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人工魔術師達の輪舞曲  作者: ミート監督
魔術師達の喜劇
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第1話 出会いと運命

  悪夢のせいか目覚めが悪かったため、今日のお昼は軽く作れるサンドイッチにした。具材は、昨日の晩作り置きしていた、鶏胸肉の照り焼きとシャキシャキのレタス。甘辛い味が好きなので作ってみたが、冷たくなっても照り焼きは結構いける。ツナ缶があったのでマヨネーズと和えてツナサンドも作ってみた。

 自販機で買ったオレンジジュースで流し込む。味はまあまあ。ちょっとパンがパサついているか。一人暮らしの少年にすれば上出来といってもいい味だ。

 パラパラと片手で教本をめくり、汎用式の手順を確認する。行儀が悪いが時間は有効に使いたい。術式の実技試験は2日後に迫っている。内容は地火風水の四大について。汎用式では得意な部類であるが、どうせなら完成度を高めたい。本に書かれていることなど百も承知だが、見落としがあっては、と読み返しているのだ。

 これをクリアすれば四大の外部使用許可が取れる。半年前に緊急時とはいえ、氷結の式を外で使用して、二週間の謹慎をくらってしまった。これに受かればあんな目にはもう会わないだろう。


「おう、静。飯食いながらお勉強か」


 重厚な声だ。無視して本の内容に没頭する。


「おーい、無視するな」


 四大の内、苦手なのは地だ。得意な順に水、火、風、地となる。

 地も使えないわけではないが、どうにも相性が良くない。試験で披露する予定の"土爪"は、攻勢術として簡易な代物だ。ぶっちゃけた話し四大の内、一属性でも扱えれば試験は合格とみなされる。しかし折角学んできて、面倒臭い論文試験を突破したのだからどうせならパーフェクトを狙いたい。


「ぬぬぬ、手強い。手強いぞ。ならば必殺チョークスリーパー!」

「やめんか、筋肉バカ! 」


 首を締めようとするバカを流石に止める。というか、こいつの筋力だと首の骨が折れる可能性がある。実際に訓練の度に身体中の骨をボキボキやられてる。洒落にならない怪力だ。


「試験前でピリピリしてんだ、お前のノリがきつい」

「お、おお? なんだ、また試験か。ついこの間も受けてなかったか」


 落ちたの? と服を着直している悪友が質問してくる。


「この前は飛行術の試験、今回は四大の適正試験。正魔術師の適性資格、さっさと取っちまいたいからな」


 正魔術師になれば協会外部での魔術使用も簡略化される。更に受かった試験の分野では見習いであっても外部使用許可が降りる。特例を除いて正魔術師になれるのは二十歳からと制度で決まっている。これでも自分に自信はある。正魔術師にストレートでなれる実力はあるはずだ。それゆえに今の立場がもどかしいが、まあ時間はいくらでもある。今はちょこちょこ使用許可をとって行こう。


「ふふーん、大変そうだな。俺様試験受けたことないから分からんわ。正魔術師の方は支部長が推薦くれるっていうし」

「俺にはくれないのに、ずっこいなあ」


 えっへんと胸を張っている。

 なんとも呑気な話である。


「1回は最低でも受けてるはずだぞ、独自式しか使わないお前でも。ほら、最初に術式見せてくれって高等魔術師の誰かに言われなかったか。多分笹道先生だと思うけど」


 八十歳を超える白い髪の老爺、笹道先生は研究の一線からは既に退いて、後進の育成に携わっている。試験官もあの人が務めることが多い。


「あ、あー。そう言われれば何かやった気するわ」

「お前も汎用式いくつか習得すれば? 飛行式とか移動に無茶苦茶便利だぞ」


 ただし一般人の奇異の目が突き刺さるが。警察呼ばれた時はどうしようかと思った。未だに魔術師は肩身が狭い。


「分かってるくせに無茶言うなっての。ぶっちゃけなんども試したんだがなぁ。やっぱり独自式に特化しすぎてるみたいで、適正が全然ないみたいなんよ。まあ独自式ありゃなんとかなるだろうって。それから手出ししてないぞ」


 世に魔術と言われるものには大まかに二種類ある。

 一つは汎用式。適正さえあえば使用できる、使用制限が緩い術式だ。その代わり効果は低めである。

 そしてもう一つは独自式。精神や体質、育った土地など様々な要因が影響する、個人のみが使える術式である。大抵は汎用式以上の力と特殊性を持つ。超能力に近い力だ。

 そして目の前のデカイ男、東雲 重吾は独自式のみを追求する魔術師なのだ。


「お前の独自式、戦闘じゃすんごく有用だもんな」

「ふふーん、俺の"光華"を舐めてもらっちゃ困る。土木作業で大助かりだ。まさに工事現場の勇者!」

「土木作業? そんなとこで使ってんのか」

「いやいや、体が光り輝くから、夜間作業で大活躍だぞ。こうピカピカっと」

「そ、そうか」


 夜の闇で光り輝く身長210cm、体重160kgの筋肉モリモリスポーツ刈りのマッチョマン。想像すると怖すぎる。本当にこいつは俺と同い年なのか?

 重吾の"光華"は肉体強化に属する独自式だ。ただ筋力が上がるだけでなく、防御結界の作用と治癒能力、魔術生物への攻撃可能とかなりのハイスペックを誇る。当たり独自式といっていい術だ。


「いかんなあ、魔術戦闘中心で物事考えるくせがついてる」

 ぐにぐにと片手で頭を揉む。あの術を工事現場で使用するという発想は無かった。そりゃ身体能力は跳ね上がるけどなあ。

 魔術はどう応用するかが重要だ。戦いのみに捉われていてはいけない。もっと精進せねば。


「ま、まじゅちゅ……魔術犯罪対策室希望なんだからいいんじゃないか。あそこドンパチばっかだろ。後、帝都の方が騒がしいし、こっちの方まで騒ぎが広がるかもしれん」

 

 こいつ、ナチュラルに噛みやがった。


「あ、それ俺も聞いた。支部長もピリピリしてたし。それはそうと雑談するために俺の昼メシを邪魔したのか?」

「おう、そうそう。その支部長が速攻で来いって呼んでたぞ」

「あ、阿呆! 早く言え!」


 大急ぎでサンドイッチを口に詰め込む。喉に詰まりそうなのをオレンジジュースで流し込み、青い顔をして全力ダッシュで駆け出す。


「おー、足速いな」


 後ろから呑気な声が聞こえたのだった。




 支部長室の前にくると中から二人分の超級の魔力を感じた。片方は知っているが、もう片方は知らない。

 息を整え、トントンとノックをする。一体何の用事だろう。


「入りたまえ」

「失礼します」


 ガチャリと扉を開き中に入ると見知らぬ顔が見えた。

 中にいたのはやはり2人、片方はいつも目にしている、魔術協会四号支部支部長であり義理の父親。若手の俊英と噂される皆木 武丸だ。若手といっても魔術師の話なので、四十代の前半程の年齢である。

 問題の人物はもう片方である。思わずマジマジと見つめてしまった。まず年齢だ。若い。下手しなくても同い年か歳下ではないか。女性だ。女の子と言った方がいいかもしれない。特に印象的なのは髪である。腰まで届く黒の長髪だ。顔もいい。大きな目に、すっとした鼻。ふっくらとした頬。美人タイプではなく、カワイイ系の顔立ちだった。83点。

 これを0.3秒程度で観察しながら表面上は何もないといった風に取り繕った。

 ムッツリスケベここにあり。ちなみに重吾はオープンスケベだ。


「皆木です。何のご用でしょうか」


 外行き用のしゃべり方で話しかける。


「ああ、よく来た。実は少し頼みたい事がある。その前に紹介しよう」


 眼鏡の支部長は立ち上がり仰々しく彼女に手のひらをさした。


「こちらは獅童高等魔術師。ある魔術事件の調査のため、本部からいらっしゃった」


 似合わないへりくだり方だ。どうやら支部長は彼女、というか本部を良く思っていないようだ。それにしても高等魔術師? 若いのは見かけだけで不老処理でもしてるのだろうか。


「獅童さん、義息の静だ。まだ見習いだが、実力は正魔術師にも劣らんと保証しよう。年齢も君と同じ17歳。仲良くできると思うよ」

「獅童 彩音です。よろしく」


 簡潔な挨拶だ。顔に似合わず表情も固いし、良く思われていないのか。


「皆木 静です、獅童高等魔術師。よろしくお願いします。……あの支部長、失礼ですが自分が呼ばれた理由をお教え願えますか」


 支部長はニコニコ笑ってるように見えるが目が冷たい。相当怒ってるぞこの人。


「ふむ、先程言ったように彼女はある事件の捜査のためにこちらに来ていてね。その補佐をお前に頼みたい」

「補佐といいましても」


 いきなり言われても、その、なんだ、困る。


「まだ見習いの身ですし、事件捜査ならもっと適任の正魔術師の方がいるのでは?」


 ここ支部の魔術犯罪対策室は有能だ。静などに頼らずとも、十分以上の力があるはずなのだが。


「ははは、なになにお前の実力なら大丈夫さ」


 支部長が目で訴えている。受けない選択肢はなさそうだ。


「獅童高等魔術師はよろしいのですか」


 問いかけに黙っていた彼女が口を開く。


「はい、こちらも了解しております」


 高めな女の子らしい声だ。改めて彼女を見ると小さい。150cmくらいだろうか。ふと何処かで彼女と会っている気がした。意識の深い部分がズキリと痛む。それを無視して言葉を返した。


「分かりました。それでしたらお受けします」


 こう返答するしかこの場ではない。


「期待しているぞ、静。さて獅童高等魔術師。滞在中の部屋を用意している。荷物もあるだろう。外に案内役を用意しているから確認してくるといい」

「あ、自分も同行しましょうか」


 支部長がこちらを見つめる。


「お前には少し用事がある。申し訳ないが残ってくれ」

「は、はあ」

「それではお先に失礼します」


 彼女はぺこりと礼をして部屋から出ていった。



「で、なんで俺なの?」


 少女が出たのを確認すると、緊張がとけた。


「お前なあ。いきなり態度変えやがって」


 支部長が恨めしそうな顔をしながらネクタイをゆるめている。


「何いってんの、支部長もでしょ。変な話し方しちゃって。全然似合ってなかったけど。ていうか答えて欲しいんだけど」

「……気に食わんが本部の命令だ。協力はせねばならん」

「いいじゃん、快く協力すれば。正魔術師の7・8人貸してやれよ」


 四号支部は高等魔術師4名を擁し、正魔術師1008名、その他有象無象の見習いが登録している。

 殆どは一般で仕事をしている登録者や研究者ばかりだが、荒事向けの人材も抱え込んでいる。魔術犯罪対策室のエースは本部にも早々いない実力者である。


「本部がお前を名指しで指名して来たのだ」


 はあ?


「どういうこと? さっきはそんな事言ってなかったじゃないか」

「本当は話しちゃいかんのだがな。俺は言うべきだと判断した。どうせすぐに知る事だ」

「俺なんかやったっけ」


 ただの見習いである自分に名指しされる心当たりは無い。


「今回の事件、詳細を言って無かったな」

「ああ、確か言ってなかったね」

「魔術師登録されていない魔力の無い一般人、それの魔術師化実験。ここ1ヶ月本部で確認されているだけで帝都で3件。その後は南下してO県でも4件確認された。そして3日前この街で1件、これが最新情報だ。死人もでている。魔術師としての登録をされてない、これまで普通の人間だったのが急に魔力を使って暴れ出している。狂ったのか操られたのか、理性は喪失しているようで無理に抑え込まねばならなかった。治療のために本部の魔術病棟行きだ」


 魔術師は基本的に先天性のもの、産まれればこの国では検査をされ登録される。つまり登録されていない魔術師というのはよっぽどの事で無いとあり得ない。


「……」

「かつてより研究されてきた事だが、人体実験を前提とされているため国内ではタブーだな。戦前の研究によれば、成功の可能性はほぼ無く、失敗すれば最悪死亡。もしくは廃人だ。万が一成功しても精神に異常をきたしてしまうケースが確認されている。一番厄介なのは、このケースだな。噂によれば暴走でかなりの死者が出たらしい」

「それって……」

「11年前、34人の幼い子供が攫われ実験に使用された。内25名が死亡。残る9名の内5人は発狂。4名は魔術師として覚醒した。これでも実験の規模としては破格の成功率だな。奇跡的といってもよい」


 満月の下、踊る子供達。

 空に浮かぶ螺子れた龍。

 炎に燃える地獄の風景。

 ぼくはそこで変容した。


「……まさか」

「そうだ。ある意味11年前の続き。今回の事件を引き起こした犯人が、高確率で人工魔術師の成功ケースの一人であるお前を狙う。そう協会本部はみなしている」


 ニコニコした優しげな老人。何も知らない子供のぼく。可愛らしいピンクのワンピース。ああ、奇妙な音色が耳の中で鳴り響く。


「つまり今回俺が指名されたのは」

「そうだ」


 そこで支部長は言葉を区切ってため息を吐いた。

 そしてスッと息を吸う。


「餌だ」


「済まんな、静。いつも大人がお前に苦悩を与える」

「いいよ、別に。支部長にはあの後助けてもらって、養子にまでしてもらったんだし。これでも感謝してるよ?」

「……ぶっちゃけ人工魔術師の観察がしたかっただけなんだが」

「今凄い勢いで感謝と尊敬が吹っ飛んだ」


 ジト目でいう。


「じ、冗談はさておいてだ」


 コホンと咳をして誤魔化すおっさん。本気だったろ、このやろー。


「もちろん裏で人員は回すが、流石に表が2人じゃ厳しい。という事で重吾君ともう一人、使ってもいいぞ」

「……ま、重吾は荒事なら信頼できるんでいいけど。見習い二人じゃきつくね?」

「なに、あのお嬢さんは凄腕だ。高等魔術師の最年少合格は当時9歳だった本部のアレだから敵わんが、それでも10代でなった天才、古龍だろうと倒せるって話だ。安心しろ。美少女に守ってもらえるぞ」

「それはそれでプライドが傷つくんだけど」


 ニヤリと笑うおっさん。


「頑張りたまえよ、若人。うかうかしとれんぞ」

「はいはい。それはそうと試験どうしよう。これじゃ受けられないかな」


 申請書類書くのが面倒すぎる。マジでもっと簡略化してくれないかな。書類不備で書き直すはめになるのは嫌だ。戸籍謄本のコピーやらなんやらいるし。


「問題ない。今回の事件で使えん術があるのは心許ない。書類に細工して1週間前に許可を取ってることにしてある。どうせ、お前なら落ちんだろ」

「うわ、悪い大人だ。権力を乱用する、悪い大人がいる!」

「私は権力が欲しくて支部長になったのだ」


 エヘンと胸をはる40歳児。


「ま、なるようになるさ。むしろ美少女との一夏の恋が始まるかもしれんぞ。羨ましい」


 こっちをからかっているが、今だに義父は独身貴族である。義理とはいえ息子がいるから違うかもしれないが。

 ……気を使わず、嫁さんの一人も連れ込んで欲しいものだ。そのためにわざわざ寮に入って一人暮らしを始めたというのに。


「冗談。高等魔術師に手を出す勇気は無いよ。せいぜい目で見て楽しむぐらいだ」

「ふふん、臆病者め。さて、そろそろ行って来い。彼女の部屋は支部3階の一番奥、客人用の宿泊部屋だ。後は彼女に指示を仰げ」

「了解しました」


 部屋を出ようとすると、支部長がまた話しかけてきた。


「静」


 振り向いて応える。義父は珍しく迷う素振りを見せている。


「なんですか、まだ何か」

「……いや、なんでもない。気をつけろ。怪我なんかするんじゃないぞ」


 その言葉に呆然となった。そして笑いが込み上げる。


「モチロン、五体無事で帰ってきますよ。お父さん」

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