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第二十九話


 雪山を、一人で下りていく。


 足跡あしあとが、一つだけ。


 いつもなら、隣に蒼太そうたがいた。


 「寒いですね、アルディスさん」


 そう言って、白い息をきながら歩いていた。


 「あれ見てください、雪うさぎですよ」


 そう言って、うれしそうに指差していた。


 でも、今は。


 誰もいない。


 声も聞こえない。


 足音は、自分のものだけ。



 アルディスは、黙々《もくもく》と歩いた。


 振り返っても、もう遺跡いせきは見えない。


 蒼太は、本当にいなくなったのだ。


 日本という国に、帰ったのだ。


 もう、会えないかもしれない。


 その現実が、胸をめ付ける。


 でも、歩く。


 立ち止まったら、動けなくなりそうだから。



 三日かけて、山を下りた。


 途中で魔物まものに何度か遭遇そうぐうしたが、問題なく倒せた。


 レベルは63。


 この程度の魔物なら、一人でも十分だ。


 でも、戦っている間は気がまぎれた。


 戦っている間だけは、蒼太のことを考えずにすんだ。



 やがて、見慣れた街が見えてきた。


 リンデンの街。


 蒼太と一年間過ごした街。


 でも、今日からは一人だ。


 街門をくぐる。


 見慣れた街並み。


 活気のある通り。


 でも、何かが違う。


 アルディスは、立ち止まった。


 何が違うのか。


 すぐにわかった。


 蒼太がいない。


 隣に、あの子がいない。


 それだけで、街がこんなにも違って見える。



 ギルドの前を通る。


 中から、リナの声が聞こえる。


 「いらっしゃいませ!」


 明るい声。


 いつもの声。


 でも、アルディスは中に入れなかった。


 蒼太のことを聞かれたら、なんて答えればいいのかわからない。


 「遠くに行った」


 そう言うしかない。


 でも、今はまだ、それを言う気力がなかった。


 アルディスは、足早にギルドを通り過ぎた。



 だまり荘に着いた。


 二百三号室。


 一年間、蒼太と暮らした部屋。


 ドアを開ける。


 中は、静かだった。


 蒼太の荷物は、出発前に全部片付けてしまった。


 何も残っていない。


 でも。


 部屋には、まだ蒼太の気配けはいが残っている。


 石鹸せっけんにおい。


 蒼太が使っていた、あの匂い。


 アルディスは、ベッドに倒れ込んだ。



「……帰ってこないんだな」


 天井てんじょうを見つめながら、つぶやいた。


 わかっていた。


 わかっていたけど。


 言葉にすると、胸が痛んだ。


 もう、「おかえりなさい」と言ってくれる人はいない。


 もう、「おやすみなさい」と言ってくれる人はいない。


 もう、一人だ。



 三日間、部屋から出なかった。


 食事も、ほとんどらなかった。


 ただ、ベッドに横になって。


 天井を見つめていた。


 かつての解散直後と同じだ。


 あの時も、こうして引きこもっていた。


 パーティを解散した後。


 何もする気が起きなくて。


 ただ、むなしさに沈んでいた。



 でも、今は違う。


 あの時は、空虚くうきょだった。


 何もない。


 誰もいない。


 ただ、虚しいだけだった。


 でも、今は。


 さびしい。


 とても寂しい。


 でも、心のどこかに。


 温かさがある。


 蒼太と過ごした日々が。


 まだ、ここにある。


 消えていない。


 胸の中で、温かくともっている。



 三日目の朝。


 アルディスは、窓辺まどべに立っていた。


 外を見つめる。


 朝日がのぼっている。


 街が、光に包まれていく。


 いつもの朝。


 でも、蒼太はいない。



 アルディスの視線が、部屋のすみに向いた。


 月影つきかげの弓が、立てかけてある。


 エルフの長老ちょうろうからさずかった弓。


 蒼太と一緒に戦った弓。


 アルディスは、弓を手に取った。


 しっくりくる。


 この一年間で、体の一部のようになった。



「お前が教えてくれたんだよな」


 誰に言うでもなく、呟く。


 蒼太に向けて。


 もうここにはいない、蒼太に。


「俺の本当の才能を」


「俺の本当の道を」


 弓を構えてみる。


 窓から差し込む光が、弓に反射はんしゃする。


 美しい銀色の輝き。


「……ありがとう、ソウタ」


 なみだが、一筋流れた。


 でも、笑顔だった。


 泣きながら、笑っていた。



 アルディスは、弓を握りしめた。


 蒼太はいなくなった。


 でも、蒼太が教えてくれたものは、ここにある。


 弓という武器。


 弓聖ゆみせいという道。


 それは、蒼太がくれた贈り物だ。


 この贈り物を、無駄むだにしてはいけない。


 前を向いて、歩かなければ。



 アルディスは、決意した。


 このまま引きこもっていても、何も変わらない。


 蒼太は、日本で頑張がんばっているはずだ。


 母さんの墓参りに行くと言っていた。


 父親と向き合うと言っていた。


 学校にも行くと言っていた。


 逃げずに、前を向くと言っていた。


 なら、自分も。


 前を向かなければ。



 アルディスは、弓を背負った。


 矢筒やづつを腰に装着そうちゃくする。


 その中に、一本だけ特別な矢がある。


 蒼太の短剣たんけん加工かこうして作った矢。


 蒼太が帰る直前、鍛冶屋かじやに頼んで作ってもらった。


 形見かたみとして。


「これだけは、使わないでおこう」


 アルディスが呟く。


 お守りとして、持ち歩こう。


 蒼太が、いつもそばにいるように。



 部屋を出る。


 久しぶりの外の空気。


 冷たいけど、心地ここちいい。


 アルディスは、深呼吸をした。


「さて、次は何をしようか」


 誰に言うでもなく、呟いた。


 でも、心の中では。


 蒼太に向けて言っていた。



 空を見上げる。


 青い空。


 白い雲。


 どこかで、蒼太が同じ空を見上げているかもしれない。


 世界は違っても、空はつながっている。


 そう信じたかった。


「また会おう」


 小さく呟く。


「絶対に」


 アルディスは、歩き出した。


 ギルドへ向かって。


 新しい冒険へ向かって。


 蒼太のいない冒険。


 でも、蒼太が教えてくれた道を、歩いていく。


 それが、俺にできる恩返おんがえしだから。



 通りを歩いていると、見知った顔に出会った。


 ダグラス。


 武器屋の店主。


 何度も世話になった人だ。


「おう、アルディス! 久しぶりだな!」


 ダグラスが声をかけてくる。


「ああ、久しぶり」


坊主ぼうずは? 一緒じゃないのか?」


 その言葉が、胸に刺さった。


 でも、逃げない。


「……遠くに行った」


「そうか」


 ダグラスは、それ以上聞かなかった。


 さっしてくれたのだろう。


「まあ、元気出せ。お前にはやることがあるだろ」


「……ああ。そうだな」


 アルディスは、小さく笑った。



 ギルドに着いた。


 ドアを開ける。


 中は、いつもの喧騒けんそう


 冒険者たちが、クエストの話をしている。


 カウンターには、リナがいる。


「あ……!」


 リナが、アルディスに気づいた。


「アルディスさん! 久しぶり……」


 その声が、少し沈む。


「蒼太君は?」


 聞かれると思っていた。


「……遠くに行った」


「……そっか」


 リナは、それ以上聞かなかった。


 目が、少しうるんでいる。


 蒼太のことを、リナも可愛かわいがってくれていた。



「じゃあ、今日はどうします?」


 リナが、いつもの笑顔に戻る。


 プロとして、切り替えてくれた。


「クエストを探しに来た」


「どんなのがいいですか?」


 アルディスは、掲示板けいじばんを見た。


 様々なクエストがり出されている。


 その中に、一つ目を引くものがあった。


未踏みとうの森、レベル七十以上推奨すいしょう


 難易度の高いクエスト。


 一人で行くには危険だ。


 でも。


「これにする」


「え? 一人で?」


 リナが驚く。


「危険ですよ、アルディスさん」


 アルディスが、月影の弓を見せた。


「大丈夫。俺には、これがある」


 リナが、少し考えてから言った。


「……頑張ってください」


「ああ」



 ギルドを出る。


 街の外へ向かう。


 東門の向こうに、未踏の森がある。


 レベル七十以上推奨の危険地帯。


 でも、おそれはなかった。


 蒼太と過ごした日々が、俺を強くした。


 あいつがいなくても、俺にはやることがある。


 前を向いて、歩くだけだ。



 東門を出る。


 草原が広がっている。


 その向こうに、深い森が見える。


 未踏の森。


 新しい冒険の始まり。


「行ってくる」


 誰に言うでもなく、呟いた。


 でも、心の中では。


 蒼太に向けて言っていた。



 アルディスは、森へ向かって歩き始めた。


 その背中は、力強かった。


 かつての空虚さは、もうない。


 晴れやかで、前を向いている。


 矢筒の中で、蒼太の矢が静かに光っている。


 まるで、見守っているかのように。


 新しい冒険が、始まる。


 これが、アルディスの新しい道。


 蒼太が見つけてくれた道を、歩いていく。


 いつか、また会える日を信じて。


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