11 奈央と店長 4
和泉さんの言葉通り、ルーチェはいつもと何も変わらなかった。
店長も、和泉さんも。
当たり前に仕事をして、当たり前に言葉を交わす。
「大人はやっぱりすごいな」と思う半面、やはり私は彼らと同じ歩調では歩けないのだと突きつけられる。
私には、痛みを隠して笑っているのはやっぱり無理だ。
***
「雪降ってきましたね」
なんだか外が暗くなってきたな。
土曜のランチ営業を終え、しばしのアイドルタイム。
遅めの昼食を終えて店内から外を見ると、しんしんと雪が降っていた。
既に歩道もうっすらと白くなってきている。
「はぁー……しゃーない、佐々木くん。雪かき」
「うっす」
店長と佐々木さんの男性組が溜息をつきつつ、それぞれスコップを持って店の外へと出ていく。
降り方にあまり勢いはないけれど、すぐに止みそうな様子もない。
帰る頃には積もってるかもな、とほんの少し憂鬱になった。
***
「うわ、真っ白」
店の外に出て思わず呟く。
店長と佐々木さんの努力も虚しく、夜には舗装が見えないほどの雪が積もっていた。
既に降り止んではいたけれど、この地域でこれだけの大雪は珍しい。あまりの降雪量にオーナー直々に「危ないから。早く閉めて帰ること!」とお達しが出たほどだ。
さすがに客足もほとんどなく、普段は22時LOのルーチェも、今日は20時LO、21時閉店の早仕舞いだった。
「伊藤さん、駅まで行くなら一緒させて」
「今日は車じゃないんですか?」
「いやー、さすがに今日は置いてくわ」
苦笑しながら、店長は私の隣に並ぶ。
雪の日の運転怖いしねー、と何気なく呟く店長。
雪道を、この人と並んで歩くという事実に、心臓がぎゅっと掴まれたような気分だった。
「そういえば、伊藤さんも冬嫌いなんだっけ」
「あ……そうですね」
駅までの道のりの、15分程度の雑談。通行人に踏まれて解けた雪が、歩く度に靴を濡らす。
寒いし、と有り体なことをいうと店長はおかしそうに笑った。
「じゃあ夏は?」
「暑いから嫌いです」
「ははっ、素直で面白いな」
何のツボにハマったのか、目尻に浮かぶ涙を拭ってさえいた。
見上げる私が不服そうなのが伝わったのか、尚目元をこすりながら、「ごめんごめん」と軽く謝られる。
「ちょっと、言うことが昔の彼女に似ててさ」
「……。」
「――この間の金曜、命日だったんだよね」
「え……」
「地元帰って墓参り行って感傷に浸ったせいか、ちょっと懐かしくて」
ごめんね、と苦笑しながら店長はふと遠くへ視線を向けた。誰かを探すような、そんな雰囲気で。
「……代わりを探してるわけじゃないはずなのに、どうしても無意識に重ねる癖がついててさ。
ここは似てるとか、彼女はそんなこと言わないとか…。彼女にも、相手の女の子にも申し訳なくて、恋愛とか止めたんだ」
いるはずないのにね、おんなじ子なんて。
自嘲するように言って、何も知らない店長は私に向かって笑う。
なんて返せばいいのか、私には分からなかった。
***
駅について、一緒に改札を抜ける。
「じゃあ、またバイト先で」と店長は隣のホームへと続く階段を降りていく。
「……っ…」
その後ろ姿に――ここで別れたら、だめだと思った。
神様お願い、の続き。
「たいちゃんは、まだ連れて行っちゃいやだ」
あの願いはきっと、伝えなきゃだめだ。
そうじゃなきゃこの人はずっと、紗枝さんと一緒に、死んだみたいに生きていく。
「店長!」
ホームの階段を降りていく彼の背中を慌てて呼び止める。
雪の影響で、電車の遅延を知らせる放送が、ホームに響き渡っていた。
「三上、紗枝さんのこと」
ゆっくりと、店長の足が止まる。
こちらを振り返る。
そこにいるのは、これまでの軽くて余裕のある、大人の店長ではなかった。
紗枝さんに「たいちゃん」と呼ばれて笑っていたあの人が、戸惑ったような、驚いたような顔をしてそこにいた。
「どうしても、聞いてほしいことがあります」
今の店長に、私はどんなふうに見えてるんだろう。




