第三話 シュラムの娘の策略と王妃の嫉妬
シュラムの娘は懸命に逃げましたが、一時間ほどで捕まってしまいました。王妃とエキストラの花嫁候補の娘達は起こされ、裁判が開かれました。
「シュラムの娘よ、どうして外へ走って行ったりしたんですか? いや、あなたを責めているんじゃありません。夜に外へ出て行くのは危険なので言っているのです。どうか、理由を聞かせてください」
(危なかった……。なんて足の速さだよ!
もう少しで逃げられるところだった……)
シュラムの娘は外に出た理由を聞かれ、弁解します。
「私の愛する方が戸の穴からその手を引っ込めたので、私の内なる所は私の内で騒ぎ立ちました。私の手は没薬で、私の指は没薬の液で滴り、それは錠のくぼみの上に落ちました。
私は私の愛する方のために開けました。しかし、私の愛する方は行って、通り過ぎた後でした。あの方が話した時、私の魂は私から出て行きました。私はあの方を捜しましたが、見付かりませんでした。
私はあの方を呼びましたが、あの方は答えませんでした。市を見回っている見張りの者達が私を見付けました。彼らは私を打ち、私を傷付けました。城壁の見張りの者達は私の幅広い上掛けをはぎ取りました」
(くっそー、服を掴ませて、油断させることができたと思ったのに……。
さすがはソロモン王の指揮ね……。私を捕らえるほどの軍事指揮能力……。
一人の妻を大切にする人だったなら、私も惚れていたかもしれないわ。今いる王妃達一人一人を大切にすれば、まだ賢王でいられるでしょうけど、私の心を動かすことはできないわ!)
シュラムの娘は王妃と花嫁候補達にこう言います。
「エルサレムの娘達よ、私はあなた方に誓いを立てさせました。もし私の愛する方を見付けたなら、私が愛に病んでいることをあの方に告げると……」
(こうなったら、この娘達に私の理想の男性を捜してもらうわ! 彼らが捜索にかまけている隙を見計らって逃げることにしよう!
ソロモン王が業を煮やして、私を市内に出した時こそがチャンス! あの広さと人の多さなら、私の足が勝つ!)
王妃達はシュラムの娘によって、ソロモン王をコントロールしようと思います。
「女の中で最も美しい人よ」
(ここは煽てて、この小娘をソロモンの妻にしよう! そうすれば、エロモン王もまともな賢王に戻るかもしれない! シュラムの娘もなかなか賢い。二人なら良い王国になるかもしれないわ)
「あなたの愛する人はどのように他の愛する人に勝っているのですか? あなたの愛する人はどのように他の愛する人に勝っているので、私達にこのような誓いを立てさせたのですか?」
(私達に分かるように言いなさいよ!)
シュラムの娘は男の特徴を言い始めました。
「私の愛する方はまぶしいばかり、赤みがかかって、万人のうちの最も際立った方。その頭は金、精錬された金、その髪の毛はナツメヤシの房、その黒い髪は渡りがらすのようです。
その目は水の流れのほとりにいるハトのようで、それらは乳に身を浸し、縁の中に座っています。その頬は香料の苗床、香草の塔のようです。その唇は没薬の液を滴らせるユリの花。
その手は貴かんらん石で満ちた金の円柱。その腹はサファイアで覆われた象牙の皿。その脚は、精錬された金の受け台に立てられた大理石の柱。
その姿はレバノンのようであり、杉のように選り抜きのもの。その上顎は非常に甘く、あの方のすべてが全く望ましいものなのです。エルサレムの娘達よ、これが私の愛する方、これが私の友なのです」
(まあ、比喩表現過ぎたかしら。実際、一言で言うと全世界で一番カッコいい男性ってとこかしら。ソロモン王はお金持ちだから、お金の条件は省いたわ……)
「女の中で最も美しい人よ、あなたの愛する人はどこに行ったのですか? あなたの愛する人はどこに向かったのでしょう。私達はあなたと一緒にその人を捜しましょう」
(ちっ、いつまでも夢を見てんじゃないわよ、小娘。あんな表現で見付かるわけがない。シュラムの娘に鎖を付けて外に出すしかないわね……。ロープじゃ、逃げられそうだからね。
そして、あんたの愛する人を見付けた瞬間に、剣や槍でぐさりと刺して殺す、これがソロモン王の作戦。理由なんてあなたに危害を与える輩かと思ったとかで、全然いけるでしょうからね。
シュラムの娘、生意気な小娘だけど可哀想な娘。愛する人に会った瞬間に、相手は殺されるのよ! ソロモン王、美女のためなら軽く人を殺す恐ろしい王になってしまったわね……)
シュラムの娘は彼氏のいる場所を言います。
「私の愛する方は自分の園に、香料植物の苗床へ下って行きました。園の中で羊の群れを飼い、ユリの花を摘むためです」
(よし! うまい具合に外へ行けそうね……。後は、ソロモン王を焚き付けて、私を外へ出すように誘導しましょう。男は嫉妬させると単純になって、操りやすくなるからね。いくら恐ろしい野獣でも行動が読めるなら、制御はできるからね。もちろん、危険な方法だが仕方ないわ……)
シュラムの娘はソロモン王が、シュラムの娘の彼氏に嫉妬するように仕向け始めた。
「私は私の愛する方のもの、私の愛する方は私のもの♡ あの方はユリの中で羊の群れを飼っています」
(将来、十年後くらいに会いたいな♡ 今はソロモン王の魔の手から逃れるのが先決よ!)
シュラムの娘はソロモン王をにらみつけた。
ソロモン王とその僕達はその態度にびびっている。まるでソロモン王を嘲笑っているかのようだった。
「私の友よ、あなたは快い都市のように美しい。エルサレムのように麗しく、旗の周りに隊をなす者達のように畏敬の念を抱かせる。私の前からあなたの目をそらしておくれ。
それは私を恐れ慌てさせたからだ。あなたの髪はギレアデから跳ねて下ったヤギの群れのようだ。あなたの歯は洗い場から上って来た雌羊の群れのようだ。みな双子を産み、その中のどれも若子を失ったことがない。あなたのベールの後ろにあるあなたのこめかみは、ザクロの片割れのようだ」
(っくっそー、この小娘、六十人も妻がいる私を見下している。そりゃあ、私だって一人の妻を愛したいさ……。でも、駄目なんだ。何か知らないけど、気付いたらこんなに多くいたのだ。シュラムの娘、お前が私を愛してくれるなら、私は六十人の妻を捨てよう!)
「六十人の王妃、八十人のそばめ、そして、数知れぬ乙女らがいるかもしれないが、私の愛するハト、とがめのない者はただ一人、お前だけだ! その母に属する者はただ一人、彼女はあなたを産んだ清い者だ」
ソロモン王の王妃とそばめと花嫁候補達は、ソロモン王が指示した通りにシュラムの娘を讃える準備を始めた。ソロモン王は嫌らしく笑う。
(よし、彼女の貞潔さを誉めて、数日後に私も彼女をずっと一途に思っていることを知らせよう。娘の彼氏とやらが見付かれば、トドメを刺し、見付からなければ私が彼女を本気で愛していることを知らせる。
これを何日か繰り返して行けば、いずれ二人の距離は近づくはずだ。待っていても来ない屑男より、自分を愛する男性に心は傾いて行くはずだからな!)
女達はシュラムの娘を讃え始めた。
「夜明けのように見下ろしている者、満月のように美しく、きらめく太陽のように清く、旗の周りに隊をなす者達のように畏敬の念を抱かせるこの女は誰ですか?」
王妃達の歌声を聴きながら、シュラムの娘は恐怖を感じていた。
(後で、六十人の王妃と八十人のそばめからリンチを受けるんだろうな。私は別に悪くないけど……。それが女というものだ……)
「それはシュラムの娘です!」
王妃達の歌は終わり、次の日にはシュラムの娘と一緒に、娘の彼氏を捜しに出かけて行きました。シュラムの娘には、王妃達の用意した特別のプレゼント、首輪と鎖が用意されました。金属製で出来ており、かなり重く、常人には簡単に外せない素晴らしい物でした。
シュラムの娘と王妃の僕達は懸命に探しましたが、何日してもシュラムの娘の恋人は見付かりませんでした。ソロモン王は娘を心配し、自らの足でシュラムの娘を捕まえに来ました。そして、シュラムの娘は男性捜索の経緯をソロモン王に語るように言われます。
(くっくっく、計画通りのようだな。シュラムの娘の彼氏とやらは、私に恐れをなして逃げ出したのだろう。このまま娘の不安をあおり、私がここにいるよと励ませば、娘は私の手中に落ちることだろう)
ソロモン王は怪しく含み笑いをした。
シュラムの娘は捜索の経緯を説明します。
「くるみの木の園に私は下りて行きました。奔流の谷で木の芽を見るため、ぶどうの木が新芽を出したかどうかを見るためでした」
(まあ、私に彼氏はいないからね……。ぶどうの木とかの方が気になるわ。私って意外と仕事女だったんだな……)
「私の気付かないうちに、私の魂は快く仕える民の兵車のそばに私の身を置きました」
(お前の愛してる発言のせいでな! 女の嫉妬ってマジ怖いよ……。毒殺されちゃうかもしれない。これだから王宮って所は嫌なのよ。もう早く家に帰って、お母さんの手料理が食べたい……)
ソロモン王はシュラムの娘を観察しながらこう言った。
「帰って来なさい、帰って来なさい、シュラムの娘よ。帰って来なさい、帰って来なさい。私達があなたを見ることができるように」
(ふん! 生意気な態度が消えている。もうひと押しだな!
あとちょっとで娘は私に恋をすることだろう。ふっふっふ)
ソロモン王だけでなく、王妃達もそのように言う。シュラムの娘は不安を感じ反論する。
「あなた方はシュラムの娘に何を見るというのですか?」
(城に帰ったら毒殺されるかも……。または皮を剥がれて、服にされるかも……)
ソロモン王と王妃はこのように要求する。
「二つの宿営の舞のような物を!」
王妃達は示し合せたかのごとくそう言った。
(ふははは、大勢の前で滑稽なダンスをずっと踊っていなさい。私達が飽きるまでお前は私達の玩具となるのよ!)