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《序章》 イワクツキの邂逅 第3話 (改)

 陽詠市における有名な都市伝説の一つとして『灰の館』と呼ばれている廃墟がある。

 場所は陽詠市郊外、西に隣接する市の境目付近。

 彩人たちのいた中心街から西に向かって延々と歩き続け凡そ二時間程度、閑静という言葉を通り越し完全に人気を失った地帯に踏み込んだそのさらに奥に件の廃墟はひっそりと佇んでいた。

 愛子から聞いた話では、この『灰の館』は現代で言うところの財閥のような高名な貴族が住んでいた屋敷だったのだが、跡継ぎやら遺産相続やらの話で一族が揉めに揉め、やがては血族同士で殺し合いが勃発し、果ては火の手が上がり使用人も含む一家全員が焼け死んでしまったという暗い過去を抱えているのだという。焼け残った外壁はその名の由来となったくすんだ灰色に染まり、当時は相当なニュースになったらしい。

 ……それだけならありがち(、、、、)で済むのだが、ここから先の余談で胡散臭さに拍車が掛かる。

 『灰の館』を取り壊そうとすると貴族の幽霊が現れて工事の中止はおろか、工事に携わった業者や家族まで呪われて殺されてしまう。新月の夜にこの『灰の館』に訪れると、灰色に染まっているはずの外壁が真っ赤な血で滴って、見たもの全てを呪い殺してしまう。肝試しに訪れた若者が、白い髪の幽霊を見たり不気味な青い瞳に睨まれて病院に運ばれた、なんて話もある。

 要するに、そういう(、、、、)話が後を絶たないのだ。

 愛子が手に汗握りながら語っていたのも怪しいし、真夏の特番では有名アイドルグループが潜入を試みたものの、何故か別の建物に入っていたとかいうオチを見せつけていた。端的に言ってしまえば“胡散臭い”場所である。


「……」


 しかし、いざ実物を目の当たりにするとその噂に違わぬある種の迫力のようなものが感じられる。

 見上げるほどに巨大な鉄柵に覆われた、怖気が立つほど静まり返った庭園。規模は小学校のグラウンドほどだろうか。ありとあらゆる雑草が我が物顔で跋扈していてお世辞にも手入れが行き届いているとは言えない。手入れする人間もいないのだろう。

 そしてその向こう側に朽ち果てかけた洋館――『灰の館』が見えてくる。

テレビの画面や愛子が愛読しているゴシップ雑誌の写真で見るのとでは比べ物にならないほどの圧迫感。人間はもちろん虫一匹すら見当たらない。ここまで生き物の気配が完全に感じられないと幽霊の噂も奇妙な真実味を帯びてくる。


「……コイツら、本当に大丈夫なのか」


 《ラピス・ラズリ》の残した言葉に従い、彩人は気を失った琥珀を背負いながら彼女(、、)の入ったトランクケースを提げてここまでやってきたのだがどうにも胸の違和感が拭いきれなかった。彼女が何故この場所を指定したのか理解できなかったし、彩人としては未だ半信半疑の状態で性質の悪い冗談の可能性を片隅に置いてあるほどだった。

 二の足が踏めずに躊躇う彩人を誘うかのように巨大な門扉がギィギィと軋んだ音を響かせながら勝手に開く。雑草に覆い尽くされた石畳を越えたその先の玄関扉は何故か半開きのまま。アニメでしか見受けられないような獅子をモチーフにしたドアノッカーを数回叩き彩人は反応を待つ。…………返事は、無かった。


「……」


 ごく、と唾を飲み下し彩人は洋館の中へと踏み入っていく。

 中に入るなり埃とカビが入り混じったような匂いが鼻をつく。なるべく音を立てないよう足を忍ばせながら彩人は窓から漏れる夜光を頼りに館内を見回してみた。

 暗くも開放感を感じさせる吹き抜けになったロビーにはボロボロになった赤い絨毯が順路を示すかのように敷かれている。壁の至るところには額縁に収まった絵画が並んでいる……のだが、そのほとんどが破れていたり焦げていたりとマトモな状態のモノが一つもない。その他のカーテンや調度品の数々も埃をかぶっていたり壊れていたりと、この場の雰囲気において完璧なまでの相性を見せつけていた。語るべくもないが、生活感などはカケラも感じられなかった。


 コツ、コツ、コツン……ッ。


 突然、くぐもった足音のようなものが聞こえてきて彩人は思わず身構える。

 音の出所は二階、足音と共に小さな明かりも近づいてきている。噂の幽霊か、それとも彼女たちの知り合いか。咄嗟にソファの傍に隠れジッと息を潜めていると、ぶっきらぼうな言葉が飛んできた。


「……んなトコで何してやがる。そのまま妹連れてこっちに来い」


 予想外な言葉にどう反応したらいいのか分からず、しばし呆然と固まる彩人。

 ソファから顔だけを覗かせ様子をうかがうと、小さな明かりは足音共々二階の奥へと吸い込まれるようにして消えてしまった。


「……ヒト、だよな?」


 どうせなら姿くらい見せてくれよと毒づきつつ彩人は明かりと足音の主を追いかけた。



 ※



「妹たちが世話になったな。礼を言う。……と」

「……彩人です。辻雪彩人」

「彩人か、覚えておく。まぁ座れ」


 この『灰の館』の雰囲気にそぐわない真新しい事務机に長い脚を乗せる男に促されるまま、彩人はやけに反発の強い革張りのソファに腰を埋める。

 明かりを追いかけて辿りついたのは二階最奥に位置していた広間のような部屋だった。だいたい学校の教室二つ分ほどの広さで、部屋の四隅には古臭さを一切感じられない新品の書棚がいくつか並び、奥には男が座る事務机の他にコーヒーメーカーが見える。机の上にはデスクトップ型のパソコンにファイルが数冊、それから今朝の朝刊やら週刊誌やらと、不気味な洋館の雰囲気から一気に現実に引き戻されるような道具のラインナップだった。琥珀は左側のソファに眠っていて、《ラピス・ラズリ》の入ったトランクケースはそのすぐ隣に置いておいた。


「一応自己紹介しないとな。俺は暁瑪瑙(アカツキメノウ)。見ての通り、しがないミステリーハンターだ」

「……」


 ……もしかして笑うところなのだろうか。

 咳払いするでもなく瑪瑙は少々残念そうに首を傾げた。


「最近の若者はノリが悪いな。ちなみに、あながち嘘ってワケでもないんだが」

「いや、えっと……」


 シックなダークグレーのスーツに有名ブランドのネクタイを締め、パッと見れば何処ぞのお屋敷で働く超有能な執事にしか見えない風体なのに、ぼさっぼさの茶髪や無精髭と何か色々とぶち壊している。

 ただ眼光だけがやけに鋭く、ぼんやりと浮かび上がった瑪瑙の苦み走った顔は依頼を待つ殺し屋のような只ならぬ雰囲気を醸し出していた。


「さて、妹たちを助けた礼をしないとな。……何か希望はあるか?」

「……あの、聞きたいことがあるんですけ」

「あぁ敬語はいい、素で話せ」


 瑪瑙が長い脚を組み直す。

 出鼻をくじかれた彩人も軽く首を振って仕切り直した。


「聞きたいことがある。公園で見たあの“バケモノ”……アレ、何なんだ? アンタらは何か知ってるみたいだが」

「俺たちは“イワクツキ”って呼んでる。世間の影の中で蠢く“噂”から生まれた異形の魔物だとさ」

「イワク……ツキ? 異形の、魔物って」

「彩人、お前イワクツキって聞いたらどういうイメージよ?」


 曰く付き(、、、、)と聞いて真っ先に浮かぶものと言えば『曰く付きの物件』だろうか。アパートやマンション、或いは有名旅館の一室などが自殺や殺人事件などの現場になり、その日を境に幽霊を見ただとか呪われるだとかとよくない噂が立ったりする。稀に耳にこそすれど滅多に体験はしないマイナスイメージといったところだろうか。

 瑪瑙が小さく首肯する。


「概ねその通りだな。何がしか忌み嫌われる由縁を持つ場所、呪われた過去を持つ遺物……とか、多少の差異こそあれどそういった呪われた前科(、、)のあるモノに対して『曰く付き』って言葉が付く。あのイワクツキってバケモノも本質はそれだ。そこからさらに悪意や恐怖が濃縮されてカタチになったのがあのバケモノだ」

「……」


 軽い口調の所為か何処となく引っ掛かりを感じたものの嘘は言っていないような気がする。初対面の人間の言葉を鵜呑みにするのはどうかとも思ったが、彩人はひとまず黙って彼の言葉に耳を傾けていた。


「……何でアンタはあのバケモノを? それに、この子たちは」

「ん……ぅ……」

「お、気が付いたか琥珀」


 彩人が別の質問を言いかけたその時、ソファで眠っていた少女が小さなうめき声と共にゆっくりと身体を起こした。首を左右に動かして、それから瑪瑙、彩人の順に視線を動かす。彩人に二度目の視線を向けたところで、心底不思議そうに首を傾げた。


「………………?」

「家だよ家。瑠璃が彩人に頼んでここまで運んでもらったんだよ」

「さい……と」


 ちら、と向けられた視線が突き刺さり彩人の胸が小さく脈打つ。

 陽だまりの中でまどろんでいるかのようにふんわりとした双眸は、しかし凍てついてしまったかのように光が失せて真冬の夜の景色のように沈んでいる。雪のように白い髪にモノクロのドレス姿は、まるで妖精のように人間離れした美貌を醸し出している。

 彼女が学校に舞い降りたならば男女関係無く全校生徒が目を奪われることだろう。ただ、何故か彩人の中では触れていけないと警告しているかのような奇妙な錯覚が過ぎった。


「助けてもらったんだし、お前もちゃんと礼くらい言えよな」

「…………」


 次の瞬間、少女は何故か彩人から素早く目を反らし、かと思えば猫のような機敏な動きでソファの背後に回り込むと、そこから腕だけ伸ばしてトランクケースを引っ手繰る。ガチャガチャと慌ただしい物音と入れ替えに今度は《ラピス・ラズリ》が飛び出し、ソファのひじ掛けの上で丁寧に会釈してみせた。


『エッヘヘ。助けてくれてありがとね、おにーさん。私の名前は暁瑠璃(アカツキルリ)っていうんだ。改めて、よろしく』

「よ……よろしく」


 改まって名乗られたことに少々困惑しつつ、彩人は今一度彼女の姿をよく見てみた。

 ライ麦畑を彷彿とさせるような艶やかになびく金色の髪に、吸い込まれそうなほどに綺麗なサファイアブルーの瞳。白く滑らかな素肌に薄くルージュを引いた桃色の唇でニコリと微笑むと、パッと見は日本語がペラペラな白人少女にしか見えなくなる。ただ、よく目を凝らしてみると、腕に微かな木目のような模様が見え隠れしていた。


『お姉ちゃんも自分のお名前くらい言おうよ。っていうか、自己紹介に私使おうとしないでよ~。腹話術するための私じゃないんだからさぁ』

「………………」


 ソファの向こう側からは一向に返事は聞こえてこない。

 瑠璃――《ラピス・ラズリ》と呼ばれていた少女は肩をすくめるとやれやれといった感じで溜息をついた。


『はぁ~あ。しょうがないなぁ。……えっと、今ソファに隠れているのは私のお姉ちゃんで琥珀(コハク)っていうの。お姉ちゃん、私たち以外のヒトに免疫ないんだ。ごめんねぇ』

「あ、あぁ……。い、色々と聞きたいんだけど、いいか?」


 どーぞ? と至極可愛らしい動作で瑠璃が頷いたので彩人は思い切って何の捻りも考えずに言葉をぶちまけた。


「君は、その……普通の、人間じゃ」

『あっれ、よく気が付いたね。そうだよ、私のこの身体は手操り人形(ハンドパペット)なの。私の手足はお姉ちゃんに操られて動いてるんだ。あ、喋ってる言葉は全部私の言葉だからね。お姉ちゃんに触れられてる間は自分で色々お喋り出来るの。……て、あんまし驚いた顔してないねぇ』


 カラ、コロ、カラ、コロ。

 耳を澄ますと、身振り手振りをするたびに《ラピス・ラズリ》の四肢から乾いた木の音が聞こえてくるのが良く分かる。信じられない、と言えば嘘になるのだがここに至るまでの怪異を目の当たりにした今の彩人としてはほとんど無抵抗に受け入れられるようになってしまっていた。

 ふと視線を上げると、群青色に染まった瑠璃の瞳が彩人をじぃっと見つめているのに気が付く。子供が新しいオモチャを見つけたかのような好奇心と少々の興奮混じりの眼差し。


『私もさ、おにーさんに一つ訊いてもいい?』

「え? ……あ、あぁいいけど?」

『その“眼”はどうしたの?』

「え…………ぁ!」


 今の今になって彩人は自分の眼帯が斬られていたことを思い出し、それまで晒しっ放しだった右眼を慌てて手で隠す。……が、冷静に考えればこれまで瑪瑙や瑠璃には見られ続けていたので隠す意味はほとんど無くなっていた。二人の視線、それに気が付けば琥珀までもがソファの陰から顔を半分だけ覗かせて彩人を見つめている。視線の集中砲火を浴び、観念した彩人はゆっくりと手を引いた。


『うっふふふ。おにーさんの眼、綺麗な眼だねぇ』

「カラコン……なんて、くだらない冗談じゃないな」

「……そこまでして中二キャラやりたくないね。俺だってどうしてこんな風になったのか知りたいぐらいだ」


 吐き捨てるように言った彩人の右眼は、まるで夜空に煌々と輝く満月のように金色の光彩を放っていた。彩人の視界自体には影響は無いのだが、暗闇の中でぼうっと浮かび上がる右眼は奇妙で普通の人間の眼とは思えないほど異質だった。

 瑪瑙が興味あり気と微かに身を乗り出した。


「ソイツの事情を訊いても?」

「別にいいけど、教えられるようなコトなんてないよ。俺だってほとんど覚えてないんだから」

ほとんど(、、、、)ってことは、何か多少でも覚えてることがあるってわけだ」

「……」


 気心の知れた友人や愛子にもまだ話していない――話しても信じてもられないような右眼に関するある記憶。

 数瞬迷ったが、あのバケモノのような怪異と平然と相対している連中なら話しても差し支えは無いだろうと判断し、彩人はゆっくりと語りだす。


「鈴の音と……女の子」

「……!」


 この眼を負傷したあの日――幼い彩人を襲った紅色の災難。

 不審火か何か、原因は定かではないが彩人は幼いころ家が火事に見舞われてしまった。突然上がった火の手に彩人はパニックを起こし、逃げ惑う最中に真上から燃え盛るシーリングファンの断片が顔面に激突。

 右眼を襲う熱と激痛で朦朧とする意識の中、彩人の耳にハッキリと届いた冷たい鈴の音とケラケラと笑う少女の影。姿や形はほとんど覚えていないし、そもそも瀕死の状態で見たものだからそれが本物なのか幻なのか分からない。状況から鑑みれば圧倒的に後者だが、ただの幻と割り切るにはあまりにも強烈な印象を脳裏に焼き付けていた。


「……見間違いだよ。ほら、走馬灯ってあるだろ。死にかけの俺が一瞬見た夢みたいなもんだから」

「“魔女”に会ったの?」

「え……?」


 突如響いた声が琥珀の声だと気付くのに数秒掛かってしまった。

 ソファの陰から立ち上がり、黒の双眸に見据えられた彩人は驚きと戸惑いの色を浮かべながら呆然と彼女を見上げた。


「何時、何処で? アイツは――」

「ストップだ琥珀」

「…………あ」


 怒涛の剣幕でたたみ掛けようとした琥珀を瑪瑙が言葉で制すと、彼女はすぐさま調子を落とし俯きながらまたソファの陰に隠れてしまった。

 そんな彼女から出た“魔女”という言葉が気になって彩人は口を挟んだ。


「今の……“魔女”って何だ? どういう意味だよ、この眼と何か関係があるのか?」

「……いや、こっちの話だ。気にするな」

「んなワケが……ッ!」


 言い知れぬ圧迫感を含んだ瑪瑙の視線に睨まれ彩人は言葉に詰まる。

 黙って牽制する彼の様子からは「こっから先は踏み入るな」と警告のようなニュアンスを感じた。


「さてと、今日はもう遅いからお開きだ。こっから歩きで帰すのもアレだし、今日は駅辺りまで送ってやる」

「待ってくれ、今の話の続きを」

「どうしても知りたきゃ明日もう一回ここに来れば教えてやる。ただし、そっから先は自己責任な」


 強引に話をまとめた瑪瑙はスーツの内ポケットから車のキーを取り出すと、食い掛かる彩人の前を素通りして足早に部屋を出ていってしまった。琥珀や瑠璃に何か聞こえないかと振り返ってみたが、気が付くと瑠璃は何も喋らぬままソファにちょこんと座っていて、琥珀に至っては気配すら感じられなくなっていた。


「……」


 埒が明かないと判断した彩人は小さくため息を吐いてから瑪瑙の背中を追いかけた。

少々長めの序章は今回でおしまい。

そしてようやっと主人公のフルネームの登場。

……兄貴のキャラがリメイク前と変わり過ぎちったなぁ(笑)


次回更新は3月20日、第1章の始まりになります。

では、待て次回。


※4月17日、改稿しました。

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