第4話 二人の人工魔術師
マリーの治療がやっと終わった。痛みで体重が5kgは痩せた気分だ。苦痛と悲鳴、絶望に諦念。そこでは生と死が同一だった。黄泉の沼に浸り、死を垣間見た時間だった。
「いくらなんでも、いいすぎよん!」
「うっさい、バーカ、バーカ!」
二人の言い争いを困ったような顔で獅童さんは見ている。重吾はいつもの事と無視して、周囲を見渡していた。
「そういえば、誰もいないな。あんだけ暴れたのに」
重吾の発言にハッとした。
昼間の住宅街だ。サラリーマンの旦那方はいなくても、主婦に営業マン、遊んでいる子供達さえもいない。
「獅童さん」
彼女の顔が翳っている。
「ええ、治療が終わるのを待っていたみたいですね」
自分たち以外誰もいない昼の街。テクテクと影が歩いてくる。またかよ!
「今度は人間っぽい見た目してるな」
「重吾、合わせろよ」
何が起きても反応できるよう姿勢を下げて警戒する。体の前面に魔力を回し防御の準備。脚に強化を施して突進の機会を探る。
「二人とも落ち着いて。あれ多分、分身だと思う。そこまで力は込めてないみたい。すごいペラペラ。戦闘力は無さげな感じよ」
「その通りです、お二人とも。宣戦布告に来たのでしょう。まったく趣味の悪い」
マリーと獅童さんに窘められて姿勢を戻す。しかし警戒は継続する。遠目に見ても油断出来ない相手だと分かった。
やって来たのはサングラスにスーツの若い男だった。自分より一回り体躯は小さい。資料で見た顔だ。
「おやおや、警戒されてるねえ、僕」
「鬼道 仙」
ギリッと獅童さんが歯ぎしりする。
「ありゃ、仙兄さんとは呼んでくれないのかい。寂しいねえ、彩音」
「泰ちゃんをどうしたの。弟みたいに可愛がってたじゃない!」
やはり彼女は犯人とは関係があったのだ。愛らしい声が震え、激昂している。先の冷静さが消え失せていた。
「やすし、ああ泰! 大丈夫さ、あいつの体も魂も無事そのものさ。泰の出番はまだ先だからね」
「あなたという人はっ!!」
今にも飛びかかりそうな獅童さんの前に出て押しとどめる。彼女が怒っているせいか、自分の怒りを抑える事ができた。サングラスに隠された目に視線を向ける。
「あんた、人工魔術師なんだろ。11年前の。俺と同じ」
「そうだよ、静君。君と同じ、あの日の被害者さ」
鼻に付く芝居がかった声。だが、その声の内にヘドロのような汚臭のする、暗い感情が込められている気がした。
「なら、なんでこんな事ができる。あの地獄を、炎を忘れたのか」
俺は今でも忘れられないというのに。
「違うね、忘れられないからこそだ。あんなのは懲り懲りさ。だから力を求めるんだ」
何故かその言葉が真実だと直感した。
「さっきの怪物みたいな姿になってしまった女も力のためか」
「あのお姉さんは役立ってくれたよ。魔力の暴走だけしていた前の素体とは違う。やはり変容の時の想いこそが重要だと教えてくれた。方向性が必要なんだ。これでまた一つ目標に近づいたよ」
ピキリときた。こいつは止まらない。これからも事件を起こし続けるだろう。自分が正しいと信じ切ったあの老爺を思い出させる。
「鬼道 仙。俺はあんたが気に入らない。何としようがあんたを止める」
そう宣言する。犯罪行為もだが生理的に嫌な相手だ。
「……ふふ。ああ、やっぱり強い人だねえ。君は。想像の通りだ。確認は完了した。覚えておくといい。皆が君みたいに強くはない事を。強いってことは弱いってことだってことを」
ワケのわからない事を。男はネットリとした眼で睨めつけてくる。不快だ。そして分身は視線を少女に向けた。
「彩音、今度会う時は君と同じ力を手に入れているさ。それまではゲームを繰り返させてもらう」
「アレが悪かったんですか。だから」
「いや、遅かれ早かれこうなってたさ」
二人の話している事がよく分からない。何があったというのか。
「それじゃあ、挨拶はここまで。彩音、彼にちゃんと話した方がいいよ?」
「あなたに言われるまでも!」
「じゃあねえ、バイバーイ」
おちょくる様な仕草で分身は掻き消えた。絶対性格悪い。つーか、泣かす。ボコボコにして豚箱に放り込んでやる。
そう意気込んでいる所に。
「ひょいっと」
うおー!? 冷たっ。背中が冷たい? あと傷口にめっちゃしみる。
「ま、マリー。背中に、何つけやがった」
「こ お り。今作った。頭が沸騰してるみたいだから冷まそうかなあって」
「お前なあ」
見るとマリーも隣の重吾も心配そうな顔をしている。
……そんなに深刻そうだったのか俺。見ると獅童さんも心あらずといった様子だ。さもあらん。
「獅童さん」
「わっ、すいません」
まだ本調子じゃないみたいだ。こうして見ると彼女はまだ同い年の少女なのだと痛感する。しかしここは心を鬼にするべきだ。
「考える事もあると思いますが、また後で。今は何をすべきか命令してください」
すうっと彼女の目が変化する。同年代の少女の目から高等魔術師の目に。
「お手数かけました。マリーさん、先程から見ていると感知の術が得意なようですね。分身から居場所は探れませんでしたか?」
「といっても所詮見習いだからねん、私。けど分身は高度な術だしそこまで離れて使えるとは思えない。魔力反応もうっすら残っているし、今ならチョットは追えるかも」
「分かりました。反応を追える所まで行きましょう。先導をお願いします」
「りょーかーい。皆ついて来て」
タッタッタとみんなで走る。
6・7分してマリーが立ち止まった。
「ここで反応が消えてる」
山の麓である。ここら辺はかなり山が深い。霊威を秘めた深山は、隠れ場所としては最適だ。
「ちぇっ、手がかりは尽きたか」
重吾はがっかりとしている。ここで消えたということは、転移の術を使った可能性が高い。ここからの探索は厳しくなる。
「いえ、かじった程度ですが過去視を使えます」
そういうと彼女はまた水晶玉を取り出した。
「一球"土地読み"」
水晶を額に当て、目を瞑ってじっとしている。10分程時間がたつ。そして彼女は愕然と目を開けた。
「これは」
「何か分かったんですか」
重吾と暇つぶしにやってた、あっち向いてホイをやめて振り向く。
「はい、かなり悪い事態です」
ゴクリと息を呑む。
「確かに鬼道はここにいました。しかし」
「しかし?」
「居たのは彼だけじゃありません。良く見えませんでしたが他に少なくとも3人。単独犯じゃ無い。協力者がいます」