第二十五話
朝。
二人は、目を覚ました。
昨夜は、朝まで語り合った。
思い出を。
これまでの日々を。
だから、ほとんど眠れていない。
でも、不思議と疲れはなかった。
アルディスが、最後の朝食を作った。
いつものシチュー。
温かい湯気が、立ち上る。
蒼太が、それを口にした。
「……美味しいです」
いつもの言葉。
でも、今日の意味は違う。
「これが、最後かもしれないですね」
蒼太の声が、少し震える。
「アルディスさんのシチュー」
アルディスは、何も言えなかった。
ただ、蒼太の頭を撫でた。
言葉より、行動で伝えたかった。
食事を終え、荷物をまとめる。
今日使う分だけ残して、片付ける。
「行くか」
アルディスが言う。
「はい」
蒼太が頷く。
二人は、遺跡へと向かった。
遺跡の入り口。
巨大な石造りの門。
古代文字が刻まれている。
その奥に、長い通路が続いている。
「緊張します」
蒼太が呟いた。
「大丈夫だ。俺がいる」
アルディスが答える。
蒼太が、小さく笑った。
「……はい」
二人は、遺跡の中へ入っていった。
通路は、薄暗かった。
でも、壁に刻まれた文字が、淡く光っている。
古代の魔力が、まだ残っている証拠だ。
足音が、静かに響く。
二人の足音だけ。
他には、何も聞こえない。
蒼太は、アルディスの隣を歩いた。
離れないように。
この人と一緒にいられる時間は、もう少ししかない。
だから、一秒でも長く、そばにいたかった。
通路を進んでいくと、壁の文字が読めるようになってきた。
蒼太が、足を止めた。
「これ……読めます」
「読めるのか?」
アルディスが驚く。
蒼太が頷く。
「転移者だからかもしれません」
壁の文字を、読み上げる。
「『この先に、星の門あり』」
「『帰還を望む者よ、覚悟を持って進め』」
「『門の守護者が、汝の心を試す』」
守護者。
蒼太は、その言葉を噛みしめた。
何かが、待っているのだ。
さらに奥へ進む。
通路が、少しずつ広くなっていく。
天井も、高くなっていく。
そして、光が見えてきた。
通路の先に、大きな部屋がある。
二人は、その部屋へ入った。
息を呑んだ。
巨大な円形の広間。
天井には、星の模様が描かれている。
無数の星が、淡く光っている。
まるで、本物の夜空のよう。
そして、部屋の中央には。
巨大な門が、鎮座していた。
銀色に輝く門。
高さは、十メートルはあるだろう。
門の表面には、星の紋様が刻まれている。
複雑で、美しい模様。
古代の技術が、ここに凝縮されている。
「……これが」
アルディスが呟く。
「星の門……」
蒼太も、呟く。
これが、自分を日本へ帰す門。
ずっと探していた場所。
やっと、辿り着いた。
二人は、門の前に立った。
今はまだ、門は閉じている。
銀色の扉が、静かに佇んでいる。
蒼太が、門に手を触れようとした。
その瞬間。
門が、光り始めた。
「!」
二人が、後ずさる。
光が、どんどん強くなっていく。
眩しい。
目を開けていられない。
そして。
光の中から、何かが現れた。
巨大な気配。
圧倒的な存在感。
光が収まった時。
二人の目の前に、それはいた。
巨大な竜。
全長三十メートルはある。
銀色の鱗が、星のように輝いている。
翼を広げると、部屋全体を覆うほど。
そして、その瞳。
宇宙のように深い青色。
アルディスは、息を呑んだ。
蒼太も、体が固まった。
これが、星の門の守護者。
「久しいな、迷い子よ」
竜が、口を開いた。
声は低く、響くように広がる。
でも、どこか優しさを感じた。
「あ……あなたは」
蒼太が、声を絞り出す。
「私は、この門の守護者」
竜が答える。
「エトワールと呼ばれている」
「四百年の間、この門を守り続けてきた」
四百年。
途方もない時間だ。
アルディスは、竜を見上げた。
「転移者を、帰すために?」
「そうだ」
エトワールが頷く。
「この世界に迷い込んだ者を、元の世界へ送り返す」
「それが、私の役目だ」
エトワールの視線が、二人を捉える。
心の奥まで見透かされているような感覚。
蒼太の体が、震えた。
「お前が、転移者か」
「は、はい」
蒼太が答える。
「日本から来ました」
「そうか」
エトワールが、ゆっくりと首を動かす。
「では、そちらの男は」
「こいつは」
蒼太が、アルディスを見る。
「僕の師匠で、命の恩人です」
「……そうか」
エトワールの瞳が、わずかに和らいだ気がした。
「お前たちは、帰還を望んでいるのだな」
エトワールが問う。
「はい」
蒼太が頷く。
「母さんの墓に、行きたいんです」
「ちゃんとお別れを言いたいんです」
「……そうか」
エトワールが、静かに言う。
「ならば、試練を与えよう」
試練。
アルディスの体に、緊張が走る。
「試練?」
「そうだ」
エトワールが答える。
「お前たちが、本当に別れる覚悟があるのか」
「それを、確かめる」
アルディスは、弓に手を伸ばした。
戦闘になるのか。
だが、エトワールが首を振る。
「武器は要らない」
「私の試練は、戦いではない」
「対話だ」
対話。
武器ではなく、言葉で試される。
アルディスは、弓から手を離した。
「対話……」
「そうだ」
エトワールが、アルディスを見つめる。
その瞳が、光を帯びる。
心の奥底まで、見透かされているような感覚。
「お前たちは、互いを大切に思っている」
エトワールが言う。
「それは、見ればわかる」
「だが、別れるということは」
「その大切なものを、手放すということだ」
「本当に、できるのか?」
二人は、答えられなかった。
できるのか。
本当に。
「では、始めよう」
エトワールが宣言する。
「試練を」
蒼太が、身構える。
アルディスも、緊張で体が強張る。
「まず、お前からだ」
エトワールが、アルディスを指差した。
「弓使いよ」
アルディスの心臓が、跳ね上がった。
試練が、始まる。
エトワールの瞳が、アルディスを捉える。
逃げられない。
心の奥底まで、見透かされている。
すべてが、曝け出される。
アルディスは、覚悟を決めた。
ここで、逃げるわけにはいかない。
蒼太を帰すために。
この試練を、乗り越えなければならない。
部屋の中が、静まり返った。
エトワールの声だけが、響く。
「問おう」
「お前は、この子を本当に手放せるのか?」
その問いが、アルディスの胸を貫いた。
蒼太が、アルディスを見つめている。
答えを、待っている。
アルディスは、深呼吸をした。
そして、口を開こうとした。




