空の逃亡
「火球だ!」
伝声管から報告が上がる。
船内に悲鳴が上がる
「どっちから飛んでくる!?」
こちらも声をかき消されじと、聞き返す。
「船の右上からだ!」
リンさんの悪い癖だ!時計盤で答えてくれ!
少々のイラ立ちを覚えながら、顔を右に振る。
船体の三時方向、気嚢の間から火の玉が徐々に大きくなりつつ、近づいてくるのがわかる。
顔は振らずに、感覚で降下操作をする。
重力があるので、船体はガスを抜けばすぐ落ちる。
そこに機首下げを合わせれば中々のものだ。
計器を見る。出力はまだ下げられるが、降下率が大きいので様子見だ。リカバリーできなくなる。それに、巡航高度が下がりすぎる。
操縦桿の位置を変えず、再び火球をうかがうが、気嚢が邪魔で見えない。
「火球はどこへいった!?」
伝声管越しに、気嚢上部の見張りに問う。
「まさに頭上を越えてるとこだ!直撃は避けたぞ!」
「了解!ありがとう!魔女は目視できるか!?」
「飛んできた方向を睨んでいるけど、わからん!」
「了解!引き続き頼む!」
応答しつつ、巡航姿勢に戻す。
山岳波の影響で、船体はガタガタ揺れる。
時折、風に叩きつけられて、高度や姿勢が大きく狂う。
その度にグローブは汗の感覚で滑りそうになる。
船内は航空兵以外、みんな酔い青ざめているが、魔女を見つけきれていないので船外の窓から必死で探す。
船体を風に立てて、揚力を増し、上昇を試みるが、思ったよりも上がらない。
ガスを抜きすぎたか、山越えはできない。
山を越えるのが一番手っ取り早いし、魔女自身も乱気流を嫌って寄り付かない。
一番安全なルートなのだが、仕方がない。
航空図を睨み、次策で行く。
すなわち、目の前に立ちはだかる銀嶺山脈をダイレクトで越えるのは諦めて、少し低くなったところを行く。
この空の何処かに潜んでいる魔女を巻くには、乱気流を抜けるしかない。
伝声管の向こうを含め、航空兵と輸送中の兵員にルート変更を告げる。
伝声管の向こうからは、「まじかよ」と、聞こえてきたが、それくらいは言わせてやる事にする。
緊張しながらも、気流に慣れて来た頃、ふと彼女のことが浮かんだ。
俺が最初に出会った魔女。
元気だろうか?
さっき火球を飛ばしてきたのは彼女だろうか?
それとも、同じ様な年頃の子だろうか?
雪がチラつく季節に、こんな高度を生身の体で飛ぶなんてのは、いくら魔女でも気の毒に思われた。
そんな事を考えていると急に冷静になり、操縦がそこまで怖くなくなった。
「魔女、いなかったわ。どっか行ったのかな」
見張りを交代したリンさんが、野太い声で後ろから話しかける。
「見張りお疲れ様。火球の情報助かったよ」
「また乱気流だって?勘弁してくれよ」
からかいながら言ってくる
「死ぬよか良いじゃねえか。先は長いよ。少し休んでくれ」
「了解!」
狭い船内を、がっしりした体がさらに狭そうに見せる。




