プロローグ
2056年4月6日 東京都新宿区3-78地下街 ネット犯罪刑務所
「・・・正直、お前のやったことは刑期6年で許されていいものじゃないと私は思う。」
皺一つない制服を着こなした看守の男が、後ろから付いて来ているであろう若い男に話しかけた。
若い男はその言葉を黙殺し、前を歩く看守を急かすようにして足早に歩いた。
「まあ・・・あんときゃ未成年だったし、刑務所でも模範囚だったし・・・」
自分が口にした疑問に、自分で答えを考えていた看守は、いつの間にか男に追い越されていた事に気づいた。
「あ、おい。待てって。先歩いたって門はあかねーよー?」
どんどん遠くに歩いていってしまうその背中に投げかけたが、男は止まる気配も見せず、逆にスピードを上げて門まで行ってしまった。
「・・・ったく。そんなに外に出たいんなら、もう戻ってくんじゃねぇぞ。」
独り言のようにそうつぶやくと、小走りで門まで駆け寄っていった。
「刑期6年、囚人番号218番、本日釈放なので、門を開けてください。」
小さな事務所の中に入っていった看守は、中にいた人間にそう告げると、大きく頑丈な正門の前に立った。
暫くしないうちに、門は音を立ててゆっくりと開き、囚人と看守の眼前がひらいた。
門が開ききると、看守が先に外へ出ていった。
続いて囚人が門の前に歩み寄り・・・男は「218番」と呼ばれなくなった。
「新堂蓮矢。君は今日で釈放だ。もう、戻ってくるんじゃないぞ。」
看守がそう告げるが、男・・・新堂蓮矢は一瞥もせず、6年ぶりの外の世界を見つめていた。
ふと上を見上げると、そこに空はなく、灰色の金属で固定された「天井」が広がっていた。
───・・・ああ、6年経っても、ここは変わらないんだな。
新堂は顔を曇らせ、硬いコンクリートの道を、ゆっくり歩き出した。
最後まで無視され続けた看守は「よくあることさ」と自分に言い聞かせ、再び門をくぐろうとしたのだが・・・
新堂蓮矢は歩くのをやめずに、ただ右手をひょいとあげて、それを適当に左右に振った。
それは、「さようなら」と伝えるようであり、「もう俺には関係ない」という無責任さも伺えるようなものだった。
しかし、そんな右手とは裏腹に、彼の顔は強い決意に満ちていたことは、看守は知る由もないことだ。
2056年4月6日 午前8時25分。
新堂蓮矢 刑期6年を終え、釈放。