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嗤う男

”ガタン”と電車が揺れて私は目を開けた。

朝が早かったせいか、どうやら眠っていたらしい。

背伸びをして辺りを見回すと、田舎のローカル線らしくほのぼのとしている風景が目に映った。

それにひきかえ、都会の通勤電車はまさしく戦場であり、私は毎日その戦いの中で生活を続けていた。

そんなある日、高校時代の級友。目羅武雄めらたけおの母親からの手紙が私のところへ届いたのである。

その手紙を読んでいくうちに連れ、私は口元に笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。


手紙の内容とは・・・・・。

「前略。、突然のご無礼をお許し下さい。

貴方様の高校時代無二の親友目羅武雄は、半年程前から精神に異常をきたして、今は故郷に帰り隣町にある自由ヶ丘病院に入院をしております。医師の話では重度の精神障害で・・・二度と完治しないとの事です。

母独り、子一人の私としては、武雄の高校時代の大親友であった貴方様を思いだし、一縷いちるの望みを賭け、武雄の見舞いをお願いしたいのです。

貴方様に会えば、”ひょっとして症状が好転するかも知れない・・”と、考えたのは母親の浅はかな願いかもしれません・・・・・。

お忙しいのは重々承知しておりますが、子を思う母親の想いを察して、何卒なにとぞお願いいたす次第でございます。 

尚、病院までの往復のチケットを添えておきます。どうしても御都合がつかない場合は、破棄されて結構ですので、よろしくお願い致します。

              目羅文代 草々」

封筒の中には、新幹線の特急券とローカル線の駅までの往復券。5000円のタクシー券が二枚入っていた。

”目羅武雄、何が大親友だ?!高校時代いつも私を引き連れて、上から目線で話していた。

サッカー部のエースストライカーの目羅と、補欠の私はいつもつるんでいたが、私は目羅の引き立て役でしかなかった。

大親友なものか!当時の私は、顔では笑っていたが、心の中はいつも殺意にも似た何かを感じていた。

その目羅が、精神異常で入院しているとの事。

こんな愉快なことはない・・・・・・・・・・!!

私はまたニヤリと笑い、変わり果てた目羅を頭の中に思い浮かべながら目を閉じた。


それから30分、電車はゆっくりとローカル駅に停車した。




「ここか?!」

私はタクシーをおりて、病院の門の前に立った。

自由ヶ丘病院は普通の病院とは違い、正面の門の横に小さな小屋があり、守衛が面会人の受付をしている。

門の左右には二メートル位のコンクリート塀が続いており、その塀の上には有刺鉄線が張り巡らされていて、病院の敷地をぐるりと囲っていた。

「凄い所だなぁ。」 

私は守衛室に立ち寄り、面会の手続きを済ませると門の中に足を踏み入れた。

今は運動の時間らしく、何人もの患者達が病棟横の広場に出ている。

”面会の目羅さんは今広場で運動中です。それと入院患者達は、みんな重度の精神障害に冒されています。危険は無いのですが、細心の注意を払って下さい。” 

先程守衛にいわれた言葉を思い出しながら私は広場に向かって歩き出した。


病棟にもたれてヘラヘラと笑っているもの、お互いの頬っぺたをつねり合っているもの、奇声を上げながら走り回ているもの。

私は目羅を探すべく辺りを見回した。

広場の周りを看護師達がいて、患者達を見ている・・・いや、見張っていると言ったほうが正しいのかも知れない。

広場の一角に砂場があり、その砂場で釣り?をしている人物が目に映った。

”目羅だ。”

私が胸を高鳴らせながら、その人物に近づいて行った。

「釣れますか?」

私が意地悪く聞くと、目羅は焦点のあっつていない目を私に向けて、呆けた顔で私をまじまじと見つめた。

”やはり、私だとは分からないのか!?それにしても、この姿があの誇り高かった目羅なのか”

「釣・れ・ま・す・か?」

もう一度目羅に意地悪く言って、私はニヤリと笑う。

その瞬間目羅への劣等感は消え去り、私の優越感は最高潮に達したのである。

大声で笑い出したいのを私は必死でこらえながら、哀れ不憫な目羅を心配そうな振りをして見つめ続けた。

「クッックック・・ッククックッ・・・。」

目羅の身体が突然小刻みに震え始めた。

私は最初目羅が泣いているのかと・・・しかし、それが笑い声だと分かるまで、たいして時間はかからなかった。

「クックックッ・・アッハハハハッハ!!」

”目羅に何が起きたのだ?” 私は一瞬狼狽うろたえた。


目羅は大笑いをやめて小馬鹿にした顔を私に向けた。

「砂場で何が釣れるのだ。相変わらず単純バカだな、それだからお前は孝子よめに捨てられたんだよ!」

そう言って目羅はニヤリと笑った。


・・私の頭の中で何かが弾ける音がした・・身体の中から恐怖にも似た・・何かが沸き上がってくる・・

「・・うわ、うわ~!目羅が、目羅が!・・私を、私を馬鹿に~!!」







「先生!いつもの患者がまた発作を起こしました。」ベテランの看護師がブザーを押しながら、事務的な声で担当医を呼んだ。

ここは、とある精神障害センターの一室。

一人の男がベッド上でのたうちまわっている。

”よし、すぐ行く!”


「先生、早くしてください・」

オロオロしていた新人看護師が、担当医を見るなりホッとした声を出した。

担当医は部屋に入るなり、暴れている患者を押さえつけさせ注射をした。

みるみる患者は大人しくなり、微かな寝息を立て始めた。

「よしもう大丈夫だ。」

担当医は白衣をひるがえし部屋を出ていく。

「・・・どういう患者なんですか?」 その後ろ姿を目で追いながら、新人の看護師がベテラン看護師にポツリと聞いた。

「この患者は、重度の精神障害で完治は無理みたいね。原因は高校時代の友人と奥さんが浮気しているDVDを観てしまったことなの・・・延々数時間自宅のリビングで、ピクリとも動かず凝視していたらしいの・・奥さんが帰ってきた時には、この患者の精神は壊れていたそうよ。そして、ここに連れて来られてもう五年近くになるわ。

この発作が出始めたのが、今から一年ほど前かな?!心療内科の先生と大学の心理学の先生の診断によると、この患者の頭の中は、奥さんと浮気した・・・あっ今は離婚が成立して、その人の妻になっているみたいよ。

その友人が重度の精神障害で入院しているらしいの、そして友人の母親から手紙をもらいその友人を見舞いに行き、優越感を得ているそうよ。でも最後は、その友人に逆手を取られて、今みたいな発作を永遠に繰り返すらしいのよ・・・・・・今、少し微笑んでいるみたいでしょう!?この患者の頭の中では、高校時代の友人の母親から来た手紙を読んでいる所なのよ・・・・・・・・・。」





                                    終








        




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