10 奈央と紗枝さん 2
昇降口の外を見ると、雪が降っていた。
さむ…と呟きながら、マフラーをきつめに巻き直す。
忘れ物をした、と彼が教室に取りに戻ってから5分ほど経っただろうか。
3階の一番隅だからなぁと思いながら靴箱からローファーを取り出す。
スニーカーにすれば良かったかな。
「紗枝ごめん、お待たせ」
ほんの少し息を弾ませながら階段を降りてきた彼にちょっとだけ頬が緩む。
さらさらの黒髪と、すっと伸びた背丈。
謝る時に、困ったように笑う顔が大好きだ。
「財布あった?」
「すいません、机にありました」
言いながら手に持っていたちょっとくたびれた財布を見せてくる。
あげたの、一昨年のクリスマスだっけ。
もうそんなに経つんだなぁと不思議な気分だ。
「帰りコンビニ寄っていい?」
「ん、良いよ。何買うの?」
「新発売のお菓子。紗枝もなんか買う?」
「じゃあ肉まんにしよっかな。たいちゃんと半分こ。」
ピンクの折り畳み傘を出して、2人で入る。
たいちゃん持ってね、と言うと彼は「はいはい」と言いながら受け取った。
小さいし狭いし、結局2人とも収まりきらずに濡れるのだけれど、その距離すら愛おしい。
「今度さぁ、お参り行こうよ」
「初詣?行ったじゃん」
「じゃなくて、合格祈願。ちょっと有名なとこ」
「いいけど、紗枝は出かけたいだけでしょ」
「いいじゃん〜受験勉強の息抜き!ね!」
「はいはい、調べとくよ」
根負けしたような彼に笑う。
どれだけ経っても優しくて甘くて、そんな彼が大好きだ。
大通りの交差点。
同じ高校の生徒が何人も行き交う通り。
歩行者信号は青だった。
左折してきた猛スピードの黒い車が見える。
耳障りなブレーキ音が響く。
どこかで悲鳴が聞こえる。
反射的に、隣にいた太一を突き飛ばした。
あ。と思った瞬間には、
――痛い、熱い、寒い。
視界が、白くて、赤くて――。
誰かが必死に私を呼んでいる。
白い服、救急隊の人だろうか。
分かるのに声が出ない。
視界の端に、ピンクの傘が見えた。
たいちゃん。
たいちゃん、たいちゃん、たいちゃん――
神様お願いだから
「――あたま、痛いなぁ……」
朝だった。
布団に寝転がったまま、寝起きから、そんなことを呟く。
泣き過ぎた後みたいな頭の痛さだ。
ここまで鮮明に見た夢は、初めてだ。
身体中痛い気がするし、何より感情が追いつかない。
「どうしたもんかな……」
彼女の記憶に引っ張られているのは明白で、それが実在する彼女の残像に触れてしまったせいだというのもわかっている。
……いっそのこと、バイトを辞めて距離をおく?
「……それは、嫌だなぁ」
伊藤奈央が、三上紗枝に飲み込まれていく感覚。
私が私でなくなる感覚。
「紗枝さんの、お願い……か」
私が、出来ること。
「……いや…これ以上、関わっていいのかな私…」
どうしたって彼女は戻ってこない。
彼の罪悪感も、きっと消えない。
これは誰のためでもない、
私の自己満足であり自己救済だ。
それでも、私は――




