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第十五話

 翌朝。


 ギルドに入ると、リナが待っていた。


「おはようございます!」


 リナの明るい声が、朝の静かなギルドに響く。


「ベヒモス討伐の報告、昨日は大変でしたね」


 アルディスは頷いて、報告書を提出した。


 リナが目を通す。

 そして、その顔がぱっと明るくなった。


蒼太そうた君、レベル六十おめでとうございます!」


 その声に、周囲の冒険者たちがざわめいた。


「六十? あの少年が?」

「半年前はレベル一だったのに」

「化け物だな」


 そんな声が、あちこちから聞こえてくる。


 蒼太が気まずそうにうつむいた。


「胸を張れ。お前は誇っていい」


 アルディスが蒼太の肩を叩く。


「……はい」


 蒼太が小さく頷く。


 だが、その表情には、喜びよりも戸惑いが勝っていた。


 報酬を受け取り、二人はギルドを出た。



 街を歩きながら、蒼太はちらりとアルディスを見た。


 アルディスは、いつもと同じように歩いている。

 いつもと同じような顔をしている。


 でも、何かが違う。


 笑顔が、硬い。

 目が、笑っていない。


 昨日から、ずっと。


 蒼太は、それに気づいていた。


 アルディスさんが、無理をしている。


 ベヒモスを倒した後。

 レベル六十になったと告げた後。


 アルディスさんの笑顔は、どこか引きつっていた。


 そして、昨夜。


 夕食の時も、アルディスさんは笑顔だった。

 でも、その笑顔は、どこか空虚だった。


 蒼太は意を決して、口を開いた。


「アルディスさん」

「ん?」


 アルディスが振り返る。


「……最近、無理してませんか?」


 その言葉に、アルディスの動きが一瞬止まった。


 ほんの一瞬。

 だが、蒼太はそれを見逃さなかった。


 そして、アルディスは笑顔を作った。


「無理? してないよ」


 優しい声だ。

 いつもと同じような、温かい声。


「お前の成長は、俺の誇りだ」


 その言葉は、本心だろう。

 確かに、アルディスさんは俺を誇りに思ってくれている。


 でも、同時に。


 何か、隠している。


 蒼太にはわかる。


「でも……」


 蒼太が言いかける。


 だが、アルディスがそれをさえぎった。


「気にするな。疲れてるだけだ」


 アルディスが蒼太の頭を撫でる。


 いつもの温かい手。

 いつもの優しい仕草しぐさ


 でも、蒼太には感じ取れた。


 何かが、違う。


 その手は、少し震えていた。



 午後。


 蒼太は一人、訓練場に来ていた。


 的に向かって、矢を放つ。


 弓の訓練は、アルディスに教わったことだ。

 最初は全然当たらなかった。


 でも、今は。


 矢が的に吸い込まれる。

 命中率は八割まで上がった。


 成長している。

 確実に、強くなっている。


 でも、嬉しくない。


 蒼太は矢筒を置いた。


 僕が強くなるほど、アルディスさんが苦しそうだ。


 レベルが上がるたび。

 新しい技を覚えるたび。


 アルディスさんの笑顔が、少しずつ硬くなっていく。


 これで、いいのか?


 蒼太は自分の手のひらを見つめた。


 強くなりたかった。

 アルディスさんの役に立ちたかった。


 でも、強くなればなるほど。

 アルディスさんは、遠くなっていく。


 僕、何かしちゃってるのかな。


 蒼太は的を見つめた。


 でも、もう矢を放つ気にはなれなかった。



 夜。


 陽だまり荘の部屋で、二人は夕食を食べていた。


 アルディスが作ったシチュー。

 いつもの味。


「美味しいです」


 蒼太が小さく言う。


「そうか」


 アルディスも小さく答える。


 それだけだった。


 会話が続かない。


 お互いに何かを言いたいが、言えない。


 いつもなら、今日の訓練の話をしたり、明日の予定を話したりする。


 でも、今日は。


 気まずい沈黙だけが、部屋を満たしていた。


 蒼太はスプーンを握りしめた。


 何か、言わなきゃ。


 でも、何を言えばいいのかわからない。


「アルディスさん、俺……」


 蒼太が口を開きかけた。


「今日は早く寝よう」


 アルディスがそれを遮った。


「明日も、クエストがある」

「……はい」


 蒼太は言葉を飲み込んだ。


 夕食を終え、二人はベッドに入った。


 蒼太は天井を見つめた。


 何も言えなかった。



 深夜。


 アルディスは、ベッドで横になっていた。


 蒼太の寝息が聞こえる。

 穏やかに眠っているようだ。


 アルディスは、そっと起き上がった。


 窓辺に立つ。


 月が、街を照らしている。


 胸が苦しい。


 今日も、笑顔を作り続けた。

 蒼太の前では、頼れる師匠であり続けた。


 でも、もう限界だ。


 涙が溢れてくる。


 アルディスは必死にこらえた。


 声を出してはいけない。

 蒼太に聞かれてはいけない。


 でも、涙は止まらなかった。


 アルディスは、そっと枕を手に取った。


 顔を埋める。


 そして、静かに泣いた。


 絶対に蒼太には見せない。


 これは俺の問題だ。

 あいつは何も悪くない。


 涙が枕を濡らす。


 朝まで、何度も涙をいながら、アルディスは窓辺に立ち続けた。



 同じ頃。


 蒼太も、眠れずにいた。


 ベッドに横になったまま、天井を見つめている。


 隣のベッドから、わずかな気配がする。


 アルディスさんが、起きている。


 そして。


 蒼太は気づいた。


 かすかに、息を殺したような音が聞こえる。


 アルディスさん、泣いてる……?


 蒼太は声をかけようとした。


 でも、できなかった。


 僕が声をかけたら、アルディスさんは無理に笑顔を作る。


 それは、もっと辛い。


 僕、どうすれば……。


 蒼太は、自分の無力さに打ちのめされた。


 強くなった。

 レベル六十になった。


 でも、目の前で苦しんでいる人を助けられない。


 何も、できない。


 蒼太の目からも、涙が溢れてきた。


 声を殺して泣く。


 アルディスさんに聞かれないように。


 布団をんで、嗚咽おえつを堪える。


 同じ部屋で、同じ時間に。


 二人とも泣いている。


 でも、お互いにそれを知らない。


 相手を思いやるあまり、本音を言えない。


 すれ違いは、限界に近づいていた。



 翌朝。


 アルディスは、いつもと同じように目を覚ました。


「おはようございます」


 蒼太が笑顔で挨拶してくる。


 目が少し赤い。

 でも、それを隠すように笑っている。


「ああ、おはよう」


 アルディスも笑顔で応じた。


 自分の目も赤いことを、アルディスは知っている。

 でも、それを隠すように笑う。


 二人は朝食を食べた。


 会話は、ほとんどなかった。


「今日は、どこに行きますか?」


 蒼太が尋ねる。


「南の平原だ。ゴブリンの討伐依頼がある」

「わかりました」


 それだけ。


 いつもなら、もっと会話があるはずなのに。


 でも、今は。


 お互いに何かを隠している。


 その壁が、二人の間に立ちはだかっていた。



 南の平原に向かう道。


 二人は並んで歩いていた。


 でも、心は遠い。


 蒼太は、アルディスを横目で見た。


 アルディスさん、昨夜泣いていた。


 僕のせいだ。


 僕が強くなりすぎたから。

 レベル六十になったから。


 アルディスさんを、苦しめている。


 蒼太は拳を握りしめた。


 でも、どうすればいいのかわからない。


 強くなるのをやめるべきなのか。


 でも、それは。

 アルディスさんが望むことじゃない。


 蒼太は、答えを見つけられなかった。



 アルディスも、蒼太を横目で見た。


 蒼太の目が、赤い。


 昨夜、泣いていたのか。


 何か、悩んでいるのか。


 声をかけたい。

 でも、かけられない。


 俺が声をかけたら、蒼太は俺を気遣きづかう。


 「俺のせいですか?」と聞いてくる。


 それは、違う。


 蒼太は何も悪くない。


 悪いのは、俺だ。


 蒼太の成長を、素直に喜べない俺だ。


 アルディスは、自分を責めた。


 でも、嫉妬は消えない。



 ゴブリンの討伐は、簡単だった。


 というより、簡単すぎた。


 蒼太が一人で、すべてのゴブリンを倒した。


 アルディスは、矢を一本も放たなかった。


 必要なかったのだ。


 蒼太の火力が、圧倒的すぎた。


「お疲れ様です」


 蒼太が振り返る。


 その顔には、達成感がない。


「ああ」


 アルディスも、達成感がなかった。


 ただ、むなしさだけが残った。



 陽だまり荘に戻る。


 夕食を作り、二人で食べる。


 また、会話がない。


 シチューを食べながら、お互いに何かを考えている。


 でも、それを口にすることはできない。


 夕食を終え、蒼太が先に寝た。


 アルディスは、また窓辺に立った。


 月が、静かに輝いている。


 このすれ違いを、どうすればいいのか。


 アルディスには、わからなかった。


 でも、一つだけ確かなことがある。


 この状況は、長く続かない。


 いつか、どちらかが壊れる。


 あるいは、二人とも。


 アルディスは深く息を吐いた。


 窓の外では、月が静かに輝き続けていた。


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