第52話 「マテリアⅡ」
素直に笑えなくなったのは…
いつからだったっけ…
確か、私の幸せはあの瞬間から崩壊していった…
「…………」
教会の広間…
長椅子に座り、ボーッとステンドグラスを見つめていた。
「エヴァンスさん、マテリアちゃんは今日もずっとあの調子なのかい?」
「ハーデリアンさん…えぇ、まぁ…」
「あんなにも無邪気だったあの子が…何かあったんだろう?」
「…それは……」
教会の扉が開く音が聞こえた。
聞き慣れたこの足音が近付いてくるほど心臓が締め付けられる…
「マテリアよ、行くぞ」
「……はい…」
教皇様についていき、私の魔法を使って簡単な運び仕事をする。
ただ、それだけの仕事…
「エヴァンス、留守を頼むぞ」
「はい、教皇様…」
お爺様と目が合わない。
私の姿を見るのが辛いかのような…
そんな表情をしていた。
辛い…ってどんな気持ちだっけ…
教皇様の仕事を手伝うようになってから、そんな感情すら持っていられないほど、心理的に余裕なんて無くなっていた。
王都から外へと繋がる大門の前で、教皇様は足を止めた。
「今回はこの男にも同行してもらう。」
「え?」
見上げると、私の身長よりも遥かに背の高い男の人が立っていた。
「今回は頼むぞ、フォルテ」
「はい、お任せください」
フォルテさん…かなり歳上のような風格…
見た感じ、30代…いやもっと上かも…
「フォルテ・ハーデリアンだ、宜しく。」
「あ、マテリア・トゥエルです…よろしくお願いします…」
教皇様は自身の馬車に乗り込み、私はフォルテさんと同じ馬車に乗ることに。
どうしよう…ちょっと気まずい…
11歳ながら、大人と仕事をすることが多くなって空気感というか色々察してしまう…
もう何度も見たこの馬車からの風景。
緑の平原が地平線まで広がり、川に掛かる橋をぐらぐらと揺られながら沈黙が続く。
その沈黙を破ってくれたのは、フォルテさんだった。
「なぁ、マテリア」
いきなり呼び捨て…
いくら子ども相手とはいえ、妙に馴れ馴れしい…
「何ですか?」
わざと無愛想な返答を返したと自覚している。目も合わさず、外の景色を見るふりをしている。
「腹、空いてないか?」
「え?」
予想していなかった言葉に思わず目を合わせてしまった。
その顔は嘘偽りのない屈託の笑顔で、袋からパンを取り出していたところだった。
「こいつは俺のお気に入りなんだ、食ってみな。」
見た目はただのパンだ。
朝食にもたまに出てくるパンと変わらないと思うけど…
この人の笑っている顔を見て、つい手に取ってしまった。
「あれ…」
持ったらその違いがすぐに分かった。
とてもふわふわだ…
それに食欲を腹から引きずり出されんばかりのこの香ばしい香り…
生唾を飲み口に運ぼうとすると…
「ちょっと待つんだマテリア」
その食欲にお預けを食らってしまった。
「な、なんですか…?」
「食べる前には必ず『いただきます』を言うんだ。ケガワウシからいただいた恩恵を食べさせてもらえるのだからな。」
「むっ……分かってますよ…」
思わず、食欲に駆られて勢いで食べようとしてしまっただけなのに…
それは教会でいつもやってるから、ちょっと忘れてた事を改めて指摘されて少しムカッときた。
「い、いただきます…」
一口かじる…
「……っ!?」
その一口が、全身に衝撃を走らせてきた。
「お、おいひい…!」
今まで食べてきたパンとは別格だった。
食べる手が止まらない…
「はっはっはっ!!そうだろそうだろっ!!」
高らかに笑うこの人の隣で、その味をしっかり噛み締めながら頬張り続けていた。
「あ…」
いつの間にか、丸々1個平らげてしまった。
「まだあるぞ?」
ゆっくりと袋からパンを取り出して、私に差し出してくれた。
なんか手玉に取られた感じがして不快だったが、それでもこの味を早く噛み締めたかった。
「い、いただきます…//」
目を合わさず手に取って口に入れる。
やっぱり美味しい…///
「可愛い笑顔をするじゃないか」
「ふぇっ?!///」
思わず頬を一杯にしながら見合わせてしまった。
「おまえと会ってから一度も笑った顔を見てなかったからな、良い笑顔だ。」
「………////」
あれ…
さっきまでこの人に対して抱いていた不快感が無くなっている。
「じゃあ、俺もいただきます!」
手を合わせて、パンを豪快にかじっている…
「うむ!やっぱりうまい!!」
さっきまで、外の景色を見ていたはずなのに…
今はこの人の美味しそうに食べる顔が気になって仕方がなかった。
「うん?どうした?何か顔に付いているか?」
「え、いや…付いてないです…///」
目が合うと、思わず逸らしてしまった。
「おかしなやつだな(笑)」
はぁ…なんだか気まずい…///
しかも、さっきまでとはまた違った気まずさで、胸がドキドキして外の景色なんて集中して見ていられなかった。




