2.
アラームも鳴ってねぇのに、もう動いてる。
習性って怖ぇな。
俺の頭ん中には「命令=即出発」って条件反射が組み込まれてる。
誰のせいかって? 言うまでもねぇ。あの女狐だ。
洗面所の鏡に映った顔は死人みたいだ。
目の下のクマは二段構え。
口の端には乾いた血。
寝不足、アルコール、ストレス。人生ハッピーセットをお届け。
社会に順応できる方が異常だって、いつも思う。
――S8。
最寄りの“ステーション”であり、うちの業界じゃ“地獄の入り口”の略称。
組織の荷物受け渡しはここを経由する。
駅じゃない、倉庫でもない、灰色の無名ビル。
正式名称はたぶん誰も覚えてねぇ。
便利だから“エスエイト”で通ってる。
便利ってのはつまり、面倒が省けるってことだ。
法定速度+αで飛ばして二十分。
車内にはカフェインとタバコの煙と、
「帰りたくねぇ」が三割増しになった俺の息。
S8の駐車場に滑り込み、エンジンを切る。
時間を確認――午前五時十五分。
ギリセーフ。
いや、アウトかもしれねぇけど、もう考える気力もねぇ。
エレベーター横のロッカー、8番。
暗証番号を入れると、ガチャリと小気味いい音。
中にはバックパックが一つ。
それと、いつもの黒封筒。
封を切ると、パスポート、国際免許証、携帯、チケット。
……ほんと、仕事早ぇなうちの総務課。
善意の犯罪はいつだって迅速だ。
航空券は鳳華行き、エコノミークラス。
出発七時、到着九時四十五分。
日帰りミッション。
帰りの便は十八時。
指定は「変更不可」――はっ、成功しても最後のルート分岐で死ぬ仕様かよ。
バックの中身を確認。
ノートPC一台、ノート一冊、USB一本、
紙幣が八枚。鳳華共和国の姜紙幣。
表面に描かれてるのは、誰か知らねぇ英雄。
裏には「信義と繁栄」って文字。
笑わせんな。繁栄してんのは権力だけだろ。
「二万……ケチりやがって……」
Damn。
装備は揃ってる、問題は中身だ。
つまり俺。
この仕事、成功しても給料が上がるわけじゃない。
ミスったら、墓も用意されねぇ。
車に戻る途中、空が薄く明るくなってくる。
早朝の光は嫌いだ。
昨日のミスを、わざわざスポットライトで晒してくる。
運転席に腰を沈め、エンジンをかける。
機械音が低く唸る。
バックミラー越しに、S8のビルが見える。
あれは出口じゃない。
“入ったら戻れねぇ方”のゲートだ。
「……鳳華ね。どんな地獄が待ってることやら。」
アクセルを踏み込み、タイヤが冷たいアスファルトを蹴る。
BGM代わりにラジオをつけると、
ちょうどニュースキャスターが“鳳華共和国の政情不安”とか抜かしてた。
タイミングが良すぎて笑えねぇ。
「フラグ乱立、っと——行くか。」
遠ざかるS8の影をバックミラー越しに見ながら、
俺はスロットルをもう少し踏み込んだ。
RTA継続中。
目的地:空港。制限時間:あと一時間半。
賞品:生存。




