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第十七話


 遺跡を出た二人は、すぐに街へは戻らなかった。


 日が暮れかけている。今から街まで戻るには、夜道を歩かなくてはならない。


「今夜は、ここで野営やえいしよう」


 アルディスが遺跡の入口付近を見回す。


「はい」


 蒼太そうたうなずく。


 二人は、遺跡の壁際にき火を起こした。


 パチパチと、まきが燃える音が静かに響く。


 空には星がまたたき始めている。


 シチューを温め、二人で分け合う。


 いつもの味。


 でも、今日はいつもより美味しく感じた。


 食事を終え、二人は焚き火を囲んで座った。


 しばらく、沈黙が続く。


 でも、それは気まずい沈黙ではなかった。


 穏やかで、温かい沈黙。


 蒼太が、ゆっくりと口を開いた。


「アルディスさん」


「ん?」


「日本のこと、聞きたいですか?」


 アルディスは蒼太を見た。


 蒼太の顔は、焚き火に照らされて、少し赤い。


「ああ。聞かせてくれ」


 蒼太は小さく頷いた。


 そして、話し始めた。



「日本っていうのは……この世界と全然違う場所です」


 蒼太の声は、どこか遠くを見ているような響きがあった。


「電気があって、車が走ってて」


「スマホっていう、手のひらサイズの機械で何でもできるんです」


「情報を調べたり、人と話したり」


 アルディスは黙って聞いていた。


「魔法はないけど、科学っていう力で、いろんなことができる世界」


「夜でも明るいし、冬でも暖かい部屋で過ごせる」


 蒼太が少し笑う。


「すごい世界ですよね」


 でも、その笑顔は、どこか寂しげだった。


「でも……寂しい世界でした」


 アルディスは蒼太を見つめた。


「寂しい、世界?」


「はい」


 蒼太が焚き火を見つめる。


「便利だし、安全だし、清潔だし」


「でも、なんか……人と人のつながりが、薄いんです」


「隣に誰が住んでるかも知らない」


「学校でも、みんな自分のことで精一杯せいいっぱいで」


 蒼太の声が、小さくなる。


「僕、友達いなかったんです」


 アルディスは何も言わなかった。


 ただ、黙って聞いていた。


「母さんが……中二の冬に、事故で死んだんです」


 蒼太の声が震えた。


「交通事故って言って、車にかれて」


「突然でした」


「朝、『行ってきます』って家を出て」


「次に会った時は、病院で」


「もう、意識がなかった」


 涙が、蒼太のほおを伝う。


「最期の言葉は、『蒼太、お父さんと仲良くね』でした」


「それだけ言って、母さんは……」


 アルディスは、そっと蒼太の肩に手を置いた。


「……辛かったな」


「はい」


 蒼太が涙をく。


「それから、居場所がなくなって」


「父さんは、半年後に再婚さいこんしたんです」


 アルディスが息をむ。


継母ままははは、僕に無関心でした」


「新しい妹ができて、父さんはそっちばかり可愛かわいがって」


「僕は、邪魔者になった」


 蒼太の声が、どんどん小さくなる。


「学校でも、孤立してました」


「母さんが病気がちだった時から、行事に参加できなくて」


「変なやつって扱われて」


「誰も、僕を必要としてくれなかった」


 焚き火の音だけが、静かに響いている。


「母さんの一周忌いっしゅうきの夜」


 蒼太が顔を上げる。


 その目は、涙でれていた。


「僕、仏壇ぶつだんの前で『死にたい』って願ってしまったんです」


 アルディスが蒼太を見つめる。


「そしたら、気づいたらこの世界に」


「神社で、『ここじゃない場所に行きたい』って」


「『母さんがいる場所に行きたい』って」


「そう願った瞬間、光に包まれて」


 蒼太の声が震える。


「僕……逃げたんです。現実から」


 沈黙。


 焚き火がパチパチと音を立てる。


 やがて、アルディスが口を開いた。


「でも、お前は生きた」


 その声は、静かで、温かかった。


「こうして、ここにいる」


 蒼太が顔を上げる。


「でも……僕、日本に帰らなきゃいけないんです」


 アルディスの手が、一瞬止まった。


 蒼太が続ける。


「母さんの墓参はかまいりを、まだしてないから」


「一周忌の日に、逃げ出しちゃった」


「それに、母さんの最期の言葉」


「『お父さんと仲良くね』って」


「でも僕、逃げ出しちゃった」


 蒼太の声が、震える。


「ちゃんと、向き合わなきゃ」


「母さんとの約束、守らなきゃ」


 沈黙。


 長い、沈黙。


 やがて、アルディスが言った。


「……なら、帰す方法を探そう」


 蒼太が驚いて顔を上げる。


「え……?」


「お前には、帰る場所がある」


 アルディスが真っぐ蒼太を見つめる。


「やるべきことがある」


「俺が、全力で送り届ける」


 蒼太の目から、涙があふれた。


「でも……」


 蒼太の声が、小さく震える。


「帰りたくないって、思っちゃダメですか?」


 アルディスは、黙って蒼太を見つめた。


「アルディスさんといる方が、幸せなんです」


 蒼太が泣きながら言う。


「日本には、もう何もない」


「母さんもいない」


「父さんは、新しい家族ができた」


「友達もいない」


「誰も、僕を必要としてない」


 涙が止まらない。


「でも、ここには、アルディスさんがいる」


「初めて、必要とされてるって感じられた」


「初めて、居場所ができた」


 蒼太が顔をおおう。


「でも、それって母さんを裏切ることになる」


「『死にたい』って願った僕が」


「ここで幸せになっちゃダメな気がして」


 蒼太が、泣きくずれた。


 アルディスは、そっと蒼太の背中に手を置いた。


「いいんだよ、迷っても」


 その声は、優しかった。


「誰だって、迷う」


「簡単に答えが出ることじゃない」


 アルディスが蒼太の頭をでる。


「でも、お前が本当にやるべきことは何か」


「それは、お前が一番わかってるはずだ」


 蒼太が顔を上げる。


 涙でぐしゃぐしゃの顔。


「……はい」


「俺は、お前がどんな決断をしても、支える」


 アルディスが笑う。


「だから、焦るな」


「ゆっくり、考えればいい」


 蒼太は、アルディスの胸に顔を埋めた。


 アルディスは、そっと蒼太を抱きしめた。


 しばらく、二人は黙って焚き火を見つめていた。



 蒼太が落ち着いた頃。


 アルディスの心の中では、静かな変化が起きていた。


 この子は。


 俺を救ってくれた恩人だ。


 真理のヴェリタスで、俺の才能を見抜いて。


 弓を勧めてくれた。


 あの時、この子がいなかったら。


 俺は今も、路地裏で剣を磨いていたかもしれない。


 パーティを解散して、空虚くうきょな日々を過ごしていたかもしれない。


 でも、この子のおかげで。


 俺は、弓と出会った。


 自分の才能に気づいた。


 新しい人生を歩み始めた。


 胸の奥で、何かが溶けていく。


 温かいものが、じんわりと広がっていく。


 嫉妬しっとなんて、バカバカしい。


 この子の成長をねたむなんて。


 俺は、何を考えていたんだ。


 この子は、俺の誇りだ。


 レベルが高かろうが低かろうが。


 そんなこと、もうどうでもいい。


 この子が、俺と一緒にいてくれる。


 それだけで、十分じゃないか。


 アルディスは、深く息をいた。


 胸の奥にあった重苦しいものが。


 ようやく、消えていった。



「なあ、蒼太」


 アルディスが静かに言う。


「はい」


 蒼太が顔を上げる。


 目は赤いが、もう泣いてはいない。


「帰る方法、必ず見つける」


 アルディスが真っ直ぐ蒼太を見つめる。


「それが、俺にできる恩返しだ」


「アルディスさん……」


「お前は、母親と向き合うべきだ」


 アルディスが続ける。


「逃げたままじゃ、お前は一生後悔する」


「墓参りもせず、父親とも向き合わず」


「それじゃ、お前は前に進めない」


 蒼太が小さく頷く。


「だから、俺が送り届ける」


 アルディスが笑う。


「お前が母親と向き合えるまで」


「俺が全力で支えてやる」


 蒼太が涙を拭う。


「……ありがとうございます」


 その声は、震えていたが。


 どこか、前向きな響きがあった。


「それに」


 アルディスが焚き火に薪を足す。


「お前が日本に帰ったとしても」


「また会えるかもしれないだろう」


 蒼太が驚いて顔を上げる。


「え?」


「転移者は、行き来できるって話もある」


 アルディスが笑う。


「確かめたわけじゃないけどな」


「でも、もしそうなら」


「お前が向こうでやるべきことを終えたら」


「また、こっちに来ればいい」


 蒼太の目が、大きく見開かれた。


「その時は、また二人で冒険しよう」


 アルディスが蒼太の頭を撫でる。


「今度は、お前が俺を超えてるかもしれないけどな」


「そんなこと……」


「いや、絶対超えてるよ」


 アルディスが笑う。


「お前は天才だからな」


 蒼太も、小さく笑った。


 涙の跡が残る顔で。


 でも、その笑顔は。


 温かく、優しかった。



 焚き火が、ゆっくりと燃えている。


 星が、空いっぱいに輝いている。


 二人は、しばらく黙って星を見上げていた。


「星、きれいですね」


「ああ」


「日本でも、星は見えましたけど」


「こんなにたくさんじゃなかった」


「街の明かりで、見えなくて」


 蒼太がつぶやく。


「でも、ここの星は」


「こんなに、きれいで」


 アルディスも星を見上げる。


「お前の母親も、この星を見てるかもな」


 蒼太が驚いて顔を上げる。


「え?」


「違う世界でも、同じ星かもしれないだろ」


 アルディスが笑う。


「だったら、お前の母親も」


「どこかで、この星を見てるかもしれない」


 蒼太は、また星を見上げた。


 そして、小さく呟いた。


「母さん……僕、頑張るよ」


 その声は、とても小さかったけれど。


 確かに、夜空に響いた。



 翌朝。


 二人は焚き火の跡を片付け、街へ向かった。


 朝日が、二人を照らしている。


 アルディスの表情は、以前とは違っていた。


 柔らかく、穏やかで。


 どこか、っ切れたような顔。


「アルディスさん」


「ん?」


「なんか、顔つきが変わりましたね」


 蒼太が不思議そうに言う。


「そうか?」


「はい。優しい顔になってます」


 アルディスは、少し考えて。


 それから、笑った。


「そうか。俺、笑えてるんだな」


 蒼太も笑う。


「はい。いい顔です」


 二人は並んで歩いていく。


 道は、まだ長い。


 でも、その道を。


 二人は、一緒に歩いていく。


 蒼太を元の世界に帰す。


 それが、アルディスの最後の冒険の目的となった。


 すれ違いは解消され。


 二人のきずなは、より深くなった。


 だが同時に。


 別れの日が近づいていることを。


 二人とも、感じていた。


 それでも。


 今は、一緒にいられる。


 それだけで、十分だった。



 街が、遠くに見えてきた。


 二人の影が、朝日に照らされて、長く伸びている。


 その影は、うように。


 並んで、道を歩いていた。


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