第6話 「母の耳飾り」
「お父さんに会いたかったな…」
「お母さんももう一度会いたい…」
窓から差し込む月明かりが二人をそっと包みこんでいる。
「ねぇお母さん」
「なぁに?」
「獣医師になるのって難しかった?」
「簡単ではなかったけど、苦ではなかったかな」
母を助けるのはこれだと直感した。
「私も獣医師になる。獣医師になってお母さんを助けたい」
「お母さんを助けたいんだったら、獣医師にはなれないわよ」
「え?」
「獣医師は獣のお医者さん。助けるのは人じゃなくて獣だから」
「じ、じゃあ…えっと…」
「ごめんなさい、困らせたいわけじゃないのよ。」
「私、どうしたらいい…?」
「そうねぇ…」
何かを考えている母の横顔。
「フェリスは、獣のことは好き?」
「うん。好きだったら獣医師になれる?」
「なれない…かな」
「なれないの…?」
「もちろん好きという気持ちは大事だけど、それ以外の感情を持って接していかなければいけないときもある。」
「私、もっと獣の事が知りたい。」
きっとまだ私には知らない事がたくさんあるはず。
「今の私は獣をもっと理解するべきだと思う。」
「明日、村長に聞いてみるわ。」
「何を?」
「ケガワウシ以外の世話も担当できるかどうか」
「本当?!」
まだ10歳の子どもが複数の獣の世話を担当する事例は無いそうだ。
どんなに早くても、母が16歳の時に複数担当したのが最年少記録らしい。
「私、頑張る!」
「まだ決まったわけじゃないから。それに、今の担当を疎かにするのはダメだからね」
「わかってるよ!」
明日が楽しみだ。
大きな興奮と少しの緊張で胸がドキドキしている。
「フェリス、これをあげるわ」
そう言うと、母は片方の瑠璃の宝石の付いた耳飾りを手渡してきた。
「え、これお母さんの大事な…」
初めて耳飾りを外しているところを見た。
「これを肌身放さず身につけていなさい。必ず貴方を守ってくれるわ。」
耳飾りが守ってくれる?
どういうことなのか、母の言っていることが理解できなかった。
それでも、母とお揃いを身につけられることが私はとても嬉しかった。
「フェリス、あの氷檻の中にいたドラゴンは…」
左耳に耳飾りを付けていると、母の声色が少し変わった。
ずっと気がかりだった。
存在そのものが不確かだったが、母のこの一言で確信した。
「やっぱり…ドラゴンだったんだ…」
「あのドラゴンは代々この村で奉っていた神聖な存在。」
「神聖?それなのにあの檻の中に閉じ込めていたの?」
「お母さんがこの村に来る前よりもずっと前からだと聞いてるわ。」
母は静かに話を続けてくれた。
あのドラゴンには代々獣医師が専属して管理することが掟となっていて、それはお父さんの家系が受け継いでいた。
でもお父さんが亡くなってからは、母がずっと診てきていたと。
「ごめんね。まだあの子のことは全て話すことはできない。」
「どうして?」
「どうしてもなの。いつか必ず話すから、フェリスは沢山勉強をして獣の事を理解しなさい。」
「うん、わかった…」
きっと掟とかそういう事情があるのだろう。これ以上母を困らせたくはない。
私がやることは決まっている。
もう詮索することはやめて、明日からやり遂げよう。
そう心に誓った。
眠りについたその夜。
母が家を出ていったような気がしたが、眠っていた私が気づくことはなかった。
次の日の朝。
朝食を終えると、身支度をして村長の元へ向かっていた。
隣には母がいる。少し緊張している様子だったが、理由は分からなかった。
「よぉ。」
村長の家につくと、イリアンが出迎えてくれた。
目元が赤く腫れている。きっと昨夜はずっと叱られていたのだろう。
「おはようイリアン」
「昨日はごめん。俺があんなこと言ったから…」
「ううん、私も悪いから…」
それだけ言うと、お互い黙り込んでしまった。
いつも調子に乗っていた彼からは想像できないこの正直さがどこか調子を狂わせてきた。
「イリアン、村長はどこに?」
「あ、それが急に村に来客が来たとかで、村の門に向かっていったんだ。」
「来客って…まさか…」
冒険者が訪問してくるだけなら村長が出迎えることは無いのだが、よっぽどの位の高い人物なのだろうか。
村長に許可をもらいに来たが、今はそれどころでもなさそうだ。
それに母がどこか動揺しているようにも感じる。
「フェリス、お母さんは村長の元へ行くから、ケガワウシの世話を始めてて。」
「わかった、いってらっしゃい。」
遠ざかる母の背を見届け、イリアンと共に厩舎での日常を始めた。




