第二十話
北の遺跡から街に戻って、一週間が経った。
二人の間には、もう隠し事はない。
全てを話し、全てを分かち合った。
それが、どれほど二人の関係を変えたか。
アルディスは、日々実感していた。
朝。
陽だまり荘二〇三号室。
アルディスが目を覚ますと、蒼太はもう起きていた。
窓辺に立ち、外を見ている。
「おはよう」
アルディスが声をかける。
蒼太が振り向いて、笑顔を見せた。
「おはようございます」
「早いな。どうした?」
「いえ……なんだか、今日は良い日になりそうな気がして」
蒼太の笑顔は、以前より明るかった。
隠し事を全て話したことで、心が軽くなったのだろう。
アルディスも、同じ気持ちだった。
「そうだな。今日も頑張ろう」
「はい」
朝食を済ませ、二人はギルドへ向かった。
いつものように、クエストを受けるために。
でも、今日は少し違っていた。
受付嬢のリナが、何か嬉しそうな顔をしている。
「あ、アルディスさん、蒼太君!」
リナが手を振る。
二人はカウンターに近づいた。
「どうした? 何かあったのか?」
「はい! お二人に、お知らせがあるんです」
リナが書類を取り出す。
「お二人とも、Cランク昇格試験の資格が得られました!」
アルディスと蒼太は、顔を見合わせた。
「Cランク……ですか」
蒼太が呟く。
「はい! アルディスさんはレベル六十三、蒼太君はレベル六十八」
「実力的には十分です」
リナが嬉しそうに言う。
「試験は、一週間後です」
「それまでに、準備しておいてくださいね」
アルディスは、少し考えた。
Cランク。
冒険者として、一流と認められるランク。
かつてのパーティ「銀の翼」の全員が、Dランクだった。
それを、今、自分が超えようとしている。
「……わかった。試験、受けるよ」
「僕も、受けます」
蒼太が頷く。
リナが笑顔で言った。
「頑張ってください! お二人なら、絶対大丈夫です」
一週間後。
Cランク昇格試験の日がやってきた。
場所は、東のBランクダンジョン。
古い遺跡の最深部に、試験用のボスが待っているという。
試験官は、ベテランのBランク冒険者。
厳しい目つきの男だった。
「試験内容を説明する」
試験官が言う。
「お前たちには、ダンジョン最深部のボスを討伐してもらう」
「ボスはキマイラ。レベル七十の魔獣だ」
「時間制限は三十分」
「それ以内に倒せば、合格だ」
アルディスは、弓を確認する。
月影の弓。
エルフの里で授かった、銀色の長弓。
この弓なら、どんな敵でも倒せる。
そう、確信していた。
「準備はいいか?」
「はい」
二人は頷いた。
試験官が扉を開く。
「では、始めろ」
ダンジョンの最深部。
広い空間の中央に、巨大な影があった。
キマイラ。
三つの頭を持つ魔獣。
左は竜。
右は獅子。
中央は山羊。
それぞれが異なる能力を持つ、恐るべき敵だ。
「ガアアアア!」
キマイラが吠える。
竜の頭が炎を吐き、獅子の頭が咆哮し、山羊の頭が魔法を唱える。
「蒼太、右の獅子を頼む!」
「はい!」
蒼太が駆け出す。
短剣に炎を纏い、獅子の頭に斬りかかる。
アルディスは、弓を構えた。
狙いは、左の竜の頭。
矢をつがえる。
魔力の矢筒から、光の矢が生成される。
エルフの里で授かった、もう一つの宝。
これで、矢切れの心配はない。
「行け」
矢が放たれた。
それは、正確に竜の頭の目を射抜いた。
「ギャアアア!」
竜の頭が悲鳴を上げる。
炎が止まる。
蒼太が、その隙に獅子の頭を斬りつける。
獅子の頭が怯む。
アルディスが次の矢をつがえる。
狙いは、中央の山羊の頭。
山羊が魔法を放とうとしている。
アルディスは、山羊の口に矢を放った。
山羊の魔法が、中断される。
三つの頭が、すべて封じられた。
「今です!」
蒼太が叫ぶ。
そして、キマイラの胴体に跳躍する。
短剣を、心臓に突き立てる。
ズブリ
キマイラが動きを止めた。
そして、ゆっくりと倒れる。
ドォン
巨大な体が、床を揺らした。
戦闘終了。
試験官が、時計を見ている。
「……十五分」
そして、二人を見つめた。
「圧倒的だ」
試験官が小さく笑う。
「合格だ。お前たち、Cランクにふさわしい」
アルディスと蒼太は、顔を見合わせた。
そして、笑顔を交わす。
やった。
Cランクに、昇格できた。
ギルドに戻ると、リナが待っていた。
「お帰りなさい! どうでしたか?」
「合格した」
アルディスが答える。
リナが目を輝かせた。
「やった! おめでとうございます!」
リナが新しいギルドカードを二枚、取り出す。
そこには、Rank C の文字。
アルディスは、カードを受け取った。
重みがある。
これが、努力の証だ。
周囲の冒険者たちが、拍手を送る。
「おめでとう!」
「弓使いのアルディス、すごいな!」
「蒼太も天才だ!」
二人の名前が、ギルド中に響く。
アルディスは、少し照れくさかった。
でも、悪い気はしない。
蒼太も、嬉しそうに笑っている。
その夜。
ギルドの酒場で、祝賀会が開かれた。
冒険者たちが、二人を祝ってくれる。
酒が注がれ、肉が焼かれる。
賑やかな声と笑い声。
アルディスは、その輪の中にいた。
かつて、パーティを解散した時。
自分は、独りぼっちだと思っていた。
誰も必要としてくれないと。
でも、今は違う。
蒼太がいる。
仲間がいる。
居場所がある。
「アルディスさん」
蒼太が、隣に座った。
「ん?」
「ここまで来られたの、アルディスさんのおかげです」
蒼太が真剣な顔で言う。
「いや、お前のおかげだよ」
アルディスが笑う。
「お前が弓を勧めてくれなかったら、俺はまだ剣を磨いてた」
「でも……」
「お前は、俺の恩人だ」
アルディスが蒼太の肩を叩く。
「これからも、よろしく頼むよ」
蒼太の目が、潤んだ。
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は、杯を合わせた。
カチン
乾杯の音が、響く。
祝賀会が終わり、二人は部屋に戻った。
いつものように、ベッドに座る。
アルディスは、窓の外を見つめた。
月が、綺麗だった。
「なあ、蒼太」
「はい」
「次は……本格的に探すか」
蒼太が、少し間を置いて答えた。
「……帰る方法、ですか」
「ああ」
アルディスが頷く。
「お前を、元の世界に帰す」
「それが、俺にできる恩返しだ」
蒼太は、複雑な表情をした。
帰りたい。
母親の墓参りをしたい。
でも、帰りたくない。
アルディスと離れたくない。
その葛藤は、まだ消えていない。
「……わかりました」
蒼太が小さく頷く。
「じゃあ、明日から情報を集めよう」
「北の遺跡に、門があるらしい」
「でも、詳細はまだわからない」
アルディスが言う。
「冬になったら、もう一度行くつもりだ」
「今度は、門を開くために」
蒼太が頷く。
「はい」
でも、その声は少し震えていた。
アルディスは、それに気づいていた。
でも、何も言わなかった。
蒼太の気持ちは、わかる。
自分も、同じだから。
別れたくない。
でも、別れなければならない。
それが、二人の運命だ。
窓の外では、秋の風が吹いている。
木の葉が、ゆっくりと舞い落ちる。
冬は、もうすぐだ。
別れの季節が、近づいている。
でも、二人は。
今は、笑い合っていた。
それで、良かった。
翌日から、二人は情報収集を始めた。
ギルドの図書室で、古い書物を調べる。
転移者に関する記録。
帰還の方法。
過去の事例。
どれも、断片的な情報ばかりだった。
でも、一つだけ。
共通して書かれていることがあった。
北の遺跡。
転移者が帰還するための門があるという。
ただし、その門は。
強大な守護者によって守られているという。
そして、門を開くには。
三つの条件が必要だという。
アルディスは、その記述をメモした。
蒼太も、隣で真剣に本を読んでいる。
二人で、一緒に探す。
それが、今の二人の目標だった。
数日後。
二人は、また新しいクエストに出た。
Cランクのクエスト。
西の森での魔物討伐。
ターゲットは、森の主と呼ばれる巨大な熊。
レベル六十五の強敵だ。
でも、二人にとっては。
もう、それほど難しい相手ではなかった。
森の奥深く。
巨大な熊が、洞窟の前に立っていた。
全長五メートル。
鋭い爪と牙を持つ。
「行くぞ」
「はい」
二人は、息を合わせて飛び出した。
アルディスが矢を放つ。
熊の右目を狙う。
矢が命中し、熊が怯む。
蒼太が、その隙に熊の足を斬りつける。
熊が倒れかける。
アルディスが、次々と矢を放つ。
心臓、喉、左目。
すべて急所を正確に射抜く。
熊が、完全に倒れた。
戦闘終了。
わずか三分の戦いだった。
帰り道。
蒼太が呟いた。
「強くなりましたね、僕たち」
「ああ」
アルディスが頷く。
「お前と出会って、もうすぐ一年になる」
「一年……そうですね」
蒼太が空を見上げる。
「早かったような、長かったような」
「でも、楽しかったです」
アルディスも、笑った。
「俺もだ」
二人は、並んで歩く。
木漏れ日が、二人を照らす。
温かい光。
この光景が、いつまでも続けばいいと。
二人とも、心のどこかで願っていた。
でも、それは叶わない願いだと。
二人とも、わかっていた。
街に戻った夜。
アルディスは、窓辺に立っていた。
月を見つめている。
蒼太は、本を読んでいる。
静かな時間。
穏やかな空気。
アルディスは、思った。
この日々が、どれほど大切か。
蒼太と過ごす時間が、どれほど幸せか。
でも、それを失う日が、近づいている。
冬が来れば、二人は北の遺跡に行く。
そして、門を開く。
蒼太を、元の世界に帰す。
それが、アルディスの決意だった。
たとえ、別れが辛くても。
蒼太のためなら、送り出せる。
そう、自分に言い聞かせる。
「アルディスさん」
蒼太が声をかける。
「ん?」
「ありがとうございます」
「何がだ?」
「全部、です」
蒼太が微笑む。
「拾ってくれて、育ててくれて」
「僕、アルディスさんに会えて本当に良かった」
アルディスの胸が、熱くなった。
「……俺もだ」
「お前に会えて、良かった」
二人は、笑顔を交わした。
もう、言葉はいらなかった。
お互いの気持ちは、わかっている。
全てを分かち合っている。
だからこそ。
今を、大切にしよう。
二人は、そう思った。
窓の外では、風が吹いている。
秋の終わりを告げる風。
冬は、もうすぐそこまで来ていた。
別れの季節が、近づいていた。
でも、二人は。
今は、笑い合っていた。
それで、良かった。
その笑顔が、どれほど大切か。
二人とも、わかっていた。




