「近代化こそが、」
午前8時52分 千葉第5地区7番街駅
平日の朝、通勤通学ラッシュを終えた駅構内には、人の気配はせず、無人駅の寂しさがよくわかる。
ガラス張りの建物の自動ドアをくぐると、自動掃除ロボットがモップを持ったまま、「イラッシャイマセ」などと呟いている所に出くわした。
改札口にはアーチ型の改札機が5台ほど設置されていて、それぞれ間は透明なガラスで埋められていた。
モップを上下左右にせわしなく動かしている掃除ロボットを暫くおちょくっていた要は、改札アーチの中にあるカードタッチパネルにマネーカードを軽く押し当てて改札をくぐった。
2番ホームに降りると、数人が次の電車を待っていた。
電光板には、「8:55 東京第1地区行き快速」と映し出されている。
次の電車はもうすぐ到着するようで、ホームには「電車が着ます」という機械的アナウンスが流れている。
要は近くの柱にもたれ掛かると、先程仕舞ったばかりのマネーカードを取り出して、どこか遠い目で見つめた。
───6年前、僕らはこのカードを掌握できそうだったのにね。
彼は心中で呟くと、予定時刻その通りに到着した電車に乗り込んだ。
電車の中は空いていた。
座席はほとんど空席で、奥のほうに数人の人影が見えるだけだ。
車内が広く感じられるのは、人がいないせいなのか、それとも、乗車率の低下で吊り革や座席が減ったからそう感じられるのか。
要は自分が乗り込んだドアの前に立った。
8時55分丁度に音もなく走り出した電車は、乗っていることを感じさせない。
その理由には、まったく揺れたり傾いたりしないことと、車内アナウンスや操縦までもがプログラミングされた予定調和な動きであることがあげられる。
客が少ないのは、今の日本の問題点というべき現象が深く絡んでいる。
・・・「非友好的原石」の増加・・・政府はそう言っているが、つまりは「天才的な知識や技術やアイデアを持っているのにもかかわらず自己満足で終わらせてしまうニートたち」が増えているのだ。
そして、社会のシステムが変わりつつあることも関与している。
今や自宅勤務は当たり前になってきているから、オフィスにわざわざ出向いて行く人は少ない。
学校も同じく、通信制教育が普及し始めているため年々少しずつ電車登校者は減っているという。
要は電車の窓から外をちらりと見やる。
2030年頃から起きた高度文化成長は、日本の社会の仕組みをガラリと変えた。
高層ビルから住宅まで、目立った所の殆どが、最近発明された特殊素材の独特な灰色で染め上げられている。
隅のほうには、ぼろぼろになった木造建築や、コケだらけのレンガの家も見受けられるが、人が住んでいそうな気配はない。
世界から見た日本のイメージは「ロボットと共存する電脳主義国家」だという。
それに相応しく、今や日本全土がこういった近未来型の都市へと変貌し、生活のいたるところでロボットに世話になっている。
そう、ロボットの普及によって職業が減り、ネット脳の拡散によってネット人口が急増した。
・・・非友好的原石、いわゆるニートが増えるのは、誰もが予想できたことだったのだ。
左から右へ次々に流れていく景色を薄い気持ちで眺めながら彼は考えた。
予想できた・・・・結果はわかっていたんだ・・・
それなのに政府は、近代化、近代化、と焦っていた・・・
だから、未来を担うはずだった〝原石〟はグレはじめたのさ。
本人達も気づかぬ間に、少しずつ、少しずつ・・・グレたんだ。
ロボットがいるなら、俺達は要らない、そうだろ?
ネットが在れば、俺達は寂しくなんかない、そうだろ!?
だってネットには俺達と同じ境遇の奴等が腐るほどいるんだから!!!
・・・ね。
近代化こそが、日本の侵した罪なのさ。
近代化こそが、非友好的原石の元凶なのさ。
近代化こそが、ニートの卵だったのさ。
近代化こそが、あのハッキング事件のきっかけだったのさ。
近代化こそが、
近代化こそが、
近代化こそが、
近代化こそが、
近代化こそが、
近代化こそが、
近代化こそが・・・僕と蓮矢の夢を、希望を、未来を、変えたのさ。