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二章

二章


九年前 帝都某所


 馬車数台が横並びで通れる程の大通りを、多くの通行人と2人の少年が歩いていた。

 2人の少年は、田舎村を出て騎士になるため騎士訓練養成所である薔薇十字騎士団院に入ることになった。騎士団院に入るためには、試験に合格する必要があるが2人はすでにそれに合格している。そして今日はその入団院式がある日だ。

「おい、ハイネ! 早く行かねぇと間に合わねぇぞ」

「いや、寝坊したのってヒューゴじゃん」

「喧しい阿呆――」

 その後も、言葉を続けようとしたヒューゴを遮って、ハイネは何かに気付いた。

「ヒューゴ、バッジは?」

「はぁ?」

 2人とも足を止めて、その場に立ち尽くす。

「バッジだよ。十字の。これだよ。証明書と一緒に貰っただろ?」

 ハイネは胸に付けている自分のバッジをヒューゴに見せた。

「そんなもん貰ってねぇけど?」

「え? でも、バッジを身に付けてこいってあったけど……」

「知らねぇよ。ないもんはないんだ。向こうの発送ミスじゃねぇのか?」

「そう……なのかな……」

「とりあえず急がねぇと、間に合わねぇ。〝走る〟ぞ」

「わかったよ」

 彼らはすでに走っているが、ヒューゴの言う〝走る〟とは、通常の走るとはまた違うものを指していた。

次の瞬間、彼らの移動速度はおおよそ常人の数倍になり、大通りを一気に駆け抜ける。


 目的地に到着した2人は、歩きながら集合場所へと向かう。そこには2人以外にも、すでに多くの人が集まっていた。大半は2人を含め今期から団院生となる者たちだろう。

「間に合ったな」

「はぁ……はぁ…………ちょっと待ってヒューゴ……少し休ませて……」

 息を1つ乱してないヒューゴに対し、ハイネは肩で息をしていた。

「だらしねぇな。だから韋駄天を習得しとけばいいって言ったろうが」

「……はぁ…………あれは僕向きじゃないんだよ。スピードが出過ぎても制御効かないし」

 ヒューゴは加速移動魔術である韋駄天を使用したため、高速で移動ができた。対してハイネはその速度に自力の脚力で付いていったためにヒューゴより遥かに疲れたのだ。

「それもそうだけどな。まぁ、魔術なしでそれだけの速度で移動できるんだからいいだろ。俺も含めて他の奴には真似できねぇよ」

「それはどうかな。帝都には、色んな人がいるから同じような人がいるかもしれないよ?」

「帝都には、そういう奴はいねぇよ。それはお前が一番わかってんだろ?」

「……そうかもしれないね」

 ざわめく周りに対して、2人の間には少しの沈黙が訪れる。

「でもヒューゴ」

「ん?」

「君も韋駄天が使えるからって、うかうかしてたら周りに置いていかれるよ」

「そうかもしれないな。だが――」

 ヒューゴは周りを一瞥して判断する。

「もとより実力の差があるならまだしも、ここにいる奴の大半は貴族だろ? だったら簡単に置いていかれたりはしねぇさ。才能に溢れ温室でぬくぬく育った貴族様は韋駄天程度の下級魔術に興味なんかねぇだろうしさ」

「そうなのかな……」

「それより……集合場所ってここでいいのか?」

「いい……と思うけど……」

「無駄にでかいな」

「無駄にでかいね」

 2人の前にそびえ立つ建造物は、周りの建物と比べても2回りほど大きく装飾も施されており、事前の情報がなければ田舎育ちの2人にはそれが城に見えたかもしれない。

 そしてぞろぞろと貴族らしい服装をした周りの人たちはその建物に入っていく。その中で彼ら2人だけが、周りと浮いた格好――ヒューゴは倭国の和服と呼ばれる衣服を纏い、ハイネは帝国の洋服ではあるが、貴族のそれのような派手さはない衣服――をしていた。そしてここにいる者ほとんどが貴族で、帝国の建国者であり初代皇帝を務めたクリスチャン・ローゼンクロイツの血を引いているため金髪を持つ者ばかりだ。その金色の髪こそ生まれながらにして超然たる魔力を有し、魔術の才に秀でた証でもある。対してヒューゴとハイネはどちらもクリスチャン・ローゼンクロイツの血を引いていない。そのためヒューゴの黒髪とハイネの紅髪は目立っており、それもまた周囲の目を引きつける要因でもあった。

 周囲の貴族はその浮いた格好をじろじろと見ながら城のような建物に入っていく。しかし2人はその視線に気付いたが気にすることなく、同じように建物の中に入ろうと足を踏み入れる。

 その時それを遮るかのように、ガタイのいい大男が彼らの前に立ちはだかる。

「待て」

 2人は立ち止まり、大男を見上げた。

「なんだ?」

「ここは薔薇十字騎士団院、入団院式の会場だ。貴様達のような平民が入っていい所ではない」

 実際は下民である彼らだが、少しいい服を着ているためか大男は平民と呼んだ。

 ハイネは自分たちが入団院者であることを説明するため口を開けようとした瞬間、ヒューゴがそれを止め、代わり彼が口を開いた。

「なるほど、面白いことを言う。では逆に聞くが、例え平民であろうとも入団院者であるならここに入ることができるんじゃねぇのか?」

 ヒューゴの赤い目が大男の視線と交差する。

「む? 貴様たちが入団院者だとでもいうのか?」

「それ以外の意味を教えてくれねぇか?」

 ヒューゴは再び質問を質問で返した。

「貴様……この俺を馬鹿にしているのか」

「まさか。馬鹿にするという行為は、馬鹿でない人間に行って初めて意味があることだ。それともあんたは自分が馬鹿ではないと思っているのか?」

 三度質問を繰り返す。その3度目の質問で頭にきた大男は、ヒューゴに向かって大きな拳を振り下ろした。

 しかし、その大拳がヒューゴには届くことなく止められた。

「な、なんだ貴様!?」

 大男は驚きを隠せなかった。その大きな図体から繰り出される拳を止めたのは、ヒューゴの横に立っていたハイネだった。だが、驚いたのはそこではない。ハイネが盾を使ったわけでもなく、その身一つ、しかも左手だけで大男の拳を止めたこと。それに驚いたのだ。

 ハイネは、空いている右手で自分が入団院者であることを証明する書類を見せつけた。

「僕たちは本当に入団院者です。だからここを通してもらえませんか?」

「ぐ……ぬぅ……。わかった、通れ」

「ありがとうございます」

 ハイネは笑顔で感謝し、大男の横を通り過ぎる。ヒューゴもそれに続き、大男の横を通り過ぎるが、すれ違い様に大男に聞こえるように呟いた。

「1つ教えよう。〝貴様〟とは元々、目上の者に使う敬意表現だ。あんたは俺を見下してたんじゃねぇ。見上げてたんだよ、阿呆」

「貴様ァ!」

 大男が振り向いた瞬間、そこにはもう2人の姿はなかった。


「何してるんだよ、ヒューゴ。証明書見せれば通してもらえるのに、わざわざあんなに煽ってさ。僕が止めなかったら、あの筋肉モリモリマッチョマンに殴られてたんだよ?」

「あんな見た目だけ筋肉モリモリマッチョマンの拳程度避けてるさ」

 すでに2人は会場の奥へと逃げ込んでいた。

「それにお前だってああいう奴ムカつくだろうが。身形で平民と判断してそうと見るや否や騎士団院に入れるはずがないと決めつける。生まれながらにして平民下民は劣っていると思っている。貴族である自分は優れていると錯覚している。差別があるから俺の親もお前の親も――」

「そうだね――」

 言葉を重ねヒューゴの言葉を遮る。

「だから僕たちはここに来た。貴族も平民も人も魔物もない互いに分かり合える理解し合える国に変える為に」

「…………」

「だから僕たちは騎士にならなくちゃいけない。ただ吠えるだけでは変わらないから。変えるにたる力を身に付ける為に。そのためには揉め事は起こすべきじゃない。そうだろう?」

「……そうだな。悪かったよ」

「わかってくれたらなら、いいよ」

 2人は会場の指定された位置に着き、無事入団院式を終えた。


「さて、これからどうするかな」

 入団院式を終えたヒューゴとハイネは、会場を出て次の目的地を探す。

「ヒューゴ。別に今から自由って訳じゃないよ。さっきの式での説明だと、これから団院生活をほぼ共にする班を決めるらしいね」

「班ねぇ……さっきの説明聞いてはいたが、いまいち意味がわからんらんかったな」

「まぁ、行けばわかるんじゃない? ほら、あの広場に集まるみたいだよ」

 ハイネが指差した先には、すでに何人もの人が集まった広場があった。2人もそこに向かって歩を進める。

 しばらくすると、2人を含めおよそ100人前後がその場に集結する。集団がざわめく中、前方に1人の男が立ち、声を上げる。

「集まったな。まだ来てない奴は知らん。私はアーレス・アルティードだ。上級騎士であると同時に、君達訓練生の教官だ。さて、さっき式で説明を受けたと思うが、これから薔薇十字騎士団院を出るまでの間、共に生活し訓練し任務にあたる班を作ってもらう。最低3人、最高5人で1班だ。これは君たちが自由に決めて作ってもらっていい」

 アーレスの言葉と共に、周囲が再びざわめく。だが、再び彼の言葉によって静まり返った。

「それと知らない者もいるであろうから、言っておく。すでに気付いている者もいるだろうが、ここに集まっている者には〝十字章〟と呼ばれるバッジを付けている者とそうでない者がいる。それは試験の時、好成績だった者に送られるバッジだ。卒業時この十字章を持っていない者は騎士団に入ることはできない」

 それを聞いた訓練生は、安堵する者と焦りを顔に浮かべる者の2つに別れた。それでもアーレスの言葉は続く。

「そしてこれから作ってもらう班だが、3人班の場合1人以上、4人班以上の場合は2人以上が卒業時に十字章を所持していない班は騎士団に入ることはできない」

唯2人、一切の動揺を見せなかったのはヒューゴとハイネだった。この時点で2人は共にアーレスの次の言葉を理解していたからだ。

「今、十字章を持っていない者。焦ることはない。これは卒業時までに手に入れることができる。そしてそれを卒業時まで保持すればいい。さて、何人か気付いたようだな。その通り、十字章は場合によっては剥奪される。その時も次の成績次第でまたバッジを与えられる。つまり全て通して成績優秀者のみが卒業時に十字章を持つことができる」

 バッジ保有者も非保有者も皆が同じ表情を浮かべる。

「説明はここまでだ。ではこれから10分で班を作ってもらう。好きなように組むといい」

 訓練生は、各々動き出し班を形成し始める。

「なるほど。そのバッジ、十字章はそういう意味だったか。班の半数以上が十字章を持ってないといけねぇってのは、チームワークとかその辺を養わせるためか」

「だろうね。でもヒューゴならすぐ獲れるよ」

「当然だ。お前こそ剥奪されねぇようにしとけよ」

「わかってるよ。……で、どうする? 班組む?」

「そうだな。周りを見る限り、十字章を持った者通し班を組んでるようだが、教官の話じゃ十字章の有無は班に関係ないようだしな。それに――」

 睨むように周りを見た渡す。

「誰も俺達下民とは組みたくねぇようだ」

「……そうみたいだね」

 2人はこちらから動くことなく、時間が過ぎるのを待つ。そして期限が近づき、全体的に班がほぼ形成された頃、1人取り残された者がいることに気付いた。

 残された者は、薄く明るい金髪を持つ少女だ。

 見る限り彼女は、どこかの班に入ろうと話しかけているが、どこにも断られているようだ。

「ねぇ、ヒューゴ」

「好きにしろ」

 ハイネが何を思ったのか、何を言おうとしたのか即座に察し理解したヒューゴは、彼が問うとした質問の答えを先に答えた。それを受け、ハイネは笑顔で少女に近づいた。

「ねぇ、よかったら僕たちの班に入らない?」

「えっ……」

「まだ2人だから1人足りないんだ」

「え……でも、あなたたち……」

 少女は彼らを見て、少しばかりたじろぐ。その姿を見て、ハイネの背後からヒューゴが近づき言葉を掛けた。

「女、何を躊躇う。行き場がねぇなら拾ってやろうって言ってんだ。断る理由なんかねぇだろ?」

「それは……そうだけど……」

「ハイネはお前を班に入れてぇようだからな、こうしよう。お前が躊躇う理由を俺が当てることができたら、俺達の班に入るってのはどうだ? ハイネはしつこいからな。俺がはずせばハイネを無視して断れるぜ?」

「そんなのって――」

「それとも貴族様の持つお高いプライドが邪魔するか? いや、それ以前に本当に貴族か?」

「なっ……!」

 少女は驚いた表情をした後、歯を食い縛り悔しがる表情に変わった。

「ヒューゴ、どういうこと?」

「わからないか? こいつは十字章を付けてる。そして髪は薄く明るい。貴族の金髪は薄く明るいほど高い魔力と魔術の才を持ってるって言うだろ?」

「ああ」

「それがだ、なぜ周りの班から断られる? 優秀な人材だ。十字章を保持できる人材は確保してぇはずだろ?」

「じゃあ、つまり……」

「ああ、この女は貴族じゃねぇ。だが、それでも俺達と班を組むことを躊躇するってことは、恐らく元貴族だ。いや或いは、今も貴族だが、下流か没落貴族ってとこだろ。違うか?」

 ハイネは少女の顔を心配そうに窺う。

「……そうよ。あなたの言う通り、私は元貴族よ」

「だからこそ……貴族だった頃の価値観が邪魔して、心はなお貴族であろうとするから、貴族じゃねぇ俺達と班を組むことを躊躇う。ここで素直にハイネの誘いを受け入れてしまえば、自分を貴族でないと認めてしまうから、それがお前の――」

「ヒューゴ!」

 ハイネは大きい声でヒューゴの言葉を止めた。そしてその口で少女に言葉を投げかける

「確かに僕たちは貴族じゃない。それでも僕たちは君と同じ団院生だ。それはここにいる他の者たちも変わらない。そこには貴族も平民も下民もなく、プライドも差別も介入する余地のない対等な立場だと僕は考える。それでも僕達の班に入りたくないのなら、もう言わない。だからもう1回だけ言わせてほしい」

 ハイネは少女に笑顔を向けて手を差し伸べ、その言葉を口にする。

「僕達の班に入らないかい?」

 少女は沈黙する。周りに彼女を受け入れる班はない。それはヒューゴとハイネも同じである。

少女はゆっくりと差し出されたハイネの手に自分の手を重ねる。

「……私はレティアル・クリューレス。あなたの班に入るわ。これからはレティって呼んで」

「よろしくレティ」

 ハイネとレティは握手を交わす。その横からヒューゴがボソリと言葉を放った。

「あなた〝たち〟な」

「うるさい黙れ。あんたは余所余所しくレティアルって呼びなさい」

 これが彼ら3人の出会いだった。


「では、今日は魔術の訓練だ」

 翌日、数班合同でのアーレスの下、騎士訓練が行われた。

「知っての通り魔術には5つの種類がある。攻撃の破術、防御の護術、拘束の縛術、強化の付術、治癒の回術。この内、破術、護術、縛術、付術の4つには、偉大なる大魔導師アレイスター・クロウリ―によって誰でも扱うことができる共有魔術が開発された。この共有魔術は詠唱、術号、呪文の3つを唱えることで行使できる。今回は最も重要な破術の訓練だ。下級破術である術号二十八番の〝天雷〟をやってもらう」

 訓練する魔術を聞いた団院生の何人かが小さく笑い出す。彼はその笑声に気付き、質問する。

「何がおかしい?」

「いや、だって教官。その程度の下級魔術、貴族ならとうの昔にマスターしてますよ。ま、貴族じゃない人はどうだか知りませんけど」

 白に近い金髪の少年がヒューゴ、ハイネ、レティの3人を嘲笑するように見る。

 レティは何か言いたそうだったが、ハイネはそれを止め、ヒューゴに至っては見向きもせず、まるで聞こえていないかのように無視していた。

「君、名前は?」

 アーレスは少年に名前を訊いた。

「はい。ルシオです。ルシオ・エインズワース」

「そうか。ならばルシオ、君の実力を見せつけるいい機会だ。存分にやりたまえ」

 アーレスもヒューゴと同じように空気の悪さを無視して、次の指示を出す。

「前に3人ずつ出て、向こうの的に術を当てろ」

 そして3人が呼ばれ、間を空けそれぞれ定められた位置に並ぶ。初めに呼ばれた3人の内の1人は、先程自身に満ちた言葉を並べた暗い金髪の少年、ルシオだった。

「頑張れ、貴族様」

 ヒューゴが後ろから拍手しながら、その少年を応援する。しかし、彼にとってはそれが気に入らなかったらしく、ヒューゴを睨み付けた。そしてアーレスの合図と共に、3人が同時に手を前に構えて詠唱を始め、術号、呪文と順番に唱える。

「渦巻く焦葬の平原に厳霊(ごんりょう)を落とせ 破術二十八番 天雷」

 3人が呪文を終えると僅かな差がありながらも、3人ともほぼ同時に構えた手の先から紫色の雷が迸った。その雷は先に置かれた木の的へと伸びていく。しかし3人ともその的には当たらずその後方の壁に着弾する。

 その後の沈黙を真っ先に打ち破ったのはヒューゴの拍手だった。

「すげぇすげぇ。流石、とうの昔にマスターしてるだけあって、下級魔術なのにすげぇ威力だ。見ろよ、壁が丸焦げだ。これなら実戦でも敵は丸焦げだな。当たれば」

 わざとらしく強調するために倒置法で、最も重要な言葉を最後に持ってくる。

「この野郎ッ……」

 煽られたルシオは、1歩踏み出した。その時、アーレスの言葉が彼を制止する。

「やめろ。彼の言う通りだ。どんなに強力な攻撃であっても、当たらなければ意味はない。この程度の距離の的に当てれないようでは、到底マスターしているとは言えない。上級魔術のみに固執せず、下級魔術から使えるようになれ」

「……はい」

 ルシオはヒューゴを睨みながら後ろに下がる。それをヒューゴは一々目で追ったりはしない。

 そして次の順番の者が所定の位置に着き、同じように構え天雷を唱えた。順番は巡りハイネの番がやってくる。その前に順番がきたレティは、的に掠るという優秀な成績を残した。

「外すなよ、ハイネ。お前が外したら貴族様達が恥をかかねぇからな」

「それを僕にやらせるなよ……」

「仕方ないだろ。俺じゃ〝できない〟からな」

 ヒューゴはそう言い残してハイネから距離をとった。

 アーレスの合図と共にハイネを含めた3人は詠唱に入る。

「渦巻く焦葬の平原に厳霊を落とせ 破術二十八番 天雷」

 激しい閃光を発しながら、雷が空中を奔り抜ける。そして大きな音と共に的である木の板が砕け散った。

 それを見た多くの者が目を見開き驚愕する。見事、的を射抜いたのは貴族ではない下民出のハイネだった。

「嘘……だろ……」

 一番手で自信満々に語り、結果失敗したルシオが声を漏らす。そのまま続けざまに大きく声を荒げた。

「なんでだよ! なんでお前みたいな下民如きが当てられるんだよ! なんで貴族である俺より上手く扱えるんだよ。 おかしいだろ! なんでお前が――」

「やめないか」

 アーレスが彼の肩に手を置き制止する。続けて彼は何かを言おうと口を開こうとしたが、それより早く先にヒューゴが口を開いた。

「みっともねぇな。弱い奴ほどよく吠える」

「何だと……!」

 ヒューゴに向けて屈辱と怒りを露わにする。

「お前が今まで才能に胡坐掻いて、努力しなかった結果だろ。ハイネのほうが上手くて当然だ」

「僕が今まで努力しなかっただと!? 努力は怠らなかった。知った風な口を利くな!」

「お前も大層な口を利くなよ、小僧」

 ヒューゴも現在15歳で充分に小僧であるが、そんな自分より年下であるルシオを見下したように小僧呼ばわりした。

「努力は怠らなかった? その結果があの様か? 大した努力だ。で、どんな努力を積み重ねてきた? 親とかに言われた事だけやって、できたら次か? なるほど確かに発表会の練習としては立派な努力だ」

「発表――」

 ヒューゴの言葉に口を挟もうとしてきたが、無視して続けた。

「なら、実際に習得した魔術をどれだけ実戦に用いてきた? 倒した相手は帝都の周りにいる低レベルの魔物か? それとも鎖に繋がれ的として用意された魔物か?」

「それは……」

「帝都周辺の魔物のレベルがなぜ低いのかわかるか?」

 その質問にルシオだけでなく周りの者の一瞬考えた。しかし、誰かが答えを出す前にヒューゴは自らその答えを明かす。

「弱い魔物が生息している地帯に帝都を創ったからだよ。例え周辺に高レベルの魔物が出現しても騎士が討伐するだろう。そして外壁によって守られている帝都の中に魔物が入ってくることはねぇ。そんな安全が保障された鳥籠の中で育ったお前にハイネが負けるはずが――」

「意味わかんねぇよ!」

 ルシオが声を荒げ、今度こそヒューゴの言葉を断ち切る。

「そんなのお前ら下民も同じだろ! ましてやローゼンクロイツの血を引いてない田舎者のお前らなんかに俺が負けんだよ!」

「理解の遅さが不憫だな。今お前が言っただろ。俺達は田舎者だ」

「それが何だよ」

「帝都周辺の魔物のレベルは低い。なら高レベルの魔物はどこにいる?」

――!

「気付いたようだな。そう。高レベルの魔物が生息するのは帝都周辺以外。つまり田舎だよ。帝都周辺の魔物レベルは5前後。たまに出現する高レベルの魔物でも15程度だろ? 俺達の村周辺の魔物レベルの平均は20だ」

「20……だと……」

 その数字にそこにいる貴族全員が驚愕する。魔物の強さはにレベルが設けられ、当然のことながら強い魔物程高レベルになる。レベルは絶対的な数値ではないが、強さの視覚化として広く使われている。もちろん魔物の個体差、相性など様々な要因で多少の前後はある。

「ちなみに俺達は……4歳か5歳ぐらいから、そのレベルの魔物と対峙してきた。もちろんその頃は親や他の村人に付いて行って一緒に戦ってたがな。だが10歳ぐらいからは2人で戦ってきた。わかるか? お前とは実戦経験が天と地ほども隔たっている。お前の発表会の練習と一緒にすんじゃねぇ、阿呆」

「……!」

 無言でヒューゴに向かって、殴り掛かろうとするルシオをアーレスが止めた。

「ルシオ。君の負けだ。今のままの君では彼らに勝てない。その結果を覆すかどうかは、これからの君の努力次第だ。悔しければ精進しろ」

「ぐ…………、……わかりました」

 歯を強く食い縛り、爪が食い込むほど強く握りしめた拳を緩め、手を下げる。

 一悶着終わり、訓練が再開される。ハイネは先程の位置から後ろに下がり、ヒューゴとその場所を交代する。

「すごいわ、ハイネ」

 後ろに下がったハイネに、レティが詰め寄った。

「あんなにうまく魔術を扱えるなんて。どうやったらそんなに上手にできるの?」

「うーん、詠唱の発音かな?」

「発音?」

「詠唱って魔術を使う際の準備みたいなもんなんだよね。それでアレイスター・クロウリ―が作った共有魔術って全部倭語じゃない?」

「うん」

 それは文字通り倭国で主に使われている言語。

「今は帝国と倭国の交流が深いから、どっちの国の人たちも2つの言語を学ぶけど、それでも帝国はクロイツ語――ローゼンクロイツ帝国で主に使われる言語――で、倭国は倭語が主に使われるじゃない?」

「うん」

「だから帝国人でクロイツ語を主に使ってる人って倭語の発音が若干苦手なんだよね。それが詠唱に影響して準備が上手くできてない状態で魔術を放つような形になってるから、みんな上手く撃てないんだよ」

「なるほど……だからかぁ。さっきのハイネの詠唱すごく聞きやすい発音だったもんね。私も上手く発音できるようになるかな?」

「ここにいる皆、倭語自体は喋れるから、あとは練習を重ねればすぐ発音できるようになるよ」

「そうなんだ。じゃあさ、ヒューゴも魔術上手いの? あいつって倭国人でしょ?」

 ヒューゴの目立つ黒髪を見ながら、少し嫌そうな顔をして尋ねた。

「んー、確かにヒューゴは倭国人で倭語の発音も上手いけど、彼はちょっと特殊でね」

「特殊?」

 ハイネの答えが返ってくる前に、アーレスの合図によってヒューゴ達の詠唱が始まる。

「渦巻く焦葬の平原に厳霊を落とせ 破術二十八番 天雷」

 再び的に向かって紫電が迸る。しかし、今まで3条の電が的に向かって伸びたのに対し、今度は2条の雷しか発しなかった。それも的には当たらず後ろの壁を焦がすだけで終わる。

「はぁ?」

 その光景を見たレティが思わず口にする。唯1人ハイネを除き、アーレスも含めた、そこにいる全員が同じような表情を浮かべていた。

「おい、見ろよハイネ。少しできたぜ」

 ヒューゴは指の先でバチバチと音を鳴らし、申し訳程度に迸る紫電をハイネに見せつけた。周りはそれを見て、更に不可解な表情を浮かべる。しかし、ハイネだけはそれを見て喜びの表情を浮かべた。

「やったじゃん、ヒューゴ」

「いや、ちょっと待って、なにこれ? ヒューゴ、あんた遊んでんの?」

「全力だが?」

 レティの質問に無表情で真剣に答えた。

「ヒューゴ、本当にそれが君の全力なのか?」

 横からアーレスが問い掛けてくる。ヒューゴもそれに対し、体を向け正面から答えた。

「はい」

「他に何か使える魔術はあるのか?」

「はい。加速移動型の中級付術である〝韋駄天〟と、下級護術の〝六障華(りくしょうか)〟です」

「その2つだけか?」

「はい」

「そうか……まぁ、頑張りたまえ」

「はい」

 ヒューゴはハイネのいる位置まで後ろに下がろうと1歩踏み出した時、ルシオが笑い出した。

「はははははは。何だよ、お前。あれだけ偉そうなこと言っといて、お前が使える魔術って実用性皆無のその2つだけかよ。ダッセェな、おい!」

 彼に限らず、周りの団院生も笑っていた。

「六障華で防げる攻撃なんて知れてるし、韋駄天なんて速く動けるだけじゃないか。しかも、その速さに目が付いていかないから誰も使いやしない」

「勘違いしてるようだな、阿呆。さっき見せた通り、他の魔術も全く使えねぇわけじゃねぇ」

「ハッ! 使えた所で、お前の魔術は当たるとかどうか以前の問題じゃないか。そんなんでよくあれだけの大口が叩けたなぁ? 田舎でレベル20台の魔物倒したってのも、そこにいるもう1人のおかげだろ? お前はそいつにくっついた金魚の糞ってことだぁ。教官、こいつに僕が勝てないなんてありえないですよ。これは傑作だ!」

 ヒューゴを馬鹿にする彼に便乗し、次第に周りの笑い声も大きくなった。そんな中、静かに聞いていたヒューゴが口を開く。

「……感情の起伏が激しいな、阿呆。そうやって常に誰かを見下さないと自信を持てねぇか?」

「何だと!?」

 大きく開いて笑っていた口を閉じ、ルシオの表情は強張りヒューゴを睨みつける。突き刺すような視線を向けてくるルシオに向かってヒューゴは、意味のなさそうな言葉の羅列を並べながらゆっくりを近寄る。

「渦巻く焦葬の平原に厳霊を落とせ」

「何だぁ? 詠唱なんかして? さっきのしょぼい魔術を撃つ気か? そもそも撃てるのか?」

 再び口角を上げニヤついた顔で、ヒューゴを馬鹿にする。

 次の瞬間、ヒューゴの右手が素早く動き、避ける暇もなくルシオの首を掴む。

「がっ……な、何を……」

 突然の出来事に動揺する。少し首を絞められることによって呼吸が乱れ、詰まったように言葉が出た。

「さて詠唱は終わった。後は呪文を言うだけだ」

「何……だと……」

「確かに、お前のような威力はねぇかもしれねぇな。だがそれでも直接掴んで当てれば、首の皮を焼くぐらいはできるだろうぜ」

「ま、待て……」

「どうした? 顔色が悪いぞ。ビビるこたぁねぇだろ? さっき言ったじゃねぇか。『当たるかどうか以前の問題』だってな。なら、避けてみろよ。破術二十八番――」

「や、やめろぉぉぉぉオオオオオオ」

 ヒューゴの本来の威力には遠く及ばない天雷が放たれようとした瞬間、その腕を掴み止めた者がいた。

「やめろ、ヒューゴ」

「……ハイネ」

「もういいだろ。手を離すんだ」

 舌打ちと同時にハイネの首から手を離し、踵を返してルシオから離れる。ハイネは涙を浮かべながら、恐怖のあまり筋肉が弛緩し、地べたにへたり込んだ。

「――けるな」

 地べたにへたり込んだルシオが、立ち上がりながら呟く。

「ふざけるなぁ! 破術四十六番 焦烈渦(しょうれつか)!」

 立ち上がった彼は、両手を前に構え、中級破術を無詠唱で放つ。呪文と同時に竜巻のように渦を巻いた火炎旋風がヒューゴの背中目掛けて伸びていく。周りの者たちは、その魔術から放たれる熱波に思わず、顔を腕で覆い隠す。

 魔術の轟音が消え、魔術による煙とその際に巻き上がった砂埃が風で払われた。そして現れた光景にルシオは目を見開き、息を呑んだ。

 熱さで反射的に顔を覆い隠した周囲の人たちも、顔の前から腕をどけて、その光景を目の当たりにする。そこには閂の刺さった光の扉のような形をした魔術障壁がヒューゴたちを守っていた。その護術を展開させたのは、またしてもハイネだった。

「クソがァ! 降り注ぐ大隊の矢――」

 狙ったヒューゴに一切の傷がついてないことに腹が立ち再び両手を構え、今度は完全詠唱で放とうと詠唱を開始するが、それは途中で遮られた。

「そこまでだ、ルシオ。これ以上の魔術使用は許さない。使用すれば、君の十字章を剥奪する」

「く…………」

 アーレスに腕を掴まれ、否応なし退かされる。静かに腕を下すルシオに、ヒューゴは言葉を投げかけた。

「残念だったな、ルシオ君」

 その言葉にルシオの腕に再び力が入るが、アーレスがそれを抑え込む。

「君もだ、ヒューゴ。次、挑発と見なされる言葉を発すれば、1年間十字章の獲得を禁止する」

「…………はい」

「君達2人は今から私と一緒に来い。残りの者は他の教官の下、訓練を続けたまえ」

 そしてルシオとヒューゴの2人は、アーレスと共にその場から退場した。


 アーレスは、2人を連れて私室に入る。大きな椅子に腰掛け、2人はその前に立たされた。

「さて、君たちは、何故それ程までに相手に邪険な態度で挑むんだ?」

 どちらも沈黙を通す。

「身分が違うからか?」

 この質問にはルシオが答えた。

「……そうです。こいつは下民でありながら、上流貴族である僕を侮辱し、恥をかかせた。万死に値します」

「そうか。なら、ヒューゴ。君は何故彼を侮辱した?」

「単純に貴族が気に入らないからです。自らの力で勝ち取った地位でもなく、生まれつき与えられたものを自分の力だと信じて疑わない。それが気に入らなかっただけです。それと教官」

「なんだ?」

「先程の彼の言葉では語弊が生じます。先ほど彼は『侮辱し、恥をかかせた』と仰いましたが、私の記憶が正しければ先に我々を侮辱したのは彼です」

「お前!」

「やめないか!」

 ヒューゴの胸倉に掴みかかるルシオを、アーレスが一喝して止める。

「1つ言っておく。君達は貴族だの下民だのと身分の違いを気にしているようだが、ここではそんなものは無意味だ。確かに、騎士の中にも団院の中にも身分の違いで差別をする者もいるが、どちらも飽く迄実力主義の組織。ここでは生まれや身分などは関係ない対等な立場だ」

「しかし、教官――」

「ルシオ。この帝国に於いて、君に根付いた差別意識は簡単には消えはしないだろう。それはヒューゴ、君も同様だ。だから、差別意識を失くせとは言わない。だが、この場に、団院内にそれを持ち込むな。いいな?」

「…………はい……」

 睨み付ける鋭い眼光は、ルシオを委縮させ、肯定の返事のみを強要した。

「ヒューゴ。返事がないぞ?」

「…………アーレス教官」

 彼は肯定でも否定でもなく、教官の名を呼び質問した。

「確か帝国には決闘という制度がありましたよね?」

「ああ、確かにある」

「負けた者は勝った者のいかなる要求も呑まなければならない。そのように記憶しています」

「その通りだ。だが、過去に無理な要求や死の要求などあり、現在は決闘監督者の判断で一部要求は拒否することができる。それでも厳しい要求が通ることもあり多大なリスクがある為、今は決闘自体行われることは少なくなった」

「でも、決闘制度そのものはなくなってはいない。違いますか?」

「……その通りだ」

「では、俺は彼、ルシオ・エインズワースに決闘を申し入れます」

「何!?」

 予感はしていながらも、その可能性を排除していたルシオは、予想外の言葉に驚いた。アーレスが述べたように決闘には、負ければ相手の要求を呑まなければならないというリスクがある。加えて決闘を申し入れる挑戦者は、もう1つの大きなリスクが存在する。彼はヒューゴにその確認を取る。

「ヒューゴ、本気か? 決闘の公平性を保つために、決闘の内容やルールは申し込まれた応戦者に決定権があるのだぞ? つまり、それを決めるのは、ヒューゴ、君ではなく、ルシオということだ」

「ええ、重々理解しております。マラソンでも、釣りでも、チェスでも何でも構いません。ですが、互いに実力が重要視される騎士を目指しています。そしてここは魔術が発達したローゼンクロイツ帝国です。盤上のゲームなど、彼も望む所ではないでしょう。最も彼の得意とする魔術発表会を開かれては、勝ち目はないでしょうが」

 ルシオを見て自分の意見を述べる。それに対し彼もヒューゴを見て答えた。

「挑発のつもりか? お前が魔術の勝負で、僕に勝てると思っているのか?」

「まさか本当に発表会を開くつもりか? それで自分の実力を、強さを証明できるのか? 決闘には少なからず観客が現れる。決闘自体が珍しくなった今なら、尚の事だ。貴族様が下民相手に魔術発表会で勝って自慢になるのか? そんなんで勝ったらきっと、勝負から逃げた男として笑いものになるぞ? 家名を汚す覚悟はあるのか?」

 連続で質問を投げかけ、更に挑発を重ねた。その挑発に耐えきれなくなったルシオは、咄嗟に考えたルールを口にした。

「いいだろう。その決闘受けて立つ。武器はなし、相手に参ったと言わせるか戦闘続行不可能にした方の勝ちの実戦型でどうだ? それとも魔術が使えないお前のために武器ありにした方がいいかな?」

 挑発の応酬。ヒューゴは感情に任せることなく冷静に答えた。

「いや、それでいい。そもそも斬術も大して高くねぇしな」

 互いに睨み火花を散らす。その間にアーレスが割って入った。

「2人とも本当にいいんだな?」

「はい」

 2人同時に返事をする。

「そうか。だが、お前たち団院生であり私の生徒だ。だから決闘監督者は私が務める。いいな?」

「はい」

「それといい機会だから、他の者の戦闘の素質を見るため、1対1の決闘ではなく、3対3、班同士の決闘をやってもらう。しかし、飽く迄決闘者は君達であり、他の班員は負けたとしても要求対象外とさせてもらう。その条件が呑めないなら今回の決闘は私が認めない。どうだ?」

「僕は構いません」

「同じく」

 条件付きの決闘。そして監督者をアーレスが務めるということは、どれほどの要求が通るかは、彼の匙加減次第ということ。それを理解した上で、先に答えたのはルシオであり、続いてヒューゴが答えた。

「よし。では、決闘の詳しい日時と場所は、私が決め追って連絡する。それまでは今日のような言い争いや揉め事は禁止する。もし起こせば、決闘は無効とし、今後1年間の十字章の保持を禁止する。わかったか?」

「はい」

 この言葉を最後に、2人はアーレスの私室から退室した。


 その夜、寮室に戻ったヒューゴはハイネとレティの2人に事情を話した。

「あんたバカじゃないの!?」

 ある程度予想のできたレティの反応。

「決闘って……。あんた勝てると思ってんの?」

「でも今日は俺が勝ったぜ?」

 訓練中にあったルシオとの言い争いからの魔術の使用。実際とちらかが戦闘不能になったわけでも、怪我をしたわけでもないが、あの小さな争いは傍から見れば、誰しもがヒューゴの勝利と判断するだろう。しかし、それは深く考えず過程を見たからであって、結果だけ見ればどちらかが勝ったわけでも、負けたわけでもなく、ましてや勝負そのものが始まってすらいない。

「あんた別に勝ってないじゃない。ルシオに『首の皮は焼ける』なんて言ってたけど、よくよく考えればあの程度の電撃で首の皮が焼けるわけないし。少し痺れる程度よ。ルシオが過剰に怖がっただけ。それに背後から撃たれたルシオの魔術も、防いだのはハイネであってあんたじゃないじゃない」

「そこに俺の勝てねぇ理由がどこにある?」

「そんなの――」

「お前が勝てねぇと思っているのは、個人戦だろ? 飽く迄今回はチーム戦だ。それでも勝てねぇと思ってんのは、自分が弱ぇことを認めてるからだろ? なら俺とハイネでやる。お前は参加だけして、後ろで観戦でもしてればいいだろ」

「な……! 見くびらないで、私だって戦えるわよ!」

「ハイネはどうだ?」

 黙っていたハイネに戦う意思を問う。

「僕は別にいいよ。木の的相手の訓練ばかりも退屈だしね。それに負けても被害を受けるのはヒューゴだけだしね」

「なかなかひでぇな、オイ」

「だってそうだろ? ヒューゴが勝手に始めた決闘だ。それでも手は抜かないけどね」

「ハイネ、あなたは勝てると思ってるの?」

「どうかな。でも負ける気はないよ」

「それは私もそうだけど……」

「レティ」

 ヒューゴがレティに対して名前を呼ぶが、彼女はそれに答えない。それが何故なのか彼自身には理解でき、舌打ちをして言い直した。

「レティアル」

「何?」

 以前の余所余所しくレティアルと呼べ、というものが今もなお継続していた。

「これはお前にとってもいい機会だ」

「どういうこと?」

「この前言ってたろ。自分や家族を蹴落とした他の貴族を見返すと」

 3人が班を組んだ当日、互いを深く知る為、騎士団を目指す理由を明かした。ヒューゴとハイネは国を変える為、レティは上流貴族だった自分たちを妬み、罠に嵌め貴族から蹴落とした他の貴族を見返すため。彼女の一族は交易で成功し、下流貴族から上流貴族に成り上がった。しかし、周りの貴族は、下流から上流に成り上がり、更には今まで下に見ていた中流貴族が自分たちより上の階級を手に入れたことが気に食わなかった。結果、彼女たちの一族は交易を妨害され、加えて不義を働いていたと罠に嵌められ、爵位が剥奪された。それを知った彼女は、貴族たちへの復讐として再び彼らより上に立つことを決意した。

「この決闘に勝てば、お前の実力も証明できる。1度蹴落とした奴が再び這いずり上がって、後ろに迫ってくるってのは、貴族様からすれば恐ろしいことだと思うけどな」

「そうかもしれないけど……もし、負けたら……」

「お前が、俺がルシオに勝てねぇと思う理由はなんだ?」

「そんなの決まってるじゃない。相手が貴――」

「族だからか?」

 自分の言葉に合わせ、先読みされ、続きを言われたことに彼女はムっとした。しかし、そこで言葉を切らず、意見を続けた。

「あんたは確かに弱くはない。たった2つの魔術しか使用できないのに、騎士団院に入ったんだから実力があるのもわかる。だから武器がある、或いは魔術使用禁止なら、あんたは勝てると思う。でも今回の決闘のルールはその逆。相手にとっては有利でも、あんたにとっては頗る不利。そうでしょ?」

「確かに、理に適ってるな。なら何故今日俺があいつにあれ程までに追い詰めることができた?」

「それは――」

「運がよかったか? 違う。あいつが俺を侮っていたからだ。少し考えれば俺の天雷じゃ薄皮1枚焼けないのは明白。俺に首を掴まれた瞬間、あいつは俺に向かって無詠唱で即座に魔術を放っていれば、地に伏したのは俺の方だ。それでもあいつがそれをしなかったのは――」

「ヒューゴの言葉を信じたから」

 ハイネが横から口を挟んできた。それを見たヒューゴは、手振りでハイネに続きを任せた。

「ヒューゴが首の皮程度なら焼くことができるという言葉を彼は信じ、それが彼を委縮させた。その前にもレベル20台の魔物を相手にしてきたという言葉からも、本当に首の皮を焼かれるかもしれないと思った」

「でも、侮っていたなら、そんな風に思わないんじゃ?」

「逆だよ。侮っていたからこそ、彼はヒューゴのことなど見ていなかった。ヒューゴがどれだけの力を持っているのか、知ろうとしなかった。だからこそ、首を掴まれた瞬間、ヒューゴの可能性を一気に考えた。予め警戒し、分析し、冷静さを保っていれば、ヒューゴの言葉の真偽に関わらず、自分の考えを保った上で対応できたはずさ。どんなに実力差があっても、情報次第で実力差にそぐわない結果になることもある」

「じゃあ、ヒューゴはそこまでわかって、挑発して相手の心理を誘導してたの?」

「いや、ただムカついたからハッタリかましてビビらせただけだ」

「…………」

 考えなしのヒューゴの行動に、レティはただ黙って反応するしかなかった。

「でも待って。ならもう、そのハッタリ通じないんじゃないの?」

「確かにハッタリはな。だが、それだけが情報じゃない。あいつと俺どっちが魔術に詳しいか、そこが重要だ。それに俺がたった2つの魔術でどれほど戦えるのかもな」

「どういうこと?」

「情報漏洩は避けたい」

「…………あっそ」

 レティは再びムっとした表情を浮かべた。


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