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黒い手(1)

 夏も盛りの8月初旬。うだるような暑さの中私は商店街で探し物をしていた。

半透明となっているアーケードは商店街を利用する人々を雨からは守ってくれるが紫外線からは守ってくれない。

普段から人がまばらな商店街は必然的にいつも以上に閑散としており、僅かな通行人も涼を求め追い立てられるように地下街や茶店に向かっている。


「あの……すいません。この辺りで『手』を見かけませんでしたか?」


それでも私は足早に歩く小太りの男性に駆け寄り声をかける。

汗を滝のように流す小太りの男性は私に声をかけられて立ち止まりかけるが、私の問いかけを聞き終えると眉間に皺を寄せ更に早足になって立ち去っていった。

当然である。史上最高気温を上回るかのような猛暑日に、こんな訳の分からない問いかけで立ち止まらされては堪らないだろう。

仕方ない、私は通行人に聞き込みするのを諦めて手近な魚屋の店主に尋ねることにした。

日光が当たらないよう店先に並べられたら新鮮な魚は氷でしっかり冷やされ、そのお陰で店先も心なしかひんやりと心地良い。


「こんにちは、おか……お、お魚屋さん」


「あらカンナちゃん!こんにちは(はぁと)」


『魚!』と大きく刺繍されたエプロンを腰に巻いたやたら恰幅の良い店主が頬を綻ばせて出迎えてくれた。

頭に絞り鉢巻きをした姿は絵に描いたような江戸前の魚屋だが、何故か口調はオネェ言葉である。たまに間違えて『おかま屋さん』と呼びそうになるが、これはこの商店街で有名なNGワードの一つなので要注意だ。


「えぇと。今日は買い出しではなくて、仕事なのですが。魚屋さんは最近この辺りで『手』を見かけませんでしたか?」


「あら! カンナちゃんが調べてくれてるの? 助かるわ~! ウチなんかもう4匹も魚を盗られてるんだから」


そう言うと魚屋の店主はまくし立てるように『手』についての話を聞かせてくれた。

良かった。この分ならこの仕事は意外と早く終わりそうだ。

まぁ……報酬が0であるこの依頼が仕事と呼べるかはともかくとして。

まったく、イミナさんは毎回こういう面倒事を全部私に丸投げするんだから―――。






 某県某市のとある商店街の一角にあるバー、『リリー・ローズ』は今日もおかしな客が集まっていた。


「あぅ~。カンナちゃんお酌して~」


「飲み過ぎですよ、はっちゃんさん」


極めて高い身長と異様に長い手足で物理的に絡んでくる常連客をあしらいながら、パンツルックのウェイトレス姿で私は空いた器を下げていく。

時刻はまだ宵の口。

酒を供する店であればかき入れ時の筈の店内は常連客が2人いるだけ。

客の数より店の関係者のほうが多いことに一抹の不安を感じないでもないが。

それもいつも通りと言えばいつも通りだった。


「今夜のお勧めは何かしら、エレナちゃん?」


「うーん。今が旬の赤タマネギを使ったサーモンのカルパッチョなんですが……バーサさんには玉ねぎ抜きでお出ししたほうが良いですか?」


「それじゃあただの鮭の酢漬けだわ……」


「ですよねぇ」


カウンターに立っているエレナさんが久し振りに来た美しい褐色の肌の女性客と楽しそうに笑いながら話している。

褐色の肌の女性客―――バーサさんは私が小さい頃からたまに来るお客で、なんでも南アフリカあたりの出身らしい。

年の頃は多分30台後半から40台。

私の拙い見識眼ではまだこのあたりの女性の年齢は見極められない。ただいずれにせよバーサさんが日本では滅多にお目にかかれないようなエスニックな美女であることは間違い無い。

服装はあちら風ではなく普通の洋装だけれど、惜しげもなく褐色の肩を出したその姿を道行く人々は男女問わず振り向かずにはいられないだろう。

しかし、あちらの国では女性は肌どころか顔すら隠すのが普通だった気がするのだがそのあたりどうなんだろう。

と、そんなことを考えながら片付けをしているとバーサさんに話しかけられた。


「そういえばカンナちゃんも大きくなったわねぇ」


しげしげとつま先から頭の先まで見られて少し照れ臭い。すると店の奥の席から。


「ひはっははは! まるで本物のバアサンみたいな物言いだなぁ!」


と、品のない笑い声とともに野次が飛んできた。すかさずエレナさんがそれを窘めた。


「イミナさん。お客様に失礼ですよ」


「ふふっ。いいのよエレナさん。あなたも相変わらずねイミナ」


私達3人の視線は同時に店の一番奥の席に座るもう一人の『店の関係者』に集まった。




 改めて自己紹介をすると。私はウェイトレス兼雑用見習いのカンナ。

この変わり者ばかりの『リリー・ローズ』の関係者では最年少だと思う。少し目尻の垂れた細目が特徴のエレナさんはこの店のマスター兼バーテンダー兼コック。

客入りが控え目とはいえ席数はそこそこあるこの店を殆ど一人で切り盛りしている凄い人。

そして……もう一人の店の関係者ことイミナさん。

イミナさんは何をする人なのかと言うと、実は何もしない人なのである。

日がな一日部屋に篭もっている日があると思えばこうしてお店の一番奥の席で飲みながら私達やお客に絡む。

癖のある赤毛を野暮ったく後ろで纏め、服装は大半がデニムパンツにスニーカー。

日本人離れした彫りの深い顔立ちから近所の子供からは魔女だ魔女だと恐れられている。そんな穀つぶ……自由人のイミナさんであるがどういう訳かこのお店はエレナさんとイミナさん2人のお店ということになっているらしい。

まぁ確かにお店の経営には全く役に立たないイミナさんではあるが意外に面倒見の良い一面もあって(?)顔も広く、イミナさんに会いに来るお客も少なくない。

ただし、イミナさん目当てに来るお客はやたらと変わっている人が多く。何かと厄介が舞い込むことも少なく……いや、かなり多い。

ついこの間もイミナさんの知り合いからの依頼で暴れる多重人格障害の少年を保護したばかりである。私が。

そんな時は決まって―――。


「あ。そうだ。おーいカンナ! ちょっと頼みがあるんだけど」


「………」


そう。決まってこう唐突なんだ。

無視するべきか考えているとエレナさんが苦笑しながらジェスチャーで『行った方がいいですよ』と伝えてきた。

苦虫を噛み潰したような顔で憤然と店の奥に歩む私をエレナさんとバーサさんが楽しげに見ていた。


「何ですかイミナさん」


自分でもいつもより声のトーンが数段下がっているのが解る。

そんな私の態度を全く気にかける素振りもなくイミナさんはテーブルに細かな部品や工具をズラッと並べて何やら作業をしているが、なんだか変な臭いがする。


「おう! 実は、商店街のおっちゃん達に頼まれてたこと忘れててな。なんでも『手』が悪さしてるから何とかしてくれだとさ」


「は? 『手』……?」


イミナさんはそうそうと明るく相槌を打ちながら器用に片手で部品に接着剤を着けて組み立てていく。


「いやそうそうって言われても。っていうか何店の中でプラモデル作ってるんですかあなたは! 何か臭いと思ったら……」


「いいじゃねぇか細かいことは! んで、『手』についてなんだが。聞いた話によると突然『手』が現れて子供を転ばせたり店の売りモンを盗んでいくんだとよ」


飲食店の中でシンナーを使うことを細かいこととのたまったイミナさんは商店街のおじさん達から聞いた話を私に説明し出した。なんでも『手』は数週間前から現れたらしく、目撃者曰わく黒くて長い手がどこからともなく伸びてきて盗みや悪戯を働くとか。

イミナさんは『すねこすり』かなんかじゃねーの、とどうでも良さげに言っている。

『すねこすり』とは名前通り通行人の脛を撫でていく妖怪の一種なのだが、この平成の時代に妖怪騒ぎとは恐れ入る。


「妖怪って……子供の悪戯か何かじゃ無いんですか?」


「別に子供の仕業でも妖怪の仕業でも構わねぇよ。ただこいつを解決しねぇと来月までに今までのツケを耳をそろえて払ってもらうっておもちゃ屋が言いやがるからな。そんな訳で頼んだ!」


「な……!? またタダ働きなんですか? 大体なんで私がイミナさんのツケの為に仕事しないといけないんですか!」


私がバァンと両手でテーブルを叩くと浮かび上がった部品と工具をイミナさんは眉一つ動かさずに片手で器用にキャッチした。


「そう言うなよ。今はノーネームの奴もいねぇし、アリスは論文で忙しいし、クリスはこの間のアレでヘソ曲げちまってるしな? な! 商店街を助けると思ってさ」


「はぁ………もう。今回だけですよ?」


本当は自分でやれと言いたい所だけど。どうせ「今これ(プラモ)で忙しいから」とか言われるに決まっている。


「流石~! カンナは話がわかるっ!」


そう言うとイミナさんはプラモデルに専念し始めた。

背中からはエレナさんとバーサさんの噛み殺した笑い声が聞こえてくる。

まったく、災難だ。

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