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《第一章》 ヒト喰いの噂 第5話

 夏切美智留と別れ調査を再開する彩人たち。

 夜の帳が完全に降り、雑居ビルの窓から漏れる微かな明かりを頼りに進むも一向に進展は無し。鬱蒼と広がる暗闇は彩人の胸の内まで侵食しているかのように気を滅入らせていった。


「結局、何の手がかりも無し……か」


 再三公園に引き返し崩れたベンチの上に腰を下ろす彩人。今更になって気付いたのだが、先日の戦闘で破壊された遊具は何ら手つかずのまま残っている。普段から利用する人がいないのだろうか。溜息をつきながら彩人は隣にちょこんと座った瑠璃に視線を向けた。


「瑠璃も琥珀もよくこんなこと出来るな。“噂”の調査って、マジで雲を掴むような話じゃねえか」

『まぁ、アタリハズレがあるのはしょうがないよねぇ。生きてる人間全部が嘘吐かないとも限らないしさ』

「……その根性はソンケーする」


 理由も何も知らない彩人だったらまず間違いなく途中で放り出すことだろう。ただ、彼女たちには“噂”を追い求める理由がある。

 “魔女”と称している謎の存在。

 彩人が右眼を負傷し、この奇妙な眼を持つきっかけとなった謎の人物。

 どうやら琥珀も何か因縁があるようだが、今はそれを訊き出す勇気はなかった。


『ね、ね。おにーさんのその眼で見たら何か分かんないかな?』


 やや期待のこもった瑠璃の眼差しに便乗してちら、と琥珀の視線も彩人へと動く。眼帯に覆われたこの異質な金色の右眼にはあのバケモノ――イワクツキの姿を映し出す力がある。それは以前の戦闘で判明した事なのだが、瑠璃は他にも不思議な力が宿っていると考えたらしい。


「……試してみる、か」


 火傷の痕を晒すことにもなるので少々気が引けたのだが、多少なりとも役に立てそうなら使ってみる価値はある。眼帯の下からゆっくりとめくり上げ、普段なら絶対に使わない右眼を開く。


「………………」

『どう? 何か見えた?』


 彩人の双眸に映った景色は――残念ながらあまり(、、、)変わらなかった。両目を開いた途端、何故か時折テレビのノイズのような小さな雑音や砂嵐のようなものが混ざり込んでいる。ひぶんしょう、だったか。感覚はそれと似ているような気がする。


「……変なものは見えるけど、それっぽいモノは何も見えない」

『なぁんだ。じゃ、その眼はイワクツキを見れるってだけなんだねぇ』


 何処となく馬鹿にしたような、あからさまにガッカリする瑠璃。こっそり彩人も期待していたのだが、二人の力にはなり得ないことを知っただけだった。


「まぁ……そんな都合よくいかないよなぁ」

『アニメの主人公だったら、髪の毛金色でドカーンってなってたかも』

「……いや、ああいう風にはなりたくないけど」

『どうしよっか? そろそろ帰……?』


 不意に瑠璃の言葉が途切れ、彼女の小さな身体が西の方向に向きを変える。何事かと顔を上げると、気が付けば琥珀も立ち上がって同じ方向を見つめている。


「どうした?」

『向こうから血の匂いがする。けっこう、新しい。今まで全然気が付かなかったんだけど』


 ザッと彩人の背筋にも緊張が奔る。前回逃したあのイワクツキが近くに居るかもしれない。不法投棄されたペットの死肉を貪っているのだろうか。それとも、また誰か別の人間を喰っているのか。


「……」


 振り返った琥珀の冷たい視線が彩人に刺さる。

 どうするの? と言いたげな眼差しに彩人は強ばった顔で頷いた。


「……行こうぜ。まだアイツがいるかもしれないんだろ?」

『おにーさんも危ないかもだよ? いざってなったら、助けてあげられないかもよ?』

「自分の身くらいは自分で守って……」


 言ってから改めて考えて見る。

 ……いや、流石にあんなバケモノ相手はムリだろ。


『うふふ。まぁ、がんばってね?』


 けらけら笑いながら瑠璃は西に抜ける小道に向かって歩き出す。異臭のするゴミ箱や足元にからんでくる朽ちた新聞紙を蹴散らしながらそれぞれの歩調で進んでいく。血の匂いと瑠璃は言っていたがそんな匂いは全然しない……というか、他の異臭がキツ過ぎて分からない。やがて道が広がって、行く先に停止した自販機が見えてきたところで二人の足が止まった。


「……こりゃあ」


 自動車ならきっちり一台分通れそうな細くもなく太くもない道。

 その道の真ん中にぐったりと横たわる野良猫の姿。血が滴った舌を出してピクリとも動かない。もう既に息が無いのだろう。


『この子の血の匂いだったんだ。今死んだばっかだったから気付かなかったんだね』

「車に轢かれて……か。イヤな死に方だな」

『どーせ運転手さんはほったらかしだもんね。こんな場所じゃ誰も片付けてくれなさそ』

「……お、俺だって触りたくな」


 瞬間、彩人の背中に言い知れぬ強烈な視線がゾクリと刺さる。彩人たちのいる路地から向かって右側、繁華街とは反対方向。どろりとした闇の向こう側から何かがこちらをじっと見つめているような――


『おねーちゃん』

「……行って、《ラピス・ラズリ》」

「あ、おいちょ……!」


 姿勢を低く構え、直後に走り出す瑠璃。それから一定の距離を空けてから同じようにして走りだす琥珀に一瞬出遅れて彩人も駈け出す。迷路のように入り組んだ路地を走るのはこれで何度目になるのか。奇妙な感覚に苛まれながら右足を踏み込んだ――その時だった。


 ――トッ――トッ――トッ――――ッ。


「後ろ? ……え?」


 背後から不意に聞こえてきたその小さな物音に足を止め思わず彩人は振り返る。

 夜闇の向こう側は塗りつぶされたように真っ黒でいくら眼を凝らしても何も見えない。

 物音も、気がつけばもう聞こえなくなってしまっている。……空耳だったか?


「……あ、やば」


 物音に気を取られていた所為で瑠璃や琥珀の姿を完全に見失ってしまった。走っていった方向は覚えているから追いかければいいのだが、何故か彩人は今しがた耳にした物音が気になって後ろ髪を引かれているような心地だった。

 “ヒト喰い”と何か関係があるような……

 それはあくまで彩人の勘でしかなく、今はそんな些細なことに気を回している場合ではない。

 自分の意識とは反対方向に身体を無理やり動かし、彩人は二人の後を追いかけた。

ここで一旦お話の区切り。

次回から二章となります。

……ちょこっと執筆モチベが落ちてますが元気です。


次回更新は5月29日となります。

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