戸惑い
俺は、寮に戻り部屋着に着替えるとダチのところに向かった。
この学校に入って直ぐに出来た友だ。
……だが、丁度真っ正面から幸也がこっちに向かってくるのが見えた。
「行きや。早速来てくれたんだな」
俺は、嬉しくてそう声にしてた。
「うん。兄さんに相談したいことがあったから…」
おっ、早速俺に相談とは、もしかして、俺頼りにされてる?
「わかった。俺の部屋に行くか?」
俺の言葉に軽く頷く幸矢。
俺は、踵を返し自分の部屋に戻った。
「ここが、俺の部屋」
俺は、少し緊張しながら部屋のドアを開けた。
「一様、一人部屋だから、気兼ね無しに話せるぜ」
顔に笑みを浮かべながら言う。
「相変わらず小綺麗にしてるんだね」
幸也が、部屋を見渡して言う。
「小綺麗って…。まぁ、幸也ならそう言うかもな。ほら、そんなところに突っ立ってないで、座れよ」
何時までも入り口に突っ立ってってる幸也を部屋の中に誘い込んだ。
幸也は、俺が勧めた椅子に座った。
「しかし、おばさんから連絡貰ったときは、ビックリしたぞ。まさか、幸也がうちの学校に来るとはな」
俺は、思ったことをそのまま口にした。
「うん。私も自分で何でここに入れられたのか、わかんないもん」
もんって、何でそんな可愛いんだ。
幸矢は、俺と居るときは普通に話すから、これが地なんだってわかってる。しかし、人後よのような言い方だなぁ……。
「もう一つ驚いてるのは、お前が男子の制服で校内を歩いているってことだな」
俺の言葉に幸矢が驚いた顔をする。
そこまで驚くことか?
「俺、おばさんに“幸矢が女子の制服で入学するから、悪い虫が付かないように見ててくれないかなぁ”って、言われてたんだよ。したら、男子の制服で堂々と歩いてたから、ビックリしたぜ」
俺の言葉に納得するように頷く幸矢。
「本当言うと、女子の制服も用意して貰ったんだけど、スカートを履き慣れてなかったから、違和感があって、急遽男子の制服を取り寄せたんだよね」
苦笑いを浮かべる幸矢。
「……そっか。俺としては、おじさん達と離れてる間は、女に戻ってもいいんじゃないかと思うが…」
ちょっと、残念だと思ってる。
幸矢の女子の制服姿見てみたかったと思ったのは、本人に気づかれたくないけど…。
「そうしたかったんだけど、今までの事でトラウマになってるみたいで、女の格好をした自分が、想像できなくて…」
まぁ、常日頃から『男になれ!』と言われ続けてきた結果なんだろうけど…。
「幸矢は、変なところで真面目だな。そこがいい所なんだが…。で、一ヶ月男として過ごして困ったこととかあるか?」
その事での相談だと思った俺は、自分から聞いていた。
「あると言えばある。無いと言えば無い」
幸矢の曖昧な返事に。
「なんだそれ?」
って、聞き返していた。
「一番困るのは、声だよ」
って…。声?
俺が、怪訝な顔をしてたのか幸矢が。
「普段の私の声って、アルトじゃん。それより少し低く出すのって、結構疲れるって言うか…」
肩をすくめながら説明する。
クックク……。
俺は、口許を手で隠し笑った。
声って……。
それを見てた幸矢が、口を尖らせる。
「わるい…」
可愛い悩みだ。
「笑いすぎ」
頬を膨らませ抗議する幸矢。
「ごめん。まあ、確かに地声より低く出すのは大変だよな。そんなに気にすること無いと思うぞ。そのままでも充分だと俺は思うぞ」
俺の言葉に少し顔を赤める幸矢。
そんな彼女が、愛しい。
「そういや、もうすぐ水泳が始まるが、お前どうするんだ?」
ふと思ったことを口にした。
女だって知ってるのは、極少数だ。
バレるわけにはいかないだろう。
「それは、もう解決済み。授業後に居残りで水泳の授業をしてもらうことになってる」
にこやかに言う幸矢。
「授業後って…。水泳部が使ってるだろが…」
それって、遅くなるって事だろ。
「その期間だけ、寮の門限を送らせてもらえるように計らってもらってて、水泳部の練習が終わってから補習授業ってことになってるから、誰にも出くわすこと無いと思う」
心配だろう。いくら、幸矢が有段者でも女の子だし……。
「用意周到な事で…」
そういうことじゃないんだよ。
俺は、お前が心配なんだって……。
「私が…って言うより、お祖父様と父が根回ししてるって言った方がいいのかなぁ。私が、女だって知ってる先生も限られてるんだよ」
悠長に苦笑して見せる幸矢。
おいおい。女だって自覚してるなら、もっと危機感感じろよ。いくら、学校と寮の距離が近いといっても何かあったらどうするんだよ。
そんな俺の想いなんて、コイツには届かないんだろうなぁ。
「そうだ。さっきの“アイツ”には気を付けろよ」
俺は、学校の廊下で出くわした奴の事を思い出した。
アイツ、幸矢の事気に入ってやがる。
俺と、同じ臭いがする。
幸矢は、一瞬誰の娘とかわからずにいたようだが。
「成瀬の事?」
って、首を傾げながら問いてきた。
「ああ。“アイツ”意外と鋭い感覚を持ってる。女とバレル前にアイツとは距離をとっておいた方が、俺はいいと思うが…」
確信ではないが……。
「何かあったら、俺のところに来いよ。いくらでもフォローしてやる」
俺はそう言って、幸矢の頭を撫で栗回した。
「髪が乱れるから止めて…」
幸矢が、俺から距離をとろうと離れていく。
「触り心地がいいんだから、仕方ないだろ」
「もう、兄さん!」
幸矢の怒った声と反対に目は、笑ってた。
「仕方ないだろ。お前が可愛いのがいけないんだよ」
俺は、ボソッと唾やいていた。
「おっ、そろそろ夕飯の時間だな、食堂に行くか…」
俺は、部屋の壁にかかってる時計を見た。
話をそらすために……。今は、悟られたくない。
「そうだね」
幸矢が、さっきまでと違う声で、そう答えた。