断章1 暗いマンションの中で
「わるくない、私わるくない。他の女を見るからわるいの。私だけみてくれたらいいの。わるくない。わたしわるくない。みてみてみてみて」
マンションの一室、ブツブツと女は呟いている。目の前には愛した男が倒れている。本来眼球が在るべき場所には何も無い。暗い空洞が広がるのみだ。抉り出した眼球を己に向ける。自分だけを見て欲しい。ただそれだけだったのに。その隣には知らない女がしらない、しらない。こんな女知らない。誰か知らない人が倒れてる。恋人の眼球に口付ける。みてみてみて、私は悪くない。
「いや、お姉さんが悪い」
「だ、誰ッ!?」
振り向いた女の目線の先にいたのは黒のスーツを着た見知らぬ青年だった。サングラスのせいで表情がつかめない。その瞳が見えないのが、女には耐え難く不安だった。
「ああぁあっ!」
叫びながら女は手に持った包丁を振りかざした。包丁には赤い液体がベッタリとついている。
「まったく、怖いな」
振りかざした包丁がドロリと溶けて行く。
「ヒイッ? な、なによ。あなた何なのよう!?」
ツカツカと男が歩み寄る。
「なかなかの腐りっぷりだね。素材にはちょうどいいけど、笑えるよねえ。まあ、感謝して欲しい。お姉さんを使ってあげる」
「や、やめっ」
炎が女を包み込んだ。
絶叫が当たりに響き渡る。
「安心してもらいたい。最初に体の穢れを祓っただけさ。変容すれば気にならない」
女は燃え続ける。叫びつづける。
「さあ、自分を開放しろ。死の恐怖が門を開く。心の底を曝け出せ」
絶体絶命の時にこそ、精神の底が垣間見える。それこそが変容をもたらすのだ。
女が崩れ落ちる。そこで青年は息をついた。
「あの爺さんのようには中々いかないもんだね」
男が手を掲げる。その手のひらには色を変えながら光るナニカがあった。
カーテンを閉められた薄暗いマンションの一室。女の叫びは外へは届かなかった。