新たな誓い
「幸矢……。」
祖父が出て行ってから、母はその場で崩れ落ち、私に纏わる様に名前を呼ぶ。
「これで良いんだよ。私は、またお祖父様の人形として生きるよ。」
私は、母に心配を掛けまいと笑顔で言葉を紡ぐ。
そう新たに決心した。
自分が一番大切な人をこれ以上傷つけたくないから……。
自分が犠牲に成って守れるのなら、幾らだって我慢できる。
自分の気持ちを殺して、男として生きよう!
そう心を封印した。
お祖父様が出て行き、入れ替わるように成瀬君が戻って来た。
「成瀬くん、ごめん。僕、このままここに残る事にしたから、転院届けキャンセルしてくれるかな。」
ワンピースを着ながらの ”僕” 呼びは少し気恥ずかしかったが、それでも伝えなければならない事だからと口にした。
そんな私の言葉に成瀬君が不可解な顔をして。
「どうしてだよ。何があったんだよ。」
彼はそう口にして、私の頬に触れてきた。
それも叩かれた頬に。
私はその手に手を重ねて。
「今は、何も聞かないで欲しい。だけど、一つだけお願いがあるの……。」
こんな時だけど、彼しか頼れないのが辛い。
「何だよ。」
ぶきら棒に聞いてるのだが、目はそれ程怒ってはいなさそうだ。
「母さんを連れて行って欲しい。」
私は彼の目を見てそう告げた。
「僕の代わりに母さんを匿ってください。母さんは、あの家には居られないので……。」
お祖父様にあんな啖呵を切ったんだから、居ずらいだろうと踏んでの頼み事だ。それに彼だった安心できると思えたのだ。
「お願いします。」
私は、頭を下げた。
その途端、涙が床に落ちた。
「幸矢、どう言う事?」
成瀬君の声がかわった。
「たった今、お祖父様がこの病室に来たんだ。母さんが僕を庇って、お祖父様に楯突いた。で、手を上げられて……。このまま母さんをあの家に連れて行くのは無理だた思う。だから、成瀬君が母さんを連れてってくれた方が、僕も安心できるから、お願いします。」
あの家に母の居場所は元々無かった。
叔母には罵られて、父からも蔑まれていたのだ。
そんな所に置いておきたくない。
「幸矢。あなたはそれで良いの?」
母が聞いてきた。
私はゆっくりと頷き。
「僕は、夏休みが終わればまた寮生活に戻るだけ。だけど、母さんが、あの家に居ては気が休まらない。だから、成瀬君の所に行っててくれた方が、僕も安心できるから……。」
私の気持ちを口にする。
「幸矢…。わかったわ。祥君、お願いできるかな?」
母が私の気持ちを汲んでか、成瀬君に頼み出す。
「俺は構いませんが……。幸矢、本当にそれで良いのか?」
成瀬君が確認するように聞いてきた。
「良いよ。僕は母さんよりは強いしね。」
笑ってそう答えた。
「だから、そんな笑顔を見せるなって……。こっちが気になってしまうだろうが……。」
彼が困った顔でそう口にする。
「ごめん。だけど、今頼れるのは、成瀬君だけだから、お願いします。」
私の気持ちを言葉にした。
「わかったよ幸矢。お前がしたい様にすれば良い。俺は、何時でもお前の為なら動けるようにしておくから……。」
そう言うと成瀬君は部屋を出て行った。
「幸矢……。私の為にごめんね。また、助けられちゃったわね。」
母が悲しい顔をしながら私の頬に触れてきた。
「…っ…。」
触れた場所が偶々叩かれて切れたところで、声が漏れた。
「幸矢、まさか……。」
母が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だよ。これぐらいなんて事無いよ。ねぇ、母さん。成瀬君の所に行く前に髪を切ってくれるかな。」
「良いの? 折角伸ばしたのに……。」
母が残念そうな顔をして聞いてくる。
「うん。あの家に戻ることに成ったんだし、髪は短い方がいいでしょ? それに自分のケジメとして、母さんに切って欲しいんだ。」
私は敢えて明るい声でそう告げた。
私の決意が固いことがわかると。
「わかった。幸矢の想いも一緒に切っちゃいましょう。」
母も吹っ切れたかのように言う。
「幸矢。この椅子に座って……。」
私は母に言われるまま丸椅子に座る。
母はテキパキと動き出す。
「幸矢の髪を切るの久し振りだわね。」
私の髪を触りながら、昔を思い出したのかもしれない。
「今回は、ベリーショートぐらいにしておきましょうか?」
なんて口にしながら、ハサミを入れていく。
私は、今までの事を忘れるように心に封印をして行く。
そして、元の綾小路幸矢として生きていくことをここに誓った。




