13 浅野 太一
既にぬるくなってしまったコーヒーを口に運ぶ。
ホームの外灯に照らされる白い雪を見ながら、ぼんやりと暗い空を仰ぐ。
乗るべき電車はまだこない。
あの日の最後の記憶は、ブレーキ音と、びっくりするくらい強い力で彼女に突き飛ばされたこと。
次に目が覚めた時には、見知らぬ天井が見えていた。
定期的なリズムの機械音。
意志とは関係なく、指先ひとつ動かせない身体。
乾いて張り付いた喉に、一言も発せない声。
交通事故に遭ったこと。
あの日から、目を覚ますまでに2週間近く経っていたこと。
肋骨と足の骨が折れて、頭を打って。
全身を管に繋がれて、漸く命を保っているような状態だったこと。
――紗枝ひとりだけが死んだのを知ったのは、それから更に少ししてからだった。
気がついたときには、全てが終わっていた。
センター試験はおろか、――彼女の葬儀も。
あまりにも、現実味がなさすぎて。
涙すら出なかった。
謝罪も別れも言えないまま。
やっと動けるようになった頃には、彼女は小さくて真っ白な骨と灰になって、写真の中で笑っているだけになった。
そうして俺は、よくわからないまま
紗枝のいない世界にひとりになった。
あの日、忘れ物さえしなければ。
コンビニに寄ろうなんて言わなければ。
ただ、彼女との並びが逆だっただけでも、結果は違ったかも知れない。
浪人からの大学受験などする気にもならず、そのまま流されるように大人になって、就職して。
紗枝のあとも何人かの女の子と付き合ったけれど、結局長続きしなかった。
俺のせいで紗枝は死んだ。
でも、俺が後を追ったらそれこそ、彼女が死んだ意味がわからなくなる。
だから今も「恋人を作らない理由」を笑顔で語る。
表向きは、高校時代のただの未練がましい失恋。
実際は、ぽっかりと心に穴が空いたまま。
いっそのこと、あのとき本当に心臓に穴でも開けてくれればこんな思いはしなかったのだろうかと、そんなことすら考える。
だから、伊藤さんがバイトの面接にきたときには驚いた。
見た目も雰囲気も違うのに、ふとした仕草やものの考え方が今までの誰よりよく似ていて。
「あんまり高校生採用しないのに珍しいね」なんて和泉に言われながら、一緒に仕事をするようになった。
彼女に恋をしているわけじゃない。
彼女に紗枝を重ねているつもりもない。
それでもただ、空いた穴を埋めてくれるような
そんな感覚に酔っていたかった。
「紗枝の記憶……ね」
完全に信じたわけじゃない。
それでも、嘘やでまかせだと思えないほどには、彼女の話には事実が多すぎた。
最後まで他人を思いやるような女の子だったのは、誰よりも知っている。
ずきずきと、胸の奥が痛む。
彼女に指摘されたことが痛いのか、あの日の傷跡が痛いのか。
「…寒いな」
冷たい風が頬を打つ。
そうだね、と身体を寄せて笑ってくれる彼女はもういない。
「――……っ…」
彼女を想って泣いたのはいつぶりだろうかと、頬が濡れる感覚にそんなことを思った。




