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赤い日記



赤い日記って知ってる?

それを見つけても読んではいけない。もし、中身を見てしまったら…。



***



桜小町商店街と書かれた大きな看板。

かつては鮮やかな桜色をしていたそれも、今では白く色褪せ、文字の所々が欠けている。

春だというのに、人影の少ない通りを冷たい風が通り抜けていった。


商店街のほぼ中央、ぽつんと古本屋が佇んでいる。店内には長く触れられていない本が並び、紙の匂いと埃が静かに積もっていた。商店街と同じく、賑わいとは無縁の空気がここにもあった。

カウンターでは店主が一人、本を読んでいる。

時折眼鏡を押し上げ、ページを捲る音だけが、店内に微かに響いている。

その時、滅多に鳴ることのない店先の鈴が、小さく音を立てた。視線を入口へ向けると、そこに中年の男が立っている。


「こんにちは、黒川さん。今年度、会長を務めることになりまして、ご挨拶に伺いました」

「おや、わざわざご苦労さまです。ふふ、これからは会長さんとお呼びしなければいけませんね」

「いやぁ、そんな大層なもんじゃないですよ」


もうそんな時期かと、古本屋の店主、黒川は読んでいた本を静かに畳む。

挨拶に来た寿司屋の大将は、幼い頃からの顔馴染みだ。学生時代、ギターを掲げて「寿司屋は継がない」と息巻いていた姿が、ふと脳裏をよぎる。


「黒川さんには色々お世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ。何かお手伝い出来ることがあれば、ぜひお声がけ下さい」


それでは、と退店して行く会長を見送ると、店内は静けさを取り戻した。黒川がページに指を掛けると再び、鈴が鳴る。

忘れ物だろうか。

しかし入口に立っていたのは、会長ではなく二人の女子高生だった。一人は商店街にある居酒屋の娘。もう一人は友人だろうか。見覚えのない顔だった。


「こんにちは店長」

「おや、カナデさん。何かご用ですか?」

「ちょっと相談があるんだよね」


カナデは、どこか落ち着かない様子の友人の手を引いた。引かれるまま前に出た彼女の方が、本題らしい。


「それはそれは。まあ、どこでも自由に掛けてください」


カナデは黒川に言われるまま、積まれた本の上に腰を下ろした。商品への雑な扱いに、連れて来られた友人は思わず息を呑む。


「サヤも、そこの踏み台使いなよ」


カナデが指差した木の踏み台にも、本が何冊か積まれている。サヤと呼ばれた少女は戸惑い、小さく唸った。


「古い踏み台です。棘が刺さるかもしれませんから、本はそのまま敷いた方がいいですよ」


店内には他に腰を落ち着けるような場所はない。黒川も気さくに話しかけたつもりだったが、サヤの表情から不安の色は消えなかった。


「それで、相談とは何でしょうか」

「……」


相談したいと言っていたにも関わらず、サヤは口を閉ざしたままだ。スカートの裾を強く握っている。言葉に出来ない理由があるのか、それとも…。

こちらを伺うサヤと視線が合った瞬間、黒川は小さく息を吐いた。

どうやら、後者らしい。


古い時計の針の音だけが耳に響く。ようやくサヤは小さく口を開いた。


「……私、呪われているんです」


なるほど、と黒川は曖昧に笑った。

言い淀む理由も、信用出来ない理由も、どちらも当てはまっていたらしい。


「呪い、ですか。ここは古本屋ですから、埃を払うことはあっても、お化けを祓うことは出来ませんが…」

「ウソじゃないんです!」


サヤの涙混じりの強い声音に、黒川は言葉を切った。


「……すみません、軽率でしたね。どうしてそう思うようになったのか、聞かせてもらえますか」


場を和ませるつもりが、逆効果だったようだ。

サヤの視線は自分の靴先へと移ってしまい、向かいに座るカナデが肩を竦めた。


「店長は、赤い日記って知ってる?」

「いえ、聞いたことありませんね」


すっかり心を閉ざしてしまったサヤの代わりに、カナデが話し始めた。


「赤い日記を見ると呪われるってウワサがあるんだけど、サヤがね、この間それを学校で見ちゃったの」


赤い日記は呪いの日記、それを読んだら呪われる。在り来りな怪談話だ。だからこそ、この手の物は馬鹿には出来ない。

不思議なもので怪談話は噂はされても、実際に見たと言っても、人は何故か信じない。

サヤは今、霧の中迷うような恐怖に包まれている。そしてそれは誰にも共感されない。

言葉選びを間違えてしまったと、黒川が後悔しても遅かった。


「なるほど。その赤い日記は、今はどこにあるんですか?」

「分からない…、見たのもサヤだけだし。ねぇサヤ、どんなだったか話してよ」


黒川の失言で完全に信用を無くしてしまったようだ。サヤはこちらに見向きもしない。

少しでも話を聞いてしまった以上、サヤをこのまま放っておくことは黒川には出来なかった。


──切り口を変えてみるか。


「その日記を読むと、女の幽霊が貴方にだけ見えますか?」

「…なんで、知ってるの?」


サヤの瞳に微笑む黒川が映る。推測で口にした言葉だったが、サヤの反応に黒川は概ね内容を把握した。


「長く生きていると、知らなくても知っているものなんですよ。ちょっと待っててくださいね」


あれはどこの棚だったか。黒川は本を探しに席を立つ。サヤたちの視界から黒川が消えた頃、カナデがそっと耳打ちをした。


「絶対大丈夫だから。私を信じて」


向かい合ったカナデの真剣な表情に、サヤは小さく頷いた。赤い日記を見たと、信じてくれたのはカナデただ一人だった。


あの日、教室の机の上に置かれた赤い表紙。

噂の赤い日記かもしれない。見てはいけないと分かっていたのに、それでも好奇心に勝てずサヤは見てしまった。

中を開くと、赤黒い文字が荒々しくページを埋めつくしていた。途端に怖くなって本から手を離すと、大きな音を立てて床に落ちてしまった。

元に戻さなければ。慌て拾い上げようとした時、突然サヤの動きが止まった。

さっきまでこの教室には、自分以外誰も居なかった。入ってきた音すら聞いていない。

なのに今、目線の先には本と、赤い靴を履いた二本の足が見える。

サヤの身体が小さく震える。怖いのに、それが何か確かめたいと言う衝動に敵わなかった。

ゆっくり見上げると、目の前には赤い服を着た女が立っていた。


そこからサヤの記憶はない。気付けば意識を失っていて、カナデに声を掛けられた時には女も本もどこにもなかった。


それからと言うもの、どこにいても誰かの視線を感じる。ふと視界の端に映る赤が、じりじりとサヤの心を追い詰める。

噂話を知っている友人に話しても、誰も本気にしてくれなかった。カナデだけが、『助かる方法があるかもしれない』とここへ連れてきてくれた。


商店街で一番古い、古本屋の店主。

この小柄な男が本当に自分の呪いを理解しているのか、サヤはまだ信じられずにいた。



「お待たせしました」


本棚の裏からひょっこり現れた黒川は、一冊の本をサヤへ差し出す。小ぶりだが分厚く、表紙は擦り切れている。そこにタイトルらしきものは見当たらない。

これが役に立つと言うのか。サヤは恐る恐る本を開いた。


「…お経?」


ページいっぱいに並ぶ文字は、ほとんどが漢字だった。フリガナがなければ読めないそれは、知識がなくてもお経のようにしか見えなかった。


「ええ、その通りです」


誇らしげに微笑む黒川とは正反対に、少しだけ期待していたサヤは肩を落とした。


「おや、信じられませんか?正攻法だと思いますが」

「でも店長、ホントにこれ大丈夫なの?」


流石のカナデも不安な顔色を隠せない。

お経を自分で読むくらいなら、お坊さんにお祓いしてもらった方がいいのでは…。疑念が二人の頭を掠めた。

そんな人の気も知らずに、黒川は尚も自信満々に続ける。


「お経と言うのは、唱えるだけで力を与えてくれます。まずは一週間、試してみてください。間違えても、一節だけでも構いません。幽霊が出た時にひたすら唱えるのです」


ざっと文字を流して読んでも、到底サヤには覚えられそうにない、漢字の波に目眩がした。


「もし、唱えても呪いを強く感じることがあれば、いつでもここに来てください。その時の為に他の方法も考えておきますよ」

「…分かりました。ありがとうございます」


納得は出来ないが、今はこれしか方法はない。

サヤは本を抱き、深く頭を下げた。



───


「店長がああ言ってたんだから、大丈夫だよ!…たぶん」


帰り道、珍しく歯切れの悪いカナデに、サヤはぎこちなく笑って返した。


それにしても不思議なところだった。サヤはぼんやり思い返す。

カナデから話を聞いた時、どんなお爺さんが出てくるのかと思っていた。しかし実際は自分の父親より若そうな男で拍子抜けした。


「本当にあの人が、この商店街の一番古い人なの?」

「そうだよ、ウチのお父さんが子供の時も良く知ってるよ」


おじいちゃんのことも知ってたっけな?と呟くカナデを横目に、サヤは首を傾げた。


「じゃあ、あの人何歳なの?」

「えー?しらない」


実は見た目だけ超若い、お爺さんなのだろうか。サヤが考え込んでいると、ふと背筋に寒気が走った。

サヤの足が止まる。

遅れてカナデも立ち止まり振り返ると、口元を強く結んだサヤがカタカタと震えていた。


「サヤ?」


カナデの問い掛けにも答えず、サヤは本を抱え込む。サヤの意識は後ろに向いていた。

強烈な視線を感じる。あの女が、また私を見ている。


『幽霊が出た時、ひたすら唱えるのです』


そうだ。本を読めと、あの人は言っていた。思い出したサヤは慌てて表紙を開く。

文字が多い。思った以上に、漢字ばかりだ。

説明書ですらまともに読まないサヤには、その量が余計に焦りを煽った。


「大丈夫?サヤ、サヤ!」

「へ?」


本を読むのに必死で、カナデのことをすっかり忘れていた。そう言えばもう気配もしない。振り向けば、そこには誰もいなかった。


「なんかいたの?」

「…わかんない」


あれはサヤにしか見えない。見えていないカナデには曖昧に返事するしかなかった。


「私、すぐそこが家なんだけど。サヤ一人で帰れる?」

「え?やだやだ!一人は無理…」


サヤの家も、ここからそう遠くはない。それでも一人でいるのは怖かった。逃がさないとばかりにカナデの裾を握り締める。


「仕方ないなぁ。あとでジュースおごってね」

「うん、カナデありがとう」


帰ったら、唱えられる文字を一つでも探さなければ。

またあの文字の羅列に向き合うと思うと、サヤは気が重くなった。




サヤが帰宅してから本を開いたのは、結局就寝前だった。ベッドに寝そべり、普段ならスマホを見る時間だが、今日ばかりはそうもいかない。


「かんじざい……、きょーじん…、覚えられる気しないよぉ」


最初の文章だけで眠気を誘う。目を擦りながらそれでも読み進めていくと、見た事のある言葉を見つけた。


「あ、これなら知ってるかも。これ一つだけでもいいのかな」


いや、あの人は一節だけでもいいって言ってたし。

サヤは本を閉じ、素早くスマホに持ち替えた。


時計の針が日付を越える頃、瞼が重力に負け、スマホが手から滑る。諦めて意識を手放すその瞬間、身体に緊張が走った。

途端に手足の輪郭が曖昧になる。初めて経験する金縛りに、眠気もとうに吹き飛んだ。

部屋の扉がぎこちなく開いた音が聞こえる。顔が動かせないので、見ることは叶わない。

何かが這いずる雑音に、室内の空気が急に冷たくなった気がする。

今まで遠巻きにしか存在しなかった、あの女がとうとう来てしまった。サヤは浅く呼吸を繰り返す。


どうしよう。どうすればいい。


金縛りのせいで逃げることも隠れることも出来ない。頭の中は、見えない赤い女で埋め尽くされた。


『そうだ、お経』


唱えるだけで力を与えるって、間違えてもいいって。

サヤは覚えたばかりの一節を思い浮かべる。


『しきそくぜっくう しきそくぜっくう しきそくぜっくう』


これだけは見たことがある。それだけが、唯一覚えられた言葉だった。しかしこれが幽霊を祓うものだったか、サヤには分からない。


『もしこれで効かなかったら、本でアイツを殴る。角で眼鏡を叩き割る!』


本で店主の男に殴り掛かる自分を想像してみると何だか少し余裕が出来る気がした。夢中で唱えている内に、意識がぼやけていくように感じる。


『しきそくぜくう しきそすぜくぅ しきそく…』


だんだん頭の中で、言葉の形があやふやになっていく。終わりも分からず、サヤはひたすらお経を唱えるだけしかできなかった。


……ぜくう、ぜっくう。ゼックーマン。


ぽつりと言葉が浮かんでくる。呟くとその瞬間、閃いた音が響き、風を感じる。…気がした。


***


『そうだ!正義の味方、色即ゼックーマン!』


"白い全身に、胸には輝くZのマーク"

"色よく即座に悪を打つ!"


高らかなに謎のヒーローが宣言しながら、爽やかに部屋に入ってきた。女を蹴散らし、ポーズを決める。


「ありがとう!シキソクゼックーマン!」


サヤは顔に両手を添え大きく叫ぶ。

青い空に帰っていくヒーローを、サヤは涙しながら見送った──。



***


耳元に置かれたスマホの通知音で目が覚めた。


「…ゼックーマンってなに」


混乱してたとは言え、あまりに馬鹿げた夢を見たことにサヤは頭を抱えた。

それでも久しぶりによく寝れた気がする。今はすっきりとした気分だ。サヤは枕元に置いた、古びた本に手を伸ばす。


「殴るのはまだ先にしてあげる」


命拾いしたな。心の中で古本屋の店主に指を指す。彼が告げた期限はあと六日だ。サヤは大きく欠伸をしながらリビングへと向かう。


部屋の扉は、少しだけ空いていた。



───


カナデは一人、商店街を歩いている。古本屋に二人で相談をしてから、三日が経っていた。


「やっぱまだ早いかな…」


時折足を止めては、考え込むようにカナデが唸っていた。先程から繰り返すその動作のせいで、ほとんど前には進んでいなかった。


「道の真ん中で考え事は、あまりおすすめしませんよ」


柔らかい声にカナデが振り返れば、両手いっぱいに枯れ枝を抱えた黒川が、そこに立っていた。


「なにそれ、どうしたの店長」

「ああ、ちょっと焚き火をしようかと。なかなか集まらなくて苦労しました」


よく見れば、黒川の頭に葉っぱが一枚引っ掛かっている。不思議な出で立ちに呆気にとられてしまったが、カナデは当初の予定をハッと思い出した。


「私、ちょうど店長のところに行くつもりだったんだ」

「おや、それはちょうど良かった。サヤさんのことでしょうか?」


頷くカナデに黒川は目を細めた。


「サヤがあのお経を唱えてから、幽霊出なくなったって。まだ一週間経ってないし、報告するのはちょっと早い気がするけど」

「いえ、効果があったのなら良かったです。ふふ、サヤさんは本当に素直な子ですね」


黒川の言い方に、カナデは小さく胸がざわついた。訝しむカナデを察したのか、黒川はクスリと笑う。


「少しお話しましょうか。サヤさんには内緒でお願いします」



古本屋までの道中、枯れ枝を半分持つことになり、カナデは黒川の隣を歩く。カナデとほとんど変わらない目線の横顔を伺い見る。

昔から変わらぬ、落ち着いた顔立ち。商店街の誰もが一度は彼に世話になると、祖父も言っていたっけ。

カナデの視線に気付いたのか、ふと黒川と目が合った。


「運んでいただきありがとうございます。助かりました」


気付けば、もう古本屋の前に着いていた。

店の裏には小さな庭があり、そこに持ってきた枯れ枝を置く。


「少し待っていてください」


言われるがままカナデが縁側に腰掛けていると、戻って来た黒川が、湯呑みと一緒にカナデの隣に座った。


「それで、サヤに秘密の話ってなんなの?」

「そうですね。あの赤い日記のことですが、女の幽霊なんていないんですよ」


サヤはずっと、女が自分を見ていると怖がっていた。それに黒川だって女の幽霊だと言っていたはずだ。黒川の言葉にカナデは混乱した。


「じゃあサヤが言ってた女の幽霊はなんなの?」

「あれはお化けなんですよ」


幽霊もお化けも同じものではないのか。カナデにはその違いが分からない。

戸惑うカナデを横目に、黒川は楽しそうにお茶をすすった。


「何故赤い日記の幽霊は女なんでしょうね」

「日記を書いてた人が、女の人だからじゃないの?」

「そうでしょうか?もしかしたら乙女心を持った男性かもしれませんよ」


カナデは赤い日記を見たことはない。それでも漠然と日記の幽霊は女だと思っていた。

噂ではどうだったか。人によって詳細はちぐはぐだったことを思い出す。


「昔から幽霊は女、多くの人間がそう信じてしいます。お化けはそれを使って人を脅かすんですよ」

「じゃあ幽霊は女じゃないって思い込めばいいの?チワワとか?」

「…そう単純に人が思い込めれば、お化けもたまったもんじゃないですね」


カナデの想定しない発想に、危うくお茶を零すところだった。黒川は誤魔化すように、傍らに置いた最中に手を伸ばす。


「カナデさんはお経と聞いて、何を想像しますか?」

「え?魔除けとか、除霊…とか?」

「恐らくサヤさんもそう思ってあれを唱えたはず。ですが、あのお経に魔除けの効果はないんですよ」

「えぇ!?」


驚愕するカナデの反応に、黒川の頬は緩みっぱなしだ。黒川は湯呑みを置きながら、二人がこの先、厄介な人間に出会わないことを祈らずにはいられなかった。


「幽霊を忘れろと言われて、忘れられる人間はいません。小さな疑念一つあれば、それは彼らの力になる」


小さくカナデは息を飲む。まだ呪いは解決していないことを、ようやく理解したようだった。


「あのお経は魔除けのものではない。でもサヤさんが効くと信じればお化けに効きます。なのでこの事は、サヤさんには秘密にしていただきたいのです」


お願いしますね。と微笑む黒川に、カナデは手にした最中を口にすることが出来なかった。




日も傾き、カナデを見送った後。黒川は集めた枯れ枝に火をつけた。

菜の花が咲き乱れる河原で枯れ枝を集めるのは、想像以上に苦労させられた。

カナデには少し秘密をバラしてしまったが、それでもあの子なら大丈夫だと黒川は信じている。サヤがまた赤い影に怯えた時、きっとカナデであれば上手くサヤを支えてやれるだろう。


大きく燃え始めた焚き火に、黒川は一冊の本を投げ入れる。炎の色をした赤い表紙は燃えづらいのか、なかなか火がつかない。焦げた臭いが風に広がる。


「会長さんの初めてのお仕事は、ご近所の苦情処理かもしれませんね」


困った顔をした会長が目に浮かぶ。黒い煙は朱色の空に吸い込まれていった。


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