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第十三話

 訓練場に朝日が差し込む。

 アルディスは一人、的に向かって弓を構えていた。

 五十メートル先の的。呼吸を整え、矢をつがえる。

 放つ。


 矢は一直線に飛び、的の中心を貫いた。


 もう一本。

 また中心。

 三本目も、四本目も、すべて中心。


 技術は確かだ。

 命中精度は、おそらくこの街でも最高クラスだろう。

 だが、レベルは上がらない。

 レベル四十九のまま、動かない。


 アルディスは矢筒から次の矢を取り出しながら、ふと思い出した。


 あの日のことを。


 ギルドでヴォルフたちと再会した日。

 なつかしい顔ぶれ。

 かつての仲間たち。


 ヴォルフの言葉が、今も耳に残っている。


「お前、本当に変わったな」

「いい顔してる」


 そうだ。

 俺は変わったんだ。


 剣を捨て、弓を手にした。

 もう、過去の俺じゃない。


 アルディスは的に向かって、また矢を放った。

 今度も中心。


 技術は上がっている。

 確実に、以前よりも上達してい る。


 でも、レベルは。


 四十九のまま。


 蒼太そうたはもう五十二だ。

 あの再会から二週間。

 また一つ、レベルが上がった。


 アルディスは矢筒を置き、深く息を吐いた。



 午後、二人は地下迷宮の討伐依頼を受けた。


 Cランク上位のダンジョン。

 最深部に巣食うボス級魔物、デスナイトの討伐。


 リナが心配そうに言った。


「本当に大丈夫ですか? デスナイトはレベル五十五相当ですよ」

「大丈夫だ。こいつなら」


 アルディスは蒼太の肩を叩いた。

 蒼太が頷く。


「頑張ります」


 数字だけ見れば不利だ。

 蒼太がレベル五十二、アルディスがレベル四十九。

 相手はレベル五十五。


 でも、アルディスには確信があった。

 勝てる、と。



 地下迷宮の石の回廊かいろうを進む。

 松明たいまつの明かりだけが頼りの、暗い道。


「アルディスさん、前方に気配があります」


 蒼太が小声で告げる。


「ああ。強い魔力を感じる。あれがデスナイトだ」


 最深部の広間に出ると、そこに巨大な影が立っていた。


 デスナイト。

 全長三メートルはある、骸骨がいこつの騎士。

 黒いよろいまとい、巨大な大剣を構えている。


「カタカタカタ……」


 骨が鳴る音が、広間に響く。


「行くぞ、蒼太。いつも通りだ」

「はい!」


 蒼太が駆け出す。

 デスナイトが大剣を振り下ろす。

 その速度は、見た目に反して速い。


 だが、アルディスは冷静だった。


「蒼太、右へ三歩!」


 アルディスの指示が飛ぶ。

 蒼太が迷わず右へ跳ぶ。

 大剣が床を叩き、石が砕けた。


「今だ、斬れ!」


 蒼太が一気に懐に潜り込む。

 短剣が、デスナイトの腰の関節部分に突き刺さる。


 デスナイトがひるむ。

 その瞬間、アルディスの矢が肩の関節を射抜いた。


 右腕の動きが鈍る。


「次は左旋回!」


 アルディスの声に、蒼太が左へ回り込む。

 デスナイトの大剣が空を切る。


「足だ!」


 蒼太が膝の関節に短剣を突き立てた。

 デスナイトが膝をつく。


 アルディスは次々と矢を放つ。

 ひじ、首、腰。

 すべての関節を正確に射抜いていく。


とどめだ!」


 蒼太が跳躍し、デスナイトの頭蓋骨ずがいこつっ二つに斬り裂いた。


 デスナイトの巨体が崩れ落ちる。

 骨と鎧が床に散乱した。


 戦闘終了。



「ふぅ……やりました!」


 蒼太が息を整えながら振り返る。


「アルディスさん、すごいです」


 蒼太の目が輝いている。


「俺、何も考えなくても勝てました」

「お前が動けるからだよ」


 アルディスは笑顔で応じた。


「アルディスさんの指示、全部当たってるんです。どこに動けばいいか、いつ攻撃すればいいか、全部」


 蒼太が嬉しそうに言う。


「まるで、アルディスさんが俺の体を動かしてるみたいでした」


 その言葉に、アルディスの胸が少し軽くなった。


 そうだ。

 俺は参謀さんぼうだ。


 蒼太の火力と機動力を最大限に引き出す。

 戦況を読み、敵の動きを予測し、的確な指示を出す。


 こいつを勝たせることが、俺の役割だ。


「お前も良く動いてた。判断が速くなってる」

「ありがとうございます!」


 蒼太が嬉しそうに笑う。


 その笑顔を見て、アルディスは思った。


 これでいいんだ。

 俺には、こいつを勝たせるという役割がある。



 ギルドに戻り、報告を済ませる。


「デスナイト討伐、お疲れ様でした!」


 リナが笑顔で報酬を渡してくれる。


「それにしても、蒼太君、レベル五十二でデスナイトを倒すなんてすごいです」

「アルディスさんのおかげです」


 蒼太が即座に答える。


「アルディスさんの指示がなかったら、絶対に勝てませんでした」


 その言葉が、アルディスの心を温かくする。


 周囲の冒険者たちも、感心したように見ている。


「あのコンビ、すごいな」

「あの連携、完璧だ」


 そんな声が聞こえてくる。


 アルディスは蒼太の頭を撫でた。


「次も頑張ろう」

「はい!」



 陽だまり荘に戻る。


 夕食を作りながら、アルディスは今日の戦いを振り返っていた。


 蒼太の成長は目覚ましい。

 三ヶ月前とは比べものにならない強さだ。


 でも、俺にも役割がある。


 戦況を読むこと。

 敵の動きを予測すること。

 蒼太を勝たせること。


 それが、俺がここにいる意味だ。


「美味しいです」


 蒼太がシチューを食べながら言う。


「今日の戦い、本当に楽しかったです」

「そうか」


 アルディスも笑顔で応じる。


「でも、危ない場面もあった。もっと慎重に動け」

「はい。気をつけます」


 蒼太が素直に頷く。


 この素直さが、蒼太の強みでもある。

 アドバイスを聞き入れ、すぐに吸収する。


 だからこそ、成長が速いのだろう。


 食事を終え、蒼太が先に寝た。

 アルディスは一人、椅子に座っていた。


 窓の外では、月が昇り始めている。


 アルディスは、自分の手のひらを見つめた。

 弓を引く手。


 今日の戦いで、少し自信が持てた。

 俺にも、やるべきことがあるんだ、と。


 蒼太を勝たせる。

 それが俺の役割だ。


 でも、心の奥底では。


 別の感情が、まだうごめいている。


 嫉妬。


 蒼太はレベル五十二。

 俺はレベル四十九。


 その差が、三つ開いた。


 蒼太はどんどん強くなっていく。

 俺は、まだ壁の前で足踏みしている。


 役割を見つけたはずなのに。

 蒼太を勝たせることに意味を見出したはずなのに。


 嫉妬は、消えない。


 アルディスはグラスに水を注いだ。

 一気に飲み干す。


 喉が渇いていた。

 でも、水では満たされない何かがある。


 俺は過去に縛られていない。

 もう、ヴォルフたちと組んでいた頃の俺じゃない。


 そう自分に言い聞かせる。


 でも、蒼太の成長速度への嫉妬は。


 消えない。


 理屈では分かっている。

 自分には役割がある。

 過去とは違う。


 でも、感情は理屈じゃない。


 アルディスは深く息を吐いた。


 蒼太の寝顔を見る。

 穏やかな顔だ。

 何も心配していない。


 この少年は、俺を信じている。

 俺を尊敬している。


 その信頼を、裏切るわけにはいかない。


 だから、この嫉妬は。

 絶対に見せない。


 アルディスは立ち上がり、窓辺に立った。

 月明かりが街を照らしている。


 俺は、こいつの師匠だ。

 こいつを勝たせるのが、俺の仕事だ。


 自分に何度も言い聞かせる。


 それが、アルディスなりの折り合いの付け方だった。



 翌朝。


 アルディスは、いつもと同じように目を覚ました。

 蒼太が既に起きて、朝食の準備をしている。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 二人は笑顔で挨拶を交わす。


「今日は、どこに行きますか?」


 蒼太が尋ねる。


「南の沼地だ。魔蛙まがえるの討伐依頼がある」

「わかりました。頑張ります!」


 蒼太の元気な声に、アルディスも笑顔で応じた。


 昨夜の嫉妬は、心の奥に押し込めて。


 今日も、蒼太を勝たせよう。

 それが、俺の役割だから。


 二人は朝食を済ませ、街を出た。

 朝日が二人を照らしている。



 その日も、次の日も、また次の日も。


 アルディスと蒼太は、各地のダンジョンを攻略していった。


 東の洞窟のオーク。

 西の渓谷の岩竜。

 北の森の魔熊まぐま


 どの戦いでも、二人の連携は完璧だった。


 アルディスの指示が飛び、蒼太が動く。

 まるで一つの生き物のように。


 周囲からの評価も上がっていく。


「あのコンビ、すごいらしいぞ」

「弓使いのアルディスと天才少年のソウタだろ?」

「Bランク昇格も時間の問題だな」


 そんな噂が、ギルドで囁かれるようになった。


 そして、レベルも上がっていった。


 蒼太は五十三、五十四と順調に成長を続ける。

 アルディスも、ようやく壁を越えた。

 五十。

 五十一。

 五十二。


 強敵との戦いを重ねるたび、経験値が蓄積されていく。

 役割を見つけたことで、成長の道が開けたのかもしれない。


 そして、二週間が経った頃。


 アルディスはレベル五十四に到達していた。

 蒼太はレベル五十九。


 レベル差は依然として五つ。

 縮まることはなかった。


 でも、以前よりは。

 少しだけ、前を向けるようになっていた。


 的確な援護。

 完璧な連携。

 戦況の完全支配。


 俺は参謀だ。

 こいつを勝たせるのが、俺の役割だ。


 そう自分に言い聞かせる日々。


 でも、心の奥底では。


 嫉妬が、まるで呪いのように巣食っている。


 蒼太がどんどん強くなっていく。

 俺は、置いていかれる。


 いつか、蒼太は俺を必要としなくなるんじゃないか。

 そんな不安が、常に胸を締め付けていた。



 ある夜。


 蒼太が寝た後、アルディスは一人で椅子に座っていた。


 グラスに水を注ぐ。

 飲み干す。


 また注ぐ。

 また飲み干す。


 何杯飲んでも、満たされない。


 このままじゃ、駄目だ。


 そう思う。


 でも、どうすればいいのか。


 嫉妬を消すには、どうすればいいのか。


 その答えは、まだ見つからなかった。


 アルディスは窓の外を見つめた。

 月が、静かに街を照らしている。


 俺には役割がある。

 蒼太を勝たせること。


 それが、今の俺にできる唯一のことだ。


 嫉妬は消えない。

 でも、それを抱えながらでも、前に進むしかない。


 アルディスは深く息を吐き、ベッドに横になった。


 明日も、クエストがある。

 蒼太のために、最善を尽くそう。


 それだけを、今は考えればいい。


 窓の外では、月が少しずつ傾いていく。

 夜が、ゆっくりと明けようとしていた。



 翌朝。


 訓練場に行くと、ギルドの訓練指導員がいた。

 白髪の老人。かつてAランクの弓使いだったという。


「おや、アルディスさん。今日も熱心ですね」

「ああ。少し、技術の確認を」


 アルディスは的に向かって矢を放つ。

 中心を貫く。


「見事なものです。その命中精度、私が現役の頃にも及ばないかもしれない」


 老人が感心したように頷く。


「ですが、アルディスさん。技術だけでは、壁は越えられませんよ」

「……どういう意味ですか?」


「レベル五十の壁というのは、技術の壁ではないのです」


 老人は椅子に腰を下ろした。


「それは、役割の壁なのです」

「役割……」


「ええ。冒険者として、自分の役割を見つけられるかどうか。それが壁を越えられるかの分かれ目なのです」


 アルディスは黙って老人の言葉を聞いた。


「あなたは今、何のために弓を引いているのか。明確に答えられますか?」


 その問いに、アルディスは答えた。


「蒼太を勝たせるためです」


 老人が微笑む。


「良い答えです。役割を見つけられたのですね」

「……はい」


「ならば、後は時間の問題でしょう。その役割を全うし続ければ、壁はいつか越えられます」


 老人はそう言って立ち上がった。


「焦る必要はありません。ゆっくり、確実に」


 老人が去った後、アルディスは一人、訓練場に残った。


 役割を見つけた。

 それを全うし続ければ、壁は越えられる。


 老人の言葉を信じたい。


 でも、心の奥底では。


 まだ、疑問が残っていた。


 俺の役割は、本当にこれでいいのか。

 蒼太を勝たせることだけが、俺の存在意義なのか。


 その答えは、まだ見つからない。


 アルディスは弓を手に取り、また的に向かって矢を放った。


 中心を貫く。


 技術は上がっている。

 役割も見つけた。


 でも、嫉妬は消えない。


 それでも、前に進むしかない。


 アルディスは、また次の矢をつがえた。


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