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かくれんぼ(3)

※作中に載っている方法は絶対に真似しないで下さい。作中の方法を真似して生じた利益・不利益については一切責任を負いかねます。

 『ひとりかくれんぼ』


現代版こっくりさんとも呼ばれる簡易降霊術。

匿名電子掲示板『2ちゃんねる』を中心に急速に広まる。

用意するものは以下の通り。


・手足のあるぬいぐるみ

・少量の米

・爪など、術者の身体の一部

・縫い針と赤い糸

・ナイフなどの鋭利な刃物

・コップ一杯程度の塩水

・ぬいぐるみが全身浸る大きさの水を張った桶


下準備として、初めにぬいぐるみに名前を付ける。

この時ぬいぐるみには術者と同じ名前は決して付けてはいけない。

次に、ぬいぐるみの体内から中身を抜き出し代わりに用意した米と術者の身体の一部を詰める。

詰め終わったら赤い糸でぬいぐるみを縫い直し、余った糸はある程度ぬいぐるみの全身に巻き付けて結ぶ。

塩水は予め術者の隠れ場所に置いておく。


術は深夜三時、必ず術者以外誰も居ない家屋にて行う。

特に術の最中に第三者が家屋に侵入すると術者・第三者供に害を被る。

術の手順は以下の通り。


1、「最初の鬼は○○(術者の名前)だから」と三回宣言し、水を張った桶(浴室が望ましい)にぬいぐるみを入れる。


2、家屋内の全ての照明を消灯し目を瞑って十秒数える。


3、刃物を持ってぬいぐるみを置いた部屋に行き「△△(ぬいぐるみの名前)見つけた」と宣言してぬいぐるみに刃物を突き刺す。


4、「次は△△が鬼」と宣言し予め塩水を設置した隠れ場所に隠れる。


5、暫く待てばぬいぐるみが霊を宿し術者を探し始める。


6、夜明け前に口に塩水を含み隠れ場所を離れぬいぐるみを探す。(ぬいぐるみは多くの場合移動している)


7、ぬいぐるみを見付けたらコップに残った塩水をぬいぐるみに掛け次に口に含んだ塩水を掛ける。


8、「私の勝ち」と三回宣言しぬいぐるみを焼却処分する。


上記の手順を一つでも誤れば失敗となる。

特に術に使用したぬいぐるみの処分は徹底しなければならない―――。






 私はゆっくりと扉を開けた。

私が外から中の様子を伺っている間にでぶ猫が警戒した足取りで中に入っていった。玄関と直接繋がる部屋は窓からの月明かりで僅かに内部が伺えた。

完全な正方形の部屋には大きな暖炉、両隣の部屋に続く2つの扉と、屋根裏部屋に繋がる跳ね上げ扉とその足場がある。

床とあちこちに散らばる細々とした雑貨に積もった埃は、何年も人が立ち入っていない事を如実に表していた。

いつまで経っても玄関から入ってこない私にしびれを切らしてでぶ猫が5本ある尻尾の一つで私のジャケットの裾を引っ張った。

渋々中に入ると歩いただけで埃が鼻につく。

余計な埃を立てないようにと、ふと足元を見ると小さな足跡が有った。

でぶ猫の足跡より大きく私の足跡より小さい足跡は玄関から見て左手の扉に向かっていた。

見れば、既にでぶ猫が左手の扉の下で私を待っていた。


この洋館は4つの正方形の部屋と屋根裏部屋、そして地下室で構成されている。

屋根裏部屋と玄関に繋がっているのが今私が居る北東の部屋。

地下室と裏口に繋がっているのが南西の部屋。

大きな雑貨が放置されている南東の部屋。

そして……今から入るのが水道が引いてある北西の部屋。


ぴちょん……ぴちょん……。


壁際の蛇口からは僅かに水が垂れていた。

この洋館は廃屋であるにも関わらず未だ水が通っているようだった。

しかし、私にはそれを疑問に思う余裕は無かった。

明らかに先ほどの部屋とは違う空気。

まるで見えないゼリー状の何かが部屋全体を埋めているかのような重圧感。

部屋に入った瞬間に感じた視線が集中するかのような感覚にたじろぐと、突然でぶ猫が私の隣の壁に向かって威嚇した。

隣を見やった私は声も出なかった。

誰も居ないはずの私のすぐ隣には、見知らぬ男性がこちらを向いて立っていた。


「―――っ!?」


生気の欠片もない瞳を間近で見せつけられた私は咄嗟に隠し持っていたナイフを男性の喉元に突き刺した。

突き刺した、とは言うがその実感は全く無く。男性も平然としていた。

が。男性は自分の喉元に刺さったナイフを不思議そうに見ると瞬きのうちに消えてしまった。


「はっ――はっ――はぁ―――!」


恐怖で目を見開き浅い呼吸を繰り返す私の足に「やるじゃん」と言いたげなでぶ猫がお尻を擦り当てた。

ゆっくりと落ち着きを取り戻した私はイミナさんの言葉を思い出していた。





「幽霊ってのはな、要するに死んだ人間だ。死んだ人間を消すにはどうすりゃあいい?」


「……そうだな、坊主か神主でも呼んで経の一つでも詠ませりゃあいい。そうでなくとも目に見えねぇ雑魚なんざほうっておけばいいんだがな」


「けどよ、世の中には坊主の説法も聞かねぇ、目にも見える面倒な幽霊も居るんだよ。そいつはどうすりゃいい?」


「何が違う、だぁ? 馬鹿言え、『見える』ってのは肝心な事なんだぜ? 人間ってのは目に見えねぇもんは無いもの、居ないものって感じるようにしちまうからな」


「逆に言えば、目に見えるって事はそこに居るってことなんだよ。こっちにとってもあっちにとってもな。だから『見える』奴は『殺れる』」


「信じてねぇな? じゃあこう考えてみろ、私がお前の体に爆弾を仕掛けたと嘘をついたとする。んでお前はその嘘を完全に信じ込む」


「嘘を信じ込んだお前は私が爆弾のスイッチを押す振りをしたらどうする? 「死んだ!」と思うだろ? それと同じだ」


「元人間であるとこの幽霊は明確に『殺された』と思わせれば消せる。触れる触れないは関係無くな」


「まっ、口で言う程簡単じゃねぇけどな。幽霊になって長い奴程簡単には『殺された』と思わせられねぇからな」


「肝心なのは明確な殺意と確実な殺害方法だ。だからこの場合は拳銃なんかより刃物で急所を一突きってーほうが効果的だな。それでもしつこい奴は何度も『殺す』必要があるがな」


「まぁ中にはんな子供騙しじゃあ消えてくれねぇ奴も居るが、んな奴ぁ100年に1つだ」


「この洋館に居る奴がどんな奴かは知らんが、見えない奴は無視して、見える奴は殺してこい。それでも手に負えねぇような奴が出たら逃げろ。そんだけだ、簡単だろ?――――」





 確かにイミナさんの言った通り幽霊は消えた。

何の変哲もない私のナイフで。

人を殺した実感は無いが、幽霊を退治した実感も無い。

それ以前に今の男性は誰だろう。

年齢的に保護対象の少年や依頼主の父親とも思えない。

やはり無秩序に呼び寄せてしまっているのだろうか。

私が気を落ち着けてナイフを仕舞っているとでぶ猫が私を呼んだ。

でぶ猫はいつの間にか流し場に飛び乗って底を覗き込んでいた。


「ふぅ………。何か見つけたの?」


私も一緒になって流し場の底を覗き込むとそこにはぬいぐるみがあった。

栓をして水が張られた流し場には体に包丁を突き刺された熊のぬいぐるみが沈んでいた。


「うわ………これが例のぬいぐるみ、だね。でも変だな。水場から移動していると思ったんだけど」


水を張っていた栓を抜いてぬいぐるみを拾い上げる。

毛細血管のように全身を赤い糸で張り巡らされたぬいぐるみは水を吸ってまるで生き物の死体のようだった。


「うぇへぇ……………」


取り敢えず後で回収しようと手近な机に載せておく。

なんだか可哀想だったのでついでに包丁も抜いてあげた。


「後で燃やさないと。でも……大介少年はなんでこんな事をしたんだろう」

でぶ猫に急かされながら私は南西の部屋に向かった。

少年の足跡はそちらに向かっていた。





 ……田母神大介少年は小学校でも有名な霊感少年だった。

運動もでき成績も優秀で面白い話も得意な大介少年はクラスのヒーロー。

特に大介少年がたまに話す、自分の霊体験を交えた怪談話は大人気だった。

しかし大介少年は所詮小学生、怪談話のタネはすぐに尽きた。

それでも怪談話をねだるクラスメイトに困った大介少年は、両親のパソコンからインターネットで怪談話を仕入れるようになった。

インターネットには面白い怪談話がたくさんあり、それを話す大介少年はクラスのヒーローであり続けた………。






「ぶなん」

「わ、わかってる。もう怖がってないってば」


でぶ猫に先導されて南西の部屋に入った。

先ほどの北西の部屋よりかは幾分かましな空気の室内は相変わらず埃まみれだ。

この部屋にはあまり家具は無く、地下室への階段と勝手口の扉、そして南東の部屋に続く扉だけがある。

前を歩くでぶ猫は床の足跡の匂いを辿り、たまに埃を吸い込んで可愛いくしゃみをしながら進んでいく。


「ふと思ったんだけど、これ私着いていかなくても猫ちゃんだけで良かったんじゃあ……」


「ぶなっ」


いいから着いてこいと言わんばかりに尻尾で手招きするでぶ猫は地下室の階段を覗いていた。


「ち、地下室………。なるべく両手は空けておきたいんだけれど」


私はイミナさんから渡された懐中電灯を取り出した。

一回の部屋はどこも窓があり、今夜は月が出ているのである程度視界はあるが。地下室はそうはいかない。

私が懐中電灯のスイッチを点けるとでぶ猫の尻尾がするりと懐中電灯を奪った。


「ぶな」


「……? あっ。ひょっとして持ってくれるの?」


「ぶな」


相変わらず猫語はわからないが、でぶ猫は長い5本の尻尾で懐中電灯を持つと階段を照らしながら地下へと降りていった。

このでぶ猫は意外に優しいのかもしれない、私はそう思った。

何だかんだで私でも幽霊を倒せたし。

後は大介少年を確保するだけだ、と。




 後になって考えれば。でぶ猫が懐中電灯を持ったのは、「ここから先は危険だから警戒しろ」という意味だったのかもしれない。

あぁ、やはり猫語を習っておけば良かった――――。





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