07 店長と和泉さん
「帰りコンビニ寄っていい?」
ん、良いよ。何買うの?
「新発売のお菓子。紗枝もなんか買う?」
じゃあ肉まんにしよっかな。
たいちゃんと半分こ。
「……夢…」
目覚ましのアラートを止めながら、ゆっくりと目を開けて呟いた。
制服だったな、とぼんやりと思う。
店長に送って貰った翌日から、熱を出した私はバイトを休んだ。
病院の診断結果は「インフルエンザ」。
強制的に学校もバイトも行けなくなり、今日は約1週間ぶりの稼働日だ。
店長と顔を合わせるのが一方的にちょっと気まずかったので、間が空いたのは少し有り難かったりもする。
始業式から休む羽目になりクラスメイトには心配され、バイト先では突然のお休みで迷惑を掛けたことを平謝りする。
「インフルエンザなら仕方ないよ〜」と皆さんあたたかく受け入れてくれた。
「今日は店長お休みなんですね」
個人的には腹くくってきた気分なんだけど、ちょっと拍子抜け。
軽薄そうなビジュアルに反して実際は仕事の鬼みたいな人なので、金曜日のディナータイムにいないなんて珍しい。
「用事があるとかで地元に帰ってるんだってさ」
佐々木さんが教えてくれる。
「俺じゃホール回すの頼りない?」
「そんなことないですよ〜。ただほら、常連のマダムたちは残念がるなと思って」
毎月、第二金曜日にディナーにくるマダム集団。
どうやら店長目当てに足蹴く通ってくださっているらしい。
「あー……それは……うん、俺の顔面と愛嬌で許してもらうしか…」
「邪険にされるだけだから店長と同じ土俵に上がらない方がいいわよ」
「里香さん酷くない!?」
「あはははっ」
「奈央ちゃん爆笑!?」
愉快なバイト先である。
私はここが大好きだ。
***
22時までのバイトを終えて、駅へ向かう。
マダムたちはやっぱりちょっと残念そうで、いつもよりも早く解散して行った。
駅について改札を通ろうとしたところで、バッグの中に定期の入ったパスケースがないことに気がついた。
「ルーチェの更衣室に、落としてきた…?」
呟いて、盛大にため息を吐き出す。
一番可能性が高い気がする。
早くしないといつもの電車来ちゃうな…。
足早にもと来た道を引き返す。
10分ほどで到着して裏口からまだぼんやり灯りのついた店内に入ると、誰かが店舗で話をしている気配がした。
「和泉さんと……店長?」
なんだか和気あいあいとした雰囲気とは程遠く、なんとなく中に入るのを躊躇してしまう。
「気持ちは有り難いけど、俺は誰ともそういうつもりないんだ」
「じゃあ、いつまでそうやって引き摺ってるの?もう15年以上近く経つのに、いつまで…」
「あいつは俺のせいで死んだ」
冷たく鋭い声だった。
いつもの店長とは全く違うそのトーンに、びっくりして反射的に身体が竦む。
同じように何も言えなくなった和泉さんに、店長はそのまま続ける。
「時間が経ったから?それを忘れて、時間が止まったあいつを置いて、1人で、恋愛して結婚して家庭持って幸せになれって言ってんの?和泉は」
「違っ…私は…」
「和泉との距離は、今が一番いい」
突き放して、打ち切って。
今にも裏口に向かって歩いてきそうな店長の様子に、慌てて電気もついていない女子更衣室に逃げ込んだ。
足音と、扉の開閉音がして、静かになる。
それでも数分待って、そっと電気をつけてパスケースを回収する。
そのまま何事もなかったかのように帰る……が出来なくて、結局店舗側へと顔を出してしまった。
放心したように、和泉さんがぼんやりと椅子に座っている。
「奈央ちゃん…どうしたの?」
「忘れ物しちゃって。……さっきの店長との話…聞いちゃって…」
「ああ……びっくりしたでしょ」
自嘲するように、和泉さんは微笑んだ。
「フラれちゃった。」
やっぱり、亡くなった人に勝つのは難しいよ。
小さく呟いたその言葉に、胸がざわつく。
ああ、止めようって思ったのに。
「……和泉さんって、その人と、知り合いなんですか?」
気がついたときには、そう口走っていた。




