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五章

五章


 轟音を響かせ、地面を抉り、獣の下半身を持った魔族の女に向かって、1本の矢が飛びゆく。女は自らに向かってくる矢を避けることが叶わないと知り、目を閉じて覚悟を決めた。

 しかし、いくら待てども矢が彼女に当たることはなかった。

 目を開き、見えた世界。

 そこには黒く大きな翼を持った1人の男が立っていた。

「ロメロ……様……」

「無事か?」

 ロメロは振り向くことなく問う。

「……はい」

 リノはハイネの殴打を防いだ右腕を庇いながら答えた。

「何故ここにいるのかは問わない。キミの事だ、ワタシの身を案じて追ってきたのだろう」

「……申し訳ありません」

「何故謝る? だからこそワタシはキミを信頼しているのだ」

 ロメロとリノの会話を3人はただ見ているだけだった。それは単純にロメロが警戒すべき対象であり、彼が常に自分たちに注意を向けていたからだ。その中で最も彼から遠い位置に立っているレティは怯えていた。

 ――何なの……あいつ……。完全詠唱した九十番台の破術を……弾いたわけでも、相殺したわけでもない……。素手で受け止めて掻き消したなんて。あんなの……バケモノじゃない……。

 共有魔術の破術には、一から百までしかない。そしてこれは単純に数字が大きくなるほど強くなる。そして今し方レティが使用した魔術は九十三番であり、現在自身が使える最大威力の共有魔術である。それを完全詠唱で放ったが、相手は片手でいとも容易く受け止め掻き消した。

 それは圧倒的な力量差の表れであり、自身の持ち得る全ての攻撃が効かないのではないのか、と思わせるに十分な出来事であった。

「……さて」

 レティはロメロの口から放たれた何でもない一言で体に緊張した。

 他を見れぬように視線を引っ張られていると、錯覚するほどに彼女の視線はロメロから離れなかった。しかし、それは彼を警戒してのことではない。ただ彼から目を離すのが怖かったからだ。一瞬でも視界から、体の一部でも視界から外すのが、彼女にとって恐怖だった。

「キミ達は……帝国が送り出した勇者か?」

 誰もすぐには答えない。ロメロの圧倒的存在感に気圧されているのは、何もレティ1人だけではない。しばらくの沈黙の後にヒューゴが口を開いた。

「だとしたら?」

「いや、確認したかっただけだ」

 間を置いたヒューゴと違って、ロメロはすぐに返答した。

「もう1つ聞きたい。何故、キミ達は彼女……リノと戦っていた?」

「それはそいつが道を塞いでいたからだ。そうでなければ戦いはしなかった」

「本当か? 彼女が魔族だから攻撃したのではないのか?」

「俺たちは殺戮者でも侵略者でもない。例え相手が魔族だろうと無闇に殺しはしねぇ」

 ロメロは視線を動かし、ハイネを見た。彼の頭から生える半透明の角と地面に垂れている尾。

「なるほど、確かにそのようだな。リノと戦っていた理由はわかった。さて、キミたちは勇者だと言ったが、その目的はやはりワタシと皇女かね?」

「……わかってんなら話は早ぇ。あんたは皇女殿下を帝都まで連れて行こうとしてるようだからな。後は俺たちが引き継ごう」

「ワタシを倒さなくていいのか? 勇者の目的には魔王の討伐も入っているのだろう?」

「やっぱりあんたが魔王か」

「そうだ。ワタシが魔物の王のロメロだ。それで魔王討伐はしなくていいのかね?」

「正直、あんたとは戦いたくねぇ」

「奇遇だな。ワタシもキミ達とは正当防衛以外では戦いたくないよ」

「意見の一致だな。皇女殿下をこちらに渡してもらおう。俺達が無事に帝都まで送り届ける」

 ロメロの後方の物陰に黒髪の女の姿があった。

「残念だが、それはできない」

「……何故だ?」

「彼女には皇帝陛下に取り次いでもらうという大役がある。そしてそれは彼女にしかできないキミたちが殿下を送り届けてしまっては、それは叶わない」

 皇女の奪還を勇者に命じ、皇女を勇者が連れ帰ったとなれば、皇女奪還に成功したとなるだろう。それは皇女の安全を確保したことになる。そうなれば帝国は魔族に対して攻撃を仕掛ける。ここで例え皇女が何を言ったところで、皇帝はそれに対して聞く耳を持ちはしないだろう。

 ロメロはその結末を避けたかった。そしてリノの言葉からヒューゴはその意図を理解する。

「……しかし、解せねぇな。皇女を外交の道具として使うのは理に適ってるが、その皇女をわざわざ連れ帰る意味がねぇ。皇女を人質とするなら、帝都に忍び込んだ時点で皇帝なりを脅せば済んだ話だ。そこで話がまとまらなかったから連れ帰ったんならおかしくはねぇが、そんな噂は聞かねぇ。相手に考える時間を与えるため攫ったのだとしても、それならまずは相手に自分の意図を伝えるのが定石。だがそれも聞かねぇ。あんた一体何を企んでる?」

「何も。ただワタシは戦いを……犠牲を好まないだけだ。そもそもそれは事実ではない。ワタシは皇女を攫ってなどはいない。ワタシの知らぬ間に彼女はすでにワタシの城にいた」

「見え透いた嘘だな」

「キミが嘘と思おうと真と思おうと、それが事実だ」

「……平行線だな」

「残念だが、そのようだな。それでどうする? キミ達が攻撃してくるのなら、ワタシは反撃する。命が惜しくはないのか?」

「命が惜しけりゃ、初めからこんな旅してねぇよ」

「……成程」

 ヒューゴとハイネが構える。

「レティアル! いつまでも震えてんなよ。そんなんじゃあ誰も見返せねぇぞ、阿呆が」

 レティがここまで来た理由。一族を嵌めて蹴落とした者たちを見返せるだけの立場にのし上がる事。二度と彼らが自分たちに歯向かうことの無いように。

 レティは舌打ちをした。

「ッ……。わかってるわよ」

 覚悟を決め、片手からイレーナとの戦いで見せた、光の槍を作り出す。

――瑠璃焔(アズールインフェルノ)

各々構えをとる3人を目にし、ロメロの後ろで地に膝を着くリノも立ち上がった。

「ロメロ様……ワタクシも共に戦います」

 しかし、ロメロ振り向くことなく答えた。

「キミは下がっているんだ」

「しかし――」

「リノ……ワタシは下がれと言ったんだ。キミのその腕は折れている」

「…………はい」

 気付かれないように隠しているつもりだった。だが、ロメロには容易く見抜かれていた。

 空に浮かぶ大きな雲が太陽を隠し、辺りが暗くなる。

「かかってこねぇのか?」

 黒い鋒と殺意を向けたヒューゴが、それを向ける先のロメロに問う。

「言ったはずだ。ワタシは正当防衛以外ではキミ達と戦うつもりはないと」

「そうかよ。ならこっちから行くしかねぇ――なっ!」

 言葉を言い切るその瞬間にはロメロの背後をとっていた。そして黒い刃が彼の首目掛けて振り抜かれる。しかし、ロメロは振り向くどころか瞬き1つ指1つ動かすことなく、ただ静かに翼で振り払った。その翼は恐らくヒューゴの移動よりも速く、斬撃よりも速く動き、彼の体を横方向へと飛ばした。

 素早く吹き飛んだ分素早く体勢を立て直し、またすぐにロメロに立ち向かった。今度はハイネとの同時攻撃だった。

 ヒューゴはロメロの右方向から、ハイネは左方向から共に斬撃と打撃を繰り出す。だが、ヒューゴの斬撃は翼で防がれ、ハイネの拳はロメロの身に届く前に腕に尾が絡みつき止められた。そのままハイネを振り回しヒューゴにぶつけて2人を吹き飛ばす。

 しかし、その間に上に跳んだレティが蒼い光の槍を投げ放った

槍は真っ直ぐとロメロに向かっていく。が、またも片手で容易く止められた。

――止められるのは、もうわかってる。だから……。

白銀焔(シルヴェルインフェルノ)

 彼女の掛け声と同時に、蒼かった槍は白く変わり、輝きを増して爆発した。

 吹き飛ばされた2人は、その間に起き上がり敵の様子を窺う。

 ロメロのいた場所を爆炎が包み込む。

 しかし、燃え広がる爆炎は一瞬にして消え去る。それはロメロの翼の一振りだった。

 消え去った爆炎の中からは掠り傷の1つもない、先程依然変わらぬ姿の魔王が現れた。

「成程、いい攻撃だ。キミは恐ろしく速い。斬撃を素早く、狙いどころもいい」

 黒い爪の人差し指をヒューゴに向けて言い放った。

「鬼の力を持つキミは、その力を上手く使っている。刀の彼に上手く合わせて攻撃を仕掛けているな」

 今度はハイネに向かって言葉を投げかける。

「そしてキミは、魔力のコントロールに非常に長けている。先程の槍も高い威力を持っていたし、それを遠隔で且つ任意のタイミングで爆発させることができる。いい能力だ」

 最後にレティを見て言った。

「しかし――」

「キミ達ではワタシに勝てない」

 次の瞬間にはロメロは3人の視界から消え、ヒューゴとハイネの背後に立っていた。

「!」

 気付いたヒューゴとハイネは、すぐさまロメロに向かって斬り掛かり殴り掛かる。だが、飛び掛かった2人はロメロの尾の一振りでまたも吹き飛ばされた。レティはそれをただ見ていることしかできなかった。

 ――嘘でしょ……。ヒューゴも……鬼人化したハイネも反応できない程、速いなんて……。2人は決して遅くない。そしてヒューゴは私が知る限り、人間の中では最速。それなのに……こんなことがあるの……。

「キミたちは強い。それだけの力があるのなら、固い決意があるのも理解した。だから1つワタシから提案がある」

 息を上げ、体を起こす2人を待ってロメロは提案を述べた。

「ワタシと共に皇女殿下を送り届けるというのはどうだろうか?」

「一緒に……」

「……だと…………?」

 ハイネとヒューゴは同じことを続けて口にした。

「そうだ。それならキミたちは皇女奪還に成功したも同然だろう。そしてキミたちも皇女殿下と共に皇帝陛下に取り次いでくれれば、ワタシの願いも叶うというものだ」

「……なるほど、悪くない提案だ」

 ヒューゴは曲げていた背中を伸ばし、口に入った砂を吐き出して続けた。

「だが、その提案には乗れねぇな」

「何故だ?」

「うちの皇帝が倭国の(すめらぎ)のように思慮深く、小心者でなければその提案には賛成だ。だが、皇帝はそんな奴じゃあない。帝国に騎士団があるのは知ってるんだろう?」

「ああ」

「何故、今回皇女奪還と魔王討伐をその騎士団に任せず、勇者を募ったのかわかるか? 騎士は勇者に志願できないという規則まで設けて」

「…………?」

「帝都の警備が手薄になることを恐れたからだ。それだけ見れば国の事を考えてのことだと思うだろう。だが、実際は違う。あいつの心中にあったのは、保身だけだ。娘よりも我が身大事なんだよ。本当に娘である皇女を心配するなら、国の全兵力を以てしてでも取り戻そうとするだろう。どこの馬の骨とも知らない信用に足らねぇ人をかき集めて、皇女を取り戻そうなんてするか普通? それじゃあ魔王から他の人間の手に渡るだけで攫われていることには変わりない。つまり大して考えず、我が身大事の小心者なんだよ現皇帝ってのは。そんな奴が、あんたとの外交に応じると思うか? 俺が今の皇帝なら魔王のあんたが1人帝都に来て、皇女を渡したのなら好機とばかりにあんたを殺しにかかるね」

「それが拒否する理由か?」

「そうだ。提案としては悪くねぇ。だが皇帝の前じゃ無意味だ」

「そうか……しかし、それでもワタシはその無意味な可能性に掛けるしかないのだ。もしキミ達が私の提案に乗らずに、ワタシの邪魔をするというのなら、キミ達を排除するしかない」

「殺さねぇでくれよ」

「キミたちは強い。だから、自分達で死なないようにすることだ」

「そうか。じゃあそうしよう」

 ヒューゴは腰に提げている鞘を左手に持ち、刀を納めた。

「何のつもりだ? 諦めたのか?」

「何も鞘から抜いた刀を振るだけが刀術じゃない」

「そうか。居合というやつか。見るのは初めてだ」

「じゃあ最初で最後にならなきゃいい――なっ」

 ヒューゴはロメロの背後に回った。

 ――また背後か。距離があるな。しかし、警戒するに越したことは……。

 刃の届かない程度の距離を開け背後に回ったヒューゴに対して、ロメロは先程と同じように翼で防ごうとはせず、しっかりと背後に回ったヒューゴに目を向け手で対処しようとした。

「――絶刀(ぜっとう)

 ヒューゴの口から言葉が出る。ロメロは瞬時にそれが技名なのだろうと理解した。

その瞬間その斬撃が今までと違うことに気が付いた。そして斬撃がロメロのいる空間を斬り付ける。しかし、そこを完全に切り裂いた頃には、ロメロはその場から消え後方へと移動した。

 そこからヒューゴに目を向けると彼はすでに抜刀した刃を鞘に納めていた。

 ロメロはヒューゴに向けた手に視線を落とす。そこには浅くではあるが、親指の付け根から小指の付け根に掛けて一線が引かれていた。

――一瞬でも反応が遅れていたら、手を斬り落とされていた。何だ今の斬撃は? 今までのそれより遥かに速い。何より、刃の届かない間合いだったはずだ。斬撃が伸びたのか……?

「その距離でいいでのか? 阿呆」

 後ろに下がり間合いを開けたロメロに向かって、居合の構えをとったヒューゴが問い掛ける。

 ――まさか……届くのか、この距離で……?

 そう疑問に思った瞬間、鞘から刀身が抜かれた。

絶影(ぜつえい)

 その一瞬は見えなかったが、その後自身に向かってくるものは見えた。

 ――斬撃を飛ばした!? 魔力の斬撃か。

 帝国人は魔力を放出することに長けているのに対し、倭国人は物に魔力を込めることに長けている。その技術を応用して倭国の侍と呼ばれる剣士は、刀身に魔力を込め、それを飛ぶ斬撃として放つことができるという。しかし、ヒューゴはそれすら満足にできず、彼は鞘に納めた状態でのみ刀身に魔力を込めることができ、それを居合時の遠心力で無理やり飛ばすという擬似的なものだった。

 ロメロも文献や聞いた話でしかその知識を持たず、実際にそれを目にするのは初めてだった。だが、動揺はなかった。

 ――さっきの絶刀に比べたら威力は低い。

 ロメロは自身に向かって飛んでくる斬撃を片腕で消し飛ばした。

 ――なるほど……。絶刀は威力の高い伸びる斬撃。攻撃範囲は刀2つ分程度か。絶影は飛ばす斬撃。攻撃範囲は広いが、その分絶刀より威力は低い。

 ロメロは彼の放った2つの技を即座に見極める。

絶削(ぜっしょう)

 間髪入れずヒューゴは次の技を放った。

 ロメロはそれがどんな技なのか、注意深く観察、警戒した。

 瞬間、周囲から幾多の斬撃が彼を襲った。

「これはッ!?」

 ――絶影の魔力痕を利用して、斬撃に変えたのか……。威力は高くない……だが、数が多い。目と首だけは守らなければ……!

 この絶削は、拡散した魔力痕を利用した技だ。この技術は、ルシオのそれを真似したもの。尤も、威力や実用性はルシオのそれには遠く及ばない。加えてこの程度ならある程度訓練すれば、誰でもできるだろう。

 魔王と言えども、全身が強固な鎧のように頑丈なわけではない。弱い部分はいくつか存在する。それが急所と言える程の弱点部位ではないが、弱いとわかっている部分を守るのは生物としての生存本能であった。体中に小さな掠り傷が無数にできるが、そのどれも浅くダメージはないに等しかった。

 目を守る為、一瞬視界を覆った隙にヒューゴはロメロの目の前まで近づいた。

 ――この間合いは……絶刀か……。

 間合いを詰めたことから相手の攻撃を予測する。

「絶刀」

 その予測通り、ヒューゴは高威力の伸びる斬撃の技名を口にした。

 予め想定できたことから、ロメロはすぐに回避行動に移れた。と言っても、それは単純に後方へ飛び退く事。絶刀ですら届かない位置まで退くことは容易だった。

 そしてヒューゴはもう誰もいない場所に向かって絶刀を放った。

 しかし、ロメロの予想は外れた。 実際にヒューゴが放った技は伸びる斬撃の絶刀ではなく、飛ぶ斬撃の絶影だった。魔力の斬撃がロメロへと飛来する。

 ――防いではならない。

 咄嗟にそう考えた。防げばその魔力痕を使って再び絶削を使われると思ったからだ。十分な時間があれば、その魔力痕の残る領域から離脱し、絶削を避けることは容易いだろう。しかし、敵にわざわざそんな時間を与えるはずがない。

 彼は向かってくる魔力の斬撃を寸前で躱した。再びヒューゴに視線を戻し、警戒を強める。

 彼はすでに納刀し、次の抜刀の構えをとっていた。

「絶削」

 その言葉に耳を疑った。

 ――莫迦な……。ワタシは絶影を躱した。ここに魔力痕はない。それでも使えるのか!? いや……違う……騙っている。騙されるな。絶削じゃない。他の何かだ。

 ヒューゴから目を離さず、彼の動きをよく観察し警戒する。次の技は何なのか。本当に絶削がくるのか。それとも違う技か。

 ――何がくる!? 何が……。この距離ならまた絶影か……。それとも接近してからの絶刀か? 或いは本当に絶削が撃てるのか……?

 彼はどれがきても対処できるように、全神経を研ぎ澄ませ、意識をヒューゴへと集中する。

「いつまで俺を見てる? 阿呆」

 その言葉で振り向くと、そこにはハイネがそばまで迫ってきていた。

 ――こいつもさっきより速い。だが、彼程じゃあない。

 迫りくるヒューゴの拳をロメロは最小の動作で躱した。確かに躱したはずだった。

 しかし、彼の体に殴打が加わる。

 彼を殴ったのはハイネの拳ではなく、ハイネの体から伸びる魔力で形成されたもう1つの拳。

 ――これは……鬼鎧(きがい)か……。

 鬼鎧――それは文字通り鬼が纏う魔力の鎧。鍛錬をすればただの人間にでも作り出すことができるというが、それを実戦で活かせるほどの強度と持続時間を持ったものを作り出せるのは、鬼だけだと言われているため、鬼の鎧と呼ばれるようになった。

 人間との半混血であるハイネが、実戦で使える程の鬼鎧を作り出せるようになったのは、つい最近のことである。

 普通の人間であれば、体を引き千切るほどの打撃であるが、ロメロはそれを受けて数メートルしか吹き飛ばなかった。

 ――だが、この程度なら……。

 受けた一撃で相手の力量を把握する。

 そして地に足を着き反撃しようとした瞬間、ロメロを取り囲む形で六方に蒼い光の槍が突き立てられ、同時にそれが囲む地面が光った。

「何だ!?」

 地面に広がる魔力からそれを仕掛けた犯人がわかった。

 ロメロの目は自然とレティへと向く。

 ――あの娘か……!?

 次の瞬間、6本の槍に囲まれた範囲に天地を貫く光の柱が立ち上がった。

 その光の柱からロメロはすぐに抜け出す。

 ――……く……。侮っていた。あの娘はこの3人の中で一番弱いと思っていた。だが、違った。一番高い攻撃力を持っているのは、恐らく彼女だ……。

 レティは空中へと逃げたロメロに向かった再び魔術を放つため構えをとった。

 ――彼女に時間を与えてはならない。

 レティは、ヒューゴやハイネのように近接戦闘をそれほど得意としてはいない。それは彼らのように早く動くことができないからだ。だから彼女は遠隔戦闘での技術を磨いた。そしてそれは魔術の特性上、時間をかけるほどより強くなる。

 ロメロは翼を広げ、向きを変えレティへと飛び迫った。

 しかし、その瞬間背後をとる1つの気配に気付いた。

 振り向けばそこには居合斬術の構えをとったヒューゴの姿があった。

「……しまった…………」

 ――……いや、コイツは翼を持たない。なら、ワタシの方が有利。

 ロメロは翼を大きく広げ、動きの勢いを止め、空中でほぼ制止する。もっと飛んでくることを予想してヒューゴは位置をとっていた。ヒューゴの持つ刀が届かない間合い。

 ――この距離なら刃は届かない。絶刀、絶影が来る前にこちらから攻撃する。

この程度の間合いならロメロの尾が届く範囲。彼はその尾だけで十分な戦闘力を誇っている。それは彼自身も理解しており、尾を攻撃、或いは防御に使うことは多い。今もまさにその尾で空中に跳び上がったヒューゴに攻撃を仕掛けた。

 だが、尾が彼を捉えることはなかった。

 尾が当たる瞬間、ヒューゴは移動した。ロメロの目の前へと。

 ――何故、キミはそこにいる!? どうやってそこに……!

 ロメロの目は彼ではなく、彼のいた場所を見た。

 そこには6枚の花弁を持ったような魔術が取り残され、消えゆく寸前だった。

 ――……あれは……確か共有魔術の防御壁……。コイツ、あれを足場として使ったのか……。

 そして3つの技のどれでもない普通の斬撃がロメロを断ち切る。しかし、それは3つの技のどれよりも高威力であったことは、確かだった。

 ヒューゴは以前ルシオに言ったことがある。

 術名乃至技名を口にしていい場合は3つ。1つは口にしなければ、発動できない場合。2つ目は口にすれば、威力が増す場合。3つ目は、漫画や小説などの演出のために口にする場合。

だが、もう1つそれを口にしていい場合がある。

刃がロメロの体に入り、抜けるまでの刹那、考えた。

――コイツは技名をわざと口にした。恐らくはワタシを騙すために。絶刀は伸びる斬撃。一定の距離以上は伸びないと考えた。だからワタシは届かない距離まで下がった。ワタシがそう動くように誘導させられた。

――そして実際に撃ったのは絶影。防げば絶削がくると考え躱した。だが、コイツは絶削を口にした。それは使えないと考えながらも、わずかな可能性を考えた。ワタシはコイツを警戒した。警戒し過ぎた。他の警戒が疎かになるほどに。武装や戦い方から、ワタシはコイツを前衛だと錯覚していた。

――全てコイツの手の内。ワタシを騙すことも、ワタシが騙されたと思うことも、それによって警戒することも、他の仲間の動きすらも、いや、或いは出会った時から全てそうだったのかもしれない…………。コイツは前衛でも後衛でもない。こいつは盤上の駒ではない。

――プレイヤーだ。

この刹那のもう半分の時間を使って、彼は更に考えた。それは小さな可能性。

――もし彼が、今のまま、今の戦い方考え方を持ったまま、ワタシと同等からそれに近い力を持ったとしたら……。人間である彼が、100年修行したとしても、それだけの力を得ることはないかもしれないが、もし彼がそれだけの力を持ったとしたら…………。ワタシは……。

――彼に勝てないだろう。だが……それは…………。

「今じゃないッ!!」

ロメロは斬られながらもそのまま体を捻り、伸びた尾を引き戻して背後からヒューゴを叩き落とした。

 ロメロはそのまま地面に着地。

 彼の体から血が流れ落ちる。

「ロメロ様!」

 後ろで心配をするリノが声を上げた。

「問題ない」

「しかし……腕が…………」

 ロメロの左腕、肘より先が完全に斬り落とされていた。腕の断面から多量の血が流れ落ちる。

 地面に叩き落とされたヒューゴは立ち上がり再び刀を構え、斬り掛かった。

 だが、その斬撃は放たれる以前、鞘から抜かれる前に止められた。

「成程。普通に振ればその速さ故にぶれる太刀筋を、鞘から引き抜くことによって高速下でも安定した斬撃を繰り出せるということか」

 ロメロに柄を握る手を掴まれ、鞘から刀身を抜けずにいた。

「そして絶刀、絶影、絶削はその高速居合斬撃があって成り立つもの。だが、鞘から抜くということは、そこからしか斬撃は放たれないという事。なら、キミの速度に追いつくことさえできれば、止めることは容易い」

 ヒューゴに語りかけるロメロに向かって、ハイネが飛び掛かる。その攻撃は再び鬼鎧を纏ってのものだった。だが、鬼鎧を纏った最大の攻撃は、ロメロの同じそれに止められた。

「……鬼鎧!?」

「鬼ではないワタシは彼ら程の鬼鎧は作れないが、キミの攻撃を防ぐ程度の鬼鎧なら作れる」

 ヒューゴは投げ飛ばされ、ハイネはロメロの鬼鎧に殴り飛ばされた。

 残ったロメロに向かって、上空から数本の光の槍が降り注いだ。だが、それもロメロの鬼鎧に全て撃ち落とされた。

「キミの魔術は攻撃力も高く遠隔攻撃に優れているが、発動に時間が掛かりすぎている。来るとわかっていれば、対処のしようはいくらでもある」

 瞬間、ロメロの鬼鎧はレティの前まで移動し、彼女を殴り飛ばした。

「もうわかっただろう。今のキミたちではワタシに勝てない」

 それでもヒューゴは立ち上がる。

「ハァ……ハァ……だが、左腕はもうねぇ。次は右腕をもらうぜ?」

「左腕? これのことか」

 先のない左腕を前に差し出した。すると、見る見るうちになかったはずの腕は形を取り戻していく。

「……再生した……だと……!?」

「何故、最強の鬼でもないワタシが魔王の座に就いていると思っている? この再生能力があるからだ」

 元に戻った腕を下し、ロメロは続けた。

「わかっただろう。キミたちが攻撃を加えようとワタシには意味を為さない」

 魔王ロメロの言葉にヒューゴは舌打ちで返した。

「ッ……確かにそうみたいだな」

 視線を僅かにずらして確認する。今まで物陰に隠れてあまり見えていなかった皇女が、ロメロの後方にいることを。

「じゃあ、最後にチャンスをくれねぇか?」

「チャンス? 何をする気だ?」

「何、作戦会議だよ。俺達より圧倒的に強いあんたなら、作戦を立てようとねじ伏せることができるだろう?」

「だとしても、わざわざワタシが作戦を立てるまで待つと思うのか?」

「作戦が通用しなければ、俺達は諦める。今後一切あんたの邪魔をしない。それならどうだ?」

「…………いいだろう。好きに作戦を立てればいい。だが、ワタシはもう手加減しないぞ?」

「それでいい」

 ヒューゴとハイネはレティのところまで普通に歩いて移動した。そして3人とも敵であるロメロの背を向けて作戦を立て始めた。

 ――彼に作戦を立てる時間を与えてワタシは勝てるのか……? いや、彼は本来事前に作戦を立てるようなタイプではない。恐らくは現状を把握した上で、自らの行動によって周りを操る、事前でも事後でもなくその最中に作戦を考えるタイプだ。

 ――なら、話し合って作戦を立てることに意味はない。それを行っていることにそのものに何か意味があるのか? それとも…………。

 彼らの背を見ながらロメロは、疑心暗鬼になり思考を巡らせていた。

 恐らくロメロが相手でなければ、この間に攻撃を受けていただろう。しかし、ロメロの性格を考慮した上で、ヒューゴはこの提案を出した。

 ヒューゴの戦い方は非常に単純だ。超速戦闘術などと周りには言われるが、根本はただ近づいて攻撃するという、従来に近接戦闘と何ら変わりはない。だから、自分の速さに追いつくロメロのような相手には、長所は死んでしまうと言っても過言ではない。

 それを理解している彼は、それでもなお自分が戦えるために、状況を把握し考え行動し言葉で自分に有利に働く状況を作りだすという手段を見出した。それは挑発であり、指摘であり、説明であり、告知であり、宣言である。そうやって自分の利になるよう誘導する。

 この提案も例に漏れない。

 今のままでは勝てないことは目に見えている。だから、それでも勝つ方法として作戦を立てる。その作戦を立てるための時間を与えてもらう。だが、これが最後のチャンスであり、これで負ければ諦めるという言葉に偽りはなかった。それを守らなければ、殺されてしまう可能性があるからだ。

 しかし、そうでなければ恐らく死ぬことはない。何故なら、ロメロに負ければ自分たちは諦めると告げたからだ。死んでしまえば諦めることも続けることも叶わない骸と化す。本当に邪魔者を排除しようとするなら、初めから殺してしまうだろう。だが、そうしなかったのはロメロに殺す気がないからだ。それでもこのまま続けていては、そうもいかなくなるかもしれない。だからこそ、諦めることを約束した。諦めることができるのは生者のみだから。

 3人は声を潜めて話し合った。

「レティアル、ハイネ、2人であいつの動きを2秒だけ止めろ」

「2秒って、あんな奴止められると思ってるの?」

「どうにかしろ。何か方法があるだろ」

「でも、あいつに通用するとは……」

「何かあるならやれ、阿呆。ハイネ、お前も全力であいつを止めろ」

「2秒でいいんだね?」

「ああ、後は俺が何とかする」

「ハイネ、本当にやるの!?」

「どのみちこのままじゃ勝てない。ヒューゴに任せよう」

「任せるって……ヒューゴあんたに何ができるのよ?」

「それは言えねぇ」

「なんで? 作戦会議じゃないの?」

「相手は魔王だぞ? この会話だって聞こえてるかもしれねぇだろ」

「それじゃ意味ないじゃない」

「だから大雑把な作戦しか立ててねぇんだよ。いいか、とりあえず2秒だけ動きを止めろ。その後は各々自分で考えて動け」

「あんた適当ね」

「細かい作戦立てても、あいつの力の前じゃほとんど無意味だ。適当なぐらいでちょうどいい」

「…………それはそうかもね」

「じゃあ行くぞ」

 3人は顔を上げ、ロメロの方に向き直る。

 それを見てロメロも色々な考えを棄てた。

 ――ワタシ程度では彼の思考を見通すことなどできるはずもなしか…………。

「もういいのか?」

「ああ。……じゃあ、行くぜ?」

 ヒューゴの合図で、まず先に仕掛けたのはレティだった。

 ――鎖牢空囲(チェインジェイル)

 構えることなく、いきなりロメロの周りに魔力の鎖が出現する。その鎖は、空間から数メートル一直線に伸び、また空間へと消えていき、それが無数に彼の周りを取り囲んだ。

 ――構えなしか!

 ロメロは、今までの彼女の動作から必ず構えるという先入観があり、そのせいで構えなく放たれた魔術に一瞬反応が遅れ、周囲を鎖で囲まれてしまった。

 ロメロは、鎖の檻から抜け出そうと尾を振り回し、鎖を引き千切り始める。レティもそこまで予想済みだったのか、鎖が切れた先から次の鎖を作りだしロメロの周囲を取り囲もうとする。

 ――間に合わない……!

手を構え鎖の生成速度を上げるが、それでもなお切られる速度に鎖の生成が追いつかず、徐々に数は減っていった。

「縛術八十七番 四扇城郭(しせんじょうかく)

 そこにハイネが上級の拘束魔術を撃ち込む。ロメロの周りを4枚の扇が囲み、そこからさらに光の壁が彼の周り6面を覆った。

 その瞬間ヒューゴが動き出した。

 それに気付いたロメロは鬼鎧を出し、2人の拘束から抜け出そうとした。それと同時に向かってくるヒューゴにも警戒を置く。

 ヒューゴはロメロに向かって刀を抜き、斬り掛かる。

 ロメロはそう予想した。しかし、実際は違った。ヒューゴはそのままロメロの横を素通りしたのだ。

「何ッ!?」

 その先にいるのは物陰に隠れた黒髪の皇女殿下だ。

 ――初めから彼女を狙って……!

 ロメロもハイネとレティの拘束を無理やり突破し、後を追った。しかし、数瞬の遅れで彼には追いつけなかった。

 そしてヒューゴが皇女の許へと辿り着いた瞬間、誰もが予想しなかった事態が起こった。

 黒い刃が僅かに光を反射し、鈍く光る。その刃の向く先、そこには皇女を名乗るアイリス・ローゼンクロイツの首があった。

 皆がそれに息を止める。

 そんな中1人だけが、息を吐き出し同時に言葉を口にした。


「お前は誰だ?」


 静かに、一切の動揺なく、ヒューゴが問いただした。後を追っていた魔王ロメロすら、ヒューゴのその不可解な行動を目にし、自らの動きを止めてしまった。

 1人だけ残して皆の時間が止まったような空間で、その残った1人が再び問いかける。

「もう1度言う。お前は誰だ?」

 その瞬間、他の者も時間を取り戻した。

「ヒューゴ、あんた何してんのよ! 殿下に向かって刃を向けるなんて……」

 レティが大声叫ぶ。

 それに続いて目の前の皇女が声を出した。

「あ、あなた何をしているのか、わかっているのですか? 私はローゼンクロイツ帝国、第7皇女アイリス・ローゼンク――」

「違うな」

 皇女の言葉を遮り続けた。

「あんたは皇女じゃねぇ」

「な、何を――」

「皇女なら何故、俺達と魔王の戦いを止めなかった?」

「あんな戦い私が止められるわけ――」

「一言。ただ一言、『やめろ』と声を上げるだけでよかったはずだ。魔王は、あんたを帝都まで送り届けると言っていた。その役目を担っていたのは俺達も同じだ。なら皇女であるあんたは自国の民である俺達に、魔王に協力するように命ずればよかったはずだ。何故そうしなかった?」

「し、したとしてもあなた達は、どのみち戦っていたのではないのですか?」

「そうかもしれないな。だが、どうなっていたかは問題じゃねぇ。何故、そうしなかったかだ」

「それは――」

「ハイネ! レティアル!」

 皇女が何かを言いかけたが、それを無視してヒューゴはハイネとレティに問い掛けた。

「お前たちは第7皇女の顔を見たことがあるか?」

「…………ない」

「私も……」

 ローゼンクロイツ帝国の皇族は成人するまで顔を民衆に晒してはならないという掟がある。だから、民衆の前に姿を現すときは、必ず顔を隠して現れる。

「俺もない。だからあんたの顔を見て、本物の皇女だと証明できる人間は誰もいない」

「だからと言って――」

 皇女の言い分を再び無視して続けた。

「そして俺が最後に第7皇女を見たのは2ヶ月ほど前だ。第7皇女の母である皇妃は倭国人で、その血を受け継いで皇女も黒髪だ。そしてあんたも黒髪だ」

「だったら――」

「だが、2ヶ月までそんな立派な乳はなかった」

「は?」

 そう言ったのは皇女とレティとリノの女3人衆だった。

「あなた、私の胸をそんな目で見ていたのですか!?」

「そうよ! あんた皇女殿下の胸をそんな風に見ていたの!?」

「やっぱり男って大きい胸が好きなのですか……?」

 皇女とレティの質問に混ざり、リノが後ろでうな垂れたように質問した。

「いや、俺は小さい方がいい。イレーナのようにな。まぁそれはいい。それよりレティアル! お前のそのメロンのようなでかい乳は2ヶ月程度で育ったか?」

「なっ……メロンですって……!」

「そこに食いつくな。いいから答えろ、阿呆」

「…………もう覚えてないけれど、少なくとも2ヶ月よりももっと長かったと思うわよ……」

「まぁそうだろうな。あんたのその乳も、あいつのメロンほどじゃねぇにしても、2ヶ月程度で地平線が山岳地帯になるとは思えねぇ。だからあんたは誰なのかって聞いてんだ」

 色々と言われたことに、皇女は両腕で胸を覆っていた。だが、それを気にすることなくヒューゴは次にロメロに話を振った。

「魔王。あんたもこいつが偽物だという方が、納得できるんじゃねぇのか?」

「…………」

 それはロメロもリノも考えた可能性。

「知らぬ間にあんたの城に、こいつはいたと言ったな?」

「ああ」

「そして帝都まで連れて行ってほしいと言った。そして帝都では皇女は魔王に攫われたとなっていた。そして勇者を魔王の許へと送り込んだ。接触すれば戦いは避けられねぇだろう。そうでなかったとしても、休戦状態が解かれ再び戦争が始まるだろうさ。つまり、俺の考えが正しければ――」

「この戦いを仕組んだ者が――」

 ヒューゴの言葉の続きをロメロが言い終わりそうになった瞬間、彼ら囲まれた。

「!」

ヒューゴ、ハイネ、レティ、ロメロ、リノの5人を黒髪で赤い目をし、赤の装束を身に纏った集団が彼らを一瞬で取り囲んだ。

「何だ……」

「コイツらは……」

「黒髪……?」

「……倭国人なの……?」

「……何奴」

 5人を取り囲む赤装束の集団。

 その全員が金属でできた何かを手に持ち、穴の開いた先を向けていた。それが5人の誰もが見たことのない物。どういう用途の物なのかわからなかった。だが、ある程度予想はできた。

 ――あれは……なんだ……? この状況からして、恐らくは武器……か?

 ――腰に剣を携えているが、それに一切手を掛けていないことと、彼らの僕たちとの間合いから考えると、遠隔攻撃武器の類…………。

 ――先端の穴を皆がこちらに向けているところを見ると、あの穴から何か射出するのか?

 ――なんだ? 魔術か? 魔力か? だが、そんな武器が開発されたという話は聞いたことがねぇ。魔王の反応を見ても知ってるようには見えねぇ。

 ――一体どういう武器だ?

 各々が現状と形状から彼らの持つ物を武器と仮定し、それが遠隔攻撃系の物だと推察する。

 そしてヒューゴは、もう2つ気になることがあった。

 ――こいつらはさっきどうやって移動してきた……? 韋駄天か? いや違う。魔力痕はなかった。魔王と同じで魔術なしで高速移動ができるのか? 人間にそんなことが可能なのか?

 ――それに、こいつらの髪と目……。

「ご無事ですか? エレノア様」

 赤装束の中から1人の男が誰かの名前を呼ぶ。

「ええ、問題ありません」

 その名に答えたのは、今まで皇女アイリス・ローゼンクロイツを騙っていた黒髪の女だった。

「やっぱりお前は偽物か」

「ええ、私の名はアイリス・ローゼンクロイツではなくエレノア・フロイベルガーです。まさか胸の大きさで偽物と見抜かれるとは、思ってもみませんでした。よく観察しているのですね」

「貧乳が好きなもんでね」

「そうですか。大した変態です」

「……どうも」

 エレノアは刃を向けられているにも関わらず、ヒューゴの横を抜けようと動いた。

「動くな。動けば、首を落とす」

「…………」

「こいつらを退かせろ。あんたが大将だろ?」

「あなたは何もわかっていない」

 エレノアは再び動こうとする。

「動くなと言ったはずだ。わからないのか? 阿呆」

「…………ふふ。言ったでしょう。あなたは何もわかっていない」

 そう言い終わった瞬間、目の前にいたエレノアが姿を消した。そして背後から彼女の言葉が続けて聞こえた。

「あなたが落とせる首などここにはありはしないのです」

 目を向ければそこには目の前にいたはずのエレノアがいた。

 ――こいつも同じ……! 魔術を使わずに高速で移動ができるのか……。

 赤装束の集団の中に入っていった彼女は、ドレスの上から彼らと赤のコートを羽織った。

「あなたが私に気付くことなく、魔王と相討ちにでもなってくれれば最高だったのですが……。しかし、こうなっては仕方ありません。私たちが自ら手を下す事にしましょう」

 エレノアは特殊な形状をした剣を2本手に取る。それは恐らく他の赤装束の者が持っている未知の武器と剣が一体化したものだろう。

「銃を見るのは初めてでしょう?」

「……じゅう?」

 恐らくは彼ら全員が手に持つ武器を指しているのだろう。

「こうやって使う武器です。――撃て」

 彼女の合図と共に集団が一斉に未知の武器を放った。先端の穴が火のように光を放ち、いくつもの大きな音が鳴り響く。

 しかし、彼らが武器を放つよりも速く5人の内4人は反応した。

 ロメロは、自分を取り囲む集団を尾で薙ぎ払った。

 リノは、その獣のような脚で地面を蹴り、敵集団の一部を蹴り飛ばす。

 ヒューゴは、向けられている武器の先端の穴から何かが射出されるであろうと踏んでいた為、敵の動きと武器の向きをよく観察し、射出された何かを避けることに成功した。

 ハイネは、鬼鎧で隣にいたレティを守ると同時に、彼女を抱えて集団の外へと飛び出た。

 その中でエレノアは迷わずロメロに斬り掛かった。攻撃を受けた彼は、その刃を避ける。受け止めはしない。未知である以上、その危険性もわからないからだ。

 そしてそのままエレノアを手刀で貫こうと手を突き出したが、彼女の高速移動によって避けられ背後に回られた。

 彼女は刃でなく、何かを射出して攻撃する構えをとった。

「ロメロ様ッ!」

 それに気付いたリノがすぐさま駆けつけ、ロメロを庇おうとしエレノアとの間に割って入った。そしてエレノアが攻撃しようとした瞬間、彼女にヒューゴが斬り掛かった。攻撃を邪魔された彼女は自らの身を守る為、刀を受け止める。

「何故、彼らを庇うのですか? 魔物はあなたたちの敵のはずでは?」

「敵ってのは、己に攻撃してくる奴を言うんだよ」

「そうですか!」

 エレノアは受け止めていたヒューゴの刀を弾き退ける。

「ぐッ」

 ――こいつ本当に女かよ! 細腕のくせになんて力だ……!?

 刀を弾かれ隙ができた胴に向かってエレノアは刃を振り下ろした。

 ――クソッ……躱せねぇ…………。

 そう思った瞬間、体は急激に引っ張られ、振り下ろされた刃は掠るだけで済んだ。

 彼を引っ張ったのはロメロだった。

「数が多い。一旦退く」

彼はリノも一緒に抱きかかえ、ハイネとレティの許まで飛行した。

2人は、集団から距離をとっていたが、遠距離から攻撃を受け魔術防壁で防ぐだけで身動きが取れない状態でいた。

その2人も尾でまとめて抱えると、彼らは光を放ってその場から消え去った。


武器を使用するたび、鳴り響いていた大きな音も、彼らの消失を確認すると同時に鳴り止み静寂が戻った。

「逃げられました。反応は魔王城からです。追いますか?」

 赤装束の1人の男がエレノアに報告する。

「いえ、放っておきなさい」

「わかりました。これからどうなさいますか?」

「決まっているでしょう。上空で待機している者も含め全名に伝えなさい。我ら退魔の刻印(ヘクス・ツァイヒェン)は、これよりローゼンクロイツ帝国帝都に侵攻する!」

今まで太陽の光を遮り、上空に停滞していた大きな雲が晴れ、中から空を飛ぶ(ふね)のようなものが姿を現した。


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