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《第一章》 ヒト喰いの噂 第2話 (改)

 七限目の英語を不貞寝し、温存した体力をフル活用して彩人は『灰の館』に向かっていた。

 前回と同じように徒歩で行く理由などこれっぽっちも無いわけで、今回はそのまま自前のマウンテンバイクで山道を突っ走る。黄昏に染まっていく山々の景色を横目に進んでいくと、やがて『灰の館』の黒ずんだ屋根が見えてくる。勝手ながら門の前に駐車し、雑草が跋扈する石畳に踏み込んでいった。


「……いるよな」


 知りたければもう一度来い、そう言ったのは他ならぬ瑪瑙だ。

 彩人はその言葉に従いこうして館の玄関扉を押し開く。カビ臭い匂いに包まれたロビーは相も変わらず無人だった。

 瑪瑙と話していた部屋は二階の奥、覚えている記憶を辿って彩人は二階へと上がっていく。部屋のドアはまるで彩人を待ち受けていたかのように半開きになっていて、その奥に瑪瑙が待ち構えていた。


「まぁ、来る気はしてたぜ」

「あんな意味深な言葉聞いて黙っていられるか。この眼に関わるかもしれないっていう“魔女”の話、もっと詳しく聞かせてもらう」

「……わぁったよ」


 そう言って瑪瑙はふらりと席を立ちコーヒーメーカーに手を伸ばす。彩人は以前と同じソファに腰を下ろし両手を組んで待つ。目線で「飲むか?」と訊ねられたので小さく頷いた。


「つってもだな、俺自身はその“魔女”についての話は詳しく知らない」

「……は?」

「そう恐い顔すんなっての。それに関しては俺より琥珀の方がずっと詳しいんだ。俺はあくまで“噂”専門なんでね」


 テーブルに置かれたコーヒーの芳醇な香りに惹かれ無意識のうちに手を伸ばす。出来たてにも拘らず瑪瑙は微塵も顔を歪めずにコーヒーを啜っていた。スーツ姿の所為で妙に様になっている。


「俺から話せるのは少し。“魔女”ってのが通称ってこと、目的も素性も何もかも不明ってこと。それと、どうもソイツは死に瀕しているヤツを煽る(、、)んだそうだ」

「煽る……?」


 彩人が訝しげな視線を送るも、瑪瑙は肩をすくめるだけだった。


「聞いた話だから何とも言えないが、少なくともウチの琥珀はソイツに煽られたんだと。彩人はどうだったんだ?」

「俺の時……は……」


 彩人は火事に巻き込まれた時のことを思い出す。

 目の前で燃え盛る炎、崩れ落ちる家具に右眼の激痛と激しい熱。それを引き金に現れたかのような少女の幻と冷たい鈴の音。あの時の少女は、蹲る彩人を見て――どうしていた?


「笑ってた……か?」


 少なくとも、彩人を助けようとはしていなかったと思う。彩人の脳裏に焼き付いていたのも、鈴の音とその“魔女”とやらの小馬鹿にしたかのような悪戯っぽい笑みだけ。


「じゃあ琥珀と同じかね。琥珀もそいつに思いっきり笑われたそうだ」

「何でそんな……」

「知らん。それを含めて俺も探してるんだがね」

「探してる……?」

「言ったろ。俺はミステリーハンターだってな」

「……」


 そう言うと瑪瑙は彩人に見えるようにとパソコンのディスプレイを回転させる。そこに映っていたのは何処かで見覚えのある真っ黒い背景に蛍光色の文字が並ぶいかにも胡散臭いトップページ。


「ゴシップ・ボードって……アンタまさか、このサイトの管理人か?」

「そうさ。コイツを使って全国津々浦々の噂話を集めて、その真実を調べるのが俺の仕事なんだよ」


 ディスプレイをこつこつと小突きながら瑪瑙は続ける。


「ゴシップ雑誌にローカル新聞、ネットでブログやら記事やらを漁るのも大いに結構だが、噂話ってのは基本的にそれを語る人間ありきの存在だからな。SNSの形式をとってユーザーを集め、ユーザー間同士で噂を持ち寄って交流してもらえれば自然と情報量は増していく。反面、こういうのに取り入ってガセを抱える奴もいるのが厄介だな。

 そうやって“魔女”の情報を探してるつもりなんだが……未だそれらしいネタは指折り数える程度しか手に入ってないし、その大半はガセだったり見当違いだったりさ」

「“魔女”ってのが見つかったとして、その後はどうするんだよ」

「……さぁてね。探すまではともかくとしてその後のことは琥珀たちに一任してる」


 重要な所だけ抜けている、というか重要な部分だけ避けているように見える。教えたくないのか、それとも本当に妹に一任してるのか。


「琥珀……で、思い出した。じゃあ“イワクツキ”ってのは何なんだ? “魔女”を追いかけるってなら、別にあのバケモノを相手にする必要はないだろ。あんな危ないモン(つつ)いて何を」

「その“魔女”に出会ってから、俺たちは“イワクツキ”の存在を知った。いや、もっと正確に言えば」

「お兄ぃ、支度出来…………ぁ」


 か細い声が聞こえたかと思って振り返ってみれば、半開きになったドアから琥珀が小さく顔を覗かせていて、彩人と目があった瞬間。


 ――パタン。


 と、声を掛ける間もなく閉められてしまった。人見知りにも度が過ぎるんじゃないかと思う彩人を他所に瑪瑙は薄笑いを浮かべていた。


「っははは。あんな琥珀初めて見たなぁ。ま、仕方ないっちゃ仕方ないか。アイツ友達とかいないし」

「その発言は兄貴としてどうなんだ」

「嘘吐きは泥棒の始まりだって教わったんでね。つーか、友達も何もアイツは学校行ってないしな」

「……それは流石に嘘だろ?」

「彩人は今高一か?」

「そうだけど」

「んじゃ……普通に学校行ってたら琥珀は中一か。制服姿ってのも見てみたい気もするがなぁ。本人が行きたがらないんだ」

「中一……」


 見かけからして年下とは思っていたがそこまで下だとは思っていなかった。あのクールな見た目で「お兄ぃ」と呼ぶ辺りは相応に見えるが。


「そういえば、支度って何の?」

「昨日の続き、『ヒト喰い』の調査」


 そう言って瑪瑙はパソコンを操作してサイト上を移動し掲示板のページを開く。様々な書き込みの中、タイトルに『ヒト喰いについて』とシンプルなモノが見える。


「犯人は現場に戻る……なんてセオリーを信じるわけじゃないが今日はもういっかいあの場所を調べてもらう。で、それとは別に気になる噂があるからそっちも合わせて調べてもらうつもりだ」

「気になる噂……?」

「ほれ」


 ぽいっと投げて寄越されたものは新聞の切り抜きが挟まった所謂スクラップブックと呼ばれているものだった。新聞の日付は一昨日、記事には『相次ぐペットの不法投棄』とあった。


「扱いは三面記事だが相当酷い話だ。何らかの事情で飼えなくなったペットを公園の花壇だとか茂み、中には路地にそのまま捨てるようなヤツもいるらしい」

不法投棄(、、、、)、って」

「法律上だとペットってのは飼い主の所有物になるからそれで正しい。

 例えば、自分の飼っていた犬が車に惹かれたとする。そうした場合、飼い主の所有物を壊したってことになって器物破損罪に問われんだ」

「……こんなニュースがあったのか」

「世間は『ヒト喰い』で盛り上がってたからな。ペットの問題とタイムリーに飛び込んでた『ヒト喰い』の話題とを天秤にかければ、世間は自然と面白そうな(、、、、、)方に傾くのさ」

「……これと『ヒト喰い』がどう関係するんだ?」

「それはこっち」


 今度はパソコンのディスプレイを示し、瑪瑙は新たなページを表示する。その中に『関係があるのかわかんないけど』と項目が見えた。そこにはこんな風に書き込まれていた。


《『ヒト喰い』の話に関係があるか分からないけど、最近猫とかの死体とかよく消えてるの見ない?》

《いや、そもそも動物の死体なんて見掛けないけど?ww》

《あ、それ分かる。今朝仕事に行く前に道端で猫の死体があったんだけど、帰ってくるときには綺麗に片付いてて》

《ああいうのって、だいたい近所のおばさんとかおじさんが片付けるんでしょ?》

《タオルとか被せておく人はたまに見る》

《……前、ペットの死体詰め込んだダンボール見たよ。でも、次の日には無くなってたなぁ。やっぱりそれも誰かが片付けた?》

《ひょっとしたら『ヒト喰い』のエサになってたりしてww》



「……どう思う? 彩人はこれをただの偶然だと思うか?」


 目の前でアレが猫を喰うところを見てしまった彩人としては偶然と切って捨てることは出来なかった。ペットの不法投棄問題、そして消えるペットの死体、陽詠市を脅かしている『ヒト喰い』の存在。ほとんど答えが出ているようなものではないか。


「さて、琥珀たちの方は支度できてるってみたいだし。……どうする? 見学に行くかい?」

「……」


 顎で示したその先で、僅かに開いたすき間から群青色の瞳が覗いている。

 ……正直、かなり不気味だった。

※5月1日、改稿しました。

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