08 奈央と和泉さん
「私と浅野君、中学高校って同級生だったの」
勧められて、和泉さんの向かいに座る。
彼女はテーブルの上で手を組みながら、懐かしそうに目を細める。
「彼女も同じ高校だったけど……直接知ってるわけじゃなくて、『浅野君の彼女』として認識してたって感じかな。小柄で、ちょっとギャルっぽくて、でも頭も良くて……私とはタイプの違う女の子だった」
私の中の彼女が、だんだん輪郭を伴っていく。
紗枝さんの視点での映像しか知らないから、他人の客観的な話を聞くのは少し楽しい。
「事故の話は聞いた?」
和泉さんの言葉に黙って頷く。
この人も、その日を知っている人。
「ちょうど、通学路になってる大通りでの事故でね。同じ高校の生徒が何人か飲酒運転の車に撥ねられて…彼女だけが、亡くなった」
「……それでどうして…店長のせいなんですか…?」
悪いのは飲酒運転をしたドライバーで、店長だって生死の境を彷徨うほどの大怪我をした被害者で…。
和泉さんは伏し目がちに緩く首を振る。
「詳しくは分からないけど…。一緒にいたのに自分だけが助かってしまった、って状況に罪悪感は抱いてるんだと思う」
「っ……」
ぎゅっ、と締め付けられるように胸が痛くなる。
そんな想いを抱えながらこれから先生きていくのは、一体どれだけ苦しいのだろう。
「和泉さんは、その頃からずっと店長のこと好きなんですか?」
「…ううん、大人になって再会してから。仕事への取り組み方と、……チャラチャラしてるように見えても内面は真っ直ぐで一途なところに惹かれたんだけど…」
はぁーと大きく息を吐き出して、和泉さんは背筋を伸ばすように大きく伸びをした。
空気を変えるように、困ったように笑う。
「驕りもあったかもね」
「驕り…」
「彼の過去も知ってる私なら、彼女に対する気持ちもまとめて全部受け止められるから、その辺の軽い女の子とは違う……って、傲慢さ。
あとは、だから私を選ぶべきって押し付け…かな」
少しだけ間を置いて、全部見透かされてたみたいだけど、と和泉さんは付け足した。
「大丈夫。明日からはまたいつも通りだから」
「え……」
「大人だからね、私も、彼も。」
心配しないで、と店から送り出される。
電車大丈夫?と問いかけられて我に返って、慌てて駅まで走った。
***
終電間際の電車に揺られて、ひとり。
もう間違いないんだと思えてしまう。
だって私は、その時の記憶を持っている当事者なのだから。
悲鳴も、痛みも、風景も、温度も、全部知っている。
それでも。
今の彼にあなたがどんな言葉をかけるのか、私には分からない。
どんな気持ちでいるのか、私には分からない。
“他人の記憶”という同じビデオを繰り返し見ているだけだ。
その映像より先の未来にあなたがいないことは、私が誰より知っている。
紗枝さんは、どうしたいんだろう。
彼女の代わりに、私は何か出来るんだろうか。
そんなこと、望む人だろうか。
「大人ってすごいなぁ…」
いろんな気持ちに折り合いをつけながら、心を殺して生きていく。
いつか、私もそうなるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、私は流れる窓の外を眺めていた。




