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第5話:届いた招待状は、私の結婚式だったもの


季節は巡り、あの修羅場から一ヶ月が経った。


私は会社に無理を言って早めの有給消化に入り、その期間を利用して引っ越しを済ませた。


実家から遠く離れた、セキュリティのしっかりしたマンション。

 新しい家具、新しいカーテン。部屋の中には、私を縛るものは何もない。


携帯番号も変え、弁護士を通じた連絡以外、あちらからの接触は一切遮断した。


そんなある日。

 私は引っ越し祝いを兼ねて、同期の美穂とカフェでお茶をしていた。


「はい、これ」


美穂が呆れた顔でテーブルに放り出したのは、一通の封筒だった。

 見覚えがある。


私が数ヶ月前、紙質やフォントにこだわって選んだ、アンティーク調の招待状だ。


「……まだ持ってたの? 破り捨てていいって言ったのに」


「違うのよ恭子。これ、昨日届いたの」


私はカップを持つ手を止めた。


昨日?


「……どういうこと?」


「私のとこだけじゃないわ。共通の友人や、一部の同僚にも届いてる。消印を見て。三日前の日付よ」


恐る恐る中身を確認する。


日時と場所は、私が予約した通りの日程。

 そして、新郎新婦の名前。


『新郎 翔 ・ 新婦 恭子』


私の名前が、そこに印刷されていた。


「…………は?」


喉から変な音が出た。


「なによこれ。私、結婚しないわよ?」


「でしょ? だからみんな混乱してるの。『え、復縁したの?』とか『まさかドッキリ?』とか」


美穂がため息をつく。


「おそらく……在庫として余ってた招待状を、そのまま出したんじゃないかしら」


頭がクラクラした。


確かに、招待状は書き損じを見越して多めに発注していた。

 手元に残っていた分を、そのまま送ったというのか?


宛名だけ手書きで書き足して?


「バカなの……? これじゃ詐欺じゃない」


「そう、詐欺よ。だって、当日行ってみたら花嫁が違うんだもの」


そこまでして、彼らは人を集めたいのか。

 おそらく、翔の浅知恵だ。


『招待状を作り直す金がない』

 『とりあえず人を呼んで、ご祝儀をもらってから土下座すればいい』


そんな声が聞こえてきそうだ。


「で、どうする? みんな『行くべきか行かざるべきか』でザワついてるけど」


美穂の問いに、私は冷めた紅茶を一口飲んでから答えた。


「みんなには、真実を伝えて。私は出ないし、花嫁は私の妹だと。その上で『怖いもの見たさ』で行きたい人は止めないけど、ご祝儀はドブに捨てることになるわよ、って」


「オッケー。まあ、事情を知ってる社内の人間は、ほぼ全員欠席で固まってるけどね。……あ、でも私の妹だけは『潜入レポする!』って張り切ってるから、動画回してもらうわ」


美穂は悪戯っぽく笑った。


しかし、笑い事ではない部分もある。

 私の友人は私が止められる。


だが、翔の親族や、翔の地元の友人は?


彼らは、この招待状を信じてやってくるのだ。「恭子さんとの結婚式」だと思って。

 特に、翔のご両親。


何度か挨拶に行ったが、古風で厳格な人たちだった。

 もし、当日まで何も知らされず、席についた瞬間に花嫁が違うと知ったら?


「……地獄ね」


「ええ、特大のね」



そして、ついにその日がやってきた。


皮肉なほどの快晴だった。

 六月の空は高く澄み渡り、絶好の結婚式日和だ。


本来なら、私は今頃、純白のドレスに身を包み、祝福の中にいたはずだった。


けれど今、私は自宅のベランダで、ゆったりとコーヒーを飲んでいる。


不思議と、悔しさはなかった。

 あるのは、「間に合ってよかった」という安堵感だけ。


あの泥船に乗ったまま出航していたらと思うと、ゾッとする。


時計の針は、午前十一時を回った。

 そろそろ、挙式が始まる時間だ。


「……さて、開演ね」


私は遠い空に向かって、見えないグラスを掲げた。


今頃、式場の控室では何が起きているだろうか。

 翔は震えているだろうか。

 愛梨は、まだ夢の中にいるだろうか。


そして、何も知らないゲストたちは――。


スマホが震えた。

 美穂からだ。


送られてきたのは、一言だけのメッセージと、一枚の写真。


『現地特派員(妹)より。受付、大混乱中』


添付された写真には、受付で困惑した顔をして立ち尽くす翔の友人たちと、奥の方で何やらスタッフに怒鳴っている翔の父親らしき人物の後ろ姿が写っていた。


私は小さく息を吐き、スマホの画面を伏せた。

 

 さあ、存分に踊りなさい。

 あなたたちが望んだ、主役の座で。

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