中には帝国の騎士は1人も含まれていなかった。尤も私を救い出す為に、騎士団を総動員したとしても、それはそれで国の防衛能力を失うので、あってはならないことですが。しかし、貴男は国を護る為ではなく、自身を護る為に騎士団を残した。そうですね?」

「国とは王がいなければ成り立たない。そして王さえいれば、国は成り立つ。この国で最も価値のある命は余だ。それを護って何が悪い?」

「善悪はわかりません。ただ、その考え方には賛同しかねるということです。敵が帝都に攻め入った時、貴男は何をしていたか」

 皇帝が答えようと口を開けた瞬間、声が出る前に遮って彼女が話し出す。

「答えずとも知っています。貴男は我先にと逃げ出した。国民がまだ残っているにも関わらず、兵が戦っていることを知りながら、我が身大事と思い逃げ出した」

「言ったであろう。王である余こそが国、余が生きる残ることは国が生き残る事と同義である」

「だから貴男は皇帝には相応しくない。国とは人の集まり。そこには王も貴族も平民もない。皆押し並べて同じ、人。決して1人の人間だけが突出しているのではない。王とは民を先導する者であって、支配する者ではない。国とはそういうものです」

「成程。アイリス、貴様の意見はよくわかった。しかし、皇帝は余だ。今貴様が何と言おうと意味はない。どうやら攫われたことで正気を失っているのだろう。しばらく休むといい。アルヴィス騎士団長。アイリスを連れて行け」

 しかし彼は、その命令に従おうとせず、その場から動かなかった。

「お父様。彼は騎士団長です。貴男の兵ではない。国は飽く迄、騎士団に依頼しているのですから、彼に動いてほしいのであれば、貴男は頭を垂れお願いするのが道理では?」

「……何だと!? 余に頭を下げろと言うのか! ええい! 2人を捕えろ!」

 皇帝の言葉で左右に立っていた直属の十字騎士が動き、2人を捕えに掛かる。しかし、目前で彼らは退けられた。

 その場に現れたのはハイネとレティ、そして魔王ロメロだった。

 その光景に皇帝や十字騎士、大臣なども驚く。

 ハイネは刀を抜き、レティは槍を構える。そして同じようにアルヴィスも剣に手を掛けた。

「貴様ら……!」

「お父様……いえ、ガルジャーノン・アル・ローゼンクロイツ。貴男の時代は終わりです」

「アイリス……貴様、まさか……」


『クーデターを起こす気か!?』

 大きな声でハイネがヒューゴに訊ねた。そこは撤退を余儀なくされた船の上。相当に消耗しているヒューゴはマストの根元に背中を着け、苦しそうに座っていた。周りには、アイリス、レティ、ロメロ、リノなどの今回の戦闘に加わった者達が集まって話を聞いていた。

『そうだ。今回はエルダートを何とか退けたとはいえ、それはごく一部に過ぎねぇ。現俺達は今、敵の援軍により撤退せざるをえなくなった。そして皇帝が今のままでは、近いうちに侵略される。今回の俺達の戦いは無意味になる。だから、あいつには皇帝の座を降りてもらう』

『そんなのどうやってやるのよ?』

 ヒューゴ考える手段が想像できないレティは、自身の持つ疑問を正直にぶつけた。

『それこそ文字通りのクーデターだ。力で奪い取ればいい。我が身大事の皇帝だ。命の為なら皇帝の座など容易く明け渡すはずだ』

『次の皇帝は誰がなるのよ?』

『そこに打って付けの奴がいる』

 残った左手を重たそうに上げ、アイリスを指差した。

『ハイネ、お前はアイリスを護る騎士となれ。それが要求だ』

ガルガントを封じた後、ヒューゴとハイネの決闘は一撃で勝敗を決した。そして負けたのはハイネだった。

『レティアル、お前もできればハイネに協力してくれ』

『あんたが私に頼み事するなんて……』

『ロメロ、帝国との戦争を終わらせたいなら――』

『わかっている。ワタシも協力しよう』

『アイリス』

『……はい』

『後はお前の好きなように国を変えればいい。だが、1人じゃねぇ事を忘れるな。こいつらはお前の味方だ』

『はい』

『ヒューゴ、君はどうする気だ?』

 苦しそうに話すヒューゴに対してハイネが問い掛けた。

『残念だが、俺はここまでだ』

『どういうことだ……!?』

『お前達には言ってないが、この刀を解放した時点で、俺の命はもう長くない。今は何とか抑えているが、それももう限界だ』

 この中でその事をすでに知っていたのは、アイリスだけだった。

『う……そ……』

 そしてその事を全く知らず、受け入れ難い現実を突きつけられた事に半ば放心する女が1人。

『……レーリエ』

 彼女は苦しそうに座り込むヒューゴに近づき、床に手を着き顔を近づける。

『嘘だよね? ヒューゴ。死ぬなんて嘘だよね……?』

『本当だ』

 涙を浮かべた彼女の目がヒューゴの顔だけを捉える。

『泣くなよ。お前は笑ってる方が可愛い』

 あまり力が入らない状態の左手で彼女の涙を拭う。

『でも……でも……。ボク……これからどうすればいいの……?』

 それでも彼女の涙は止まらない。

『……俺の事は忘れて、新しい相手でも見つけるといいさ』

『そんなこと……できないよ……』

『……悪いな。1日も付き合ってやれなかった。もっと一緒にいて、恋人らしいことしてやりたかったけどな』

『だったら――』

『なぁ』

 レーリエの言葉を遮り、彼女に声を掛ける。

『……何?』

『笑ってくれ』

 ヒューゴの最期の願い。彼女はそれに精一杯の笑顔を返した。

『やっぱりそっちの方が可愛いな』

『えへへ。ありがと』

 ヒューゴは最期の力を振り絞り立ち上がろうとする。それをレーリエが支え、何とか立ち上がった。

『……じゃあ……俺は少し疲れたから……休憩するわ……』

『ああ……お疲れ、ヒューゴ』

 力を失い、前方に倒れ行くヒューゴをハイネが片腕で支えようとし彼の腕に触れた瞬間、ヒューゴの体はまるで光の灰になったかのように砕け散り、風に流されていった。そこに残されたのは〝一〟の数字が彫り込まれた刀身が半透明の白い刀だけだった。


 そしてガルジャーノン・アル・ローゼンクロイツが皇帝の時代は終わりを告げ、新皇帝としてアイリス・ローゼンクロイツが即位した。

 翌日、その事実は帝都全体に知れ渡り、その後数日で帝国全土に広まった。

「陛下、今後のご予定は?」

 アイリスの騎士となったハイネとレティは、彼女に対して跪き質問する。

「我々は未だエルダートの脅威に曝されています。そしてそれは今のままでは解決できない。だから新生ローゼンクロイツ帝国決議第壱號として、魔境との講和条約と同盟条約を結ぶ必要があります」

「しかし、それは彼、ロメロも理解していることでしょうから、締結に問題はないかと?」

「ええ。彼は賛同してくれるでしょう。しかし、国民はどうです? 私達はまず国民の賛同を得なければならない。君主主義の時代は終わったのです。これからは私が目指すのは、皆が平等で、民が決め、民が国を創る、民主主義国家です。いずれはこの皇帝と言う地位もなくなるかもしれません。ですが、それまでは私を助けて下さい」

「はい、陛下」

 

 帝都東外壁門前


「エレノアちゃん、早くー」

「レーリエ、急いだって仕方ないでしょう」

 2人は大きな荷物を持ち、帝都を出るところだった。

「でもボクは早く行きたいの! 早くヒューゴに会いたいの!」

「レーリエ……わかっているんでしょう。あいつはもう……」

「生きてるよ。だって、人ってあんな死に方しないでしょ?」

 砕け散り光の灰のようになって消えたヒューゴの姿を思い出す。エレノアもそれを近くで見ていた。

「だから、探しに行くの! ハイネ君達は騎士としてここに残らないといけないから、ボク達が行くしかないじゃない。それに感じるんだ、ヒューゴの魔力。だから、きっとまだ生きてる」

「何故、私も行かないと行けないのよ……?」

「だってボクこっちの事あんまり知らないもん。だからエレノアちゃんの助けがいるの! いいじゃん。牢屋に閉じ込められるよりはさ」

「まぁ、それもそうね」

 そして2人は帝都を出て東へと歩を進める。


「あの皇女、皇帝になったのかよ。これもお前の予想通りか?」

「さぁ、どうかな」

「ハッ! クール気取ちゃって。お前のそういう所が嫌いなんだよ」

「俺に負けた奴が何言っても遠吠えにしか聞こえねぇよ」

「次戦えば僕が勝つ」

「だったら試してみるか?」

 言い争う2人の男。

「やめなさい2人とも。折角、助かった命です。互いに削り合う事なんて不毛でしょう」

 2人の言い争いを、透き通るような女の声が止めに入る。

「じきに日が暮れます。少し急ぐとしましょう。貴方達は黙っていなさい。ヒューゴ、ルシオ」

 平野を1人で歩く女は、誰もいない虚空に言葉を投げ掛けた。




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