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七章

七章


「第三、第六部隊は被害状況の確認! 第八、十二、十三、十五部隊は医者と回術師を集めろ! その他騎士で回術が使える者は、負傷者の治療に当たれ! 死体は後回しだ」

 多くの騎士が走り回り、状況の確認、治療、搬送など行う。騎士団第3位の階級を持つ騎士が指揮をとる。

 ――まさか騎士団最高位であるガンガント騎士団長と、第2位のアーレス副団長が裏切ったとは……。一体、帝国はどうなってしまうのだ…………。

 ガンガントとアーレスの2人が抜けた穴は大きかった。そのことに大きな不安を募らせる。

「皇帝陛下の無事が確認されました。十字騎士の方々によって避難されていたそうです。たった今、城に帰還したとのことです」

「わかった。被害状況はどうなっている?」

「それが……」

「何だ! わかったのなら報告しろ」

「……住民の被害はほとんど報告されておりませんが、騎士団のおよそ5分の1、1000名以上の魔力消失が確認されています」

「な…………1000名……だと……」

 ここ数年で騎士団は少し形態を変えていた。今までその多くが貴族だったが、平民以下からの採用も積極的に行い、その数を増やした。これは魔境との休戦が長く続き、相手は戦力を蓄えていると考え、それに備えての単純な数による戦力強化が目的だった。

 現在、騎士の総数は5000名を超えている。

しかしながら、平民以下は相変わらず下級騎士止まりがほとんどであり、精々中級騎士になれるのがやっとという状況は変わっていない。

 ――敵の侵入から1時間足らずで1000名……。魔術や兵器による広範囲攻撃はなかった。全てが白兵戦。それで1000名だと……。

「アルヴィス卿、今後いかがなさいますか?」

 騎士団長と副団長が抜け、現在実質騎士団最高位に当たるアルヴィスの名前が呼ばれる。

「……ああ、お前は引き続き、被害の調査に当たれ」

「了解しました」

 アルヴィスの許から指示を受けた騎士が離れる。

「ワタシ達も手伝おう」

「ん? ……ああ、そうだな。頼む」

 後ろから話しかけられ、振り向きその者を確認する前に返事をしてしまった。

「なっ……! 貴様は……!?」

そして振り返り、彼が人間でないことを確認した。白い髪に黒い角と尾と翼を生やした人型の魔族。その斜め後ろに立つ者の下半身が獣のそれと同じ形をした女の魔族。

アルヴィスは、すぐに腰の剣に手を掛ける。同時に、周囲の騎士も彼を警戒する。

「ワタシの部下にいくらか回術の使える者がいる。彼らを呼ぼう」

 身を翻し、背を向ける魔族に向かって言葉を放つ。

「待て! 貴様……魔族が何故ここにいる? この機に乗じて帝都を攻め落とす気か?」

「ワタシはロメロ。魔族の王だ」

「魔王……!?」

 ロメロ達は帝都に着いてから皇帝を探していたが、結局見つけることは叶わなかった。

「キミ達に危害を加えるつもりはない。キミ達を救いたいだけだ。人手が足りていないのだろう? ならば、ワタシ達にも手伝わせてくれ」

「信じると思うのか?」

「信じるかどうかキミに任せる。だが、それが事実だ。リノ」

「はい」

「ハイネとレティはどこにいる?」

「南外壁門の外にいるようです。そこにはまだ治療部隊は向かってないようです」

「わかった。キミは彼らの許に向かい、ワタシが戻るまでできる限りの治療をしてやってくれ」

「畏まりました」

 そう言うと彼女は南へと向かった。

「斬らないのか?」

 その場に残ったロメロがアルヴィスに問い掛ける。

「…………本当に手を貸してくれるのか?」

「先程の敵はワタシをも攻撃してきた。つまり、キミ達と共通の敵ということだ。ならば、今我々が争っている場合ではない。例え一時だとしても、今我々は協力し合わなければならない」

「……わかった。あんたを信じよう。だが、他の騎士も皆そうはいかないだろう。だから、ここに呼ぶのは回術の使える者だけだ。そしてその者達には、監視役を付けさせてもらう。無論、あんたにもだ。それでいいか?」

「構わない。信じてくれてありがとう。では、ワタシは転移魔術で一度我が城に戻る」

「私も行く」

「いいのか? 単身魔境に乗り込むのと同じだぞ?」

「監視役だ」

「そうか」

 その言葉を最後に2人は光と共に姿を消した。


その後、ロメロ達は十数人の回術の使える魔族と人間を連れ、再び帝都に戻ってきた。ロメロの監視役として彼と共にいるアルヴィスの許に、1人の騎士が歩み寄ってきた。

「アルヴィス卿」

「なんだ?」

 問い掛けに対し、騎士はロメロに一瞥して答えた。

「皇帝陛下が魔王を連れて来るようにと」

「……わかった。ロメロ、いいか?」

「構わない。ワタシも陛下とは一度話をしたいと思っていた」

「そうか。お前のことは私から陛下にお話しする。このような非常時だ。陛下をわかっていただけるだろう」


「貴様が魔王か?」

 魔王であるロメロの前にいる者、玉座に偉そうに踏ん反り返って話すはローゼンクロイツ帝国現皇帝ガルジャーノン・アル・ローゼンクロイツ。

「はい。ロメロと申します」

 翼を畳み、片膝を着き、頭を差し出し答える。

「この度は、このような事態の中――」

「貴様の仕業か?」

「は? 仰っている意味が――」

「あの赤き天賊を差し向けたのは貴様の仕業なのだろう」

「なッ……ワタシでは――」

 ロメロ達が赤軍と呼称した敵に対して、帝国は赤い服より天を駆ける艇の方が印象に残ったためか、彼らは敵に対して天賊と呼称した。

「黙れッ! 今ここで全ての元凶である貴様の首を落としてくれるわ!」

「お待ちください陛下! 彼は――」

 2人の会話にアルヴィスが割って入る。しかし、その言葉に聞く耳を持たず、皇帝は彼に命令を下す。

「アルヴィス3位騎士長。魔王の首を刎ねろ」

「陛下ッ! 彼は天賊とは関係ありません。天賊は彼ら魔族の敵でもあるのです。」

「だからなんだと言うのだ? 所詮魔物など畜生。手を噛む獣は殺しておかなければならない」

「しかし、陛下。我々だけでは天賊に対抗できません。今は彼らと協力して次の天賊の襲撃に備えなければ――」

「協力だと? 何を言っておるのだ? 畜生と手を組むなど危険なこと。例え今は懐いたふりをしたとしても、すぐに寝首を掻きに来る。ならば、今その畜生を殺しておくべきであろう? アルヴィス3位騎士長……いや、アルヴィス騎士団長。再び命ずる。魔王の首を刎ねよ」

「陛下……」

「成程」

 膝を着いていたロメロが立ち上がる。そして高い位置に座る皇帝を見上げ、言葉を吐く。

「確かに、彼の言う通り無意味な可能性だったな。目先のことしか考えず、自身の事を一番に考える。こんな者が大国の王とはな。アルヴィス。仕える主君が彼であることを不憫に思うよ」

「何をしておるアルヴィス騎士団長! 早く首を刎ねよ」

 三度命じるが、彼は動こうとはしない。

「ええい! 十字騎士(クロイツェン)! 魔王を殺せ!」

 その掛け声と同時に隠れていた十字騎士が数人現れ、ロメロに襲い掛かる。しかし、ロメロの翼と尾の一振りで簡単に薙ぎ払われた。それほど容易くあしらわれたのは、彼らの傷がまだ癒えていなかったからだろう。

 攫われた皇子皇女の残った十字騎士も従え、一斉に攻撃を仕掛けさせたが、それが簡単にやられたことに皇帝は恐怖した。

「ひいぃぃ」

 皇帝は、慌てて玉座から立ち上り逃げて行った。

 静まり返った玉座の間でロメロの声が響き渡る。

「ワタシはこれから赤軍……天賊の根城に攻め込もうと思っている。今回彼らが退いたことには理由があるはずだ。その理由はわからないが、恐らくは不利な状況になったか、不利な状況になる可能性があると踏んだからだろう。ならば、次の襲撃に我々は耐えられない。キミはどうする? アルヴィス」

「……すまないが、私は行けない。あれでもこの国の皇帝なのだ。私が騎士団長となったからには、今ここを離れるわけにはいかない」

「そうか」

「だが、それまでは手を貸そう」

「いいのか? 騎士団長自ら魔王を手助けしても」

「構わないさ。ほとんどの者は知らないが、帝国騎士団という名でありながら、正式には騎士団は帝国に属さない独立した組織だ。例え皇帝陛下とて騎士団に命令を出して動かすことはできない。皇帝ができるのは、飽く迄騎士団への依頼だけだ」

「わかった。なら、帝国騎士団に天賊討伐のための依頼をしたい」


「リノ」

「ロメロ様」

 ベッドに横たわるハイネとレティの傍らに立つリノに話しかける。ルイの回術による治療を終えた2人は、南外壁門近くの病院に担ぎ込まれた。

「ルイは?」

「他の者の治療に」

「そうか。2人の容体は?」

「傷が内臓に達していなかったのは不幸中の幸いかと。しかしそれでも、相当傷が深い様で、完全に回復するには時間が……」

 治療魔術である回術も万能ではない。浅い傷や骨折などは完全に治すことはできるが、切り落とされた腕を再び生やしたり、内臓の損傷などはそれだけで完全に治すことはできない。だから、今もなお医術が存在している。

「わかった。では、彼ら2人は置いていこう」

「どこかに行かれるのですか?」

「我々はこれから赤軍、これからは天賊と呼称するが、彼らの根城へと攻め込む。今なら彼らも多少なりとも消耗しているだろう」

「天賊の根城はどこにあるのか、お分かりなのですか?」

「詳しい場所まではわからないが、あの艇は南へと向かった。帝国が過去幾度となく南に調査隊を送ったが、ほとんど帰ってこなかった。恐らくは天賊の仕業だろう。その情報とあの艇から発せられていた、恐らくは魔力を抑制、或いは無効化する障壁か何かの痕跡からある程度の場所は絞れる」

「畏まりました。では、魔王軍を集結させます」

「ああ、頼む」

「僕も行く……」

 苦しそうにベッドから起き上がったハイネが、2人の会話に入り込む。

「しかし、その傷では――」

「傷が何だ。ヒューゴがあいつらと行ったんだ。放っておけるわけないだろ」

「でも彼はあなたを裏切ったのでしょう? ならあなたが追ったところで意味はないのでは?」

「リノ」

「申し訳ありません。しかし……」

 リノの告げる事実がハイネの心に深く突き刺さる。そしてその事実を続けようとしたリノの言葉をロメロが制止した。

「ハイネ。キミはヒューゴと戦えるのか? 彼は今、敵だ。キミや仲間の命を狙ってくるかもしれない。その時、キミは彼を殺す事になるのかもしれないのだぞ?」

「…………その時は……その時は、僕が殺す。他の誰でもない。僕が」

 幼馴染で親友のヒューゴに対して使った〝殺す〟という強い言葉。それだけの決意が彼にあるのだろうとロメロも察する。

「……わかった。ならキミも来るといい。傷はそれまでに全力を尽くして回復させよう。キミはどうする? レティ」

 ベッドの上で横たわったままのレティに対して、ロメロは質問を飛ばした。彼女が目覚めていることに気付いていなかったのは、この中でハイネだけだろう。

「私も行くわ」

「ダメだ、レティ。危険すぎる」

 彼女を心配し止めようと言葉を投げかけるがそれは無意味だったようで、彼女は隣のベッドに座っているハイネの胸倉を掴み言葉を返した。

「あなたにヒューゴを殺させない。絶対に」

「…………」

「あなたはヒューゴを殺せば、絶対に後悔する。あなたは優しいから。だから絶対に殺させない。これはヒューゴの為でも、あなたの為でもない。私の為よ。だからあなたに私を止める権利はないわ」

 彼女の凄みに負けたわけでも、彼女の理屈に賛同したわけでもない。ただ彼女の言葉がありがたかった。だから他の言葉が出なかった。

「ありがとう。わかったよ、レティ。一緒に行こう」


飛空艦艇アクァラス


「久しぶりぃエレノアぁ」

「お久しぶりです、イレーナさん」

 後ろから抱き付いてくるイレーナに対して、エレノアは少しバランスを崩しながらも立ったまま静かに返した。

「もぉ普通にイレーナって呼んでって言ってるじゃなぁい」

「いえ、あなたの方が階級は上ですから」

「でもぉ4と5で1つしか違わないじゃなぁい?」

「それでもあなたは4.(ディン・フィーア)でその隊の隊長。私は5.(ディン・フュンフ)でその隊の隊長。小さい数字の方が強く階級は上。実力主義である退魔の刻印(ヘクス・ツァイヒェン)では、あなたは私より上の立場なのです。呼び捨てになんてできません」

「あたし、帝国人なのにぃ?」

「それは関係ありません。あなたが帝国人であろうと退魔の刻印に所属し、私より強いのであれば私より上の階級が与えられる。それだけのことです」

「まぁそうだねぇ。なら、仕方ないかぁ」

 エレノアを離し、彼女に抱き付いていたその手の位置を変える。

「ところでさぁ」

 イレーナの手はエレノアの脇の下を通って、彼女の胸を鷲掴みにする。

「きゃあ!」

 咄嗟の事に女らしい声を上げるが、イレーナは構わず彼女の胸を揉み続けた。

「ヒューゴにバレたんだってぇ? この胸のせいでぇ」

 それはエレノアが皇女アイリスとして偽っていたことだろう。

「ちょ……やめて下さい、イレーナさん……」

「やめないよぉ。だってあたし言ったじゃなぁい。エレノアだとアイリスと違って胸が大きいからすぐバレるってぇ」

「でも……それは私しか適任がいなかったからであって……」

「彼女がいるじゃなぁい。副隊長のレーリエがさぁ」

「か、彼女には無理です……。あの子が皇女を演じるなんて……できるわけないでしょ……」

「確かにそぉだけどさぁ……うりうりうりうり」

 謎の擬音を発しながら、執拗にエレノアの胸を揉み続ける。しかし、その手は急に止まった。

「はぁ……はぁ……」

 少し息切れをしているエレノアに抱き付いたまま、レーリエに目線を向けて言った。

「ねぇ、なんかぁレーリエおかしくなぁい?」

「……はぁ……おかしいって、何がですか?」

「だっていつもなら『ボクもやるー』て言って、一緒にあんたの胸を揉みに来そうなのにさぁ」

「え……それは……」

 その想像をしてしまったエレノアは、若干嫌な気分になった。しかし、よくよく考えてみればレーリエなら本当にそう言って絡んできそうなものである。

「確かにそうですね」

「でしょぉ。何かあったのかしらぁ?」

 海の上を南へと向かうアクァラスの中では、ガルガントが指揮をとっていた。その後方で何もわからないヒューゴは、ただ立っているだけだった。

 ――まさかガルガント団長とアーレス副団長が赤軍の人間だったとはな。加えてルシオ、イレーナ、ラスペルも赤軍側か。そして俺も……。

「そう警戒することはない。君はもう私達の仲間なのだから」

 眉間に皺を寄せ、周囲を見渡していたヒューゴが、ガルガントには周囲を警戒しているように見えたようだ。

「いえ別に警戒しているわけでは……ただ、この艇はどうやって飛んでいるのかと思いまして」

「私も詳しいことは知らない。私が造ったわけではないからね」

「そうですか」

「不思議かね? この艇を含め、ここには君の知らない物ばかりだろう」

「はい」

「しばらく時間がある。少し見て回ってきても構わない。この先君の知らない物ばかりだ。ここで少し慣れておくといい。イレーナ、案内してあげるんだ」

「えぇー、あたしがですかぁ? もっと適任がいると思いまぁす。例えばぁ、ルシオとかぁ?」

 その瞬間、ルシオがイレーナを睨み付ける。それに対して彼女は満面の笑みを返した。そしてしばらくの沈黙の後、

「あのーッ」

その言葉が、沈黙を破った。

「よかったら、その……ボクが案内してもいいですか?」

女でありながら『ボク』という一般的に男性が用いる一人称を使う少女、レーリエ。

「いいだろう。ヒューゴ、彼女に案内してもらいなさい」

「……はい」

「じゃー行こっかー」

 レーリエはヒューゴの手を引っ張り連れて行った。


「案内するような場所はこんなもんかなー」

 アクァラス内で知る限りの場所を案内し終わったレーリエは、少し疲れたように言った。

「まー艦艇だしね。そんなに案内する場所なんてないよねー。あとは、そーだなーガルガント閣下とその他隊長副隊長の個室が用意されているぐらいかなー。そこも見る―?」

「そうだな。一応」

「じゃーこっちー」

 再びヒューゴの手を引いて、個室の並ぶ廊下へと連れて行く。

「ここだよ。この通路の右側にある部屋が隊長の部屋で左が副隊長の部屋。奥の突き当りにあるのが閣下の部屋だねー」

「隊長は何人いる?」

「6人」

「副隊長は?」

「ボク1人。そもそも以前まで副隊長なんて制度なかったからねー。エレノアちゃんが隊長になった時、幼馴染だったボクを副隊長として任命してからできた制度なんだよ。だから左の副隊長の部屋は、ボクの部屋以外空いてるから適当に使っていいんじゃないのかなー?」

「お前は何番だ?」

 部屋の扉には、それぞれ1から6の数字が書かれており、それを見て彼女に訊いた。

「ボクは5だよー」

 それを聞いたヒューゴは、通路左側の5と書かれた副隊長の部屋の前に立つ。

「そ。そこがボクの部屋」

 そしてヒューゴは何も言わずにその扉のドアノブに手を掛け、開けようとした。

「ちょ、ちょっと、何してんの?」

「ダメか?」

「いや、だって女の子の部屋だよ? それに部屋の中汚いし……」

「……そうだな。悪かった」

 ドアノブから手を離し、1歩下がった。

「戻ろう」

 身を翻し、背を向け歩き出すヒューゴの背中を見て、彼女は意を決して言葉を投げ掛けた。

「待って!」

 彼女の言葉で足を止め、振り返る。

「そ、その……入っても……いいよ?」

「……そうか」

 ヒューゴは再び扉の前まで歩き、2人とも5の数字が書かれた部屋の中へと姿を消した。

 その様子を陰から見ていた2人がいた。

「あらまぁ、レーリエったら大胆ねぇ」

「ちょっとイレーナさん。私達は何でこんなことをしているのですか?」

 エレノアとイレーナは物陰に隠れるのをやめ、互いに普通に立ち上がって会話をし始める。

「なんでってぇ、だって気になるじゃなぁい? あんたもレーリエの様子がおかしいの気にしてるんでしょぉ?」

「それはそうですが……。でも、こんなことをしていても何もわからないでしょ?」

「そぉかしら? あたしはもぉわかっちゃったけどぉ」

「何なのですか?」

「恋ね」

「恋? ……まさか。会ったばかりですよ。そんなすぐに恋に落ちるなんてあり得ません」

「そぉかしらぁ? 世の中一目惚れなんて言葉もあるんだからぁ、別に不思議な事でもないでしょぉ? 聞いた話じゃぁ、あの子ヒューゴに抱えられてたって言うじゃなぁい。それって多分あの子が負けたからでしょぉ?」

「でも、それだけで恋なんて……いくらなんでもちょろ過ぎませんか?」

「確かに傍から見ればちょろい女って映るかもしれないけどぉ、あの子とかあんたのような退魔の刻印で生まれた子って子供の頃からずっと戦闘訓練してたんでしょぉ? それで今まで恋なんてぇしたことなかった」

「まぁ、確かにそんな暇はありませんでしたけど」

「しかもぉ、レーリエは今まで負けなしだったのよねぇ。それが初めて負けて死ぬはずだったのにぃ、助けれて抱えられてぇ、しかも彼女ごと攻撃すると言ったあんたから守るなんて言われたんでしょぉ? 更にそれが好みの男だったらぁ簡単に恋に落ちるんじゃなぁい?」

「イレーナさんもそうなのですか?」

「あたしぃヒューゴは、好みじゃないからわかんないけどさぁ。まぁレーリエなんかは例え相手が女だとしても恋してたんじゃないのぉ?」

「女同士は……」

「異性か同性かなんて関係ないわよぉ。恋は盲目なんだからぁ」

「そうかもしれませんが――」

 その後も2人の会話はしばらく続いた。

一方で部屋に入ったヒューゴとレーリエも会話をしていた。

「なんでまた俺を入れる気になった?」

「いや、そのなんて言うか……気まぐれ?」

「聞くな。知らん」

「あ、ごめん」

「それより椅子か何かないのか? 少し疲れた」

「椅子はないかなー。個室って言ってもここをずっと使う訳でもないしね。ボクは必要ないから椅子置いてないんだー」

「そうか」

 短く返すと1つだけ置いてあるベッドに腰を下ろそうとする。

「え、そこ座るの!?」

「……そうだな。人のベッドに無闇に座るもんじゃねぇな。わかった。床に座ろう」

 そう言って今度は床に腰を下ろそうとするが、レーリエはそれを止めた。

「わ、わかった。ベッド! ベッドに座っていいから」

 その後に小さく呟いた『床だと汚いし』という言葉には、聞こえなかったふりをした。ヒューゴは床に下そうとした腰を上げ、ベッドに座る。

「どうした? お前は座らねぇのか?」

「あ、いや、ボクは……」

 ずっと視線を向けてくるヒューゴに負け、座ることにした。

「じゃあ、床に……あっ」

 そう言って床に座ろうとするレーリエだが、ヒューゴは彼女の手を掴み、引っ張って引き寄せ隣に座らせた。

「こっちでいいだろ」

「……うん」

 照れたように緊張してヒューゴの横に座る。それでも少し恥ずかしいのか、彼女は彼との間に少し距離をとった。

「色々聞きたいことがある」

「何?」

「今向かっている先は、お前達の国なのか?」

「うん。ボク達の国はエルダートって名前で、それでボク達はエルダートの退魔の刻印(ヘクス・ツァイヒェン)って組織なわけ。国の防衛機関みたいなもんかな? 帝国で言うとこの騎士団みたいなものだね」

「過去に帝国が南に送り出した調査隊が帰ってこなかったのは、お前たちのせいなのか?」

「その時代の事はよく知らないけど、なんかー自分たちの存在を知られないために、エルダートに近づいてきた人達は捕えてたんだって」

「知られたらまずいのか?」

「んーとねー、エルダートの人達ってキミ達みたいに魔術が使えないんだよね」

「そうなのか?」

「うん。魔力は持ってるんだけど、それを体外に放出する性質を持ってないんだって。だから、エルダートの人から見たら魔術を使える人間ってのは、すんごく脅威なんだってさ。ボクは別にそんなこと思わないんだけどね」

「何故だ?」

「だってー、見ての通りボク達の国って技術がすごい進歩してるから。帝国や倭国は魔術があって、色んなことができるそれに頼ってきたから技術の進歩がすごく遅いんだって。エルダートは、逆にそういう奇跡みたいな力が使えないから技術が進歩したんだって。それでもボク達は魔力を放出できない代わりに、魔力を体内で腕力とか脚力とかに変換できるんだけどね。それに元々の身体能力は帝国人より遥かに上だし」

「だからお前達の高速移動には魔力痕がないのか」

「うん。魔術じゃないからねー。でも、この魔力の変換って訓練すれば、帝国人や倭国人もできるんだって。出力はボク達に劣るらしいけどさ。だから帝国人はボク達にとって脅威になるって言ってた。退魔の刻印で隊長やってる6人の内4人は帝国人だしー、それ考えるとやっぱり脅威なのかもねー」

 4人とは恐らくアーレス、ルシオ、イレーナ、ラスペルのことを指しているのだろう。

「敵国の人間が何故隊長なんかやってるんだ?」

「エルダートっていうか退魔の刻印は実力主義だからさー、単純に強ければどこの国の人間だろうと隊長になれるんだよね。ま、元々が敵国の人間だから信用があるのかは知らないけどさ」

「なるほど。その信用を得る為に、帝国を攻めたのか」

「え、どういうこと?」

「ルシオ達は元々帝国人だ。そいつらが退魔の刻印側だと証明するには、祖国を攻撃させればいい。本当に退魔の刻印側なら躊躇なく攻撃できるはずだろ。違うのか?」

「んー。その辺はボクよく知らないなー。でもそれじゃあ、ヒューゴがさっき男と女の2人と戦ってたのもそういうことなの?」

「ハイネとレティか。まぁそうすればエレノアが俺を迎え入れると言ったからな」

「ふーん」

 レーリエは、あまり興味なさそうに返事しながら、後ろに倒れベッドに体を預ける。

 仰向けで寝転がる彼女に、ヒューゴは彼女の頭の横に手を付き、自らの影で彼女を覆った。

「え、ちょ……」

 動揺する彼女を無視して、セミロングの黒髪に触れ指に絡める。

「お前たちは皆黒い髪をしてるのか?」

「え、あ、う、うん。エルダート人は黒髪だよ。だから倭国人として何人も帝国や倭国に潜入してる。あ、でもガルガント閣下は違うんだよね。エルダート人なのに、髪は白いんだ。だからなのか、あの人だけ魔術が使えるの。だから退魔の刻印の総首やってるんだよね」

「瞳は赤いんだな」

 レーリエの話を無視して、髪が指に絡んだままの手で、その頬に触れ目の色を確認する。

「う、うん……」

「顔も赤いな」

「そ、それは……その……」

「俺も目は赤い。そして髪は黒い」

「……そーだね」

 ヒューゴは数センチのところまで顔を近づける。彼女は緊張で息を少し荒げながら答えた。

『諸君。間もなく退魔の刻印に到着する。帰還の準備をしたまえ。ヒューゴとレーリエはこちらへ戻ってくるんだ』

 艦艇内にガンガントの声が響き渡る。その声が一体どこから聞こえたのかヒューゴにはわからす周囲を見渡す。

「今のは艦内通信だね。この艦内全体に声が届いただけだから、探してもここにはいないよ」

「そう……なのか」

「うん。それに呼ばれたから戻らないと。だから……その……退いてもらっていいかな?」

「ん? ああ、悪い」

 ヒューゴは彼女の上から退き、ベッドから立ち上がった。それに合わせて彼女も体を起こす。

「道を覚えてねぇ。案内してくれ」

 まだベッドに座った状態の彼女に手を差し伸べる。彼女も少し躊躇しながらもその手をとり、立ち上がった。

「わかった」

 そして短く言葉を返した。

 再び戻ってきたヒューゴにガルガントは言った。

「長い案内だったな」

「問題でしたか?」

「いや。それより見たまえ」

 そこから見えたのは、海のすぐそばにそびえ立つ6角形の形をした大きな建物だった。

「あれが退魔の刻印(ヘクス・ツァイヒェン)。我々の要塞だ。では、降りる準備をしようか」


 要塞、退魔の刻印にアクァラスに乗っていた者達は降り立つ。

「閣下」

 ガルガント、ルシオ、ヒューゴを含めた数人になった時、ルシオがガルガントを呼び止めた。その理由が何なのか察したガルガントは、言葉を返した。

「いいよ。納得できないのなら、君が納得できるようにするといい」

「はい」

 返事をするルシオに背を向け、ガルガントとアーレス達はそのまま先へと進んだ。そして、その場に残ったのは、ルシオとヒューゴ。その他にイレーナとラスペルとレーリエだった。

 ヒューゴもその場に残ったのは、彼もルシオの意図を察したからだろう。

「ヒューゴ」

 ルシオは彼の名を呼ぶ。それに対してヒューゴは、言葉を返さず目線を向けた。

「僕と勝負しろ」

「何故?」

「ここは実力主義の組織だ。実力もない者を仲間とは認めない」

「お前は決闘で俺に負けただろ? その時、今後一切俺にちょっかいを出さねぇという要求を呑んだはずだ」

「ここは帝国じゃない」

「……そういうことか。なら俺が勝ったら今度はどうするんだ?」

「勝ってから言え」

 そう言うや否や、腰から剣を抜く。対峙するヒューゴも刀の柄に手を掛ける。

「イレーナ。どちらが勝つと思うかね?」

 横から2人のやり取りを見るラスペルが、同じように見物するイレーナに質問する。

「何それぇ。おかしぃ。キャハハハハハハ。そんなの決まってるじゃなぁい」

 彼女は笑いながら言葉を返した。

 相手が構えたことを確認してから、ルシオはヒューゴに向かって襲い掛かった。

 その動きはただ単純に真っ直ぐに向かっていくものだった。

 ――莫迦が。その程度の動きじゃ俺に付いて来れねぇってが、まだわかんねぇのか。

 一瞬で決着を着けようと加速移動魔術の韋駄天で背後をとろうとした。

 しかし、その瞬間1つの違和感に気付く。

 ――何ッ……!?

 ヒューゴに向けられ振り下ろされるルシオの剣を紙一重で躱した。そして繰り出される2撃目を刀で弾く。そこからはルシオが攻撃し、ヒューゴが防御する形の一方的な攻防戦となった。

「今頃気付いたのか、ヒューゴ! そうだ。ここでは魔術は使えない」

「クソッ…………」

「いや……厳密には使えないことはない」

 そう言いと目の前にいたはずのルシオは視界からその姿を消し、背後へと回っていた。

「韋駄天ッ!?」

ヒューゴもその動きが目で追ったが、韋駄天の使えない今の彼の体は追いつかなかった。それでもぎりぎりのところで背後からの斬撃を弾く。

 そしてそこにできた隙にルシオは蹴りを叩き込み、ヒューゴの体は吹き飛ばされた。宙を舞い着地してからは床を転がり、数回転後に動きを止めた。床に倒れるヒューゴに向かってルシオは歩いてゆっくりと距離を縮める。

「お前は昔、僕に言ったな。努力しない才能は、才能のない努力に劣る、と。閣下にも同じようなことを言われたよ。だから、僕は努力した。お前よりずっとな。今では韋駄天も使える。魔術だけじゃない。打術も斬術も昔の僕とは異にしている。お前は僕に『才能に胡坐を掻いている』と言ったが、どうやら韋駄天が使えるという才能に胡坐を掻いていたのは、お前の方だったな。最後に1つ教えよう」

 ヒューゴの許まで至ったルシオは、彼を見下し言い放った。

「才能無き者の努力では、才能有る者の努力には到底敵わない」

 ヒューゴに向けられ放たれた魔術が直撃した。


 目を覚ましたヒューゴは、見知らぬ天井を見上げる。尤も退魔の刻印に於いて、ヒューゴの知るものなど何1つないだろう。

「あ、起きた?」

 ベッドの上に仰向けで寝るヒューゴの顔をレーリエが覗き込む。

「ここは?」

「医務室」

「……そうか」

 ヒューゴは少し痛む体を無理に起こす。レーリエもそれを支える。

「ここでは魔術は使えねぇのか?」

「うん。この要塞6角形だったでしょ? あの6つの角に魔力抑制装置があってね、そのせいで魔術は使えないようになってるの」

「なら、何故ルシオは使えたんだ?」

「訓練してるから。魔力抑制装置って言っても完全に抑え込めるわけじゃない。だから使おうと思えば使えるみたい。でも、訓練して慣れてないと、まず使えないし。使えたとしても出力は通常時より大幅に下がるんだって」

「その6つの装置はそれぞれ隊長が守ってるってわけか」

「え、うん。よくわかったね」

「隊長の数と同じだからな」

「なるほどー」

「ここに連れて来てくれたのは、レーリエか?」

「あ、うん。そうだよ」

「それでずっとそこにいたのか?」

「うん」

「そうか。ありがとう」

 ヒューゴは何の躊躇いもなく、ベッドの横の椅子に座るレーリエを抱き寄せ礼を言った。

 その突然の行動に彼女は動揺し、一気に顔を赤らめた。抵抗はしないが、それでもその状態が続いては、恥ずかしさの余り倒れてしまいそうだった為、気になっている事を切り出した。

「あ、あの! 烏山って名前のことなんだけど!」

「何だ?」

 彼女を離すことなく聞き返した。レーリエは、これで一旦離してもらえると思っていたが離してもらえなかったため、落ち着くことができず次の言葉を少し詰まらせて話すことになった。

「いや、その、えっと、あ、会わせたい人がいるんだ! 隊長! 2番の2.(ディン・ツヴァイ)の隊長! その人、昔帝国に潜入してて、その頃の名前が烏山って言うんだって」

 その言葉を聞いたヒューゴは漸く彼女を離し、彼女も漸く落ち着くことができた。

「会わせてくれ」

「じゃあ付いて来て」

 レーリエはヒューゴの手を取り、そのまま医務室を出た。彼女が手を繋いだのは、彼に気があるからか、或いは傷付いた彼の歩幅に合わせる為か、彼女自身すらわかってはいないだろう。

 レーリエに連れられしばらく歩き、着いた先には2という数字が書かれた、大きな扉だった。

「ここだよー」

 彼女はその大きな扉をノックした。

「5.副隊長、レーリエ・キャンドールです。ヨハネス隊長に会いたいという者をお連れしたのですが、よろしいでしょうか?」

 いつもの言葉遣いとは違う、目上に対する敬語を使う。すると、扉の向こうから返答がくる。

「入りなさい」

「行こ」

 握った手を引っ張り、扉を開けて部屋の中に入る。

「失礼しまーす」

 レーリエはいつもの口調に戻る。その後を黙ったままヒューゴが入る。

 そこには40代か50代ぐらいの男が立っていた。彼女はその男を指してヒューゴに紹介する。

「この方が2.のヨハネス隊長だよ」

「話は聞いている。僕はヨハネス・カルゼンだ。君の名前は?」

 ヒューゴに握手を求めて手を差し出してくる。しかし、ヒューゴはその手を一瞥しただけで、手を出さない。自分より背の高いヨハネスを見上げるように視線を戻し、言葉を吐き捨てた。「俺の名前? そんなもの教える必要はねぇだろ」

「ちょっとヒューゴ! 隊長に対してそんなこと言っちゃダメだよ」

 横から小声で注意するレーリエ。だが、彼女の注意を無視して更に言葉を続けた。

「あんたは俺の名前をすでに知ってるはずだ。何せ――あんたが付けた名前だからな」

 それを聞いたヨハネスは、驚いたように目を見開き、1歩後ずさる。

「……ま、まさかヒューゴなのか……?」

「そうだ。烏山翆(すい)の一子、烏山向吾。烏山夜羽(やは)、あんたの息子だよ」

「え? え? ええええエエエエェェェェ!」

 その時、最も驚いたのは、他でもないレーリエだった。

「ヒューゴとヨハネス隊長って親子なの!? じゃあヒューゴってハーフなの!? まさかボクの予想が当たってたなんて!?」

 1人大声で驚く彼女の手を握ったままのヒューゴは、その手を引っ張り体を引き寄せ、彼女の肩を抱き、さらに顔を近づけて言った。

「レーリエ。悪いが、少し2人にしてくれねぇか?」

「……うん」

 一気に顔を赤らめたレーリエは、静かに答えた。そして彼女は赤い顔のまま部屋を出た。

 部屋の中にはヨハネスとヒューゴの2人だけになり、一気に静まり返る。その静寂はヨハネスが打ち破った。

「久しぶりだな」

「そうだな」

「でかくなったな。あれから、もう何年になる?」

「14年だ」

「そうか。翆……母さんは元気にしているか?」

「さぁな」

「会ってないのか?」

「ああ。もうこの世にいねぇからな」

「な……!? まさか……」

「死んだよ。7年前に」

 今まで知らぬ事実にヨハネスは、力の入らぬ脚で1歩後ろに下がった。

「……そう……だったのか……。母さんは最期に何か言っていたか?」

「最期まであんたを信じてたよ。生きていると。ずっとあんたは捜していた」

「……そうか」

「母さんの言った通り、あんたは生きてた。だから――」

 ヒューゴは足を踏み出してヨハネスに歩み寄る。そして彼の胸倉を掴み睨み付け、大声で怒鳴り散らした。

「だから俺は真実が知りてぇ! あの日……あんたが、あんた達が消えたあの日、何があったのか!? そのために俺はここに来たんだ!」

 大声が部屋中に鳴り響く。しかし、ヨハネスはそれに1歩も退くことなく、静かに答えた。

「そうだな。ヒューゴ、お前には教えておくべきだな。これまでの事。そしてこれからの事を」

「これからの事じゃねぇ! 俺はあの日の事が知りてぇんだよ!」

 更なる怒号にも怯むことなく、胸倉を掴む手を退けて、彼の横を歩き抜けながら答えた。

「知りたいのなら付いて来なさい。あの日何があったのか、真実を教えよう」

 部屋を出ようとするヨハネスの背中を見て舌打ちのしながら、その後を追った。

 扉を開けたすぐ傍には、壁に凭れ掛かって待っているレーリエがいた。しかし、扉を挟んだ部屋の外にいた彼女にも、先程の怒号が聞こえていたようで、少し怯えたように口を開いた。

「あ……あの……ヒューゴ――」

しかし言葉を続けようとした所で、いきなりヒューゴに手を握られ止めてしまった。

「レーリエ。すまないが、自分の部屋に戻っててくれねぇか? 後でお前の部屋に行くから」

「え? え、ヒューゴがボクの部屋に?」

「ああ、だから今は部屋に戻っててくれ」

「あ、えっと……わかった。じゃあボク、部屋に戻ってるね。部屋の場所は――」

「大丈夫だ。後で誰かに案内してもらう」

「……わかった」

 彼女は握られた手を今度は自分から握り返し、それを挨拶としてその場を去った。

「彼女とはどういう関係だ?」

 走っていくレーリエの背中を見ながら、ヒューゴに質問する。

「別に。今日会ったばかりの他人だ。今はまだな。それよりあんたに付いて行けば、真実とやらが知れんだろ。早くしろ」

「そうだったな」

 その後2人は会話することなくしばらく歩き、地下牢のある場所へと辿り着いた。

「ここは?」

「見ての通り地下牢だ」

「違う。何故ここに来たのか、聞いてるんだ」

「すぐにわかる」

 ヨハネスは更に奥へと突き進む。

「ここだ」

 連れてこられた先は、今までの単純で頑丈な鉄格子の牢屋ではなく、ヒューゴから見れば未知の技術が使われたような、もっと未来的な場所だった。

「ここも牢屋なのか?」

「そうだ」

 彼は何かの盤を操作し、扉を開けた。その奥には鉄格子とガラスがはめられた牢屋があった。牢として使われているとういうことは恐らくそのガラスは、自身の知る粗末なガラスとは透過性から強度も何もかも違うのだろうと容易に予想がついた。いや、それ以前にそれはガラスではないのかもしれないと疑った。

 しかし、注目すべきはその牢ではなく、その中に囚われている人達だった。その風貌が変わっている為、すぐには気付かなかったが、それはヒューゴの知る人たちだった。

「どういう……ことだ……」

 そこに囚われていたのは、かつて14年前に失踪した村人達だった。

 ヨハネスが入ってきたことに気付いた囚われているかつての村人は、まるでそれを意に介さないかように気軽に話しかけていた。

「ヨハネス。久しぶりだな。最近来なかったからどうしたのかと思ってたぜ」

「悪いな。ここ最近少し忙しかったから、来れなかったんだ」

 ガラス越しに彼らはまるで友達のように会話していた。間に壁がありながらも、まるで彼ら自身にはそれが見えていないかのように。

 和気藹々と話す姿に疑念を抱き、徐に彼の胸倉に掴みかかった。

「おいッ! どういうことんなだよ! これはァ! なんで消えた村人がここにいるんだ!」

「ヨハネス!」

 怒号を飛ばされるヨハネスを心配してか、牢の中の村人は彼の名前を呼んだ。

 それに対してヨハネスは、心配ないと手で示した。

「大丈夫だ。ヒューゴ、全て話す」

「ヒューゴ? そいつ、もしかしてお前の息子の向吾なのか?」

 聞き覚えのある名前。そして当時、村の中で唯一の黒髪だった子ども。村人の1人が、怒鳴る男を見て、それが烏山向吾だと理解するのに時間は掛からなかった。

「そうだ」

「向吾、久しぶりだな。覚えてるか? オーレンだ」

 そうやって何人もの同じ村に暮らしていた人達が、笑顔で話しかけてくる。見たことのある笑顔だ。昔と変わらない笑顔。だが、今のヒューゴにはそれが嫌だった。それが理解できなかった。何故、笑っていられるのか。

「なんでだよ! どうしてだよ! 何故、あんたらは笑っていられる!? 捕まってんだろ? この国に。この組織に。なのになんで笑っていられるんだよ!?」

 ヒューゴは牢の中の彼らに怒鳴り散らした。怒号に対して、少し沈黙するが彼らは答えた。

「そりゃあ、ヨハネスがいなきゃ俺達は死んでたかもしれないからな」

「どういうことだよ……?」

 ヨハネスの胸倉からゆっくりと手を離す。

「ヒューゴ。お前の思っている通り、僕は帝国人でも倭国人でもない。ここエルダートの人間だ。当時、僕は退魔の刻印の一兵卒で倭国人と成りすまし、帝国への潜入任務が与えられた。そこで出稼ぎに来ていたお前の母さん、翆に出会った。今思えば一目惚れだったのかもな。そして出稼ぎを終えた翆は、村に戻ることになった。その時、翆はすでにお前を身籠っていてな、僕は退魔の刻印を裏切り、翆と一緒に村に行った。やがて、お前が生まれ10年の間はお前の知る通り村の住人として暮らした。僕はそれで幸せだった。ずっと続けばいいと思っていた。だが、ある時僕は退魔の刻印に見つかった。そしてガルガントに脅された。お前や翆、他の村人を殺されたくなければ、10人の村人を退魔の刻印に連れて来いと」

「何故、村人を拉致する必要があった?」

「研究するためだよ。帝国人は僕達エルダート人と違い、魔力を放出する特性を持っている。それが我が国では脅威とされていた。だから、彼らの力を研究し、それに対抗する術を見出すために今まで何人もの帝国人を捕えてきた。僕が生まれるよりずっと前からね。僕に選択肢なんてなかった。だから、僕は魔物退治と装い、彼らを引き連れ村を出た。後は、待ち構えていた退魔の刻印の兵が彼らを攫った。そして僕は村へ戻ることができず、そのまま退魔の刻印へと帰還した」

「それが真実なのか……?」

「そうだ」

「……なら……なら母さんは何の為に死んだ? ずっとあんたを信じてた。ずっとあんたを探してた。なのに、あんたは戦うこともせず、仲間を売り、敵になった! そんなあんたを信じて母さんは死んだのか!?」

「……すまない。だから僕は――」

「だから今更何ができる!? 母さんは死んだんだ。もう遅いんだよ!」

「違う! 確かに翆はもういないかもしれない。だが、お前はまだ生きてる! だから、僕はお前のために戦う。過去の過ちはもう繰り返さない。僕はお前の父親なんだ! お前はもう僕の事を親だとは思ってないかもしれない。だが、僕はお前の事、我が子だと思っている。だから僕は、力を付け、この地位まで上り詰めた」

「どういうことだ?」

「やめておこう。お前がここに来たということは、帝国を、仲間を捨てたんだろ? なら――」

「違うな。俺がここに来たのは、ただ真実を知りたかったからだ。それを知った今、俺にはエルダートだろうが、帝国だろうが、そんものは関係ねぇ」

「だったらお前は何のために今ここにいるんだ?」

「わからねぇよ。目的は達成した。次の目的なんてねぇ」

「お前はさっき僕の、仲間を捨てたという問いに、違うと答えたな。ならば仲間の為に戦ってやれ。僕のようになるな。だから――僕はこの退魔の刻印を壊す!」

「壊すだと? ここの頭領は、あのガルガントだろ? あんなバケモンに勝てんのかよ?」

「僕1人では無理だ。だが、彼らが協力してくれる」

 そう言って牢の中に囚われている人達を指した。

「それに恐らく今日明日の内に、魔王達が攻めてくるだろう」

「そうだろうな。それであいつらと協力するってのか? だが、ここじゃあ魔術は使えねぇ。魔族と言えど、あいつらも半ば魔術に頼ってきた種族だ。到底、勝てるとは思えねぇ」

「そう。ここでは魔術は使えない。魔力抑制装置がある限りは。だから――」

「それを破壊するのか?」

「そうだ。全部で6つ。この建物は空から見れば6角形の形をしている。その角に当たる部分に、角宮と言われる各隊長が守護する宮殿がある。そこに魔力抑制装置が置かれていて、それが常に作動し、この退魔の刻印内では魔術が使えないようになっている。そしてその装置は1つだけでもガルガントのいる中心部で効果を発揮する。だからそれらを全て破壊する。お前にはそれを手伝ってほしい。我が子に戦えと言うのも酷な話だが……」

「そんなことはいい。それよりその装置が置いてある角宮とやらは、隊長が守護してるって言ったな? それはつまり隊長を全員倒すってことか?」

「装置の破壊さえできるなら倒す必要はないが、敵戦力を削ぎ、且つ装置を確実に破壊する為なら倒すほうがいいだろう」

「それができたとしてガルガントは誰が倒す? あんたか?」

「いや、僕はここでの力の序列は2位。しかし、それはガルガントを除いての話だ。僕の上にまだ1.(ディン・アイン)のアーレスがいる。だから、ガルガントは魔王に倒してもらうしかない。ガルガントが唯一警戒し、この戦いを引き起こし、討とうとした相手だ」

「もし魔王が来てなかったら?」

「その時は僕がやる」

「倒せんのか?」

「確証はないが、勝機はある」

「なるほどな。だが、それ以前に1つ無理な話がある。俺はここに来た時、隊長であるルシオと戦った。だが、魔術が使えないというだけで手も足も出なかった。そんな俺が到底戦力になるとは思えねぇ」

「エルダート人が魔力を膂力に変換する特性、イクシードと言うが、これは訓練すれば帝国人にも扱えることを知っているか?」

「ああ。レーリエに聞いた。だから、帝国を危険視したんだと」

「そうだ。だからお前はここでも戦えるはずだ。エルダートの血を半分継いでいるお前なら」

「……だからって一朝一夕で、できようには――」

「できる。エルダート人は訓練せずとも生まれつきその特性を扱える。なら、お前にもできるはずだ」

「そうかよ。じゃあ、あんたは一体何をするんだ?」

「僕はアーレスを倒す」

「でもアーレスはあんたより力の序列は上なんだろ?」

「策はある」

「そうか」

「協力してくれるか?」

「……少し考えさせてくれ」

「わかった。だが、あまり時間はないぞ。それとこのことはエルダートの人間には――」

「言わねぇよ。俺も別に完全にここに連中に寝返ったわけじゃねぇ。初めてここの連中を見た時、黒髪と赤目であんたがここにいる可能性を考え、ここに来た。だからって俺は帝国の為に戦おうとも思わねぇ。この国が帝国を支配すれば、今より帝国が良くなると思ってんのも事実だ。だが、もしあんたの作戦に乗るとして、仲間は多い方がいいよな?」

「まぁそうだが……」

「だったら、レーリエになら話してもいいんじゃねぇか?」

「しかし、彼女は退魔の刻印の人間だ」

「だが、あいつは十中八九俺に惚れてる」

「ただの自意識過剰じゃないのか?」

「その可能性も否めねぇな。だけど、これまでに手を繋いだり、抱きかかえたり、抱き寄せたり、抱き付いたり、顔を近づけたりしたが、顔を赤らめたり、恥ずかしがったりはしても嫌がったりはしなかった」

「拒否する勇気がなかったかもしれないぞ?」

「だったら、気を失った俺を医務室まで運んで、起きるまでずっと待ったりしないだろ」

「それはそうかもしれないが、お前は彼女の気持ちを利用する気なのか?」

「それが?」

「それは流石に――」

「外道か? 何とでも言えばいい。敵戦力を減らし、味方戦力を増やすことができるなら、それに越したことはない」

「……わかった。お前の好きにするといい。だが、もし彼女がお前ではなく、退魔の刻印に残るようであれば――」

「その時はどうとでもするさ。だが、その前に――」


「あなたにお訊きしたいことがあります。アイリス皇女殿下」

 地下牢を後にしたヒューゴは、皇子や皇女が軟禁されている一室に来ていた。

「貴男は?」

 他の皇子や皇女は端で怯えていたり泣いていたりしている中、最も長く軟禁され慣れたせいかアイリス皇女は普段と変わらぬ態度で答えた。当然ここにいる皇女は本物であり、その証拠に胸のふくらみはなかった。

「俺は烏山向吾と言います。ヒューゴとお呼びください」

「わかりました、ヒューゴさん。それで何のご用でしょうか?」

 窓もなく、床も踏んでも音が響かないことから相当に頑丈だと言うことが窺えた。恐らくは壁や天井も同じだろう。出入口はヒューゴが入ってきた扉1つである。そのためか外に監視役はいたものの、中に監視役は1人としていなかった。

「あなたは今の帝国に何を思っておられますか?」

「敬語はお止め下さい。祖国から攫われた皇族など、その身分はないも同然。普段通りの話し方で構いません。貴男は普段そのような話し方ではないでしょう?」

「俺の事を御存知なのですか?」

「いえ。(わたくし)から見た印象による偏見です。間違っていたのでしたら謝ります」

「いや……その必要はねぇよ。お前の言う通り、普段はあんな喋り方はしねぇ。だが、本当に皇女であるお前に向かってこんな喋り方でいいのか?」

「構いません。先程言ったように、帝国でないここでは私は身分などないも同然」

「お前と言う呼び方も許すのか?」

「当然です。貴男の方が年上。ですから、私は貴男を敬称を付けて呼びます。ですが、貴男は私のような若輩に気を遣う呼び方などする必要はありません。名前を呼ぶ時もアイリスと呼び捨てで構いません」

「そうか。どうやらアイリスは他の皇族とは違う価値観を持ってるようだな」

「そのように評価していただいて幸いです。さて、話を戻しましょう。先程の質問。私が帝国をどのように思っているか、でしたね」

「ああ。聞かせてくれ。他の皇族と違う価値観を持った、お前の価値観を」

 アイリスは少しの沈黙を置き、静かに答えた。

「私は帝国に不満を持っています。私の母はご存知の通り、倭国人です。そして母は、帝国で言う所の平民に当たる身分を持っていました。しかし父、陛下は母の容姿を気に入り、妻として皇族に迎え入れたと聞きます。もちろん平民であり、帝国人でもない他国の者を皇族に迎え入れる事に多くの者は反発したそうです。倭国人は魔術を得意としませんが、数々の道場や流派があるように斬術を得意としています。母もそうであり、私は母に斬術を教え込まれました。母はいつも私に言っていました。『例え皇族であろうとも、その身は安全ではない。いつ戦場に立つかは、わからない。最も信頼できる武器は、己だと知りなさい』と。そんな母は、皇帝に見初められ平民から成り上がったと周りから妬まれ、私を守り暗殺されました。その後、皇妃という後ろ盾を失くした私をお兄さまやお姉さまなどの皇族、加えて貴族達は私を見下すようになり、嫌がらせを受けました。それでも私は母の言葉を信じ、誰にも頼らず、斬術を研鑽しました。次第に私への攻撃は無くなりました。ずっと練磨を続ける私からの報復を恐れたのでしょう。そこで私は1つ疑問に思ったのです。何故、彼らが私を殺さなかったのか。それまでに母のように暗殺する機会など、いくらでもあったはずです。でも、しなかった。私は思いました。恐らく、彼らは誰かを見下さなければ、自分の居場所を認識できない弱い人たちなのだと。そんな人たちが国を統治しているから階級差別があるのだと。階級差別があるから母は殺されたのだと。私は国を出たかった。しかし、私は1人で生きる術を持たないことを知っている。1人では、嫌でも自らの身分にすがらなければ生きてはいけないのだと。自らも弱い人間でした。そして私は国を変えようと思いまいた。母のために、自分のために。帝国に住む1人の国民として。だから私は自らの地位を守り、皇位継承権を手放さなかった。皇帝になれば、国を変えられると思ったから。しかし、次第にそれでは甘いと考えるようになりました。例え私が皇帝になったとしても、私は弱い人間であることには変わりはない。私が皇帝になったところで、帝国の根底は恐らく変わらない。いえ、いずれその根底に私は殺されることでしょう。ですから、私は帝国をその根底から壊すことが必要だと考えました。でも、その方法は私にはわからない。そんな時、この国が帝国に攻め込みました。だから私はむしろこのままこの国の占領下におかれた方がいいのではないか、とすら思っています」

 長く続けた話をここで切り、その間にヒューゴは言葉を挟んだ。

「なるほど。では、もう1つ聞きたい。もし、帝国を根底から変えることのできる者が皇帝になるとしたら、お前はどうする? それでもこの国の占領下に置かれた方がいいと思うか?」

「この国の占領下に置かれた時、必ずしも今より良くなるとは言い切れません。それは今の貴男の意見も同様です。例え皇帝が変わり、帝国を根底から変えることができるとしても、その変わり方次第では今より悪くなるかもしれない。それに根底から変えるだけの覚悟のある者など、私を含め皇位継承者の中にはいません」

「それは単純に自分の命が狙われるかもしれねぇからだろ?」

「そうです。他の者は我が身第一と思っているのでしょう。私は変革者となる自分が死んでしまっては、結局何も変わらないと思っています。だから、死ぬかもしれないというリスクを負う覚悟はあっても、それだけのリスクを負うことはできない。滑稽なものです」

「そうか。お前の考えはわかった。また来る」

 ヒューゴは身を翻し、ただ1つの出入り口へと歩を進める。その途中で1度、立ち止まりアイリスに1つ質問をする。

「お前斬術が使えると言ったな。それは刀か? それとも剣か?」

 主に倭国で使われる、片刃で湾曲した刃を持ち、斬撃に特化したものを刀。主に帝国で使われる、両刃で直線的な刃を持ち、刺突に特化したものを剣と大別される。彼女にはその質問の意図するところはわからなかったが、それでも何か意味があるのだと思い答えた。

「刀です」

「そうか」

 短く返し、再び扉へ向かって歩き、部屋を出た。


 次に向かったのはレーリエの部屋だ。そこらを歩いていた兵に場所を聞き、彼女の部屋を探し出した。

 扉をノックし名前を言うと、扉はすぐに開かれ中に招かれた。

 部屋の中で2人きりというのが恥ずかしいのか彼女はしばらく黙っていたため、先にヒューゴから話を切り出した。

「レーリエ、話がある」

「あ、うん。ボクも少し聞きたいことがあるんだ」

「ならお前の話から聞こう」

「うん。じゃあ、その、単刀直入に聞くけど、ヒューゴってボクのことどう思ってる?」

「す――」

「正直に答えて! 本当の答えが聞きたいから」

 彼女の言葉がその表情からも本気だと言うことが窺えた。

「好きだ」

 ヒューゴが短く答える。恐らくは彼女が望む答え。

「本当?」

「本当だ」

「でも、今日会ったばかりだよ? それなのにそんなすぐに好きになれるの?」

「一目惚れに比べれば、好きになるだけの過程があったはずだが」

「……うん。そうかもね。ボクもね、ヒューゴのこと好きになっちゃった。初めて男の人を好きになった」

「そうか。なら――」

「でもね。ボクはヒューゴのこと本当に好きだけど、ヒューゴはボクのこと好きじゃないよね?」

「何を言って――」

 ヒューゴの言葉を遮ってレーリエは話しを続けた。

「さっきね。エレノアちゃんが来たの。それでね、ヒューゴはボクを利用して味方に付けるためにボクに歩み寄ったんだって言ったの」

「…………」

「ボクもね、何となくわかってた。でもね、それでもいいかなって思ってたんだ。エレノアちゃんもボクがそれでいいなら好きにしなさいって。でも、なんかエレノアちゃんを裏切るような気がして、それだと後で絶対後悔するって思ったの。だから――」

「レーリエ……」

「だから! ボクはもうキミとは居られない。もうこれ以上好きにならないために」

「…………」

「恋って辛いんだね!」

 少し涙を流した彼女は、それでも飛び切りの笑顔を向けて言い放った。手でその涙を拭い、その手でヒューゴの体を少し押した。

「ごめんね。勝手で。でもそれがボクの答えだから。だからヒューゴの話は聞けない。それを聞いちゃうと……多分、ボクはここに居られなくなるから……」

 下を俯き、目は髪で隠れ、顔は見えなかった。

「……わかった」

 ヒューゴはそれ以上彼女に近づくことなく、ゆっくりと後ずさり部屋を出た。


 時間は過ぎ、夜になった。

 ヒューゴは自分に宛がわれた部屋のベッドで眠る。

「まさか貴方の方から、私に会いに来ようとは」

 目の前で微笑みを浮かべた口を開くのは、ハイネ、レティと戦っている最中に現れた白い長髪の女。美人ではあるが、30歳は確実に超えているであろう女。彼女は、以前と違い白い服を着ている。その服の上からでもわかるほどの巨乳は健在だった。

「今回は服を着てるんだな」

「ええ。見ての通り私は女ですから。無闇にその肌を晒すべきではないでしょう? それに私が裸では貴方も冷静でいられないと思いましてね」

「言ってろ、阿呆」

「ふふ。それよりもよくここに来れましたね」

「不思議か?」

「いえ。過去にも貴方のように自ら私に会いに来るものは多々いました。さて、こんな夢とも幻ともわからない世界に来てまで、私に会いに来た理由は何ですか?」

「わかってんだろ?」

「ふふ。力ですか」

「そうだ。力が欲しい。極夜皇、あんたにはまだ別の力があるはずだ」

「ほう。何故そう思うのですか?」

「あの刀からは一切魔力を感じない。それは恐らく常時魔力吸収能力が働いてるからだろう。つまり魔力を一切放ってねぇってことだ。なら、今まで吸収してきた魔力は一体どこへ消えた?」

 白漣集は作られてから1000年経っていると聞く。その1000年この刀は幾人もの使い手に渡り、幾人もの人や魔物を斬ってきただろう。そうして血を吸い取り、刀に染み込み、時が経ち黒く変色した。そして血と共に魔力も吸ってきた。

「貴方で何人目でしょうか。その答えに辿り着いたのは。望むならお教えしましょう。しかし、その前にご存知ですか。その刀が造られた理由を――」


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