第3話 邪眼と怨念
四人で連れ添ってブラブラと街を歩く。昼間の仕事時間によるものか、住宅街にはあまり人は居なかった。
「彩音ちゃん、こんなんで出てくるの?」
獅童高等魔術師に速攻で馴染んだマリーが発言する。
「はい、最後の事件から一週間。まだ近辺に居る可能性は高いです。皆木さんもいますし、それに本人が目立ちたがりな性格なので……」
「獅童高等魔術師」
「呼び捨てでいいですよ。その呼び方長いですし。私も静さんと呼ばせてください」
カラスの濡れ羽色をした長髪がユラユラと揺れて居る。うん、やっぱり長髪はいいなあ。マリーも伸ばしたらいいのに。
「えっと、それじゃ獅童さん。さっき渡された資料には犯人の独自式の欄がなかったんですけど、使えないってことでいいんですか?」
歩きながら資料を見返して気がついた。独自式は最も重要な情報だ。
「もっとフレンドリーな呼び方がいいんですけど……。独自式は実際私にもわからないんですよね。汎用式の欄を見てください。凄いいっぱいあるでしょ? 基本的に何でもできるのが、ウリの人でしたから」
「器用貧乏というやつか」
重吾の感想に獅童さんが答える。
「いえ、万能といった方がいいでしょう。術式の精妙さ、多彩さは若手のトップでしたから」
その言葉には客観性の奥に深い感情が潜んでいるように思えた。
もしかしたら……話しぶりからして、彼女は犯人を良く知っているのではないか。それを聞くのは失礼にあたるのか考えている時、それはやってきた。
「おい、静。あれおかしいぞ」
「うん?」
前方から誰かやってくる。重吾の視力は、平原の狩猟民族クラスだ。自分では、この距離では確認しきれない。
獅童さんが野球ボールくらいの水晶玉をどこからともなく3つ取り出した。魔法具のたぐいか?
「三球開放。……来ます」
影が近づいてくる。ソレを充分視認できる距離になって思わず吐きそうになった。
「……おい、なんだよアレ」
女だ。アレは女のはずだ。OLのようなスーツを着ている。服装に問題は無い。顔にしても鼻に唇は普通だ。むしろ鼻梁がスッキリとしていて整っているといってもよい。問題はその上だ。
本来二つの眼が其処に存在しているはずである。しかし、そこにはそれ以上あった。ウジャウジャと。目がある。幾つもの目が。1、2、3……。10を数えたところで気持ち悪くなってやめた。
「おいおい、新種の妖物か?」
百眼鬼の類だろうか。
住宅街とアレはあまりにミスマッチだ。見慣れた街が別物に見える。それなりに精神は太いつもりだったが、あまりの不気味さに思わず逃げ腰になる。しかし、あることに気がついて、意識を入れ替えた。
後ろでマリーが震えていた。
ああ、グロいのは駄目だったなこいつ。
「マリー、大丈夫か」
「ねえ、あ、あれ」
「心配ない。俺も重吾もいるし、何より獅童さんがいる」
安心させようと、恐怖を隠して強がりを言った。
「違うの、いやグロも嫌だけど、あれ。アレは」
「何だ?」
「あれ、人間の女よ」
マリーの声と同時にソレは恐るべき速さで突っ込んで来た。
「炎弾3発行きます!」
獅童さんが3つの水晶玉から術を放つ。吸い込まれるように命中した。ってヤバイ。
「獅童さんっ! アレは人間だ。攻撃術は駄目だ」
「……いいえ、そんな加減をできる相手ではない様です」
肉の焼ける匂い。プスプスと上がる煙。黒く焦げた人型。ただ無数の目が。目だけが爛々と光を放ってる。女は声をブツブツと呟いていた。
「……て。〜て。みて。みて。見て。見て。みてみてみてみてみてみてみてみてみてみてみて!!」
絶叫と共に無数の光る目がこちらを見た。
「体がっ!?」
縛られたように動かない。目の魔力、魔眼の一種か! それならば。
「重吾っ、行け!」
「まかせとけっ!!」
重吾の"光華"なら大概の術は弾ける。視界を遮ればああいう術は効果をなくす、ならば自力で対抗するよりも任せるべきだ。
重吾の突進に併せて、獅童さんが魔力弾を放出して援護する。
「ギイッ?」
女は怖れたのか、その場から飛びすさり、四つん這いになる。カサカサと動くその姿は昆虫を思い起こさせた。
人外の身のこなしだ。しかし、おかげで視界が外れた。動ける!
強化した脚力で屋根の上に飛び移る。後ろに回り込んで挟撃してやる。
「クソ! やりにくい」
重吾が叫びながらもやりあっている。完全レジストとはいかないようで、視界に入った瞬間、明らかに速度が落ちている。さらにあの目の数で動きを見切れるのだろう。攻撃の殆どが空を切っている。それでも独自式馬鹿一代は伊達じゃない。徐々に押してるのは重吾だ。
タンタンッと屋根を駆ける。強化した脚力なら軽いもんだ。大きく飛んで着地する。よし、回り込んだ。
そこで一瞬悩む。あの動きの相手では放射タイプの術は避けるかもしれない。街中で外せばちょっとした惨事だ。ならばここは。
重吾と女の 動きをジッと観察する。よし、あの地点だ。
「勉強してて良かったなっと。汎用式"土爪"くらっとけ」
言葉と共に震脚を踏む。ドンと衝撃と魔力が地に伝わる。
地点指定タイプの術だ。今週はこれの練習ばっかりしてた。魔力は地中を進み、重吾の攻撃をバックステップで避けた女の着地のタイミング、ちょうど足元で地面から5本の土の爪が盛り上がった。
女は避けようとしたが、1本が腹に突き刺さる。好機!
「おおおお!」
確認と同時に重吾と合わせて前後から突進した。十年来の悪友だ。タイミングはバッチシ。到達に合わせて、自分の手に魔力の刃を創り上げる。
「ギイイィ!」
"土爪"は女を縫い止めている。抜こうともがくが、簡単には動けないだろう。
重吾の光る剛拳が両腕を砕き、こちらの魔刃が片足を断つ。
やったか!?
「静、 飛んで!」
マリーの声が聞こえると共に、右側に頭から飛び込んだ。
閃光、そしてジュッという肉の焦げる音。背に懐かしい痛みがはしる。
何事かと振り返って恐るべき事実に気づいた。
顔の後ろ、髪を掻き分けた中に一際巨大な眼球があったのだ。そしてそこから一筋の光が放たれた。
ゾッとする。マリーの声に従わなければ、巨眼から出た光の直撃を喰らっていただろう。恐るべき隠し球だ。
「時間稼ぎありがとうございます」
上から涼やかな声がした。空を見上げると、目の形によく似た魔法陣を空に書き上げている獅童さんの姿。
「四球開放。創作封印結界"常夜幾夜"。光が無ければ、見る事も見られる事も無いでしょう」
何時の間にやら女を四つの水晶玉が囲んでいた。水晶から夜の闇が吹き出し、女を包み込む。
「いやあ、いやあ! みて、見て、ミィテェエエ!!」
もがく女。それに少女は、ただただ冷徹に言葉を投げつけた。
「闇に眠りなさい」
絶叫をあげる女を包んだ闇は、そのまま収縮し黒曜石に似た小さな勾玉になって地面に落ちる。残酷なまでの静けさが周囲を満たした。
……凄え。流石は高等魔術師といった所か。
フワフワと空から獅童さんが安堵の表情で降りてくる。
「ふう、助かりました。私だけなら殺すのはともかく、封印にはもっと手間取ったでしょう」
愛らしい顔から放たれた、殺すという物騒な言葉にビックリする。やはり見た目通りというわけでは無いということか。
トタトタと後ろで見ていたマリーが走ってくる。
「この人死んでないわよね、彩音ちゃん」
勾玉を拾いながら獅童さんが返答する。
「大丈夫ですよ、マリーちゃん、中は今の状態で固定してます。支部の施設なら何とかできるでしょう」
「残念。……けど今回足引っ張っちゃった。気持ち悪過ぎだわぁ」
こいつ、残念って言いやがったな!?
「お前蛇とか蛙とか大丈夫なのにな」
「あの子等はカワイイじゃん。特に蛇は。蛙も美味しそうだし。グロテスクなのがだめなのよん」
「だから言ったんだぞ。ホラー映画くらい見れんと戦闘術師は無理だって」
先月三人でいった時、泣きながら映画館を飛び出したマリーであった。
重吾が手を振りながら歩いて来た。
「見た感じ道路はまあまあ無事みたいだぞ。これくらいならお前等の魔術で治せるだろ。静、おまえ人様の屋根、踏み抜いてないだろうな」
「舐めんな重吾。キッチリ謝りにいくわ!」
「踏み抜いたんかい!」
呆れたように重吾がツッコむ。
そのやりとりを見て、鈴のようにマリーが笑った。
ああ、いつものマリーだ。と、安心した所に背中の痛みが蘇った。
「うわ、背中痛え!? あだだだだ」
「おう、皮がべろーんてなってるぞ。べろーん」
「し、獅童さん。治療術お願いします」
「ご、ごめんなさい。自分にかけたことはあるけど、他人に治療術かけたことないんです」
「……てことは」
ヤバイ。マリーがヤバイ。顔がにやけている。カエルを見つけたスネークの目をしている。
「し、支部。支部で典膳先輩に看てもらう」
「大丈夫よん、静。ふっふっふ。私の出番が来たわね」
「ま、マリー。やめろ。お前の治療術は、重吾、たすけっ、あっ、ちょっ、や、やめっ」
重吾は顔を背けて合掌した。そして、回復の代償として怪我以上の痛みを味わうのだった。
「グェーッ!?」