かくれんぼ(2)
「ぷぎゃん!?」
「うわぁ! ご、ごめん……!」
ハーレーのサイドカーには先客が居た。
いつぞやのでぶ猫だ。
「そいつは膝に乗せてやれよ。飛ばすから途中で落とすんじゃねーぞ?」
「いや、良いんですが……なんでこの子連れて行くんですか?」
このまるっと太った黒猫はこう見えて5本の尻尾を持った猫又だ。
ただの猫よりかは役に立つだろうが敢えて連れて行く理由がよくわからない。
そんなことを考えてでぶ猫の顔を見ていると鼻を引っかかれた。
「いった!!?」
「ひゃははは! 口に気をつけろだとよ、そいつの方がお前より年上だからな」
「イミナさん猫語わかるんですか!?」
「おう。昔バーサに教えてもらったからな」
「今度私も教えてくださ―――ぐぇっ!」
私が言い終わる前にイミナさんはハーレーを急発進した。
しかも飛ばされそうになったでぶ猫が私に爪を立てて掴まるものだから堪らない。
「そいつは今回レーダー役だ! 動物の方が人間より感が良いからな。んでこいつが今回の情報だ!」
イミナさんが丸めた紙を斜め前方に投げると風圧で広がって私の顔面にバンッと貼り付いた。
人間業とは思えないコントロールだ。
「もうほんと何なんですか今日は……」
盛大に溜息を吐きながら私は激しい向かい風に苦戦しながらその紙を読んだ。
『田母神 大介』(たぼかみ だいすけ)
平成18年9月20日生まれ(満7歳)
K市立小学校2年B組
田母神幸作、田母神恵子夫妻の長男(一人っ子)として生まれる。
幼少期から利発な子供と地元で有名。
それと同時に見えない物が見える、所謂霊感持ちとの噂あり。
田母神夫妻は大介出産と同時に実家を離れ、K市のマンションに居を構える。
T村にある幸作の実家との関係は良好。
毎年お盆と正月には家族揃って帰省している。
8月14日
家族揃ってT村に帰省。
午後3時頃、大介少年は「遊びに行ってくる」と祖母に告げて外出。
祖母曰わくこれといった異常は無く、普段着に鞄を背負っていた模様。
午後7時頃、夕食の時間に帰らない大介少年を田母神夫妻が捜索。
午後9時頃、T村全体に大介少年が行方不明だという話が伝わり村人総出で捜索が始まる。
8月15日
午前7時頃、警察に捜索願が出される。
午後8時頃、T村にて大介少年捜索中の木村徹巡査の死体(恐らく他殺)が発見される。
午後9時頃、田母神幸作が『リリー・ローズ』に依頼の電話を掛ける。
「は…………?」
エレナさんが作成したと思われる情報を読んでいた私は目を疑った。
あの短時間でここまで調べ上げたエレナさんも凄いが………警官が死んだ?
「つまり、今回の仕事は田母神大介少年の救出と。大介少年を誘拐して警官を殺した犯人の確保ということで良いんですがね?」
「いや、警官殺しはどうでもいい! 依頼人はガキの親父だからな。ガキの死体を回収するか、生きてんなら助けろとよ!」
なるほど。確かに警官殺しは警察がなんとかするだろう。
私がちらりと腕時計を覗くと時刻は午後10時を指していた。
警察官の死体発見から2時間。ということは―――。
「でも、警官が殺されたということはT村は今厳戒態勢なんじゃないですか? 少年を探す以前に村に入れないのでは?」
ついでに言うと今私はイミナさんの指示で武装している。
見た目は普通の服と変わらない防刃シャツに動きやすいショートパンツ。
丈の長いジャケットを羽織り、投擲用ナイフを初めとした刃物を多数隠し持っている。
イミナさんは店に居た時と同じダメージジーンズとTシャツのままだが、恐らくそれなりに用意はしているだろうし。
検問などがあったら問答無用で現行犯逮捕だろう。
「ばーか! んなもんはエレナがなんとかすんだろうが。問題はそこじゃねぇ」
私の当然の指摘をにべもなく切り捨てたイミナさん更にハーレーを加速させた。
景色はいつのまにか都市のビル群ではなく山間の農村地帯となっていた。
「田母神幸作とは古い付き合いでな、T村にも何かと因縁がある。つーかお前覚えてねぇのか?」
「何がです?」
「田母神家っていやぁなぁ! T村の地主なんだよ。田母神んとこの先代の爺が死んで、俺は遺産整理の仕事を請け負った」
遺産整理? なんだか記憶に引っかかる。
「爺の遺産に厄介な代物があってなぁ! そいつを俺が退治して、建物の管理は今代の爺に任せた。それが4年前だ!」
4年前? 嫌な汗が私の背中を伝った。
「ひゃっははは! 思い出したか? お前が屋根裏の化け物にびびって小便漏らした村だよ!」
「お、降ろして下さい! 今すぐに!」
喚き散らす私を無視してハーレーはすぐにT村に着いてしまった。
T村の入り口には当然のように検問が張られていた。
鄙びた農村に、ハーレーに跨った赤髪の外人女性(に、見える)とサイドカーに乗った少女と猫だ。
怪しいに決まっている。
慌てて複数の警官が職務質問と所持品検査をしようと出てくると、制止する声があがった。
「ええがなええがな! ウチの知り合いや!」
なんだか嘘臭い関西弁を話す刑事らしき風貌の女性が出てきた。
短髪黒髪の女性が着る着古したスーツは女性用ではなく、推理ドラマに出てくるような焦げ茶色をしていた。
これは後でイミナさんから聞いたのだが、この服装はいちいち刑事だと名乗らなくてもわかるように着ているとのことだった。
ニタニタと不気味な笑みを貼り付けた女性刑事は近寄ってくると値踏みするように私を覗き込んだ。
「あ〜あ〜。こんなカワイコちゃん連れて深夜のツーリングかいな? 未成年者略取ちゃうか?」
いやらしい目線で私をまじまじと見つめる女性刑事はおもむろに私の胸を鷲掴んだ。
「!?」
突然の事態に気が動転した私はイミナさんに助けを求める視線を送った。
しかしイミナさんは私を制するような冷ややかな目線を返してきた。
「……顔に似合わんと大層なモン持ち歩いとるやないかい」
一瞬褒められたのかと思ったが、それは違った。
そもそも私の胸は年相応の発達途上であり、刑事の手は私のジャケット越しに隠し持ったナイフをまさぐっていた。
「………!」
「ま、ええわい。エレナの頼みやから今回は見逃したるわい。あ~、嬢ちゃんとは始めてやったな? ウチは須藤美砂。ミサミサって呼んでな♪」
警戒色を露わにする私に対してふざけた自己紹介をした刑事はわざとらしい笑みでしなを作った。
「………カンナです」
「ははぁ、嬢ちゃんがカンナちゃんかい。噂は聞いとるよ。『極東の魔女』の新しい弟子やってなぁ………」
「話が長いぞ『ネームド』。話が通ってんならさっさと通しやがれ」
私と須藤刑事の会話をイミナさんが遮った。
この刑事はどうにもやりづらい相手なので助かった。
「はいはい……ええけどあんまその名前、公の場で出さんといてな」
「お互い様だろ」
「はっは………ほんならちっとこっちきいや」
須藤刑事は投げやりな動作で私達を案内しだした。
随伴しようとする警官を全て退けて一人でだ。
暗い田舎道をハーレーのフロントライトの明かり頼りにゆっくりと歩いて先導する。
悠長に思えるが、恐らく聞かれてはまずい話をするのだろう。
「……木村巡査はとなり町の交番所属や。T村には交番は無いからな。死因は外傷性ショック死か失血死やな……今検死がみとる」
「心臓か」
「そうや、心臓が抉り取られとった。………なんや、その分やと犯人に心当たりありそうやな」
イミナさんは黙って続きを促した。
「ま、ええけど……。木村巡査の死体はあっこの森の中で見つかったんや。大介少年はまだ見つかっとらん、手掛かりも無しや」
須藤刑事が指差した森には強い明かりが灯され、辺りはテープで封鎖されていた。
現場の森を横目に須藤刑事は進んでいく。
ん? 殺人現場に向かっていないのなら、須藤刑事はどこに向かっているのだろう?
「あ〜。そういや死体は見とくか?」
「いらん。そっちはお前らの仕事だろう。これは独り言だが、警官殺しは多分迷宮入りするぞ」
イミナさんがそう言うと須藤刑事は口元は笑いながら嫌そうな顔になった。
道は次第に村はずれの小高い丘に差し掛かった。
「かぁ〜、またかいな? アンタらもちっとは世間様に迷惑かけんよう生きられんのかいな?」
「ほざけ」
須藤刑事と私達の乗るハーレーは丘の上に着いた。
そこには私にも見覚えのある古びた洋館が建っていた。
「イ、イミナさんここは…………」
震える私を無視してイミナさん達は会話を続けた。
何故か、私の膝の上に居るでぶ猫が唸り始めた。
「で。ここに何があるって言うんや? エレナから人払いしろっちゅーんは聞いとるが」
「お前らには関係無い。向こう二時間はこの丘周辺に人を寄せ付けるなよ。巻き添えになっても知らんぞ」
「物騒だな」と、須藤刑事は笑っていた。
最後に二言三言交わし、何か封筒のような物をイミナさんに手渡すと須藤刑事は去っていった。
イミナさんは黙って受け取った封筒の中身を読み始めた。
「…………」
「あの、イミナさん。帰っても良いですか? 私、クリスさんと交代してきますので」
「ダメだ」
「で、ですよね………」
なんとなく心細くてでぶ猫を抱き締めようとしたらまた鼻を引っかかれた。
でぶ猫はフンと鼻をひとつ鳴らすとサイドカーからのっそりと降りた。
ハーレーの近くに座り、洋館の屋根の方を見ながら小さく唸っている。
ひいぃ……。
「…………マジかよ、クソがっ!」
急にイミナさんが封筒を地面に叩きつけた。
びっくりした私は恐る恐るイミナさんに尋ねた。
「あ、あの……その封筒何だったんですか?」
「あ? あぁ、こりゃあエレナからの情報の続報と警察からの情報だ。ガキについてのな」
「はぁ。そ、それでその情報とこの場所が一体何の関係があるのでしょうか……?」
「何分かりきった事聞いてやがる。んなもんここにガキがいるからに決まってんだろうが!」
「えぇぇ!? な、何の根拠で?」
「いいからお前はさっさとその猫連れて中からガキを探して来い! 俺はここで待ってるからな」
「むむむむ無茶言わないで下さい! お、お化けとか出たらどうするんですか!?」
サイドカーから身を乗り出して詰め寄る私(怖くてサイドカーから降りれない)をイミナさんは容赦なく拳骨で地面に叩き落とした。
「ガキじゃねーんだからピーピー喚くな! 幽霊の一匹な二匹お前一人で何とかしてこい!」
「うぅ………うぅ〜…………」
恥ずかしながら半ベソをかいてしまった私を見て、「ったく」と言いながらイミナさんは面倒臭そうに最低限の説明してくれた。
こうして私(と、でぶ猫)は幽霊屋敷探索に出発することになってしまった。




