第十八話
街に戻った翌日から、二人は再びクエストに出るようになった。
でも、何かが違っていた。
アルディスの表情が、柔らかくなっていた。
以前は、どこか緊張していた。
蒼太の成長を喜びながらも、心のどこかで苦しんでいた。
でも、今は違う。
本当に、楽しそうだった。
東の森。
依頼はCランクのオーガ討伐。
レベル五十八の強敵だ。
二人は森の中を進んでいた。
足音を殺し、気配を消して。
やがて、開けた場所に出た。
そこに、巨大な影があった。
オーガ。
全長三メートルはある。
筋肉質の体に、ぼろぼろの服。
手には、木を削っただけの粗末な棍棒。
でも、その一撃は、岩をも砕く。
「行くぞ」
「はい」
アルディスが弓を構える。
蒼太が短剣を抜く。
息を合わせて、飛び出した。
オーガが吠える。
棍棒を振り上げ、蒼太に振り下ろす。
蒼太が横に跳ぶ。
棍棒が地面を叩き、土が爆発するように飛び散る。
その瞬間、アルディスの矢がオーガの右目を射抜いた。
「ガアア!」
オーガが悲鳴を上げる。
蒼太が踏み込む。
炎を纏った刃が、オーガの足を切り裂く。
オーガが怯む。
アルディスが次々と矢を放つ。
左目、右肩、左足。
すべて急所を正確に射抜く。
蒼太が跳躍し、オーガの頭部に短剣を突き立てた。
オーガが倒れる。
戦闘終了。
五分の戦いだった。
二人は、木の根元に座って休んでいた。
水を飲み、息を整える。
「強かったですね」
蒼太が呟く。
「ああ。でも、お前がいたからな」
アルディスが笑う。
蒼太は、アルディスの顔をちらりと見た。
笑顔。
本当の笑顔。
以前のような、無理をした笑顔じゃない。
「アルディスさん」
「ん?」
「最近、本当に変わりましたね」
アルディスが蒼太を見る。
「どう変わった?」
「前は……なんか、無理してるように見えました」
蒼太が言葉を選びながら言う。
「僕が強くなるたびに、アルディスさん、苦しそうで」
「でも今は、本当に楽しそうです」
アルディスは、少し考えた。
そして、笑った。
「……そうだな」
「お前のおかげで、変われた」
蒼太が首を傾げる。
「僕の、おかげ?」
「ああ」
アルディスが頷く。
「お前が、真理の眼のことを教えてくれて」
「俺を救ってくれたって、わかって」
「それで、ようやく理解できたんだ」
アルディスが空を見上げる。
「お前の成長を妬むなんて、バカバカしいって」
「お前は、俺の恩人なんだから」
蒼太の目が、潤む。
「アルディスさん……」
「ありがとう、蒼太」
アルディスが蒼太の頭を撫でる。
「お前がいてくれて、良かった」
蒼太も、小さく笑った。
涙を堪えながら。
それから二週間。
二人は、毎日クエストに出た。
CランクからBランクまで。
様々《さまざま》な魔物を倒し、様々なダンジョンを攻略した。
アルディスの戦い方が、変わっていた。
以前は、どこか余裕がなかった。
蒼太を守ることに必死で、自分の成長を後回しにしていた。
でも、今は違う。
蒼太を信頼している。
蒼太なら、自分で戦える。
だから、アルディスは自分の戦いに集中できる。
結果、アルディスの矢の精度が、さらに上がった。
動きも、速くなった。
そして。
レベルも、上がり始めた。
ギルドの受付。
リナが、報告書を受け取りながら驚いた顔をした。
「アルディスさん、レベル上がってますね!」
「ああ」
アルディスが頷く。
「レベル五十六ですか。二週間で二レベルも!」
リナが目を丸くする。
「すごいです! 何かあったんですか?」
「蒼太のおかげだよ」
アルディスが笑う。
蒼太が慌てて手を振る。
「僕なんて何も……」
「いや、お前がいるから俺は強くなれる」
アルディスが真っ直ぐ蒼太を見つめる。
その目には、嘘がなかった。
心からの言葉。
蒼太は、少し照れくさそうに笑った。
その夜。
陽だまり荘二〇三号室。
いつものように、アルディスがシチューを作る。
蒼太が皿を並べる。
二人で食卓を囲む。
温かいシチューの湯気が、部屋に広がる。
「美味しいです」
「そうか」
会話は少ないが、気まずくない。
穏やかで、温かい空気。
食事を終え、二人はベッドに座った。
蒼太が本を読んでいる。
アルディスは弓の手入れをしている。
静かな時間。
やがて、アルディスが口を開いた。
「なあ、蒼太」
「はい」
蒼太が本から顔を上げる。
「お前に会えて、本当に良かった」
その言葉に、蒼太は驚いて顔を上げた。
「え……?」
「俺、お前に会わなかったら」
アルディスが弓を見つめる。
「今も、剣を磨いてたと思う」
「パーティを解散して、空虚な日々を過ごしてた」
「でも、お前のおかげで」
「弓と出会えた」
「自分の才能に気づけた」
アルディスが蒼太を見る。
「ありがとう」
蒼太の目から、涙が溢れた。
「僕も……アルディスさんに会えて、幸せです」
蒼太が涙を拭く。
「日本にいた時、誰も僕を必要としてくれなかった」
「でも、ここでは」
「アルディスさんが、いてくれる」
二人は、笑顔を交わした。
もう、すれ違いはない。
お互いの気持ちを、理解している。
二人の絆は、より強固になった。
それから数日後。
アルディスは、ある決意をした。
蒼太を、元の世界に帰す方法を探す。
それが、アルディスにできる恩返しだ。
ギルドの図書室で、アルディスは古い書物を調べていた。
転移者に関する記録。
帰還の方法。
過去の事例。
どれも、断片的な情報ばかりだった。
でも、一つだけ。
共通して書かれていることがあった。
北の遺跡。
転移者が帰還するための門があるという。
ただし、その門は。
強大な守護者によって守られているという。
そして、門を開くには。
三つの条件が必要だという。
アルディスは、その記述をメモした。
北の遺跡。
守護者。
三つの条件。
まだ、詳細はわからない。
でも、これが手がかりだ。
夜。
部屋に戻ったアルディスは、蒼太にそのことを話した。
「北の遺跡に、門があるらしい」
蒼太が驚いて顔を上げる。
「帰れる、門ですか?」
「ああ」
アルディスが頷く。
「ただし、守護者がいるらしい」
「それに、門を開くには条件があるらしい」
蒼太は、少し考えた。
そして、小さく頷いた。
「……行きましょう」
「本当にいいのか?」
アルディスが蒼太を見つめる。
「お前、まだ迷ってるだろう」
蒼太は、目を伏せた。
確かに、迷っている。
日本に帰りたい。
母親の墓参りをしたい。
でも、アルディスと離れたくない。
その葛藤は、まだ消えていない。
でも。
「でも、いつかは向き合わなきゃいけないことだから」
蒼太が顔を上げる。
「母さんとの約束、守らなきゃ」
アルディスは、蒼太の頭を撫でた。
「わかった。じゃあ、準備しよう」
「北の遺跡は、冬にしか行けないらしい」
「今は秋だから、あと少し待てば行ける」
蒼太が頷く。
「はい」
二人は、そのまま黙り込んだ。
お互いに、何を考えているか。
なんとなく、わかっていた。
別れの日が、近づいている。
でも、今は。
一緒にいられる。
それだけで、十分だった。
窓の外では、秋の風が吹いている。
木の葉が、ゆっくりと舞い落ちる。
季節は、確実に冬へと向かっていた。
別れの時も、確実に近づいていた。
でも、二人は。
今を、大切に過ごしていた。
一緒に笑い、一緒に戦い、一緒に食事をする。
そんな日々が、いつまでも続けばいいと。
二人とも、心のどこかで願っていた。
でも、それは叶わない願いだと。
二人とも、わかっていた。
アルディスは、ベッドに横になった。
天井を見つめる。
嫉妬は、完全に消えた。
蒼太の成長を、心から喜べるようになった。
蒼太といる時間が、幸せだと思えるようになった。
これで、良かったんだ。
アルディスは、そう思った。
たとえ、別れの日が来ても。
この日々を、忘れない。
蒼太と過ごした日々を、胸に刻んで生きていく。
それが、アルディスの決意だった。
隣のベッドでは、蒼太が眠っている。
穏やかな寝息。
アルディスは、小さく微笑んだ。
そして、静かに目を閉じた。
明日も、蒼太と一緒に。
冒険に出よう。
その日々が、続く限り。




