01 奈央と紗枝さん
「私には前世の記憶がある」
この一文を読んであなたが想像するのは、異世界転生?
それとも、死に戻りの悪役令嬢だろうか。
貴族のような世界に、モンスターや魔法が当たり前に存在するような、そんなイメージ?
残念ながら、私はそんなんじゃなかった。
前世も、今世も、日本のどこにでもいる女子高生。
魔法は存在しないし、モンスターの語尾には「ペアレンツ」とか「クレーマー」とか、そんな和製造語が蔓延る現代社会に生きる16歳。
ただ、私とは全く違う「三上 紗枝」という女の子の一生分の記憶が、物心ついた頃から、私「伊藤奈央」の脳内で、ビデオのようにエンドレスリピートされている、というだけである。
物語だと、生まれついた瞬間から前世の記憶があって、神童として育つ……なんて展開も有りがちだ。
けれど、実際はそんなに都合の良いものではなかった。
だってそもそも、その年齢に見合った身体発達しかしないのだ。
いくらオリンピック選手の映像を繰り返し見て、その動きを完璧にトレースしようとしたところで、小学生に成人と同じ記録が出せるわけもない。
勉強も、記憶はあってもそれを活かせるだけの経験がまだ追いついていない。
幼稚園の時から、✕という記号がどうやら掛け算という計算の仕方を表して、だからどういう答えになるのか…は呪文のように答えられた。
けれど、じゃあ状況から算式を立てなさいと言われると途端に戸惑う、同い年の子より少しだけ頭が良い程度のありふれた小学生に成長した。
私が生まれる前に放送されたアニメの主題歌を熱唱して親に驚かれたり、デジタルネイティブな小学生ながらガラケーを見て「懐かしい!」と声を上げて同級生に訝しがられたり、そんな感じ。
極めつけは、うっかり「だって紗枝ちゃんは〜」と口にして大いに不審がられたこと。
両親が慌てて娘に話を聞けば、「紗枝ちゃん」は同級生ではなく随分年上の女の子で。
彼らの見知らぬ存在に、こっそり私に接触する不審者でもいるのかと両親は酷く心配したらしい。
いろいろな専門機関も連れ回され、最終的には「イマジナリーフレンド」ということで落ち着いたらしいけれど、この一件で私は
「どうやら普通の人は自分以外の記憶なんて持っていないらしい」
ということを小学生にして知った。
そしてどうやらその記憶が「確実に存在した三上紗枝という女の子」で、「私の前世」らしいと察したのは、中学3年生。
ある高校の入試の過去問を解いたときだった。
これ、前にもやったじゃん。
当たり前のようにそう思って、答えを書いて、気が付いた。
「前」ってなんだ。
(さえちゃん、あの問題出来た?)
(んー、多分?)
(紗枝は理系だもんね〜)
頭の中を流れる、この会話はなんだ。
出典を確認すれば、それは遥か昔、18年も前のとある私立高校のものだった。
なんで先生はこんな昔の過去問引っ張り出してきたんだ、と思う一方で、その18年という月日に心臓が大きく跳ね上がる。
(紗枝さんが、受けた年の問題じゃん…)
遥か昔の、実在する問題を、解いた記憶。
それは、三上紗枝が私の想像上の女の子ではなく、実際にいたという証明ではないのか。
名前。
年齢。
高校名。
これまではやみくもに名前だけを検索して確信できなかった情報も、それだけ絞り込めば手掛かりを掴むこともそれほど難しくなかった。
そして思いの外すぐに、「三上紗枝」という女の子の存在を、認識することになる。
「……飲酒運転による、死亡事故」
被害者は、18歳の高校3年生。
彼女の名前は、三上紗枝。




