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エピローグ


 一ヶ月後。



 アルディスは、訓練場くんれんじょうにいた。


 若手わかての冒険者たちが、訓練にはげんでいる。


 剣を振る者、魔法を練習する者。


 その中に、見覚えのある顔があった。


「アルディスさん!」


 声をかけてきたのは、アーロンだった。


 かつてのライバル。


 今は、弓を学びたいと言ってくる若手。


「おう、頑張がんばってるな」


 アルディスが答える。


「はい! 毎日、練習してます」


 アーロンの表情が、真剣になった。


「あの、もしよければ」


「俺に、もっと弓を教えてくれませんか?」


 アルディスは、少し考えた。


 誰かに弓を教える。


 蒼太そうたにしたように。


 でも、蒼太とは違う。


 アーロンは、この世界の人間だ。


 いなくならない。


「……いいぜ」


 アルディスが答えた。


「毎週、三日。ここで練習しよう」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 アーロンが、うれしそうに頭を下げる。


 その姿が、どこか蒼太と重なった。



 訓練を終えて、部屋に戻った。


 郵便ゆうびん受けに、手紙が入っていた。


 差出人は、ドラン。


 元パーティの僧侶そうりょ


 今は、小さな教会で神父をしている。


 手紙を開く。


「アルディスへ。


 久しぶりだな。元気でやっているか?


 蒼太君のこと、リナさんから聞いた。


 くわしいことは聞かなかったけど、大変だったんだろうな。


 俺の教会は、いつでも開いている。


 話したくなったら、いつでも来い。


 みんな、お前のことを心配している。


 ヴォルフもエリカも、お前に会いたがっていた。


 落ち着いたら、顔を見せてくれ。


 待っている。


 ドラン」


 アルディスは、手紙を読み終えて、微笑ほほえんだ。


「……そのうち、行くよ」



 矢筒やづつを確認する。


 魔力まりょくの矢筒。


 光の矢を無限むげんに生成できる、エルフの秘宝ひほう


 でも、その中に。


 一本だけ、実物の矢がある。


 蒼太が使っていた短剣たんけん加工かこうして作った矢。


 鍛冶屋かじやに頼んで、特別に作ってもらった。


 の部分をやじりにして、つか矢柄やがらにした。


 蒼太の形見かたみ


「これだけは、使わないでおこう」


 アルディスがつぶやく。


 お守りとして、持ち歩こう。


 蒼太が、いつもそばにいるように。



 翌日。


 アルディスは、街の外へ向かった。


 新しいクエストを受けていた。


 未踏みとうの森の調査。


 レベル七十以上推奨すいしょう高難度こうなんどクエスト。


 でも、おそれはなかった。



 東門を出る。


 草原を歩く。


 やがて、深い森が見えてきた。


 未踏の森。


 新しい冒険の始まり。


 アルディスは、立ち止まった。


 空を見上げる。


 青い空。


 白い雲。


 あいつがいなくても、俺にはやることがある。


 あいつと過ごした日々が、俺を強くした。


 だから、歩ける。


 どこまでも。


「行ってくる」


 誰に言うでもなく、呟いた。


 でも、心の中では。


 蒼太に向けて言っていた。



 アルディスは、森へ向かって歩き始めた。


 その背中は、力強かった。


 かつての空虚くうきょさは、もうない。


 晴れやかで、前を向いている。


 矢筒の中で、蒼太の矢が静かに光っている。


 まるで、見守っているかのように。


 新たな冒険が、始まる。



 同じ頃。


 蒼太は、日本にいた。



 光の中から出てきた時、そこは神社の境内けいだいだった。


 転移した、あの夜と同じ場所。


 雪が降っている。


 白い世界。


 周囲を見回す。


 見慣れた景色。


 日本だ。


「……戻ってきた」


 蒼太が呟いた。



 ポケットの中で、何かが振動しんどうした。


 スマホだ。


 電源が入っている。


 日付を確認する。


 驚いた。


 転移した日の、翌日だった。


 向こうでは一年経ったのに。


 こっちでは、一日しか経っていない。


「……そうか」


 時間の流れが違うのか。


 なら、まだ間に合う。


 母さんの墓参りも、父さんとの話も。


 やり直せる。



 蒼太は、墓地ぼちへ向かった。


 母親の墓。


 白い墓石はかいし


 雪が積もっている。


 蒼太は、墓の前に立った。


「母さん」


 声がふるえる。


「ただいま」


 なみだが、ほおを伝う。


「俺……帰ってきたよ」


 ひざをつく。


 墓石に手を触れる。


 冷たい。


 でも、どこか温かい気がした。



「すごい人に、会ったんだ」


 蒼太が話し始める。


「母さんみたいに、優しい人だった」


「俺を拾ってくれて」


「育ててくれて」


「生きる意味を、教えてくれた」


 涙が止まらない。


「母さんが教えてくれたこと」


「あの人も、同じように教えてくれたんだ」


「逃げちゃダメだって」


「前を向いて歩けって」


「だから俺、これから頑張る」


「あの人にじないように」


「母さんにも、恥じないように」


 蒼太は、しばらく墓の前にいた。


 泣いて、笑って、また泣いて。


 やがて、立ち上がった。



 神社の境内を歩く。


 雪が止み始めていた。


 東の空から、朝日が差している。


 蒼太は、空を見上げた。


 青い空。


 その向こうに、あの世界があるのかもしれない。


 アルディスさんは、元気だろうか。


 また、会えるだろうか。


「いつか、絶対」


 蒼太が呟く。


 エトワールは言っていた。


「お前たちの物語は、まだ終わっていない」


 なら、きっと。


 また会える日が来る。



 境内を出ようとした時。


 ふと、目に入ったものがあった。


 近くの高校の弓道場きゅうどうじょう


 弓を引く生徒たちの姿。


 朝練あされんだろうか。


 蒼太は、足を止めた。


 弓道。


 アルディスさんと同じ、弓。


「……やってみようかな」


 小さく呟いた。


 アルディスさんのことを、思い出せるから。


 あの人が教えてくれたことを、忘れないように。



 空を見上げる。


 桜の木がある。


 つぼみが、ふくらみ始めている。


 春が、もうすぐそこまで来ている。



 同じ瞬間。


 異世界では、アルディスも空を見上げていた。


 森の入り口で、一度立ち止まる。


 空を見上げる。


 雪解ゆきどけの花が、咲き始めている。


 春が近い。


 世界は違っても、季節はめぐる。


 時は流れる。


 でも、心はつながっている。


 二人は、同じ空の下で。


 それぞれの道を歩き始めていた。



 蒼太は、家へ向かって歩き出した。


 その背中には、もう迷いがない。


 逃げない。


 向き合う。


 父さんとも、話してみよう。


 学校のことも、考えよう。


 一歩ずつ。


 アルディスさんが教えてくれたように。


 自分の道を、歩いていく。



 家の前に着いた。


 見慣れた玄関げんかん


 一年ぶり。


 いや、こっちでは一日しか経っていない。


 父さんは、中にいるだろうか。


 深呼吸をする。


 ドアノブに手をかける。


 逃げない。


 アルディスさんとの約束だから。


「ただいま」


 小さく呟いて、ドアを開けた。



 アルディスは、森の中を歩いていた。


 月影つきかげの弓を構え、周囲を警戒けいかいする。


 どこかで、魔物の気配がする。


 でも、恐れはない。


 蒼太と過ごした日々が、俺の中にある。


 あいつの笑顔が、俺の中にある。


 だから、進める。


 どこまでも。



 二つの世界で。


 二人は、歩き続けていた。


 別れても、繋がっている。


 心の中で、永遠えいえんに。


 それが、二人のきずな


 誰にもこわせない、絆。



 蒼太の物語は、ここから始まる。


 アルディスの物語も、ここから始まる。


 別々の道。


 でも、いつかまじわる日が来るかもしれない。


 その日を信じて。


 二人は、前を向いて歩いていく。


 春は、もうすぐそこまで来ている。




                              ── 完 ──

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