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第十六話

 二日後。


 依頼掲示板の前で、アルディスは一枚の依頼書を見つめていた。


 北部崩落遺跡の探索。Bランク指定。


 報酬は高い。だが、危険度も相応に高い。


「これに、しようと思うんだが」


 隣に立つ蒼太そうたに見せる。


 蒼太が依頼書を読み、小さく頷いた。


「わかりました。僕も行きます」


 アルディスは蒼太の顔をちらりと見た。


 この二日間、二人の間には、まだぎこちない空気が流れていた。


 会話は必要最小限。お互いに何かを隠している。


 だからこそ、アルディスは思った。


 何か、きっかけが欲しい。


 この息苦しい状況を変えるための、何かが。


 そして、この遺跡探索が、その機会になるかもしれない。



 受付に依頼書を提出すると、リナが心配そうな顔をした。


「アルディスさん、Bランク遺跡ですよ? 無理はしないでくださいね」


「ああ。気をつける」


 リナは蒼太を見て、それからアルディスを見た。


「二人とも、最近ちょっと疲れてません?」


 その言葉に、アルディスの動きが一瞬止まった。


 見抜かれている。


 隠しているつもりでも、こうして外から見れば明らかなのだろう。


「大丈夫だ。むしろ、気分転換になると思う」


「そうですか……じゃあ、気をつけて行ってきてください」


 リナが依頼書に印を押す。


 アルディスと蒼太は、ギルドを出た。



 北部遺跡へは、街から半日の道のりだ。


 草原を抜け、森を越え、荒れた岩場を登る。


 二人は並んで歩いていた。


 でも、会話はほとんどない。


 以前なら、道中もいろいろな話をしたものだ。


 今日の天気のこと。見かけた動物のこと。次のクエストの計画のこと。


 でも、今は。


 沈黙だけが、二人の間を満たしていた。


 蒼太が小さく口を開く。


「アルディスさん」


「ん?」


「あの……昨日のシチュー、美味しかったです」


 蒼太の声は、どこかぎこちない。


「……そうか」


 アルディスも短く答える。


 それ以上、言葉が続かなかった。


 二人はまた、黙って歩き続けた。


 蒼太の心の中では、罪悪感がうずいていた。


 僕が強くなりすぎたから。レベル六十になったから。


 アルディスさんを、苦しめている。


 でも、どうすればいいのかわからない。


 アルディスの心の中では、自己嫌悪がうずいていた。


 蒼太の成長を、素直に喜べない自分。


 才能ある少年を、嫉妬してしまう自分。


 師匠失格だ。


 でも、この感情を、どうすることもできない。


 二人とも、相手を思いやるあまり、本音を言えずにいた。



 遺跡に着いたのは、午後だった。


 崩れかけた石造りの建物が、荒野の中に立っている。


 かつては神殿だったのか、宮殿だったのか。


 今では半分が崩れ落ち、風が吹き抜ける廃墟となっていた。


「行くぞ」


「はい」


 二人は遺跡の中に入った。


 薄暗い石の回廊。


 壁には古代文字が刻まれている。


 何が書いてあるのか、アルディスには読めない。


 蒼太が壁画に触れた。


「……なんて書いてあるんでしょう」


「さあな」


 アルディスが短く答える。


 でも、その声は、少しだけ柔らかかった。


 蒼太も、ほんの少しだけ緊張が解けた気がした。


 不思議なものだ。


 古代の遺跡という未知の場所に来て、かえって心が落ち着く。


 二人は、ゆっくりと奥へ進んでいった。



 遺跡の最深部。


 巨大な扉の前に、二人は立った。


 扉には、複雑な紋様もんようが刻まれている。


 そして、その中央に、手のひら型のくぼみ。


「これ、手を置けってことか?」


 アルディスが扉を見つめる。


「そうだと思います」


 蒼太が頷く。


 アルディスは手を置いた。


 一瞬の間。


 そして、ゴゴゴ、と重い音を立てて、扉が開いた。


 中は、広い部屋だった。


 天井は高く、柱が並んでいる。


 部屋の奥には、台座があり、その上に何かが置かれている。


 宝箱だ。


「……あれが、お宝か」


 アルディスがつぶやく。


 蒼太も頷いた。


 二人は、ゆっくりと部屋の中に入っていった。


 足音が、静かに響く。


 あと少しで台座に届く。


 その瞬間。


 ゴトリ、と音がした。


 部屋の入口近くにあった石像が、動いた。


「っ!」


 アルディスが弓を構える。


 石像が、ゆっくりとこちらを向く。


 高さ五メートルはある。


 人の形をした、巨大な石の戦士。


 手には、巨大な石の大剣。


 そして、その目が、赤く光った。


「下がれ!」


 アルディスが叫ぶ。


 蒼太が後ろに跳ぶ。


 その瞬間、石像兵が大剣を振り下ろした。


 ズガァンッ!


 床が砕け、石の破片が飛び散る。


 アルディスが矢を放つ。


 矢は石像兵の胸を狙う。


 だが、カキンッ、と硬い音を立てて弾かれた。


「硬い……!」


 蒼太も短剣を構える。


 魔法剣を発動し、炎をまとわせた刃で石像兵にりかかる。


 だが、刃は石の装甲に阻まれ、浅い傷しかつけられない。


「くっ……!」


 石像兵が再び大剣を振るう。


 蒼太が横に跳んで回避する。


 アルディスも矢を放ち続けるが、すべて弾かれる。


 攻撃が通じない。


 石像兵のレベルは、恐らく六十五以上だ。


 装甲も厚く、通常の攻撃では傷つけられない。


 このままでは、消耗するだけだ。


 アルディスの矢筒が、軽くなってきた。


 残りの矢は、あと五本。


 蒼太も、何度も魔法を使い、MPが減ってきている。


 石像兵が、再び大剣を振り下ろす。


 今度は、二人をぎ払うような横薙よこなぎだ。


 アルディスと蒼太が、かろうじて跳び退く。


 巨大な刃が、空を切る。


 だが、石像兵はすぐに次の攻撃を繰り出してきた。


 連続攻撃。


 二人は回避に専念するしかない。


 矢を撃つ余裕もない。


 魔法を使うすきもない。


 石像兵が、大剣を高く振り上げた。


 次の一撃は、確実に当たる。


 回避できない。


 絶体絶命。


 その瞬間、蒼太が前に出た。


「アルディスさん、逃げて!」


「蒼太っ!!」


 アルディスが叫ぶ。


 大剣が、振り下ろされる。


 蒼太が、両手で短剣を構えて受け止めようとする。


 無理だ。


 あんな巨大な攻撃を、受け止められるわけがない。


 蒼太は死ぬ。


 その一瞬。


 蒼太の目が、淡い青色に光った。



 世界が、スローモーションになったように感じた。


 蒼太の視界に、透明な文字が浮かび上がる。


 石像兵の体が、まるでレントゲン写真のように透けて見える。


 内部構造。骨格。そして、胸の奥にある、輝く核。


 コア。


 それが、石像兵の動力源だ。


 そして、そのコアを守るように、超硬質の結晶がおおっている。


 だから、攻撃が通じなかったのだ。


 でも、その結晶には、一箇所だけ。


 わずかな隙間がある。


 真理のヴェリタスが、教えてくれる。


 外から撃つなら、あの角度。


 胸の正面から、わずかに右上。


 あそこを狙えば。


 蒼太が叫んだ。


「アルディスさん! 胸のコアを狙ってください!」


 アルディスが驚いて蒼太を見る。


「見えるのか!?」


「説明は後で! まず結晶を割って! 胸の正面から、右上十五度!」


 アルディスは迷わなかった。


 最後の矢をつがえる。


 狙いは、蒼太の指示通り。


 胸の正面から、わずかに右上。


 頼む……!


 矢が放たれた。


 矢は、正確に石像兵の胸を射抜いた。


 ピシッ。


 小さな音が響く。


 結晶に、ヒビが入った。


「もう一発!」


 蒼太が叫ぶ。


 だが、アルディスは首を振った。


「矢がない!」


 蒼太は迷わず、腰の短剣を抜いた。


「これを!」


 短剣をアルディスに投げる。


 アルディスは、咄嗟とっさにそれを受け取った。


 短剣を、弓につがえる。


 矢ではない。重量も形状も違う。


 でも、やるしかない。


 アルディスは弓を引いた。


 短剣を矢のように放つ。


 ズガァンッ!


 短剣が、石像兵の胸に突き刺さった。


 結晶が、砕け散る。


 コアが、き出しになった。


「今だ!」


 蒼太が踏み込む。


 魔法剣を発動。


 炎を纏わせた刃を、コアに突き立てる。


 バリンッ!


 コアが砕け散った。


 石像兵の動きが止まる。


 そして、ゆっくりと傾き。


 バラバラと崩れ落ちた。


 静寂。


 戦闘終了。



 二人は、へたり込んだ。


 息を切らしながら、肩で呼吸する。


「……危なかった、な」


 アルディスが呟く。


「はい……」


 蒼太も小さく答える。


 しばらく、二人とも黙っていた。


 部屋の中には、静寂だけが流れる。


 やがて、アルディスが口を開いた。


「さっきの……何だったんだ?」


 その声は、穏やかだった。


 責めるような口調ではない。


 ただ、純粋に尋ねている。


 蒼太は、目を伏せた。


「……実は」


 蒼太は、深呼吸をした。


 そして、顔を上げる。


「僕、特殊な能力があるんです」


「特殊な、能力?」


「真理のヴェリタスって……そう呼んでるんですけど」


 蒼太が、ゆっくりと説明する。


「人のステータスが……見えるんです」


 アルディスが息をむ。


「ステータス?」


「はい。レベル、HP、MP、適性値、スキル……全部」


 蒼太の声は、震えていた。


「触れた人のステータスが、透明な画面みたいに見えるんです」


 アルディスは、言葉を失った。


 そんな能力が、あるのか。


「お前、ずっとそんな能力を……」


「すみません、隠してて」


 蒼太が頭を下げる。


 アルディスは、混乱していた。


 だが、同時に、いくつかのことがつながった気がした。


 蒼太が、なぜ弓を勧めてくれたのか。


 なぜ、俺に弓の才能があると確信していたのか。


「待て」


 アルディスが言う。


「お前が、最初に俺に弓を勧めたのは……」


 蒼太が頷いた。


「はい。アルディスさんのステータスを見たんです」


「俺の、ステータスを」


「剣の適性、C。でも、弓の適性……S+」


 アルディスは、立ち上がった。


 震える足で、蒼太の前に立つ。


「お前が……」


 声が震える。


「お前が、俺を救ってくれたのか」


 蒼太も立ち上がる。


 目に、涙が浮かんでいた。


「僕こそ、アルディスさんに救われました」


「あの時、死にかけてた僕を」


「拾ってくれて、育ててくれて」


 蒼太の声が、震える。


「でも、僕……まだ隠してることがあります」


 アルディスが蒼太を見つめる。


 蒼太は、深呼吸をした。


 そして、言った。


「僕……この世界の人間じゃないんです」


 静寂。


 アルディスは、蒼太の言葉を理解できなかった。


「……どういうことだ?」


「日本っていう、遠い場所から来ました」


 蒼太が、ゆっくりと説明する。


「異世界、って言うんでしょうか」


「言葉が最初通じなかったのも、それが理由です」


 アルディスは、言葉を失った。


 異世界。


 転移者。


 伝説の中でしか聞いたことがない存在。


 それが、目の前にいる。


「お前が……転移者……」


 蒼太が頷く。


「あの時、路地裏で倒れてた時」


「アルディスさんに助けられて」


「アルディスさんのステータス、見えたんです」


 真理の眼で見た画面を、蒼太が説明する。


「剣の適性、C。でも、弓の適性……S+」


「隠しクラス:弓聖」


 アルディスは、その言葉をみしめた。


 弓聖。


「だから、弓を勧めたんです」


 蒼太が続ける。


「アルディスさんは、剣じゃなかった」


「本当は、弓の人だったんです」


 アルディスは、震える手で顔をおおった。


 涙があふれてくる。


 止められなかった。


「お前が……」


 声が震える。


「お前が、俺を救ってくれたのか」


 蒼太も、涙を流していた。


「僕こそ、アルディスさんに救われました」


「あの時、僕は死にたいって思ってた」


「でも、アルディスさんが拾ってくれて」


「初めて、必要とされてるって感じられた」


 アルディスは、蒼太を抱きしめた。


「ありがとう。本当に、ありがとう」


 蒼太も、アルディスにしがみついた。


「こちらこそ、ありがとうございます」


 二人は、しばらくそのまま抱き合っていた。


 涙が止まらなかった。


 でも、その涙は。


 悲しみの涙ではなかった。


 救われた、という安堵あんどの涙。


 ようやく、本当のことを言えた、という解放の涙。


 この数日間のすれ違いが、ようやく解けた気がした。



 やがて、二人は抱擁ほうようを解いた。


 アルディスが蒼太の肩をつかむ。


「だが……なぜ隠していた?」


 蒼太が目を伏せる。


「……それは」


 蒼太の声が、小さくなる。


「僕が、転移者だって知ったら」


「アルディスさん、僕を日本に帰そうとするって思ったから」


 アルディスは、息を呑んだ。


 蒼太が続ける。


「でも、僕……まだ帰りたくないんです」


「日本には、もう居場所がないから」


「ここに、アルディスさんと一緒にいたいから」


 その言葉を聞いて、アルディスは胸が締め付けられた。


 蒼太も、同じように。


 居場所を求めていたのだ。


 二人は、似ていた。


 孤独だった。


 でも、出会って。


 お互いを、救い合った。


 アルディスは、蒼太の頭を撫でた。


「わかった。お前の気持ちは、わかった」


「でも、いつか」


 アルディスは、静かに言う。


「お前が本当に帰りたいと思った時」


「その時は、俺が全力で帰す方法を探す」


 蒼太が顔を上げる。


「でも……」


「お前の人生は、お前のものだ」


 アルディスが笑う。


「俺が決めることじゃない」


 蒼太は、涙をいた。


 そして、小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


 アルディスも頷いた。


 この数日間のすれ違いは、ここで終わった。


 お互いの秘密を知り、お互いの気持ちを知った。


 そして、ようやく。


 本当の意味で、わかり合えた気がした。



 二人は、部屋の奥にある宝箱を開けた。


 中には、古代の魔法書と、光る宝石が入っていた。


 報酬としては上々だ。


 遺跡を出て、二人は夕暮れの空を見上げた。


 オレンジ色の空が、二人を照らしている。


「帰ろうか」


「はい」


 二人は並んで歩き出した。


 今度は、自然に会話が生まれた。


「アルディスさん、今日の夕飯は何にします?」


「シチューがいいか?」


「はい、お願いします」


 笑顔。


 本当の笑顔。


 この数日間、失われていた空気が。


 ようやく、戻ってきた。


 二人は、街へと歩いて行った。


 夕日が、二人の背中を照らしていた。


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